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ファルサとゼノビアの共謀

 ユリアとルウによる同一人物の自慢大会は幕が引かれ、あれだけ騒がしかった家の中が物音一つしない静けさに包まれていた。

 パルミナは教会へ報告に戻り、ユリアは転移魔法を警戒して念のために護衛役として同行を買って出ており、そのまま泊まる予定となっている。

 本来はファルサが送るつもりであったが、大怪我をした人に無理はさせられないとパルミナに反対されてしまい、ファルサは一人、書斎にある椅子に座って今日の出来事について思い返していた。

 パルミナやゼノビアから話を聞いた限りだとルウが誘拐されたのが今朝の話であり、昼過ぎには王都の南門で姿を現しているのだ。

 少なくとも魔族領の北東部にある狼魔族の村からヴァロワ王国中心部の王都まで、数時間で移動できる転移魔法の使い手が存在する事になる。

 しかしファルサの知る限りそれだけの転移魔法の使い手は過去にも例はなく、と言うよりも幻魔族自体の存在が珍しい為、特定できるような情報は無い。

 唯一、先日の遺跡調査で感じた転移魔法と思われる魔力の残滓だけが手がかりであり、簡単に結びつけることは早計だと思いつつも、ファルサは今回の首謀者と同一である可能性が高いと考えていた。

 何故、自分やアスタルトに濡れ衣を被せようとするほど恨みを持っているのか理由は定かではないが、知らないところで反感を買っているのだろうとファルサは推測する。

 もしくはもう片方の魔族が恨みをもっており、それに協力しているだけかもしれない。

 また、ルウ自身を利用したという事は、何らかの形で今回の件が魔王軍へ伝わる様に仕向けてくるはずである。

 その時に魔王軍内でどのような立ち回りをするかが重要であり、一歩間違えると余計な疑惑をきっかけに内部分裂が起きる可能性もあり得るのだ。

 まずは狼魔族へのフォロー、そして魔王リリスや副官のアスタルトへの注意喚起と対策の提案、それからヴァロワ王国の情報が入りやすい南の地を治める四天王クリューエルへ情報提供の要請など、やるべき事は沢山ある。

 そのどれもが人間であるファルサしか知りえない事を封印しつつ、魔族であるミラージュとして動かなければならない。

 少しでも違和感のある言動をしてしまえば後々に自身へ疑惑を向けられた時に不利になってしまい、だからと言って情報を得ているのに何もしないのは愚の骨頂だ。

 宮廷魔導士筆頭のファルサと四天王のミラージュ、二つの名前と立場を持つ優位性を活かさなくてはこうして二重生活を続けている意味がない。

 そして人間のファルサとしてもルウを元の場所に返す方法を模索しなくてはならない。

 しかし一番現実的、とも言えないが真っ当な方法を取るには、ファルサ一人の力では少々難しい問題があるのだ。


「随分と集中して考え込んでいるようだな、ファルサ殿。ノックをしたのだが返事が無かったので勝手に入らせてもらったぞ」


「ん……ああ、ゼノビアか。ちょっと今後の事を少し……ね」


 随分と深く考え込んでいたせいか、ファルサはゼノビアに声を掛けられるまで本気で気が付いていなかった。

 あまり表に出さない様にしているが今のファルサは最悪の調子と言っても過言ではなく、平常時よりも注意力、体力、魔力と言った大よそ殆どの能力が低下しているのだ。

 勿論、ゼノビアが殺気を出して近づいてくるような真似をすれば一瞬で気が付くし、体力や魔力についてもファルサとして周囲に知られている実力程度なら一切問題ない。

 それでも完璧と呼ぶには程遠く、ユリアの短剣で刺されて瀕死の重傷を負った影響はしっかりと残っていた。

 本来ならばパルミナの言う通り数日は安静にするべきなのだが、ファルサの立場や状況がそれを許してはくれない。


「今後の事……か。そういえばファルサ殿の会議での発言、あれはどこまで本当なのだ? 一応筋が通ってはいたが私は随分と違和感を覚えたぞ。ルウ殿をあんな方法で庇った理由も魔族の情報を得る為だけではあるまい。ユリアやパルミナ殿も口には出さないが、おそらく似たような事を思っているだろう」


