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正しい休日の過ごし方5(ファルサ編)

 ヴァロワ王国の王都は周囲を円形の外壁に囲まれており、それぞれ東西南北の四か所に門が設置されている。

 それぞれの門から中央の王宮方向へ向かう四つの大通りがあるのだが、そのうちの一つである通称南門大通りをファルサは歩いていた。

 時刻は昼前、王都の南部は商業エリアとなっており主に平民向けの品物を扱う商店が軒を連ねている。

 露店なども数多く存在し辺りには商人たちの客引きの声が響き渡り、お昼の食材を求めて買い物をしている主婦から、王都の観光に来ていると思われる人々まで、いたる所で足を止めている姿が見受けられる。

 そんな喧騒の中、ファルサは南門と王宮の丁度真ん中あたりに位置する、南門広場に足を踏み入れた。

 広場の中央には大きな噴水があり、男女の待ち合わせの目印として頻繁に使われている。

 その噴水の前にはそわそわとしている男や女が何名も居るのだが、おそらくは全員が恋人や意中の相手を待っているのだろう。

 ファルサはそんな人々の中から、一際小柄な少年、いや少女と思われる人物に近づいていった。

 リュックを背負いキャップをつけている為、一見すると少年の様にも見えるのだが、視線を下にやるとグレーのワンピースを着ているのが確認できる為、中性的な容姿の少女である事がわかる。

 そして爪先には薄いピンク色であまり目立たないのだが、ネイルが施されている。

 ラメが太陽の光を反射してキラキラと輝いていなければ気が付かない程だ。


「お待たせユリア。一応早めに来たつもりだったけど、待たせちゃったかな?」


「あ、ファル兄、一日ぶりだね。ボクはたまたまこっちの方に用事があってね。でも、今さっき来たばかりだよ」


 ファルサに声を掛けられて笑顔で答えた相手は、勇者であるユリアであった。

 普段は主にショートパンツを穿いており、ワンピースやスカートなどはパーティでもなければ着ることはない。

 唯でさえ短くカットしている髪を帽子の中に隠しており化粧などもあまりしない為、旅の途中は少年に間違えられる事も多々あった。

 しかし、ファルサに向かって眩しい程の笑顔を振りまいているユリアの唇は艶やかで、頬もほんのりピンク色をしている。

 口紅や頬紅を爪の色と合わせており、王都の流行をふんだんに取り入れているようだ。


「いつものユリアも可愛いけど、今日のユリアは大人びて見えてとても綺麗だよ。」


「ファル兄の口は本当に女の敵だと思うけど、今日だけは許してあげるよ。そのかわり、デート中にボク以外の女の子を口説いたら許さないからね!」


 そう言いながらも褒められてご満悦そうな様子のユリアは、ファルサの左腕に抱きつくようにして、上目づかいで言葉を発している。

 ファルサの休日である二日目はユリアとお出かけする事に決まっていたのだ。

 同じく休暇を与えられているはずのパルミナは教会関係の用事で数日は忙しく、ゼノビアはクテシフォン侯爵が王都に来るまでの間は落ち着かないのか騎士団の訓練に自主参加している為、ユリアが我先にと予定を組んでいた。

 ユリアも休日とは言え勇者としての鍛錬は最低限あるのだが、それ以外の時間は自由に過ごす事が出来る。

 実はファルサも別件で王宮に顔を出してからこの広場に来ており、約束の時間より早く着いたもののユリアよりは遅れてしまったのだ。


「ユリアと一緒にいるのに他の女性に目移りする事はないけどね。こんなに可愛らしい女の子を放置する男がいるなら見てみたいよ」


 どの口がそのような事を言えるのか、ファルサは歯の浮くような台詞を恥ずかしげもなく言い連ねて、いつものようにユリアの頭を優しく撫でていた。

 ゼノビアとの結婚話が持ち上がった時のユリアは大層機嫌が悪く、ある意味今日はその埋め合わせをする為のお出かけになっている。


「うー、ファル兄はやっぱりずるいよう。そんな事を言われたらボクは何でも許しちゃうよう」


 うー、うー、と唸り声をあげながらユリアは猫の様にファルサの腕へ顔を擦りつけていた。


「ユリア、あんまり擦ると折角のお化粧が取れちゃうよ。それとも僕の服にマーキングでもするつもりなのかな?」


 そう冗談めかしてファルサが発言すると、ユリアはハッとした表情を浮かべて素早く腕から顔を離し、ファルサが着ているジャケットの袖に化粧が着いていないか慌てて確認し始める。


