正しい休日の過ごし方4(ミラージュ編)
「あー、うん、そうだよね、僕たちはいかにも侵入者だからそうなるよね。フェオさんは僕の傍から離れないでください。ベディ、念願のゴーレムだよ。どうやら廊下の壁も頑丈そうだし、思いっきり暴れておいで」
「ゴーレムなのー! ぶっとばすのよー!」
「ひ、姫様、お気を付け下さい!」
ベディヴィアにとって我慢をする事は苦手な行為であり、遺跡調査の間はフェオの護衛という事で我慢の連続だったのだ。
それでも今まで暴れずに耐え続けていたのはミラージュやフェオの存在が大きく関わっていた。
ベディヴィアの考えている事はおそらく単純で、遺跡を壊して本が傷つくとミラージュが悲しむ、フェオは自分と違って弱いから守ってあげないといけない、そんな内容なのだろう。
それでも過去のベディヴィアから考えたら他者を少しでも思いやるのは大きな進歩であり、他の鬼魔族たちにとっては驚くべき大事件である。
「鬼化魔法なのよー!」
ベディヴィアの頭にある漆黒に輝く一本の角が一回り程太くなると、それに合わせるかの様にベディヴィアの右腕がその小さな体から生えているとは思えないほど大きく、そして浅黒くなっていく。
巨大化した腕をぶんぶんと振り回し一斉に動き始めたゴーレムたちの中に飛び込むと、次々とゴーレムの固い体に風穴を開けて突き飛ばしていく。
ドゴン、バゴン、と大きな音を立てて壁に激突したゴーレムたちは、その全てが動きを止めており、体内の核ごと吹き飛ばされた事が伺える。
「相変わらずベディは凄いね……と言うよりも以前と比べて更に強くなっている気がするよ」
「姫様はミラージュ様に憧れていますから、魔法の修業も頑張っておられます。そのお蔭か日に日に強くなっていく様子が見てとれますよ」
嬉しそうに話すフェオの顔とベディヴィアの活躍を見ながら、これ以上力が増したら次は耐えられるかな、とミラージュは少し不安になる。
ミラージュがベディヴィアの本気である全身鬼化の状態と相対したのは大分前の話になるが、その時ですら大怪我を負っているのだ。
今は片腕だけを鬼化しており比較するのは難しいのだが、それでもある程度の予測を立てる事は可能である。
その上で、ベディヴィアの実力が明らかに増しているのをミラージュは感じ取っていた。
勿論、本当の殺し合いになるのならベディヴィアの持ち味である膂力を発揮できない様に戦う術もミラージュには幾つか思いついているのだが、そうではない場合に止める方法はかなり限られてくる。
「以前のように暴走しないかご不安ですか?」
心配そうに副官のフェオがミラージュに問いかける。
暴走とは完全に鬼化した状態の鬼魔族が陥る状態であり、目の前に映る敵を全て殲滅するか魔力が切れるまで暴れ回る狂戦士と化す最終奥義になる。
精神的に未熟な鬼魔族だと鬼化したときに訪れる破壊衝動を抑えきれなくなり、敵味方の区別なく暴れ回る事も珍しくない。
その衝動は鬼化する部位を多くすればするほど術者へと強く襲い掛かり、完全に鬼化した状態で理性を保つことのできる鬼魔族は、長老と呼ばれるほど歳を重ねた者くらいである。
「確かに前のベディならその心配もあったけど、今ならそう簡単に暴走したりする事はないと思っているよ。こんなことを言うとフェオさんに年寄り臭いと思われるかもしれないけど、子供の成長って本当に早いなって思い知らされるね」
「ふふ、年寄りくさいなんて思いませんよ。確かに姫様は少し大人になってきたと思いますが、それはミラージュ様とお会い出来たからです。女の子は好きな人が出来ると変わる生き物ですからね。私も変わったと思いませんか?」
そう言って眼鏡をクイッと上げて笑みを浮かべるフェオに対してミラージュは、確かにフェオさんも変わったな、と思っていた。
四天王ベディヴィアの漆黒の角とは対照的に、その肌と同じく純白の角を持つ副官フェオ。
彼女たちは同じ鬼魔族という種族に生まれながらも全く違う扱いを受けながら育ち、端的に言えば随分と歪んでいたのだ。
