四天王として3
「やはりルヴトーさんの鼻は誤魔化せないみたいですね。ご指摘の通り、僕はルウちゃんと今日……いや、既に日付が変わっているので正確に言うと昨日ですが、確かに接触しています。もっとも、僕が連れ出した訳ではないので偶然出会ったと表現するのが一番正確でしょう」
何の迷いも無くあっさりと白状するミラージュに、アスタルトは目を見開いて驚きを露わにする。
今の発言をルヴトーの立場から考えた場合、苦し紛れの言い訳にしか聞こえず、これでミラージュを信じろと言う方が無理な話だろう。
ルウの痕跡を見失った状況から考えて転移魔法以外を使用した可能性が高く、ミラージュ自身は休暇中で自由に動き回れる時間があった。
そしてルヴトーの指摘した通り、ルウと接触をした証拠が匂いと言う形で残っているのだ。
しかし先程から殺気を滾らせていたはずのルヴトーはミラージュの返答を聞いてもその場を動かずに、ジッと仮面の隙間から覗く真紅の瞳を見つめていた。
「本当ならここでふざけるなと言ってその首を獲りに行くのが普通だろうが……どうにもしっくり来ねぇな。ミラージュのダンナ、一応聞いておくが娘は無事なんだろうな?」
「勿論、傷一つない状態です。それは間違いなく保障しますよ。薬物的、魔法的な作用による問題も全くありません」
王都の南門で暴れていた時に多少の傷は負っていたのだが、全てパルミナが治療しているので現在は傷跡が一切残っていないが正確な表現になる。
そしてルウ自身には興奮作用のある薬物が投与された上、精神に影響のある魔法を施されていたのだが、それについても体から綺麗に取り除いているのだ。
魔法についてはルウの恐怖心を増幅させる働きがあり、普段はおとなしいルウが南門で狼化して暴れまわっていた原因となっていた。
幼気な少女をまるで道具の如く扱うやり方にミラージュは静かな怒りを覚えている事も、こうして積極的に行動している理由の一つになるだろう。
「……それからもう一つ、娘は今どこにいるんだ? 」
「今は魔族領の南にあるヴァロワ王国と呼ばれる人間の国にいますよ。正確にはヴァロワ王国の中心部にある王都と呼ばれる場所ですがね。人間に保護されて丁重に扱われています」
ミラージュの言葉にアスタルトの目が再び大きく開かれる。
ヴァロワ王国は魔族領と一番多くの領土を接している人間の国であり、三百年前に魔族と人間の戦いが始まった場所なのだ。
そしてアスタルトの種族は銀角持ちの悪魔族なのだが、当時の魔族で最も多くの死者を出したのが四天王であるクリューエルと同じ金角持ちの悪魔族になる。
銀角と金角は悪魔族の中では敵対関係と言っても差し支えない程に仲が悪いのだが、人間にとっては二本の角と紅い瞳を持った同種の魔族として認識されている。
その為、アスタルトは幼い頃から人間の国へ近づかない様に、三百年前の事を良く知る父親から何度も言い聞かされているのだ。
クリューエルの様に直接的な恨みを持っている訳ではないのだが、敵対関係にある人間が魔族を保護しているなど、アスタルトにとって信じがたい事実なのだろう。
魔王軍の中でも直接的な敵意を向ける者は殆どが南の地に住んでいる者になるのだが、魔族の共通認識として人間と敵対関係である事は常識となっている。
だからこそアスタルトに限らず普通の魔族にとってミラージュの発言は信じがたい事であり、仮に作り話だとしてもあまりに出来が悪すぎる内容なのだ。
そのような荒唐無稽な話を信じる魔族など、普通は存在しない。
「どうやら嘘は……言ってねぇみたいだな。あまりにバカバカしい話でダンナの頭がいかれちまったかと思ったが、そんな事は無いみたいだ。それで……ダンナは人間の国で起きた事についてどうして知っているんだ?」
何故知っているかと聞かれればファルサとして、つまり人間として王都で暮らしているからという事を答える以外の選択肢はない。
そもそも今の状況で人間の国について持ち出しても余計に話が拗れてしまう事に繋がり、決してミラージュへの疑惑が消える材料とは成り得ないだろう。
それどころか苦し紛れに嘘を重ねている様にしか思われず、せめてもう少し時間が経って魔族領に王都で起きた事の情報が伝わった後ならまだしも、今の段階では真実かどうか判断する材料すらないのだ。
