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デュアルライフ~昼は勇者パーティ、夜は魔王軍~  作者: 赤鳩瑛人
序章・デュアルライフ(二重生活)
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朝帰り

 ミラージュが書類と格闘を始めてから、どれほどの時間が経っただろうか。

 机の上では決裁が終わった書類が所狭しと、その存在を主張していた。


「これで最後かな。……うーん、ようやく終わったよ。タルトちゃんの方はどうだい?」


 ミラージュが大きく伸びをしながら、隣のアスタルトに声をかける。

 その声色は疲れの為か覇気がなく、どこか気の抜けたような印象を与えている。


「私の方も終わりましたが……ミラージュ様、そろそろ日の出になりますがよろしいのですか?」


 アスタルトは執務室の東窓を見ながら、ミラージュにそう告げる。

 普段のミラージュであればアスタルトに指摘される前には帰宅しているのだが、今日に限っては時間を忘れるくらい集中していたらしい。


「え? あ、本当だ。タルトちゃん、悪いけど僕はそろそろ帰らせてもらうよ。タルトちゃんも偶には家に帰って、お父さんに顔でも見せてあげなよ。それじゃあ、お疲れ様。ゲート」


 慌てた様子で転移魔法を唱えると、アスタルトの返事も待たずにミラージュは姿を消してしまう。

 一人執務室に残されたアスタルトは呆気にとられながらも、その白い額に皺を寄せて呟きを発する。


「ミラージュ様がもう少しお仕事をして頂ければ、私も帰ることが出来るのですが、貴方がそれを言いますか……」


 既に誰もいない空間に向かって放たれた声に返事はない。

 アスタルトは虚空を見つめながら、暫く何かを思い耽っていた。

 次第に朝日が差し込み、アスタルトの顔を照らして、その美しい髪をより輝かさせていた。


 そんなアスタルトの言葉もつゆ知らず、ファルサは農村にある宿の一室へと戻っていた。

 事前に幻影城の自室で着替えてから再度転移をしているのは、当然不慮の遭遇によって正体が露呈しないようにする為だ。

 ユリア達と四天王ミラージュに直接の面識はないが、どこから情報が漏れるかわからないので、戻ってくるときは常に細心の注意を払っている。

 転移魔法自体は、新手の隠蔽魔法だとか、流派内で秘匿していた訓練用の魔法とでも言えば誤魔化しは利くが、仮面や大鎌などの目立つ物体は、どうやっても不可能だ。

 相手の記憶に残ってしまい、何かの拍子にファルサとミラージュを結びつける切欠になるかもしれない。

 そしてその慎重さが生きる機会はすぐに訪れる事になる。


「おやおや、ファル兄は朝までどこに行っていたのかな? 暫く前からボクはここにいたけど、今頃になって現れたってことは、昨日から部屋に戻ってないよね?」


 不意に声を掛けられたことで、ファルサは肩を震わせてしまうが、恐る恐る振り返り、背後にいる声の主を確認する。


「人の部屋に勝手に忍び込むなんて、趣味が悪いぞ、ユリア」


 極めて冷静に、動揺を悟らせない様にベッドの上にいるユリアへと言葉を返すが、ファルサの頭の中ではどのように対応するべきか、考えを巡らせていた。


「そうやって誤魔化してもダメだよ。ボク達に内緒でどこに行っていたのさ?毎日、魔法の訓練とか言って部屋に籠っていたけど、本当はこうして抜け出す為だったんだね」


 ユリアは昔から妙に鋭いところがあったな、ファルサはユリアと出会った頃を思い出しながらも、慎重に言葉を紡いでいく。


「確かに……ユリアの言う通り、僕は毎晩部屋から抜け出していたよ」


 その言葉を聞いたユリアは、簡単に認めるとは思っていなかったのか、少々驚いた顔をしている。

 そしてユリアの表情を抜け目なく確認をしたファルサは更に続けていく。


「でも、詳しく話す事は出来ないよ。僕にも秘密の一つや二つはあるからね。ユリアだって、不用意に自分の中に踏み込んで来られたら嫌だろう? 一番付き合いの長いユリアだからこそ、わかってくれるよね?」