ミラージュが出会った当時のベディヴィアとフェオは、今と比べると他人ではないかと思えるほど変貌を遂げている。
「確かにフェオさんは以前よりも前向きになったし、なにより笑顔が素敵になったと思うよ。特にベディを見ている時に微笑む姿は優しいお母さんみたいだよ。」
「ミラージュ様ったらお上手ですね。でも私が姫様のお母さんならミラージュ様はお父さんになりますよ」
「僕がお父さんか……それも悪くないかも知れないね」
ミラージュがベディヴィアを放っておけない理由の一つに、お互いに両親がいない事で共感を覚えている点が挙げられるだろう。
そして自然とミラージュ自身が父親にして貰って嬉しかったこと、して欲しかった事をベディヴィアにも知って貰いたいと無意識に思って行動している節がある。
だからこそフェオの言葉には深く考えずに同意したのだが、ベディヴィアがゴーレムを叩き潰す様子に視線を移したミラージュは気が付いていなかった。
ミラージュのすぐ傍に控えているフェオが雪の様に白い頬を魔族の紅い瞳よりも真っ赤に染めながら、あわあわと身悶えているその姿に。
副官のフェオが無自覚に思わせぶりな事を言ってしまい、ミラージュの返事によって後から恥ずかしがるのはこれが初めてではない。
お互いにどこか天然なところがあるせいなのだが、妙に異性の扱いに慣れているミラージュと異性に対して一歩引いているフェオでは、こうなる事は自然の流れであった。
「これでとどめよー!ぐしゃー!」
いつの間にか最後一体となっていたゴーレムは、両腕を鬼化させたベディヴィアによってあっさりと捻り潰されてしまう。
「ベディの勝ちなのよー」
ベディヴィアがミラージュたちの方へ振り返り、その場で可愛らしく飛び跳ねながら手を振り始める。
鬼化を解除し角や腕の大きさも元に戻ったベディヴィアの様子は、ただの無邪気な子供そのものである。
しかし、周囲にはゴーレムたちの残骸が散らばっており惨状と化しており、ベディヴィアとの対比で妙におかしな光景となっていた。
ミラージュとフェオはそんなベディヴィアの方へ歩いていき、声を掛ける
「お疲れ様ベディ。満足したかい?」
「大満足だしー! いつもより固かったのよー」
「姫様、手が汚れてしまっています。今お拭きしますね」
「おててをふきふきなのー」
ミラージュがベディヴィアの頭を撫でフェオが手を拭いてあげている姿は、まるで本当の家族の様にも思えるほどお似合いであった。
そしてベディヴィアのいつもより固かったという言葉から、ここに眠る秘密はどうやらかなり大きなものらしい、とミラージュは考える。
ゴーレムを構成している素材は、守っている場所の重要度に比例すると考えられており、鬼化していたベディヴィアが固いと認識するという事は、それなりの強度があった証拠である。
「さて、本命はあの扉の向こう側みたいだけど、早速向かってようか」
「お宝ゲットだしー!」
「何が出てくるのでしょうか、見当もつかないですね」
ゴーレムたちの残骸の奥には重厚そうな扉が一つ、何かを守る様に存在しているだけである。
ミラージュたちは真っ直ぐに伸びている廊下を進んでいき、ベディヴィアが再度両腕を鬼化して少し時間をかけて強引に扉を開くと、三人はそのまま中へ入っていく。
扉の先にある部屋の中には透明で筒状の物体が大量に並んでいた。
人間でも簡単に入るくらいに大型で、ガラスの様にも見える透明な素材で出来ている。
しかし、何かしらの衝撃が加えられたせいなのか、そのどれもが大きく割れている為、辺りに破片が散らばっている。
更にその筒状の物体には様々な線や管が取り付けられており、何らかの実験用の機器であることが伺える。
部屋の周囲を囲う壁や天井は相当丈夫な材質なのか、多少の傷はついているものの土砂などが入るほどの損傷はない。