ルヴトーの立場からすると馬鹿にされていると思っても仕方のない程のふざけた発言になるはずなのだが、それでも会話を続けようと質問を続けているのはそれだけミラージュを評価しているという事だろう。
どれだけ疑念を抱かせるような材料が揃っていたとしても、ルヴトーにとってミラージュと言う男はそこまで単純な男ではないと思われているのだ。
そんなルヴトーの態度を見て、やっぱりこれで正解だったな、とミラージュは笑みを浮かべていた。
自身の顔を覆う仮面を外し、今までひた隠しにしてきた素顔を見せてルヴトーと真っ直ぐに向き合いながら。
「ミラージュ様! 何を為されているのですか!」
今までミラージュの行動を見守って沈黙を貫いていたアスタルトも、これには思わず声を張り上げてしまう。
アスタルトにとってはミラージュの奇行とも呼ぶべき言動は慣れたものであり、先程までも何らかの意図があるはずだと思って口を挟まずにいたのだろう。
しかし、ミラージュの素顔は魔王軍内で誰も見た事が無く、魔王であるリリスに対してですら仮面を外さなかったのだ。
仮面の下にある素顔については様々な憶測が流れているものの、真実にたどり着いた者はいない。
それほどまでに隠し続けるという事は余程の理由があるのだろうと、誰しもが思うのは当然であった。
「何って、説明するよりは見て貰った方が早いと思ってね。どうですルヴトーさん、僕が人間の国について詳しい理由がわかりましたよね?」
ミラージュの後ろに控えているアスタルトにその素顔を見る事は出来ないが、正面に座っているルヴトーにはしっかりと確認出来るのだ。
ルヴトーは予想外の出来事に口を何度もぱくぱくとさせながら放心している様子であるが、ミラージュの問いかけに何とか言葉を返すのだった。
「ダンナは人間だったのか……? いや、さっきまでは紅い瞳をしていたはずだ。何でいきなり両目が黒くなっていやがるんだ」
ルヴトーの言葉通り、素顔を晒したミラージュの両目はどちらも黒く、人間であるファルサとして生活する時の状態になっているのだ。
魔族は狼魔族であろうと悪魔族であろうと真紅の瞳を持っており、人間との間に産まれたミラージュを除いて今のところ例外は確認されていない。
もっともミラージュ自身も正体をひた隠しにしている為、魔族の中で紅い瞳を持たぬものなど存在しないというのが常識になる。
「実はこれ、人間の国で開発された瞳の色を変える道具なんですよ。ほら、片方だけ外すと違いが良くわかるでしょう?」
「あ、ああ、確かに良くわかるな……つまりダンナはわざわざ人間に変装してヴァロワ王国とやらに忍び込んでいたって訳か」
左目に装着していた黒目に見せる為のレンズを慣れた手つきで外したミラージュは、紅い瞳と黒い瞳の両方をルヴトーに披露する。
まるで比較の為に敢えて右目を黒く見せたままにしていると錯覚させる口ぶりであり、実に大胆不敵な行動と言える。
ルヴトーの方は突然ミラージュが素顔を晒した事に混乱しているのか、随分と狼狽した様子で返事をするのだった。
もしもミラージュが最初から両方の瞳の色が違った状態で素顔を晒していた場合、どうしても右目だけ黒い事に対してルヴトーは違和感を覚えただろう。
しかし実際には両目が黒い状態を先に見せる事でミラージュが実は人間ではないのか、とルヴトーに誤解させて後に、レンズを用いた変装であるという答えを提示したのだ。
魔族や人間の心理と言うものは面白いもので、一度疑問に感じた事に対する答えが得られると容易にそれを信じてしまう。
結果としてルヴトーはミラージュの素性を誤解した上、その行動理由まで都合の良く解釈してしまったのだ。
そしてミラージュは、右目からもレンズを外す仕草をしてから素早く仮面を顔に被り直し、二つのレンズを手のひらに乗せてルヴトーへと差し出した。
「珍しい品ですので良ければじっくりとご覧になって下さい。ただし、非常に薄く加工されているので誤って割らない様に注意して下さい。それにしても僕は仮面をしているのが一番落ち着きますね。どうにも臆病な性分なのか死角があると気が休まらなくて、日ごろから転移魔法を利用してこっそり確認しているんですよ。例えば、後ろにいるタルトちゃんが可愛らしい表情で口を大きく開けているのも丸見えだったりします」
突然の指摘にアスタルトは慌てて口元を抑えて、キッと鋭い目つきでミラージュの方を睨み付ける。
