正しい休日の過ごし方3(ミラージュ編)
ミラージュが手に入れた休日の一日目は、魔族領の西部で発見された遺跡調査に充てられることになった。
本来、遺跡の調査には時間がかかるのが一般的であるが、魔王軍は長年の経験によってある程度の効率化に成功していたのだ。
古代文明時代の遺跡の特徴として、侵入者を迎撃する為の罠が多数仕掛けられている点と、どこから沸いてきたのか魔物が住み着いている点が挙げられる。
罠に関しては主に古代文明の象徴とも言える魔法を応用した技術が用いられており、内部調査をするには魔力の感知に長けた魔法使いの同行が必須となる。
魔法や魔道具に共通している部分は、魔力を適した形に変換する事で様々な効果を生み出すという事であり、その変換する、もしくは練り上げると呼ばれる工程が一番察知しやすいとされている。
あくまでも個人の感覚的なものであり、魔法以上にはっきりとしたことは解明できていないのが魔力察知である。
しかし、実際に魔法の発動を肌で感じ取る事が出来る魔法使いがいる以上、間違いなく存在する技能であり、俗に魔法的な第六勘とも言われている。
そして当然と言うかなんというか、ミラージュは魔力の感知が得意であった。
そもそも遠く離れた場所に刻んだ魔力印を目印に転移出来ている時点で高性能な感知能力を持っており、それが自分の魔力でなかったとしてもある程度は把握できるのは当たり前と言える。
ミラージュが自身の転移魔法について研究や分析を行い古代文明の様々な魔法関係の書物と照らし合わせた結果、過去の幻魔族で大成した者が出なかった理由の一つとして、この感知能力が低い為と仮定していた。
勿論他にも不明な部分はあるのだが、魔力印を用いた転移に関しては大よそこの仮定を定説としてミラージュ自身は扱っている。
それだけ感知能力に長けた魔法使いは少なく、貴重な存在でもあった。
「うーん、どうやらここは古代文明時代に使用されていた軍事目的の要塞みたいだね。上手く行けば相当な数の魔道具を手に入れられるかもしれないよ」
ミラージュは壁をコツコツと叩きながら大まかな予想を話し始める
今回の遺跡調査に同行しているのは四天王のベディヴィアと、その副官であるフェオだけである。
アスタルトは元々別の日程で調査をする予定を立てていたので、急な変更は難しく不参加となっていた。
三者は早朝から集まってミラージュの転移魔法で最寄りの場所まで移動し、そこから強化魔法による途轍もない脚力で速やかに遺跡へ到着し、内部の調査を開始していたのだ。
ちなみに戦闘能力の低いフェオは強化魔法もあまり練度が高くない為、ミラージュが背負っていたのは言うまでもない事だろう。
「要塞となると相当危険ではないでしょうか?」
「要塞は楽しいのよー」
ミラージュの発言に心配そうな様子のフェオと、お気楽な様子のベディヴィアであるが、どちらの言い分も正しいと言える。
古代文明が滅びた原因の有力な説として、戦争を行っていた古代人が地形を変えるほどの大きな災いを呼び起こしたのではないかと言われているのだ。
その災いの正体は諸説ある為はっきりしていないが、高度な文明を滅ぼすだけの何かであったことは間違いないだろう。
要塞や城など、軍事目的に強固に作られた建物が発見されることが多いのだが、街の名残が発掘されたりする事も当然ある。
しかし有用な古代の遺物が残っている可能性が高いのは前者であり、また魔物などが勝手に巣食っている事が多いのも前者であった。
そもそも魔物の生態系については未だにはっきりと分かっておらず、他の獣との違いは主に死んだ後にアンデッド化するかどうかで区分けされていた。
魔物の死体はそのまま暫く放置してしまうと、骨や腐った肉の状態で動き出してしまう奇妙な性質があり、これを防ぐには物理的に動けなくなるように最低でも死体の四肢をバラバラにするか、万全を期すならば燃やし尽くして骨まで粉砕する、もしくは浄化魔法をかける等の方法に限られる。
女神フォルトゥナから加護を受けて授かる神聖魔法の一つである浄化魔法、これがアンデッドに効果がある事で、魔物は不浄の存在であるという認識になっているのだ。
