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狼魔族の少女ルウ3

「わあ! これ凄く美味しい!」


 食卓に響く喜びの声はルウのものであった。

 ルウが今口にしているのは鶏を丸ごと一羽使った煮込み料理であり、ヴァロワ王国北部の家庭料理であるポトフの一種になる。

 他にも小エビを使ったコロッケ風の揚げ物やグラタン、ウサギ肉と干しプラムのビール煮込みや野菜入りのマッシュポテト、食後のデザートにチョコレートやワッフルまで用意されている。

 一見すると一人で食べるには多すぎる様にも思えるのだが、狼魔族は非常に良く食べる種族である。

 ルウの目の前にある料理は次々と小さな口の中に消えていき、パルミナは嬉しそうに笑顔を浮かべていた。


「あらあら、ルウちゃんは本当に良く食べるのね。実はその料理はユリアお姉ちゃんが作ったのよ」


 実は食卓に並べられている料理の多くはヴァロワ王国北部の家庭料理であり、珍しくユリアが中心となって作られていたのだ。

 これはパルミナの発案によるもので、少しでもルウと距離が縮まる様に立てた目的があるのだろう。

 ファルサもそれに乗っかる様に、ユリアの手料理が食べたいなどと嘯いて、やる気を出させる協力をしていた。

 そしてルウが美味しそうに料理を頬張る様子を見たユリアは、口を尖らせながらも満更ではなさそうな表情を浮かべている。


「そうなの? ユリアお姉ちゃんってお料理が上手なんだね。ありがとう!」


「べ、別にボクはファル兄が手料理を食べたいっていうから作っただけで、君の為に料理をしたわけじゃないからね! ああ、もう! 何だかやりづらいよ!」


 お礼を言うルウが浮かべる純粋な笑みは太陽の様に眩しく、子供の素直な感謝の気持ちが精一杯に現れていた。

 ふかふかの毛に覆われたルウの尻尾は左右に何度も振れており、まるで餌付けをされてご機嫌な動物の様にも見えてしまう。

 ユリアは少々困惑しながらも決して悪い気はしていない様子であり、顔を背けていかにも不機嫌そうな態度をとっているのだが、ちらちらと何度も横目でルウの方へ視線を向けていた。

 まだまだ時間はかかりそうだけどこれなら少しは良い方向に進みそうだな、とファルサは心の中で安堵する。

 ユリアの魔族への憎しみは並大抵のものではないのだが、ルウ個人へ向ける感情は明らかに違ってきているのだ。

 実際に落ち着いた状態のルウは普通の子供であり、魔族である事を除けば本来はユリアが敵意をむき出しにするような相手ではない。

 今のユリアは憎悪を抱いていた魔族の記憶と、目の前にある現実とのギャップに戸惑っている事だろう。


「こっちの料理も美味しい!」


「あら、そっちはファルサ君が作った料理なのよ」


「ファルサお兄ちゃんは男なのにお料理が出来るんだね。まるでミラージュお兄ちゃんみたい」


 少し目を離すとルウは先程まで食べていたユリアの料理をぺろりと平らげており、次の獲物に取り掛かっていた。

 ルウの言葉を聞いてそういえば狼魔族の村で料理もしたよなぁ、とファルサは思い出す。

 狼魔族の村で蔓延していた黒皮病の治療を行っている際に、各々の快復状況に合わせた病人食も作っていたのだ。

 食事というものは馬鹿に出来ず、東方には薬膳と言う食の医学とも呼べる概念が存在しているほど、健康と密接に関わっているとされている。

 魔族の場合には効果がはっきりするまでに何百年もかかってしまう為、中々浸透しないのが魔王軍の課題の一つとなっていた。


「ミラージュ殿とは先程話していた御仁の事だな。ルウ殿から聞く限り魔族と言っても中々立派な人物らしい」


「私もルウちゃんに色々と教えて貰ったわ。とっても素敵な方みたいね」


 ゼノビアとパルミナは、それぞれがルウと二人きりの時に似たような話題で会話をしており、ミラージュについてもある程度は聞いていた。

 どうしてこんな短時間に二人ともそんな事を聞き出しているんだ、あんまり広めないでくれ、とファルサは頭を抱えそうになる。

 四天王ミラージュの情報は転移魔法同様にヴァロワ王国では殆ど知られていない。

 その為、南門にルウと共に現れた仮面の魔族の正体についても未だ不明とされているのだ。

 ファルサにとってミラージュの容姿が伝わる程度ならば別にそこまで問題はないのだが、人間側の立場で考えた場合に四天王が王都まで侵入していたという事になってしまう。

 そうなった場合、王都に走る衝撃は今よりも大きくなることは必然であり面倒事も増えていくだろう。

 特にヴァロワ王国の人々にとって魔王軍四天王のイメージとはそのまま残虐のクリューエルのものであり、あんな奴と同一視されるのだけは勘弁してほしい、とファルサは切に願っていた。

 