ミラージュは転移魔法の応用で仮面の内側――正確には塞がれている仮面の右眼部分――に小さなゲートを発生させて、様々な場所に視野を飛ばすことが出来るのだ。
そしてアスタルトをからかう様な行動も、仮面で右目を完全に隠している理由を暗に伝える目的で行っているのは明らかである。
更に本来必要ない右目用のレンズも用意する事で、僅かな疑念も抱かせる余地を残していない。
その上、ミラージュが言葉にしている事に嘘偽りは一つも存在せず、仮面を被っているのが落ち着くのも正体を知られずに済むからであり、臆病と言う表現も本音であった。
もしもミラージュが臆病者でなければ、このように中途半端な正体の明かし方などしないのだから。
「……ふーむ、こんな物が作られているとは驚きだな。それでダンナ、もっと詳しく話を聞かせてくれるんだろうな」
「勿論です。僕の推測も混じりながらになってしまいますがご了承ください。昨日の昼にヴァロワ王国の王都で魔族が三名現れたのですが、その中にルヴトーさんの娘であるルウちゃんがいました。もう二名は仮面で顔を隠しているので正体はわかりませんでしたが、僕とタルトちゃんの格好にそっくりでしたね。仮面を付けた二名は逃げ出して最終的にルウちゃんだけが保護されたのですが、当然ながら無理やり誘拐されたとの事でした。逃げ出した二名は転移魔法で姿をくらませたので片方は幻魔族であると考えています。そして僕は先日調査した遺跡内部で、僕以外の誰かが転移魔法を使用したと思われる魔力の残滓を確認しています。おそらくルウちゃんが行方不明になった場所を調べたら、誘拐に転移魔法が使用されたと断定する事も出来るでしょう」
ミラージュはルヴトーの質問にこれまでの経緯をざっくりと説明していく。
ルヴトーにとって必要な情報はミラージュが人間の国でどのような事をしているのかではなく、娘がどうしていなくなったかが重要であるのだ。
そしてミラージュはルウが利用された原因が自分である事を隠すつもりはなかった。
ここでルヴトーの疑念を晴らし協力関係を築く為にも、敵の目的についてはっきりさせる必要がある。
今後も似たような方法でミラージュへと疑いを向けさせる仕掛けを行う可能性が高く、当然の対応と言えるだろう。
「あー、なんだ、つまりウチの娘はダンナたちを陥れる為に利用された。それで相手も転移魔法を使えるから厄介だって訳だな。で、その事と俺の娘を連れて帰らなかった理由とはどう繋がるんだ?」
ルヴトーは元々狼魔族の村を救うために魔王軍を利用しようとして、ミラージュたちを騙しきった程度には知略に長けている。
本来であれば突拍子もない話であるはずなのだが、それでもしっかりと理解した上で核心をつく。
ルヴトーの立場からすると、ミラージュがこの場にルウを連れてくるだけで全て解決する話であり、わざわざ素顔を見せたりする必要などないのだ。
そしてルヴトーが先程まで殺気を撒き散らしていたのも、この事が一番の理由になるだろう。
客観的に考えた場合、ルウの匂いを漂わせながら本題に入らずのらりくらりとした態度のミラージュは、どう考えても真実を誤魔化そうとしている犯人にしか思えない。
ここが正念場だ、とミラージュは気合を入れてルヴトーの問いかけに答えるのだった。
「ルヴトーさんが望むならば今すぐにでもこの場に連れてくる事は出来ます。言い方は悪いですが、僕はルウちゃんを利用して今回の騒動を引き起こした犯人を炙り出すつもりです。それには彼女が人間の国で保護されているという今の状況が必要不可欠になるでしょう。同じ使い手だからこそわかりますが、転移魔法という代物を私利私欲や私怨目的で安易に利用するのは非常に危険です。実際に僕自身も、この魔法で取り返しのつかない事をしてしまった経験があります。だから……僕は必ず犯人を突き止めてこのような行為を二度とさせないようにするつもりです。その為にはルウちゃん、そして狼魔族であるルヴトーさんの力が必要なんです。どうか僕を信じて改めて命を預けて下さい、お願いします!」
いつもの飄々とした態度とは似ても似つかぬ真面目な口調で言葉を発したミラージュは、ルヴトーに向かって深々と頭を下げる。
転移魔法は非常に便利な能力であるのだが、使い方次第では世界を支配できる程の力を秘めていた。
大軍を敵の真後ろに出現させることで不意を突く事も、様々な場所に忍び込んで重要な情報を持ち帰る事や暗殺に使用する事も出来る。
