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陰謀の予兆4

「どういう事か説明してもらおうかファルサ殿!」


「勝手に魔族の身柄を預かるなど越権行為ではないのか!」


「宮廷魔導士筆頭が自ら魔族を庇ったとの報告も上がっているぞ!」


 ヴァロワ王国の王都にある王宮内の会議室は、喧々囂々と言った様相を呈していた。

 現在、王宮ではファルサたちが捕縛した魔族についての緊急会議が開かれており、重職に就く者が一堂に会している。

 国王やアウレリア王女は勿論の事、宰相や大臣と言った文官側の人間から、各騎士団長や席次持ちの宮廷魔導士などの武官側の人間も集められていた。

 何名かは王都を離れているので召集に応じる事が出来ない状態にあったのだが、それでも現在王都に居る者は欠ける事無く参加している。

 近々行われるヴァロワ王国と隣接する二ヶ国を交えての魔族への対抗手段を話し合う三国会議も控えており、王都まで魔族の侵入を許してしまうなど大問題だ。

 それ故に、ルウが捕縛された後に緊急の対策会議が開かれていたのであった。

 パルミナに回復魔法を受けてから目を覚ましたファルサも参加しており、白百合騎士団の団長であるゼノビアも当然この場に居る。

 勇者であるユリアや聖女パルミナが不参加なのは二人の立場によるものだ。

 対魔族の切り札であるユリアは勇者と言っても国政自体に口を出せる立場ではなく、聖女と名高くても身分としては教会の司祭に過ぎないパルミナは言うまでもない。

 また、魔族であるルウは現在ゼノビアの部下とファルサの部下が協力して監視しており、その居場所は秘匿されていた。


「皆さんのおっしゃりたい事は大変良くわかります。一先ず、順を追って説明いたしますので、一旦静かにして頂いてもよろしいですか?」


 その場を立ち上がって発言をするファルサは、体調不良である事を微塵も感じさせない落ち着いた様子を見せていた。

 先程の追及の数々はファルサがルウを勝手に匿っている事や、ユリアの攻撃から庇った事などが原因である。

 南門での一幕は目撃者も多く、当たり前ではあるが会議が始まるまでの間に情報は纏められていた。

 多くの者にとって会議の趣旨は捕縛した魔族からどのように情報を引き出して、侵入経路や目的などを探るかという事であり、その対策を行う為の会議であると認識しているはずである。