「ふん、そのミラージュとかって男がどれだけ凄いのかは知らないけど、ファル兄に比べたら月とスッポンだね。やっぱりボクのファル兄が一番だよ」


 ファルサが魔族の男と比べられた事に我慢がならないのか、ミラージュについての詳細を知らないユリアは、東方の諺を用いながらルウに対して噛みつくように発言をする。

 ユリアにとってファルサは兄の様に慕う人物であり、憎むべき魔族と同じように扱われたくないのだろう。

 しかし、そのような事を言われてはルウも黙っている訳にはいかないのか、ムッとした表情でユリアに反論をし始める。


「ミラージュお兄ちゃんの事を何も知らないくせにいい加減な事を言わないで。お料理だけじゃなくて魔法の実力も魔王軍で一番凄いんだから!」


「ふん、それならファル兄の方が凄いからね! 何と言っても二十四歳の若さでヴァロワ王国の宮廷魔導士筆頭を務める天才魔法使いって呼ばれているんだよ。しかもその辺のひ弱な魔法使いと違って、武器を使った近接戦闘でも実は王国一、いや世界一だし!」


 ルウがミラージュの魔法能力について自慢をすると、ユリアはそれに加えてファルサがあまり表に出していない実力をいともたやすく露呈させた。

 ファルサはユリアの発言を聞いてちらりと視線を横に移動させると、ゼノビアが少し気まずそうにしながら目を逸らす。

 どうやらゼノビアは、何かの拍子でファルサとの間で行われた決闘についてユリアに話してしまったのだろう。

 ヴァロワ王国一の騎士であるゼノビアに決闘で勝ったファルサは、確かに王国一を名乗れるかもしれない。

 もっとも、それは何年の昔の話であるのだがユリアは見栄を張る為に詳細には触れずに発言したようである。


「むー。ミラージュお兄ちゃんなんか、こーんなに大きなお父さん相手でも力負けしないくらい強いもん! それに女の子にも人気で私の村に来た時もとっても綺麗で美人な女の子の部下を二人もいたし、お父さんが女を侍らすことが出来るのは優秀なオスの証拠だって教えてくれたもん」


「そんなのファル兄に比べたらまだまだだね。ファル兄なんてちょっと会話をしただけで女性を落とす天然スケコマシだし、目を離せばすぐに女の子が周囲に寄ってきて鬱陶しいくらいだよ。更に超が付くほどのお金持ちで、百人でも二百人でも女の子を養えちゃう甲斐性があるし、どこの馬の骨ともわからない男じゃ敵わないと思うけどね」


 ルウが身振り手振りを真面目ながら可愛らしい動きで父親であるルヴトーの大きさを表現し、それに相対したミラージュの凄さを語っていく。

 対抗心を燃やすユリアは褒めているのか貶しているのか判断に困る言い方をして、ファルサが如何に異性を惹きつけるかという事を語りつつ、今度は財力面を前面に押し出して対抗する。

 もうやめてください、本当に勘弁してください、何でもしますから、それとルヴトーさんは娘さんに変な事を教えないでください、とファルサは叫びたい気持ちで一杯になりつつも、この状況にどう収拾をつけるか考え始める

 当たり前であるがファルサもミラージュも同一人物であり、ルウとユリアは同じ相手の事を自慢して張り合っているのだ。

 そんな勝負で勝敗が決まるはずもなく、このまま放っておけばファルサ一人が辱めを受け続ける事になるのは明白である。

 しかし、見方を変えるとユリアとルウが対等な立場で言い合いをしているのであって、そこにはお互いが人間であるとか魔族であるとか余計な感情は存在していない。

 だからこそファルサは余計に悩み、結局はこのまま二人が自分を褒め称えながら張り合う姿を無心で眺める事にした。

 

「私なんかミラージュお兄ちゃんにチューしたもん」


「ボクはファル兄と一緒に寝た事があるもんね」


「えっと……えっと……裸だって見られたもん。きっと喜んでくれたよ」


「それってちょっと危ないんじゃ……いや、でも、ボクの体型も……。ボ、ボクなんかファル兄と一緒にお風呂に入ったもんね」


 次第に自慢する内容が無くなってきたのか、今度は本人とどこまで親密かを競い合うようになっていた。

 ルウの言うチューは頬にされただけであり、裸に関しては黒皮病の治療を行う際に服を脱がせる必要があっただけである。

 また、ユリアと一緒に寝たのはあくまでも添い寝的な話であり、お風呂も水着を着用していたのだ。

 他人が聞いたら問題のある発言ばかりをする二人に対して、ゼノビアは妙に鼻息を荒くして聞き入っているので全く役に立たず、パルミナはいつも通り微笑みを浮かべて話を聞いている

 ファルサはどこか遠い眼をしながら、それでも魔法の発動を忘れることはなく、ルウへの幻覚魔法と同時に、部屋の外まで会話が聞こえない様に防諜魔法も発動させていた。

 これは人間と魔族が友好関係になる歴史的な第一歩なんだ、と現実逃避をするファルサを余所に、ユリアとルウの戦いは続いていく。

 今ここで起きているのは、世界一くだらない人間と魔族の争いである事は間違いないだろう。



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