 やっぱりゼノビアやパルミナ、それにユリアは誤魔化されないよな、とファルサは諦めと同時に感心する。

 特にゼノビアはファルサと仕事を共にする事が多く、それなりにお互いの行動原理を理解していた。

 ファルサが死に至る傷を負ってまでルウを庇うのはやはり異常であり、ユリアの精神状態を考えたら満足な回復魔法が使えない事も明白なのだ。

 王宮での会議では南門に現れた魔族に焦点が当てられていた上、ファルサが普段通り元気な姿を見せていた為、しつこく言及されてはなかった。

 しかしお互いの事をよく知るゼノビアたちにとっては、疑問の余地が存在する行動であるのだろう。

 そしてファルサはどう話したら良いものか思案し、やがて一つの結論を出す


「ゼノビアは僕が宮廷魔導士になる前に王国内を旅していたことは知っているよね?」


「ん? ああ、確かその途中でアウレリア王女殿下と出会って宮廷魔導士に取り立てられたと記憶している」


「うん、その認識で会っているよ。じゃあそれまでは何をしていたのかと言う事になるんだけど……僕は君たちが思っている以上に魔族の事を知っているんだ。ゼノビアならこれだけでも心当たりはあるでしょ?」


「……まさか闇商人か? もし、そうだとしたら問題発言だぞ!」


 闇商人、それは魔族を相手に取引をする違法集団の事である。

 ヴァロワ王国と含めた人間の国々は魔族領とは三百年前から国交を断絶しており、魔族と取引をした場合には重罪人として捕まってしまう。

 しかし、魔族領から流れ出る古代文明時代の品や、種族特有の能力を生かして作られた名産品の類が裏では密かに取引されていた。

 これらの品々は王都に住む貴族の好事家などに高値で売れる為、闇商人が仕入れた品がそのまま闇市場などで頻繁に流通しているのだ。

 いつの時代も敵国と商売をして儲ける商人はいるのだが、魔族相手にそれを行う気概はある意味評価できるかもしれない。

 そして宮廷魔導士筆頭であるファルサがもし闇商人をしていたとなると、大問題であるのは誰の目にも明らかであった。


「んー、正確には違うんだけど似たようなものかな。申し訳ないけど僕もあんまりおいそれと話す訳にはいかないんだ。でも、僕は魔族が人間と同じように普通に村を作って畑を耕し、街を作って商売をする事を知っている。彼らも恋愛をして家族になって生まれた子供を愛する事を知っている。でも、ユリアの過去や苦しみ、魔族への憎しみについても僕は誰よりも知っているんだよ。だから……多分あんな行動になったんだと思う。魔族を庇ってユリアに攻撃する訳にもいかなかったし、ユリアに魔族の子供を殺して欲しくも無かった……ってところかな。それと、ルウちゃんはきちんと両親の元に返してあげたいとも思っているよ。やっぱり家族は一緒が一番だからね」


 勿論、ファルサは闇商人などではなく魔王軍の四天王であるのだが、言っている事の大よそは本音であった。

 ファルサの思いがけない過去の一部を知ったゼノビアは何と言えば良いのかわからない様子で、腕を組みながら瞠目する。

 王国内でも誰も知らないファルサの秘密、その一端を知ってしまったゼノビアはどのような反応をするのだろうか。

 本来のゼノビアが持っている気質は公正で実直、悪く言えば融通の利かない頑固者である。

 ファルサが過去に魔族と交流を持っていたと知った今、騎士としてのゼノビアならばそれを見過ごすわけにはいかない。

 しかし、そうした場合にはファルサが犯罪者として扱われてしまう。

 だからこそ簡単に結論を出すわけにもいかず、ゼノビアは永遠にも思えるほど長い間をおいて、ようやく言葉を発するのだった。


「……ファルサ殿、今日の私はどうやら耳が遠いらしい。過去に何をしていたのかは上手く聞き取れなかったようだ。しかし、ファルサ殿がユリアやルウ殿、そして平和に生きる者たちを慮っている気持ちは良く伝わった。そして危険を冒してまで私に話したからには何か理由があるのだろう? そうだな……例えばクテシフォン侯爵家の発言力を利用したい……と言ったところが本命ではないのか? 特にファルサ殿が影響を与えにくい地方の大物貴族への根回し等が考えられるな」


