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陰謀の予兆3

「ふむ、どうやら問題はないようだな。それではパルミナ殿、需要な参考人に万が一の事があっては我ら騎士団の首が飛んでしまう。丁重に治療を行ってくれないだろうか?」


「ふふ、騎士団長様のお願いを断る事など出来ませんわ。フォルトゥナ教の司祭として全力を尽くさせて頂きます」


 おそらく王宮から急いで駆け付けたであろうゼノビアが知っている情報は殆どが断片的なものであり、この場で起きていた事を詳しく知り得ていないと思われる。

 しかしゼノビアはファルサやユリア、そしてパルミナの性格なども考慮をした上で、何が起きているのかはおおよそ理解をしているのだろう。

 本来、個々の実力が凄まじい魔族の捕縛は難しいと言われており、基本的には殺す事を前提として考えられる。

 ルウのような明らかに戦闘能力が劣る場合に初めて捕縛が選択肢の一つとなる。

 だが、ゼノビアが王宮を出た時には魔族の力量などはわかっておらず、下された命令の最優先事項は脅威の排除、つまり魔族であるルウを殺すことであったはずだ。

 当然、魔族であるルウが死んだとしても責任を追及される事は無いのだが、それでもゼノビアがこの場に辿り着いて瞬時に出した結論が先程の言葉通り、ルウを捕虜として丁重に扱う事であった。

 また、治療を行うパルミナに非難が向かわない様に騎士団長からの依頼という形にしているのだ。

 人の上に立つ騎士団長は、決して剣の腕前だけで就くことは出来ない。

 ファルサと出会ってから四年、当時は未熟な少女であった彼女の姿はどこにもなく、今この場にいるのは騎士として立派に成長したゼノビアである。

 感情に流されてしまいがちな以前のゼノビアでは、魔族の治療を提案する事など考えられなかっただろう。


「よし、お前たちは護送の邪魔になる見物人達を門の中へ誘導するのだ。警備隊の面々もご苦労だったな。貴殿らの働きには王宮から恩賞があるだろう。この場は一旦私たちが指揮を取らせてもらうが、貴殿らの様に優秀な警備隊がいることは誇らしい事だ。今後の働きにも期待しているぞ」


 ゼノビアの言葉に白百合騎士団の団員たちは迅速に行動を開始し、野次馬たちを南門の中に入る様に促していく。

 そして時間稼ぎを行っていた警備隊の十名は、ゼノビアから直接言葉を掛けられたことで、頬を赤くしながらも寸分の違いも無く敬礼を行い、騎士たちと同様に野次馬たちの誘導を開始する。

 南門の警備隊は平民出の兵士が多く、ゼノビアとは天と地ほどの身分差がある。

 剣を扱う者としては目標とするべき武人であり、侯爵家令嬢として高嶺の花でもあるゼノビアは、警備隊にとっては憧れの存在になるのだ。

 また、王都の一番外側である門の警備隊などは実力的にも抜きんでている者は存在せず、魔族相手に恐れをなして逃げてしまう可能性もあるのだが、彼らは巧みな連係によって応援が駆け付けるまでの間は時間稼ぎに徹していた。