逆に命の危機に瀕している者を瞬時に移動させて適切な治療を受けさせる事も、囚われた罪のない者を救出する事も出来るのだ。
今回の様に悪意を持って利用し始めた場合、どれだけの被害が出るか想像もつかないだろう。
ミラージュは新たに現れた転移魔法の使い手について、想像の範囲内でしかないが自分の力にはまだまだ及ばないと考えていた。
しかし、これから成長する可能性を加味すると野放しに出来ないのも事実である。
副官のアスタルトがそうであるように、魔法の力は稀に急激な成長を見せる時があるのだ。
それが一年後か、十年後か、百年後かはわからないが、時間が経てば経つほど能力が向上していくのは間違いない。
もし、ミラージュと同格の存在に登りつめた転移魔法の使い手が悪意を持ってその力を振るったとしたら、最早魔族だけの問題と言えなくなってしまう。
少なくともミラージュに矛先が向いている今は、相手の動向が読みやすく、自身の周囲を警戒させておけばある程度の被害は防げるのだ。
そして狼魔族の族長であるルヴトーは僅かな残り香でも判別できる程に鼻が利き、ルウの父親でもあるからこそ最優先で協力を求めるべき相手になる。
それでもルウを利用する以上は、あれこれ言葉を並べても所詮は全て言い訳になってしまう。
だからこそ、ミラージュは魔族の誰にも見せた事のない素顔を晒し、頭を下げて誠意を見せる事にしたのだ。
交渉において最も重要なのは相手の懐に入り、自らを信用させる事になる。
ミラージュが用意できる交渉のカードは、魔王軍内における役職から領土、金銭や希少な道具から美女に至るまで多岐に渡る。
しかしこの場で提示したのは自身の素顔と正直な気持ちだけであり、それ以外の条件は一切存在していない。
おそらくミラージュがこの場で領土や金銭を提示した場合、ルヴトーは娘を売らせるつもりかと激昂するだろう。
そうしたルヴトーの娘に対する愛情を汲んだ上で、ミラージュは最適な方法を選んだのだ。
そうは言ってもルヴトーが了承するかどうかは賭けであり、成功する確率はそれほど高くないだろう、とミラージュは考えていた。
「……」
ルヴトーは腕を組み、ミラージュを見つめながら無言で考えている様子であった。
当たり前と言えば当たり前なのだが、ルヴトーからすると全く状況のわからない人間の国に娘を預けたままになるのだから、簡単に答えは出せないようである。
先程まであったルウの誘拐に関する疑惑はミラージュの素顔を知った事で解消されているはずであり、ルヴトーは自身の命だけであれば喜んで差し出す事を選だろう。
しかし、ルウが居るのは魔族と敵対しているヴァロワ王国であり、その上ミラージュの言葉だけで判断しなくてはならないのだ。
ルウの安全だけを考えるならば今すぐにでも連れ戻してほしい、しかしミラージュへの恩義もある。
おそらくはそんな感情がルヴトーの中で渦巻いている事が、渋面からも読み取れる。
そして頭を下げ続ける上司の背を見つめていたアスタルトが、意を決したように立ち上がりミラージュの横へと座り込む。
その行動にミラージュは頭を下げながらも横目でアスタルトに視線を向け、ルヴトーも何事かと様子を伺っている。
「差し出がましいかもしれませんが、私からもお願いします。正直、ミラージュ様のお考えについては私にも一切の相談が無かったので全くわかりません。しかし、ミラージュ様の態度を見ていれば、そのままルウさんを人間の国から連れ戻すだけでは解決しないという事はわかります。それに転移魔法の脅威は副官である私がミラージュ様の次に良く知っています。ミラージュ様は凄くいい加減に見えても転移魔法の在り方についてはいつも気にかけておられます。我々が転移魔法に依存しない様に敢えて使用を控える事も多く、常に代替手段の提案をされるのです。その上、子供に対しても非常に優しく、ルウさんをみだりに危険に曝す真似は絶対にしません。それでもこうしてルウさんを利用するかのような物言いをしているのには、どうしても譲れない事情があるのでしょう。四天王幻影のミラージュの副官として、私も命を賭して協力する事を誓います。ですからどうか、この願いを聞き入れては貰えないでしょうか」
そう言ってアスタルトは、ミラージュと同じように深々と頭を下げてルヴトーへ懇願する。