「ふう、流石はゼノビアだね。確かに僕が今考えている計画には君の、いやクテシフォン侯爵の力が必要になる。わかっていると思うけど、これはゼノビアにとって利になる事は何もない。寧ろ僕の過去を考えると不利益にしかならない可能性もあるんだよ。だから無理に協力――」


 する必要はない、そう言おうとしたファルサの唇は唐突に塞がれてしまう。

 どうやら今日の自分は本当に隙が多いみたいだ、とファルサは今更な事を思いながらもゼノビアの柔らかい唇を堪能するのだった。


「ファ、ファルサ殿……今の行為は貴殿に協力する為の手付け代わりだ。私を利用するつもりなら存分に利用するが良い。だが、責任は取ってもらうぞ」


 ゼノビアは顔を真っ赤に染めあげながらファルサへと宣言をする。

 先程ルウが教えた男を落とす技術の一つに、普段強気な男が弱い部分を見せたら徹底的に押せ、という言葉があった。

 勝負所を冷静に見極め踏み込む勇気がある王国最強の騎士は、意外なところでその真価を発揮する。

 流石のファルサもこれはゼノビアに一本取られたと思いながら、存外悪い気はしていないのだ。

 魔族であるルウを全うな手段で家に帰す事を考えた場合、リスクを負ってでもゼノビアを味方に引き入れる必要があった。

 戦争においても捕虜の多くは金銭によって解放されることが多く、大物貴族であれば人質としての価値が高く生かされる事が多い。

 これをルウに当てはめた場合、魔族との交渉の席を設けて何らかの対価を得てルウを引き渡す、というのが正当な方法になるだろう。

 しかし、人間側だけの問題、つまりファルサとして解決しなくてはいけない課題は、魔族との交渉に反対する人物の説得や根回しになる。

 王宮内の発言権はそれなりに高まっているファルサであったが、地方の大物貴族、つまり広い領地を持った伯爵家や侯爵家などへの繋がりは極端に少ないのだ。

 特に魔族への嫌悪感が強いヴァロワ王国北部の貴族などは、ルウを引き渡すくらいならば公開処刑を望む様な連中ばかりである。

 下手に刺激し過ぎると余計な反発を招いたり反乱を起こされたりする可能性もある為、事前の根回しをどれだけ出来るかが、計画の第一歩になる。

 そうした事を考慮した上で、ファルサがわざわざ自分の正体に繋がりかねない様な話をゼノビアにしたのだ。

 最悪、この場でゼノビアを味方に引き入れられない様では強引な手段、つまりファルサである事を捨てて、無理やりルウを連れ戻す事も視野に入れていた。

 いささか早急にも思えるファルサの考えだが、実は結論を後回しにすればするほど事態は悪化するのだ。

 パルミナの所属するフォルトゥナ教は魔族を排除する思想が根付いており、間違いなく余計な口出しをしてくるだろう。

 その上、ヴァロワ王国北部の貴族による介入や、下手をすると東西に接する二つの隣国が首を突っ込んでくる事も考えられるのだ。

 根回しから交渉までは早ければ早い程、つまりルウの噂が広まりきる前に話を進めるのが最善と言える。

 それらを考慮した上でゼノビアへ話をしたのだが、返答が口づけになるのはファルサにも予想外の事であった。


「責任って何なのかな……なんて野暮な事は今更言わないよ。でも僕は君にまだまだ沢山の隠し事をしているし、もしかしたら全てを投げだして逃げ出すかもしれない。だから申し訳ないけど君の期待に――」


 言葉の途中で再びファルサの口がゼノビアによって塞がれる。

 今度の口づけは先程のものよりも濃密で、反射的にファルサも応じてしまう。


「ぷはぁ。わ、私もここまでするつもりはなかったが、ファルサ殿がいけないんだぞ。先日も言った通り私は貴殿が抱えている事を話したくなるまでは待つつもりだ。それに逃げ出そうとしたらどこまでも追いかけてやるから安心するが良い。私はこう見えてしつこい女だからな」