 しかし、ファルサと協力者であるゼノビアは独断でルウの身柄を匿っており、部下たちにも箝口令を敷いているのだ。

 どう考えても不自然な行動であり責められるのも仕方のない事なのだが、ファルサの一言で会議室内はシン、と静まり返る。

 この会議に参加している者にとって、ファルサの奇行ともとれる行為は何度も経験しており、大抵は何かしらの理由があっての事だと良く知っていた。

 ファルサの失脚を画策して厳しい追及を行っていたはずが、逆にその人物が窮地に追い込まれる姿は度々目撃されているのだ。

 だからこそ内心では更に厳しい言葉を浴びせたくても、どのような反撃をしてくるかわからないファルサへの不用意な発言を躊躇うのは無理もないだろう。

 しかし、派閥の関係で敵対している相手に何も言わない事は出来ない為、一先ずファルサが発言するまでは思う存分言葉をぶつけていたのだ。

 ファルサが自身の発言を遮られることを嫌っており、無駄な発言をする人間に対して容赦がない事はこの数年で知れ渡っていた。

 厳しい言葉を浴びせていた者たちがファルサの発言と共に静まり返る、滑稽にも見えるその一連の流れが、宮廷内の力関係を如実に表しているとも言える。


「皆さんのご協力感謝いたします」


 そんな内心を知っているはずのファルサは笑みを浮かべ、会議室内にいる参加者へ慣れた様子で一礼を行う。

 このようにスムーズな会議を進める為にファルサが負った苦労は、並大抵のものではなかっただろう。

 そしてそんな見慣れた光景にアウレリアも嬉しそうに、いや、とても邪悪な笑みを浮かべていた。

 本人は自覚しているのかすぐに扇子で覆い隠しているものの、何名かはそれに気が付いて心底うんざりした表情をしている。

 明らかに王女が浮かべてはいけない類の笑顔であるのだが、ファルサと協力して数々の政敵を失脚させた裏には、常にアウレリアが関わっていた。

 そもそも王女であるアウレリアが数多く存在する王子を差し置いて王位継承権第一位という現状が異例中の異例なのだが、当然、他の王族の後ろ盾となる有力者たちを失脚させた事も理由の一つになる。

 だからこそ政敵である者ほどアウレリア王女の右腕となるファルサを何とか陥れたいと思いつつも、これ以上情勢を不利にされたくないと言うジレンマに悩まされていた。

 また、その程度の情勢も読めない輩は悉く失脚させられており、各派閥共に内部の力関係が大きく変わっていたりもする。

 こうして今でも残っている者は以前のヴァロワ王国に蔓延っていた家柄だけに胡坐をかいていた者ではなく、本人も実力を有している上、清濁の使い分けを心得ている存在ばかりなのだ。

 彼らは彼らで今は雌伏の時と思いながら、じっくりとファルサを失脚させる機会を伺っているのは間違いないだろう。


「まず、皆さんの耳にも届いているかと思いますが、今回王都に侵入を目論んだ魔族三名の内、逃亡した魔族の行動を思い返して下さい。彼らは逃亡前に勇者であるユリア、聖女であるパルミナと仲間である魔族、そして私を狙ってきました。」


 ファルサは問題となった事件のあらましを時系列の逆から語り始める。

 先程までファルサに文句を言っていた者たちはわかりきった事を話して何になると思っているのか、少し不満そうな表情を浮かべているが、それでも大人しく聞き入っていた。


「この事から、彼らの目的は勇者であるユリアと宮廷魔導士筆頭である私である事は明白ですが、聖女であるパルミナを仲間の魔族ごと狙い、騎士団長であるゼノビアは狙っておりません。また、攻撃に使用された炎系統の魔法は非常に殺傷能力が高く、それが三発、そして魔族は二名、ここが重要です」


「何故、ゼノビア殿も狙いに含めて四発打たなかったのか? という事だな」


 ファルサの発言に宮廷魔導士第二位の男が声を上げる。


「そうです。魔法使いは人間でも魔族でも、基本的には手のひらから魔力を放出させます。これは体内にある魔力を通す器官が……と、講釈はまたの機会にするとして、体の構造で最適な部分が手のひらであり、我々宮廷魔導士レベルならば両手を使用して同時に二つの魔法を発動させることも可能です。しかし、人間以上に魔法を扱うのに長けている魔族が何故そうしなかったのか。ゼノビア殿、もし貴方にも回避の難しい魔法による攻撃を加えられた場合、もしくは私の方に二発分の攻撃が加えられた場合に、私の身を守る事は可能でしたか?」


 ファルサが質問を投げかけたことにより、視線が一斉にゼノビアへと向かう。

 ゼノビアは少し居心地が悪そうにしながらも、コホン、と咳払いをしてから見解を語り始める。


「正直言って敵の魔族は相当な使い手であり、攻撃が一手多ければ難しかったと思う。それまで一切の気配を感じさせず、その上突然現れたかと思ったら既に攻撃を受けていたのだからな。こちらも魔力を溜める時間が殆どない以上、一発は何とか凌げたが、もう一発同時となると痛手を負わされていただろう」


 王国最強の騎士であるゼノビアが難しいと言う以上、他の武官にとっても反論の余地はない。

 文官側にとってはあまり理解できる事ではないのだが、ファルサと敵対している騎士団長や宮廷魔導士が何も言わない様子を見て、おそらくはそうなのだろうと納得しているようである。