 勿論、戦闘経験が全くないルウが相手だったからという事もあるのだが、狼化した魔族の子供を見た事がある者などいない為、初めは決死の覚悟で戦いに臨んでいたはずである。

 そうした事情はゼノビアにもわかっているからこそ、彼らに労いの言葉をかけ、恩賞についても言及したのだろう。

 言葉遣いがどうにも偉そうになってしまうのはお互いの身分や立場に差がある為仕方がない事なのだが、それでも警備隊の隊員たちには気持ちが伝わっている様子であった。


「さて……ユリア、何か言いたそうな顔をしているな」


「そりゃあそうだよ。ゼノビアならボクの気持ちはわかるよね?」


 騎士団長としての役目を全うしたところでゼノビアは、不満げな表情を浮かべるユリアへ声をかける。

 ファルサの体から抜いた短剣を改めて手にしているユリアは、未だ攻撃の意思がある様に見受けられる。

 ユリアにとって、家族や故郷を滅ぼした魔族をファルサが身を呈して庇い、パルミナが治療を行い、ゼノビアが民衆を黙らせたのだ。

 頭では魔族を捕虜にする事の重要性も理解しているのだろうが、感情は一切追いついていない。

 まるで自分の気持ちをないがしろにして、敵である魔族を優先されたように感じてしまうのは仕方のない事だろう。


「うむ、ユリアが魔族を憎んでいる気持ちは良く知っている」


「なら! どうして! 皆でソイツの事を庇ったりするのさ! 魔族のせいで……ボクの村は……」


 既に周囲には余計な耳目はなく、この場に残されているのはゼノビアが信を置いている数名の部下と、ルウやパルミナ、ファルサとユリアだけであった。

 雲一つない青空の下、ユリアの足元には幾つもの水滴が落ちていく。


「ユリア、復讐に囚われて心を失った剣は唯の凶器と化す。今のお前が振るう剣は本当に正義の剣か? 私にはそこにいる魔族がユリアの村を滅ぼした悪魔共と同じ存在には思えない。もう一度、その眼でしっかりと見てみるんだな」


「そんな事を言われても……ソイツは魔族で……ボクは……」


 文句を言いながらもゼノビアの言葉に従い、パルミナに回復魔法を受けているルウの方へと視線を移したユリアは、ジッとその様子を伺い始めた。

 既にルウは疲れ果てたのか、それともパルミナの胸の中で安心しているのか、安らかな寝顔を浮かべている。

 人々が噂をする様な、そしてユリアの知っている様な残虐な魔族たちの姿ではなく、幼気な少女が一人、そこにいるだけだった。

 暫くの間、ユリアは手に持った短剣を握りしめながら、歯を食いしばって葛藤している様子を見せていた。

 やがてユリアは短剣を仕舞い、再びゼノビアの方へ向き直り言葉を紡ぎ始める。


「正直言ってボクはまだ納得していないよ。やっぱり魔族は殺したいほど憎いと思う」


「それはそうだろう。私にも同じように憎い相手は大勢いるからな。今ここで急にユリアの気持ちが変わるとは思っていない」


 ゼノビアにとって、宮廷魔導士と言う存在は兄の死に繋がる原因を作った相手であり、ユリアと同じように関係のない魔導士も含めて全員を憎んでいたのだ。

 だからこそ親しい者を失い憎しみを燃え上がらせるユリアの気持ちは、誰よりも解かっているのだろう。

 そして憎悪の感情はそう簡単に風化してくれない事も知っているのがゼノビアであった。

 ファルサのおかげで今では魔導士全員を一緒くたにして恨む事はないのだが、当事者に対しての気持ちが消えている訳ではない。

 実際に、アウレリア王女の命でファルサと共に宮廷内の膿を追い出す際には、容赦のない扱いをしたこともある。

 しかし、個人の感情だけで行った訳ではなく、あくまでも同じ被害にあう人間が現れない様にする為という目的を優先させ、自身の復讐については二の次に置いていた。

 憎しみに囚われて冷静さを失う事はそのまま死に繋がる、それはゼノビアがファルサと出会った事で気が付いた大切な教訓であるのだ。

 どこからどう見ても幼い少女にしか見えない魔族に対してですら感情を抑えきれない様では、いつかユリア自身を破滅へと導いてしまうとゼノビアは考えているのだろう。


「でも、みんなが言いたい事も解かったから、とりあえずボクは大人しくしておくよ。だけど、そこにいる魔族がおかしな真似をしようものならその時はゼノビアが止めようとしても無駄だからね」