 じっとユリアの眼を見つめて、ファルサはベッドに腰を下ろす。

 ファルサの右手がユリアの頭の上に置かれ、そのまま優しい手つきでゆっくりと撫で始める。


「むー、ファル兄はそうやって、誤魔化す時に頭を撫でてくるよね。別に悪い気はしないけど、ちょっとずるいと思うんだ」


 ユリアは頬を膨らませながら、口を尖らせている。

 しかし二度、三度とファルサの手が頭の上を往復すると、その口元は緩み、頭をファルサの胸へと預け始める。


「僕は悪い大人だからね、時には嘘もつくし、誤魔化したりもするさ」


 二人の距離はかなり近づいているが、その様子は男女の仲と言うより、やはり兄と妹のように見える。

 そのまま数分、のんびりとした空気の中、じっと撫でられ続けていたユリアが唐突に口を開く。


「そういえば……ファル兄は、夢とかってあるの? 将来こうしたいとか。それとも既に宮廷魔導士筆頭だから、もう満足?」


 夢……少なくとも宮廷魔導士筆頭は、今すぐにでも辞めたいくらいだ、とファルサは考える。


「そうだな……この村みたいな長閑な場所で、平和に暮らしたいかな。毎日読書をして過ごす、素敵だろう?」


 ファルサが心底嬉しそうな顔をしているのに対して、ユリアは主に読書の辺りから心底嫌そうな顔をしている。


 「ファル兄が本を読むのが好きなのは知っているけどさ、ボクからしたら、ただの拷問だよ。」


 ユリアはとにかく本や勉強が苦手で、自分が教える魔法理論の授業を頻繁にサボっていたなと、ファルサは当時の事を思い出す。


「もう、あれから五年か。勇者候補生のユリアは本物の勇者に、宮廷魔導士見習いの僕は宮廷魔導士筆頭に、お互い偉くなったものだね」


 偉くなるつもりはなかったけど、と心の中で苦笑しながら付け加え、ファルサは天井を仰ぐ。

 偶然にも宮廷魔導士の見習いとして働くことになったファルサの最初の仕事が、ユリア達、勇者候補生の講師だった。

 その関係は今も殆ど変わる事はなく、勇者専属の講師として旅に同行している。

 剣術の指南はゼノビア、神聖魔法はパルミナと、彼らが所属する王国が誇る精鋭がユリアに日々、指導を行っている。


「ねぇファル兄、今朝の魔法の訓練、サボっちゃだめかな? ボク、凄く眠いんだよね。ずっと待っていたからさ」


 ファルサが物思いに耽っていると、ユリアが講師であるファルサに向かって、とんでもない提案をしてくる。

 いつものファルサなら、にべもなく断るところだが、今日ばかりは事情が違っていた。

 数多くの兵を転移させた上、時間を忘れるほど集中しなくては終わらなかった書類の処理によって、疲労――兵の転移は主に心的疲労になる――が溜まっていたので、少しは睡眠をとりたいと考えていた。

 元々、魔族の多くは睡眠を必要としないのだが、ファルサの場合は少々事情が違っていた。

 ファルサは母親譲りの黒い髪と右眼を持っているが、魔族には黒い眼の者は存在しない。

 種族が違ったとしても、魔族に属するものは皆一様に紅い瞳を有している。

 逆に人族に紅い瞳を持つ種族は存在しないので、瞳の色が魔族と人族を判別する、一番簡単な方法になっている。

 どうやら母親は人族だったらしいのだが、ファルサが物心ついた頃には既に亡くなっていた。

 どんな人物だったのかはファルサにもわからないが、とにかくファルサは幻魔族の父と人族の母の間に生まれたのだ。

 その結果、人族の様に長い睡眠は必要としないが、逆に短い睡眠は摂らないといけない為、ファルサは日々、日の出前から少しの間仮眠をとっていた。

 しかし今日は戻ってくるのが遅れ、疲労の蓄積もいつも以上とあっては、提案が採用されるのも無理はないだろう。

 それから二人は、女性陣の部屋にユリアがいない事に気が付いたゼノビアとパルミナが訪れるまで、あどけない顔を浮かべて眠り続けていた。

 特にユリアは幸せそうな顔でファルサを抱き枕代わりにして、夢の中へと旅立っていたようだ。



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