「扉の外のゴーレムたちはそのまま残っていたという事は、この部屋の内部で何かが起きたみたいだね。出来れば資料なんかが残っているといいんだけど、そう簡単には――」
そう周囲を見渡しながら言葉を紡ぐミラージュであったが、部屋の中に大量にある筒状の機器、その一つが視界に入ると言葉を失ってしまう。
「ミラージュ様、どうかなされましたか?」
「ミラージュ、どうしたのー?」
ミラージュの後ろを歩いていたベディヴィアとフェオが心配そうに声を掛ける。
「……あの機器の周辺に、ほんの僅かだけど魔力の残滓が感じられるんだ。僕も視界に入れるまでは気が付かないくらいだから、それなりに時間は経っていると思うけど――」
――間違いなく古代文明時代ではなく最近になって魔力を行使する何かがこの部屋で起きていた――
そう言葉を発する予定だったミラージュだが、その前に一つの仮説に行きついてしまい、思わず口を閉ざしてしまう。
魔力の感知は視界に入っているほど正確さを増すのだが、決して何か変わった物が見えている訳ではない。
魔力感知が出来る者は、魔力が存在する場所に居ると視界の中に妙な違和感の様なものを覚え、集中するとそれが強くなるのだ。
特に大がかりな魔法を唱えた後などはそれだけ大きな魔力を練り上げた後になる為、魔力の残り香の様なものが周囲に漂っている様に感じ取る事が出来る。
「ミラージュ様、お、脅かさないでくださいよ。大体、この部屋はそこまで広くはないですし、仮に何かがいるならば私たちが気づかないはずがありません」
「この部屋には生き物の気配がしないしー。ベディたちだけなのよー。出入り口はベディが壊した扉だけなのー」
フェオやベディヴィアの言う通り生物の気配はミラージュたち以外に存在しておらず、普通ならば気のせいで済む話である。
しかし、ミラージュの魔力感知は非常に高性能であり特に自身が転移するのに使用している魔力印などは容易に察知できる程なのだ。
密室であるこの部屋で魔法を行使した形跡があり、その上ほんの僅かな魔力の残滓を感じ取れる。
誰かが転移魔法を行使したのではないか、とミラージュはあまりに馬鹿らしい仮説を立てながらも、それを完全に否定する事ができなかった。
「そうだね、僕の気のせいかもしれないし何かの魔道具が誤作動した可能性もあるから、考え過ぎだったみたいだよ。さ、他に何か目ぼしいものがないか調査を続けようか」
そう口にはするものの、ミラージュには自分以外の幻魔族が存在する可能性を考え続けていた。
長い年月を生きる魔族の歴史で滅んだ種族は数知れず、希少とされている魔族は大抵が数千年後には血を絶やしてしまう。
時折、秘境とも呼べるような土地にひっそりと隠れ住んでいるところを発見する事もあるが、現在生きている状態で確認されている幻魔族はミラージュだけである。
しかし、ここは古代文明時代の遺跡であり、ベディヴィアが破壊した扉以外には外部から入れるような場所ではない。
仮に外から幻魔族の生き残りがやってきたとしても、あらかじめ部屋の中に魔力印を刻んでいたか、もしくは初めから部屋の中で生活をしていたという事だ。
どちらもあり得ない話であり荒唐無稽も甚だしい、とミラージュは思い至り、大人しく部屋の中を物色することにした。
結局、ゴーレムによって厳重に守られた部屋をくまなく探したものの、重要そうな物は何も発見する事が出来ずに今回の遺跡探索は終了した。
少ないながらも発見した魔道具や書物も特に真新しいものが見つからず、ミラージュの食指が動くような物はなかったようだ。
しかし、魔力を使用していない未知の技術や、ゴーレムや隠された部屋に使われていた素材が今までとは違う物だったらしく、魔王軍の研究者たちは大いに喜ぶ結果となる。
そしてミラージュの頭の片隅には、違和感だけがいつまでも残っていたものの、どちらにしても現状でわかる事はないと諦める事にしていた。
念のため、遺跡の詳しい調査結果を適宜知らせてほしいと伝えるだけに留まり、貴重な休日の一日目が終了する。