「誰に物を言っているのだ。私は王国を守る騎士だぞ。もし、そこの少女がヴァロワ王国内で再び問題を起こすようであれば、ユリアより先に私が斬り捨ててやる」


 ゼノビアは決して魔族の味方と言う訳ではなく、あくまでも冷静に状況を判断した結果、ユリアを止めたにすぎないのだ。

 ルウの様に子供の魔族が戦場に出る事は珍しく、その上、あまり見る事のない獣化魔法の使い手である。

 ヴァロワ王国の認識する魔族の中でも一番有名なのが金色の角を持つ悪魔族であり、それ以外の種族については極端に情報が少ない。

 勿論、見た目が少女である事も考慮されているのだが、ヴァロワ王国の騎士であるゼノビアにとっての優先事項は己が仕える主と国民を守る事である。

 戦場に於いて甘えた考えが許されない事は百も承知であり、万が一、ルウが誰かを殺めていたのならば、同じ判断は下さなかっただろう。


「はぁ、折角の休日が台無しだよ。……あっ! ファル兄を地面に転がしたままだったよ! よし、ボクが膝枕をしてあげるんだからね」


 いつもの明るさを取り戻したユリアはおどけた様子でファルサの元へと駆け出すだが、この瞬間を狙っていたのかのように、巨大な火球が三つほど飛来する。

 一つはパルミナとルウへ、もう一つはユリア、そして最後の一つは気を失っているファルサへと向かっていた。


「リフレクト・ウォール!」


「アイス・シールド!」


「疾風剣!」」


 パルミナは神聖魔法の一つである結界魔法により魔力を帯びた攻撃を跳ね返し、ユリアはファルサ直伝である氷系統の魔法で盾を作り出す。

 そしてファルサの元に風の如き速さで飛び込み剣を振ったゼノビアは、火球を真っ二つに切り裂いていた。

 パルミナはルウを抱きかかえている為その場から動けず、短剣を仕舞っていたユリアはゼノビアがファルサを守ると判断したからこそ魔法の発動に全力を注いで無傷でやり過ごし、ゼノビアも同様の考えで迅速に動いていたのだ。

 ファルサと比べてユリアの魔法発動速度は遅く、コンマ数秒でも時間を無駄にしていたならば、十分な魔力を練り上げられずに大やけどを負っていた可能性が高い。

 ユリアやゼノビアが敵の存在に気が付けず、その上一瞬の隙をついて強力な魔法を発動させる速さから、相手は相当な使い手である事が伺える。

 しかしユリアたちも咄嗟の判断ながらも最良の行動を取っており、流石は王国屈指の強者たちと言えるだろう。


「何奴だ!」


「全くもう! ボクとファル兄の邪魔をするのは誰だい!」


「あらあら、無防備なところを狙うだなんてどこの悪い子かしら」


 ゼノビアはファルサを背に剣を構え、ユリアは懐から短剣を取り出し、パルミナはルウを抱きかかえながらファルサの元へと移動をしながら誰何する。

 三人が火球の飛んできた方向を見るとそこには仮面で顔を隠している魔族が二人佇んでいた。

 一人は長身で線は細いが骨格などから男である事が推測でき、黒いローブを深くかぶり顔を覆っている仮面の左目部分からは真紅の瞳を覗かせていた。

 もう一人は非常に小柄で一見すると少女の様にも思える見た目であり、銀色の髪に銀の角、そして軍服を身に纏い仮面の両目部分からは長身の男と同じように真紅の瞳が確認できる。

 そして両者とも身の丈以上の大鎌を携えていた。

 その姿はまるで魔王軍四天王であるミラージュと、その副官であるアスタルトそのものである。

 しかし、二人の魔族は奇襲が失敗に終わったからなのか、それとも既に目的は果たしたのか、ユリアたちが臨戦態勢を整えたのを一瞥し、そのまま姿を消してしまう。

 それもファルサの転移魔法と同じく大きなゲートを生み出して、その中に消えていったのだ。


「仮面の魔族……ボクの村を襲った時に現れた魔族……」


 怪訝そうな顔をしたゼノビアが仮面の魔族たちが消えた場所を調べている中、今にも消え入ってしまいそうな声で呟いたのは白髪の勇者ユリアだった。

 ユリアにとって幼い時の記憶は所々が欠落しており、特に村が襲われた時の状況は著しく失われていた。

 しかし、そんなユリアにとって決して忘れる事の出来ない相手の一人が、仮面を付けた魔族の男であるのだ。

 真っ赤に染まる忌まわしき記憶の中で、鮮明に覚えている数少ない存在。

 魔族と人間の争いが始まってから三百年、歴史は大きく動き始めようとしていた。


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