 ゼノビアの発言が虚偽である可能性も勿論あるのだが、そのようなくだらない嘘を吐かせるような人物であるならば、既にファルサはこの場にいない。

 目撃者が多くいる状況についての虚偽など、すこし詳しく検証すれば後からすぐに発覚してしまうのだから。


「ゼノビア殿、証言ありがとうございます。さて、ここで話を戻しますが、彼らはわざわざ私を殺す機会を失ってまで攻撃を緩めたのか。それはその後、瞬時に姿を消した事から簡単に推測できます」


 その瞬間をファルサは目撃したわけではないが、ゼノビアやユリア、パルミナの話やその場に残された魔力の残滓から転移魔法であると確信していた。

 自分やアスタルトの姿を連想させる格好をしていたのは魔族側の問題であり、今ここでは関係ない事なので敢えて触れていない。


「ま、まさか……本当に転移魔法が実在するとでもいうのか?」


「馬鹿な! あれは所詮眉唾な噂でしかないと結論が出ていたはずだ! 勇者ユリアの発言も重度の記憶欠落によるもので、信憑性はなかったはずだ」


「しかし、瞬時に姿を消したと報告が上がっているぞ。ゼノビア殿や勇者ユリアが簡単に魔族を見失うとは思えない」


 魔族の中に自由自在に移動できる転移魔法の使い手が存在するという噂は、ヴァロワ王国内にも当然届いていた。

 しかし、そのような魔法を使えるのならば王国へ侵攻する際に使うはずであり、そういった報告は殆ど無い為所詮は噂であると判断されていたのだ。

 当然、ファルサも転移魔法については秘匿しており、魔族領の外では目撃されない様に注意を払っている。

 だからこそ、幻影のミラージュの存在は信憑性の低い不確かな噂ばかりであり、魔族の情報は四天王であるクリューエルを含めた金角の悪魔族についての内容が殆どであった。


「皆さん、落ち着いてください。勿論、そのような便利な魔法が実在したとなれば脅威になります。しかし、今まで転移魔法使用した形跡が殆どなかったのには、上手く発動できなかった、もしくは魔法の行使に相当な制限があると考えられます。だからこそ一瞬で相手を死に至らしめる魔法を唱える事の出来る魔族が、たったの三発だけ魔法を打って逃亡したのでしょう。想像の範疇にはなりますが、魔力の消費量がとんでもなく大きく、発動までに魔力を練り上げる時間が必要だったと言う事を物語っています」


 勿論、ファルサにとって転移魔法など自由自在に使えるものであり、膨大な魔力を有している為全く問題はない。

 しかし、別の転移魔法の使い手も同じであるとは考えにくい事であり、仮に転移できるとしても魔力の消費は決して無視できないはず、とファルサは考えていた。

 実際に通常の魔法に比べて転移魔法の魔力消費は途轍もなく大きく、発動までの時間も長い。

 ファルサの様に詠唱も必要とせずに簡単に転移魔法を扱える方が異常なのである。

 今回襲撃を行った魔族は転移魔法で南門に出現し、ルウを置いて逃亡。

 警備隊やユリアとの戦闘中も何らかの方法で遠くから様子を伺っており、隙を見て転移魔法を発動し攻撃、その後は片手で維持したままのゲートで再度逃亡をした、というのがファルサの見立てであった。

 更に怪しい魔力印の痕跡もなく、目視による転移魔法を利用していた事から、自身と比べて魔力感知に乏しい使い手である事までファルサは推測を立てていた。


「現在、多少でも魔力の感知が出来る魔導士には南門と王宮周辺を中心に王都の中で怪しい魔力印を捜索させております。自由自在に移動できる馬鹿げた魔法が、何の制約も無く利用できるとは考えにくいですからね。我々、席次持ちの宮廷魔導士も会議後には捜索に加わる予定です。そして私が捕縛した魔族を秘密裏に匿っている理由ですが……警備大臣殿、魔族が出現してからこの会議が開かれるまでの間に、男性の変死体が発見されておりますよね?」