そしてその浄化魔法を扱えない魔族が、女神の加護を受けられない存在として人間から忌み嫌われている要因にもなっていた。
「うーん、正直要塞となると罠の種類や数が尋常じゃないし、ゴーレムとかも出てくるからね。ベディにとってはそっちの方が楽しいだろうけど」
ゴーレムは古代兵器の一種であり、文明が滅びた今でも朽ち果てずに遺跡を守り続けている厄介な存在である。
非常に強固な外装を纏い体内にある核を破壊しない事には半永久的に動き、侵入者たちを執拗に排除する。
特に魔道具などの希少な物が治められている場所には間違いなく出てくる上、中途半端な魔法や武器による攻撃は通らない。
「ベディの力は一番だしー。ゴーレムもまとめて粉々にするのよー」
「姫様、張り切るのは構いませんがくれぐれも遺跡を壊さないでくださいね。ミラージュ様に怒られてしまいますから」
ベディヴィアが腕をぶんぶんと回しながら乗り気な様子なのに対して、フェオはこっそりと耳打ちをする。
戦闘能力の低いフェオにとってゴーレムも脅威であるのだが、それよりもベディヴィアが暴れすぎないか心配なのだろう。
古代文明時代の遺跡は大抵が地中に埋もれており、ミラージュたちも発見された出入り口らしき場所から内部へと入っているのだ。
もし遺跡が崩れる様なことがあれば、そのまま土砂などに潰される危険性もある為、戦闘には十分注意しなくてはならない。
脱出自体はミラージュの転移魔法があるので何とでもなるのだが、崩壊して埋もれた遺跡を再度掘り返すとなると相当な労力と時間がかかる上、唯でさえ経年劣化した書物などの痛みが余計に激しくなるのは言うまでもない。
フェオにとって身の安全はミラージュとベディヴィアがいる以上約束されたものであり、危険とはベディヴィアが暴れすぎる事で発生する損害だけである。
「二人ともちょっと止まってね」
先頭を歩くミラージュが後方を歩くベディヴィアとフェオに声をかけてから、床に左手を当てて魔力を放出し始める。
そして慣れた手つきで空いた方の手で床板を強引に外すと、床板の内側や床の中には魔法文字がびっしりと書かれており、何に使われているのか良くわからない線などが何本も通っていた。
そのうちの二本を胸元から取り出したナイフで切ると、再度床板を閉めて左手を離してからその場にチョークの様なもので大きなバツ印を描く。
その様子を見ていたフェオは手元の地図に何やら記入をして、振り向いたミラージュと目が合うと頷きで返事をする。
このやり取りは調査を始めてから既に何度も行っている事であり、ミラージュが先頭に立って罠を発見し解除、フェオが地図の作成や備考の記載、そしてベディヴィアがフェオの護衛を務めていた。
罠と言っても古代の技術が詰まっている為、後々に研究者たちがその中身を分析して応用できるように解除後の場所も記載し、解除する時間が無かった場合も注意事項を添えておくのが初期調査の役割になる。
しかし、魔族に限らず人間の間でも古代技術の解明や再現は非常に難しく遅々としているのが現状であり、完全に再現するには一万年はかかると笑い話になるほど、文明の差が生じているのだ。
「それにしても罠の数が多いですね。ミラージュ様の過去の調査でもこれほど多い事はありましたか?」
「いや、僕が今まで調査した中でも群を抜いていると思うよ。おそらくはそれだけこの施設が重要な役割を果たしていたと考えられるけど……」
「早くゴーレムと戦いたいのー。大事な場所には強い相手がいるって決まっているしー。わくわくなのよー」
ミラージュはこれまで数多くの遺跡を調査していたが、現在調査中の要塞施設は既にフェオの持つ地図にびっしりと罠の位置が記されており、過去に経験がない程の量である。
お気楽なベディヴィアの発言も的を射ているもので、罠の多さはその場所の重要度に比例し、出てくるゴーレムなどもより強力なものになる。
現に遺跡の調査を開始してから出てきた魔物は皆アンデッド化しており、遺跡に残された罠で死亡したことが容易に想像できる。
これは思ったよりも危険で且つ期待ができるかもしれない、とミラージュは考えていた。