「わわっ! ごめんよ、ファル兄。汚れちゃったかな?」


 ヴァロワ王国中央部の夏は比較的涼しく、初夏の今ならば薄手のジャケットを着ていても違和感はない。

 ファルサのジャケットはネイビーカラーで、その下に着ているシャツはユリアの化粧と同じ薄いピンク色をしていた。

 下は茶系のパンツを穿いており、度の入っていない眼鏡を着用しているその姿は王都の流行をしっかり押さえて且つ変装の役割も果たしている。

 しかし、ネイビー系の色に化粧が付いてしまえば目立ってしまう為、ユリアはそれを心配しているようだが、どうやら目立った汚れはないようだ。


「ふう、慣れない化粧なんかしちゃったから失敗しちゃったよ。やっぱりもう少し大人っぽく振る舞った方が良いかな?」


「ユリアはそのままが一番だよ。さ、そろそろ移動しようか」


「もう、ファル兄は本当にずるいよ! もう! もう!」


 二人が今いるのは周囲に人が多い広場の噴水前であり周囲には人気も多いのだが、ファルサとユリアは気にすることなく寧ろ堂々としていた。

 この広場は恋人たちの待ち合わせ場所でもある為、この程度のやり取りは至る所で見受けられる。

 だからこそ二人は上手く周囲に溶け込んでおり、誰も勇者と宮廷魔導士筆頭などと言う大物がここにいるとは思わないだろう。

 そもそも、貴族などの身分が高い者が行くような店は王都の東側に集中しており、ここ南側に来ることはあまりないのだから。

 しかし、ユリアは元々農村で生まれ育ち、ファルサに至っては魔族領の辺境で長い事引き籠っていた。

 当然、そんな二人が出かけるとなると肩ひじを張らずに過ごせる場所になるのは自明の理であるのだ。


「とりあえずお昼を食べに行こうか。最近王都でも話題になっているお店があって、ユリアと行こうと思っていたんだ」


「ボクはファル兄と一緒なら露店の串焼きでも何でも構わないけどね。でもそこまでボクと行きたいなら付いて行ってあげるよ。ふん、ふん、ふふーん」


 ファルサが王都に戻ってきたのは数日前の事であり、一体いつの間に王都の話題などを集めていたのかわからないが、相変わらず流行に敏いようである。

 そしてユリアにとっては何をするのかではなく誰と居るのかが重要である為、別にどこへ行こうと喜ぶのだろうが、それでもファルサがしっかりと予定を考えてきたことが嬉しいのか鼻歌交じりになっていた。

 二人は広場から十分ほどの距離にあるオープンカフェに到着し、通りに並べられた席の一つに腰を掛けた。

 木製のテーブルの中心には大きなパラソルがさされており、太陽の光を遮る役割を果たしている。


「いつの間にか王都にこんなお店が出来ていたなんてボクは知らなかったよ。開放感があって今日みたいに晴れた日だと心地いいね」


「何となくユリアが好きそうな雰囲気だなって思ったから選んでみたけど、正解だったみたいだね。ここは昼食のセットメニューがおススメみたいだよ」


「ふーん、よくわからないしファル兄に任せるよ!」


 小柄なユリアには備え付けられた木製の椅子は少々高いのか、足をパタパタと前後に動かしながら頬杖を突いて笑顔で言葉を返す。

 ファルサはそんなユリアの姿に苦笑しながら、忙しそうに動き回る店員を捕まえて二人分の注文をする。

 セットメニューには幾つか選べる品があるのだが、ファルサにとってユリアの好みに合う物を選ぶことは造作も無い事である。

 そして注文の品が来るまでの間、二人は他愛もない話に花を咲かせるのだが、ふとユリアが何かを思いついたかのように質問を投げかける。


「そういえばファル兄、昨日は一日何をしていたの? ゼノビアはどうせ訓練をしているだろうし、パルミナは教会関係で忙しいと思うけど、ファル兄が休日に一人で出かけて何をしているのか想像がつかないよ」