 このように口に出してはいるものの、ファルサは転移用の魔力印がある可能性はゼロに近いと思っている。

 しかし、この場にいる人間に転移魔法について詳しく説明する事も出来ない為、表向きは捜索すると言っているだけなのだ。

 また、警備大臣とは王都内の警備隊を管轄している組織の長になる。

 騎士団を含めた王国軍とは完全に切り離された存在であり、門の警備から王都内の治安維持を主に行っている。

 平民出身者が多く、貴族が横暴を働いた場合なども取締りを行うのが彼らになるのだ。


「う、うむ、確かに南通りの広場近くで死体が発見されているが、それが魔族とどう関係しているのだ?」


「その人物は、私やユリアが食事をしていた場所まで来て魔族の出現を知らせてきた方でしてね。その後、南門に到着した際には魔族が出現されてから十五分と聞かされて、随分と移動時間が短いのでどうにもおかしいと思っていたんですよ。その男性の身柄を探していたところ、死体となって発見されたので驚きました。随分と不思議な偶然だと思いませんか?」


「ま、まさか王都の中に魔族の内通者がいるとでも言うのか?」


 警備大臣が驚愕しながらもファルサへと続きを急かす様に質問を投げかける。

 彼の立場からすれば魔族と繋がりのある者を王都に侵入させてしまう事は、警備に手落ちがあったと言われてしまう可能性があるのだ。

 だが、既に王都どころか王宮の中枢に魔族の血を引いた男が存在し、目の前で話しているなどとは露ほどにも思わないだろう。


「あくまでも推測の域を出ませんが、その可能性は高いかと。そして私が匿っている魔族を口封じの為殺す可能性もあると思います。もし、相手が王宮内に転移が出来るのだとしたら……恐ろしいでしょう?」


 当然、そのような事を言っているファルサ自身が王宮内の到る所に魔力印を刻んでいるのだが、それを微塵も感じさせない演技力は中々のものである。

 転移魔法の応用の一つで、ゲートを繋いで覗き見や盗聴を行うことが出来るのだが、主に情報収集で使われているのは言うまでもない。

 数々の貴族達の弱みを握っているファルサとアウレリア王女が、宮廷内での地位を急激に上げたのも納得である。

 そして会議室内にいる重鎮たちに冷や汗をかかせる様な事を言っているファルサなのだが、実は自分以外の魔族が王宮内に入り込んでいる可能性はゼロであると確信していた。

 自身が優れた魔法の使い手であるファルサが魔法による侵入対策を行わないはずがなく、王宮内は密かに対魔法の要塞と化しているのだ。

 仮に自分以外の者が転移魔法でゲートを開こうものなら、ファルサに気が付けないはずがない。

 自身の趣味である古代技術の書物を読み漁る傍ら、不届きにも王宮をその技術の実験場としているのだ。

 ファルサの魔法理論は他人には理解できない程高みに登りつめていると言われているのだが、そもそも古代技術を流用している事も多いのだからそれは当然である

 尤も、技術を理解した上で利用できる程の知識と経験、そして才能があるファルサだから可能な芸当であり、やはり天才と呼ぶにふさわしいのは間違いない。


「……ふむ、ファルサよ、そなたが魔族を密かに匿っているのは暗殺を防ぐためという事か。確かに王国内で一番安全と言えるかもしれんな」


 ファルサの物騒な発言で静まり返っていた会議室だったが、終始沈黙を貫いていた国王陛下が漸く口を開くのだった。

 年齢は五十代半ばにも関わらず、良く鍛え上げられた肉体によって年齢以上に若々しく見えていた。

 威厳のある口ひげを撫でながらファルサに向かって声を掛ける姿は、国王と言うよりも騎士団長の一人と言われた方が納得できる程である。

 そして国王の発言は誰もが納得のものであり、アウレリアやファルサがこれまでに自らの命を狙った刺客を全て退けている事は、表向きには隠されているものの、この会議室にいる者の中では周知の事実であった。




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