 普段のポンコツな態度はどこに行ったのか、ゼノビアは騎士らしく凛々しい表情で声高らかに言い放つ。

 おそらく緊張が一周して一種の興奮状態に陥っているのだろう。

 しかしファルサにとって恋愛とは寿命の違いに向き合う必要がある為、日ごろはあまり意識しない様にしていたのだ。

 魔族と人間のハーフであるファルサは幻魔族の正確な寿命こそわからないものの、順当にいけば人間よりも長生きし、魔族より早死にする。

 だからこそ普段はあまり考えない様にしているのだが、今の状況は否が応でも意識させられてしまう。

 人間である顔も知らぬ母と、魔族である父は一体どういう気持ちでお互いの関係を深めたのだろう、とファルサは心の中で答えの見つからない問いかけをする。

 しかし、その問いかけに答えられる相手はいない、いや、答えは己で見つけるしかないのだ。


「女性にここまで言われて逃げ出したら凄く恥ずかしい事だよね。とりあえず恥をかかなくて済むように、今はゼノビアの事を都合よく利用する悪い男になろうと思うよ」


「ああ、それでこそファルサ殿だ。今は存分に利用して貰おうじゃないか。もっとも、私はそれだけで済む女ではないがな。私の初めてを捧げたのだから覚悟するんだな」


「……お手柔らかにお願いしたいものだね」


 ファルサは非常に迂遠な言い回しをしているのだが、簡単に言えばゼノビアについてもきちんと向き合いながら、計画を成功させるつもりで挑むと言う所信表明である。

 一方のゼノビアも、ファルサがそう簡単に結論を出せない事を理解し、それを全面的に認めた上で実家の力を利用させるつもりなのだろう。

 これだけ聞くと、ファルサが侯爵令嬢を誑かして実家の権力を利用するクズ男にしか思えない。


「ふふ、それはファルサ殿次第というものだ。しかし婚約話があって丁度良いとも言えるな。父上の協力を取り付けるには打って付けの立場ではないか。渡りに船とは正にこの事だな」


「……僕にはその船が一度乗ったら逃げられない奴隷船に思えてきたよ」


 もしかして人選を間違えたかなぁ、とファルサは今更になって少し後悔する。

 ゼノビアを選んだ理由は侯爵令嬢という点もあるのだが、一番中立的な立場である事も考慮されていた。

 ユリアは魔族への憎しみが強くルウの事でさえ何とか耐えていると言った様子であるのに、ファルサが魔族と交流を持っていたと知れば、どうなるかは想像もつかない。

 パルミナの場合はルウへの態度を見てもわかる通り魔族に友好的なのだが、フォルトゥナ教という魔族排斥主義の壁が立ちはだかる。

 その為、ゼノビアと言う選択肢は最善にも思えるのだが、演技とは言え自動的に婚約者の道を進むことになるのだ。

 それはそれで問題になる要素しか見当たらないので、ユリアたちにどう説明したものかとファルサは再び頭を悩ませる。

 ゼノビアの想いに対する答え、ルウを元の居場所に返す事、ユリアの復讐について、魔族との関係、人間としてのファルサに積み重なっていく課題は多い。


「ところでファルサ殿、私はもう限界のようだ。すまないが……介抱を……たの……む」


「おっと、随分といきなりだね、全く」


 先程まで勇ましい姿をしていたゼノビアは、顔を真っ赤にしてファルサの胸の中へ倒れ込んでしまう。

 元々、ファルサと抱き合うだけでも気を失った経験のあるゼノビアが、あれだけの事をしでかして平気な顔を出来るはずがないのだ。

 相当やせ我慢を続けて居た様で、話が一段落して緊張の糸が切れてしまったのだろう。

 年下の女の子に無理をさせてしまうなんて年長者として失格だな、とファルサは反省する。


「はぁ、僕はいつからこんなに働き者になったんだろう。元々は適度にお金を稼いで後は読書でもして平和な余生を送るつもりだったのになぁ」


 ため息を吐いて独り言を漏らすファルサだったが、存外、今の生活も悪くはないと思い始めていた。

 少なくとも今のファルサは人間と魔族のどちらも簡単には捨てられず、その上で取り巻く問題を解決するならば、両種族の和平が最も現実的で効率的な目標なのだ。

 達成するまでの道のりは遠く険しいものなのだが、生きがいと言うものは目には見えない活力を与えてくれる。

 今のファルサにそこまでの自覚は無いのだろうが、少なくとも消極的に時間を過ごしていた時に比べて、間違いなく心が満ち足りた状態になっているだろう。


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