この行動はミラージュにとっても予想外の出来事であり、敢えてアスタルトに相談しなかったからこそ衝撃が大きく、それと同時に己の至らなさとアスタルトの精神的な成長を見抜けていなかった事を恥ずかしく思うのだった。
ミラージュの知っているアスタルトは想定外の事態に対応する柔軟さに欠けており、何事にも正面からぶつかる生真面目な性格である。
しかし今のアスタルトは、突拍子もないミラージュの言動に驚きながらもしっかりと状況を見極め、自らの意思で行動を起こしたのだ。
その姿はミラージュへの絶対的な信頼と忠誠を持った副官そのものであり、普段から辛辣な言葉を吐くアスタルトとは真逆の存在に見える。
そしてどこかミラージュと良く似た雰囲気を醸し出しているのは、上司と同じように最適なタイミングで最大の結果をもたらす最高の行動をしているからだろう
「あー、もうわかった。ダンナに頭を下げられた上、嬢ちゃんにまでそんな事をされちまったら断れる訳がないだろうが。正直言って娘の事は心配だが、ダンナと嬢ちゃんを信用して任せたぜ。ウチの奴らやカミさんには俺から上手く言っておく。ま、ダンナの所へ嫁入り修行しに行ったとでも言っておけば問題ないだろうよ。それによ、ウチの娘に舐めた真似してくれた野郎はぶっ潰さないと俺の気も収まらないからな」
「ありがとうございます、ルヴトーさん。ルウちゃんについては必ず僕が守ってみせます。それと、タルトちゃんもありがとう。君が副官で本当に良かったよ」
「私はあくまでも副官として行動しただけです。感謝をされるような謂れはありません。あまりにもミラージュ様が情けない姿を曝していたので仕方が無く協力しただけです」
ミラージュだけでも悩んだ末に了承を貰えていた可能性があるが、アスタルトの存在が最終的にルヴトーの背中を押す結果を生み出したのだ。
冗談めかしているが、ルヴトーの心境はルウの事が心配でたまらないはずである。
それでもミラージュとアスタルトを信じて、正真正銘、全てを預ける覚悟を決めたのだろう。
ただ、嫁入り修行という理由だけは勘弁して欲しい、とミラージュは密かに思うのだった。
いくら魔族は長命であまり年齢差を気にしない種族だと言っても、見るからに子供のルウが相手では世間体が悪すぎるのだ。
そしてアスタルトはいつもの様にミラージュへと毒を吐く。
ほんのりと、と言うには目立ちすぎるほど顔が赤くなっているのだが、それを指摘するような無粋な真似をする者はここにはいない。
「ダンナ、最後に一つだけ俺の我儘を聞いちゃくれねーか? ダンナに娘を、ルウを預けると決めたが男親として通すべき筋ってモンがあるんだよ。早い話が俺と決闘して、ダンナのとんでもない力をはっきりと俺に見せつけて安心させてほしい。どんな状況でも娘を守ってくれる圧倒的な力ってやつをよ」
「……そうですね、思えばルヴトーさんとは直接戦わずに交渉を終えていましたね。勿論、構いませんよ。決闘におあつらえ向きな場所も知っていますし、そちらで行いましょう。タルトちゃん、審判をお願い出来るかな?」
「はぁ、結局はこうなるのですか。わかりました、審判役を務めさせて頂きます」
魔族との交渉において自らの力を見せつける決闘は恒例行事とも言える程度には良くある事であり、ミラージュもアスタルトも慣れた対応である。
ルヴトーはルウが行方不明になった事で相当な鬱憤を溜めこんでいるはずであり、それを発散する意味も兼ねているのだろう。
それをわかっているからこそミラージュは快く了承したのだが、密かに一抹の不安を抱えていた。
半日前のミラージュはルウを庇った事で大怪我を負って死の淵を彷徨っていたのだ。
幸いにもパルミナの回復魔法で事なきを得たが、現在の体調は万全と言うには程遠い。
並の相手であれば簡単にあしらう事が出来るだろうが、ルヴトーは狼魔族の族長であり黒皮病を患っていつ死んでもおかしくない状態でも、簡単に魔物を屠っていた実力者である。
今は病気も完治して万全の状態であるのは間違いなく、正面からぶつかるのは得策ではないだろう。
しかし、ルヴトーが圧倒的な力を見せてほしいと言っている以上、ミラージュに残された選択肢はそう多くはない。
早く平和に過ごせる世の中が来てくれないかな、決闘とは無縁の生活が送りたいよ、とミラージュは現実逃避をしながら転移魔法で移動を開始するのだった。