「あぁ、昨日は魔法の修練と……宝探しかな。それと料理をしていたよ」


 王都でのユリアたちは当たり前ではあるが互いに別の場所に住んでいる。

 ゼノビアは騎士団の宿舎にも部屋を持っているが、大抵はクテシフォン侯爵の屋敷に住んでおり、パルミナは王都北部にある実家から教会へ通っている。

 ファルサに関しては隠れ家も含めて多くの持ち家があるのだが、基本的には王宮の周囲を囲むように建物が並んでいる貴族街に屋敷を構え、そこに住んでいた。

 貴族街は王都の中心部、つまり王宮に近ければ近い程身分が高い者が住んでおり、その上屋敷の値段が跳ね上がっていく。

 王都の構造として王宮の周りには外壁があり、その周囲が貴族街、そして貴族街を囲うように二つ目の外壁があり、三つ目の外壁は王都全体を大きく囲っている。

 王宮、および貴族街に入る為には東西南北の大通りからそれぞれ門をくぐる必要があり、当然ながら貴族や王宮勤めの人間以外は簡単に入れる場所ではない。

 ユリアやパルミナに関しては平民と言う身分ではあるのだが、王国が特別に発行している許可証を持っている為、殆ど自由に王宮や貴族街に出入り出来る。

 そんなユリアが現在住んでいる場所なのだが、ファルサの貴族街にある屋敷に居候しているのだ。

 本来であれば王宮内に勇者用に宛がわれた部屋があり、そこでは至れり尽くせりの生活が保障されているのだが、ユリアにとってあまり嬉しい事ではない。

 当たり前のことではあるのだが、王宮での生活と言うものは常にメイドなどが近くに居り、着替えなども全て行ってくれる。 

 しかし元々は農村育ちである平民のユリアにとって、何でもかんでも世話をされる事など煩わしい事この上ない生活であり、王都に戻ってきてからは密かにファルサの家に転がり込んでいたのだ。

 最初はゼノビアの家に厄介になるつもりだったユリアだが、クテシフォン侯爵が王都に戻ってくると聞いて流石に遠慮する事になり、今に至る。

 昨日はお互いに別々に行動していたのだが、当然ファルサが一日中不在である事は知っている為、何となく気になったのだろう。

 ちなみに今朝もお互いに用事があった為、先程の様に広場で待ち合わせをする事になっていたのだ。


「ファル兄、全く意味が解らないよ! 魔法の修練だけは理解できるけど、宝探しと料理って全く話がつながらないよ! ボクをからかっているのかい?」


「いや、本当に事実を言っているんだよ。僕も自分で言っていておかしいと思うけどね。でも、料理は中々の出来だったかな」


「ううー、流石のボクでも付いていけないよ。でも、ファル兄の料理は美味しいよね! また食べたいなぁ」


「僕の料理で良ければいつでも作ってあげるよ。ユリアが美味しそうに食べている姿を見るのは僕も好きだからね」


 ファルサの発言に嘘は一切ないのだが正確でもない。

 魔法の修練はアスタルトの幻覚魔法についてであり、宝探しは遺跡の調査、そして料理はフェオと共に作りベディヴィアに振る舞っていたのだ。

 下手に嘘をついてもユリアは感づいてしまう為、多くを語らずに上手く誤魔化しているのだが、ファルサの作戦勝ちだろう。

 元々、ファルサが何かと一人でどこかをぶらぶらする事はユリアも関知している事であり、そこまで突っ込む事も無い。

 その後、二人の会話は旅の途中で食べた料理の話になり、頼んだ品が運ばれてきてからは美味しい昼食に舌鼓を打っていた。

 しかし、そんな平穏な時はいつまでも続くことはなかった。


「ま、魔族だー! 南門に魔族が現れたぞー!」


 南門の方から大声を上げながら走ってきた一人の男が発した大きな声により、辺りは一瞬静かになる。


「ファル兄!」


「うん、行こう」


 僅かな静寂の後、辺りにはどよめきが広がり始めるのだが、ユリアとファルサの行動は早かった。

 ファルサはテーブルに金貨を一枚置き、ユリアと共に強化魔法を使用して南門へと走り出す。



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