「重要な施設ということは、未発見の技術が残っている可能性も高いですね。もしかしたらとんでもない発見になるかもしれませんよ!」
「確かにそうかもしれないけど……僕の経験上、こういう場合は大抵がろくでもない事が起きるって相場が決まっているんだよね」
「ミラージュは気にし過ぎなのよー。危なくなったらベディが守るしー」
そう話しながらも注意して進む三名は、その後も罠を解除しつつベディヴィアがアンデッドと化した魔物たちを全て一撃で粉砕し難なく進んでいく。
しかしいくつかの書物や魔道具は発見したものの、新しい発見と呼べるほどの目ぼしい収穫が出る事はなかった。
その後、遺跡の調査を開始してから六時間程経った頃に見つけた研究室らしき部屋の中で、ベディヴィアが何かを発見した様子で声を上げた。
「ミラージュ、フェオ、ここにボタンがあるのよー。怪しいのよー」
既に危険が無いと判断したためそれぞれ分かれて部屋の中を漁っていたのだが、ベディヴィアの呼ぶ声にミラージュとフェオも集まり、目的の物を確認する。
「うん、どこからどうみてもボタンだね。いかにも押してくださいと言わんばかりの怪しさだ」
「金庫の中にあるボタン、どう考えても怪しいですが……罠ではないでしょうか?」
ベディヴィアが壁に埋まっている金庫の扉を力任せに破壊したようで、むき出しのボタンが怪しい光沢を浮かべて存在を主張している。
魔力による違和感はないし物理的な罠の可能性もあるけど……と、ミラージュは思いながらも、どちらにしても押してみた方が良いと判断する。
罠の多さの割に目立った収穫が無い為、おそらくはどこかに秘密の部屋の様な場所があり、そこで重要な何かがあるのでは、とミラージュは推測していた。
「どちらにしても押してみない事には始まらないし、とりあえず僕が……」
「ベディが押すのよー。ぽちっと押すのよー」
「あ、姫様!」
ミラージュがボタンに手を伸ばそうとすると、ベディヴィアが先に押してしまう。
「……何も起きませんね?」
「うーん、壊れているのかな」
「何も起きないなんてつまらないのよー」
まるで肩透かしを食らったような気分になったミラージュたちであったが、突然、部屋全体がゴゴゴ、と音を立てて震えだし始める。
いきなりの事に身構えて転移魔法の発動を考えたミラージュだったが、どうやら問題はなさそうだと思い直す。
「部屋ごと地下に降りているのかな? それにしても魔力を感じないってことは別の技術何だろうけど、どうやって動かしているのか気になるな。従来のものよりもずっと早いみたいだね」
「魔力を使っていないだなんて、ほ、本当に大丈夫でしょうか?」
「体がふわふわするのよー」
部屋ごと動かして移動する技術は既に他の古代遺跡でも確認されているのだが、そのどれもが魔力を用いて起動させていたのだ。
魔族にとって種族限定の固有魔法がある様に、生まれながらに魔法を使用しているからこそ、例えその全貌がはっきりしていなくとも安心できる力が魔力なのである。
逆に言えば魔力を使わずに不可思議な事を起こす事への発想は存在しない為、ミラージュやフェオの言葉通り違和感や不安を覚えるのだろう。
ものの数分の出来事であったが、ミラージュはその間に部屋の中を見渡して技術について考察を行い、フェオはそんなミラージュのローブをちょこんと掴んで不安そうに過ごしていた。
一方のベディヴィアはピョンピョンと飛び回って楽しそうに部屋の中を動き回っていた。
「さてと、鬼が出るか蛇が出るか、とりあえず扉から出てみようか」
「鬼ならここにいるしー。蛇は美味しいのよー」
「蛇を料理するのは私なのであまり出てきてほしくないのですが……」
何ともかみ合わない気の抜ける様な会話をしながら、ミラージュたちは最初に入ってきた扉を改めて開くと、明るく照らされた白い壁と天井の廊下が目に飛び込んできた。
一直線に真っ直ぐ伸びている廊下の幅はおおよそ十メートルほどであり、壁際には何十体もの金属製の巨大な鎧の様なものが並んでいる。
そしてゴーレムたちは一斉にミラージュたちの方を向くと、備え付けの武器を構えて明らかに敵対している様子を見せながら近づき始めていた。




