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正しい休日の過ごし方1(ミラージュ編)

 魔王城の中でも限られた者しか出入りの許されない魔王リリスの私室。

 既にお付きの者たちは退出し、部屋の中には一組の男女が残されているだけである。

 そして男女は天蓋付きの豪華なベッドの上で、体を密着させているようだ。

 ベッドの上にうつ伏せになっているのは、魔王城の主でもあり魔王軍の最高権力者である魔王リリス。

 魔王軍に所属している者にとっては近づくのも恐れ多いリリスの上に跨っているのは、四天王である幻影のミラージュであった。


「ミラージュたん、もうちょい手前で……ああ、そこ、そこがエエねん。」


 ミラージュの指先が当たる位置を指定し、気持ちよさそうな声を上げるリリスは、その表情も蕩けている。

 ぬちょ、ぬちょ、とミラージュの手と液体が奏でる音と、リリスの声だけが部屋の中に響き渡る。


「魔王様……気持ちよさそうですね。この辺りはどうですか?」


「ああ、そこ、そこも気持ちエエ。あかん、気持ち良すぎてクセになりそうやわ」


 魔王リリスのツボを掴んだのか、先程とは別の場所に指先を当てて押し込むミラージュの言葉に、満足げな様子でリリスは答える。


「東方から伝わったオイルマッサージ、これは流行るかもしれませんね」


 そう、ミラージュはリリスに対してオイルマッサージを行っているのだ。

 先日、功労勲章を授与している最中に居眠りをしたミラージュへの罰として、リリスの満足する奉仕を行う様に約束させられていたのだ。

 東方由来のヨーカンを献上する事で許されたと思っていたミラージュだったのだが、実はあの話には続きがある。

 アスタルトの幻覚魔法で上手く誤魔化すことが出来たようにも思えるのだが、四天王や魔王以外にも、ミラージュの居眠りに気が付いた者がいた。

 その中の一人が魔王リリスの周辺警護を担当している、親衛隊の隊長である。

 ミラージュが隊長さんと呼ぶほど親しい魔族であり、当然魔王リリスとも長い付き合いになる為、気の置けない間柄になるのだが、それがいけなかった。

 四天王と魔王による会議後、親衛隊の隊長と顔を合せたリリスは、式典の様子について大笑いをされてしまったのだ。

 幻覚魔法が効いていない者にとって、リリスの行動は誰もいない場所に向けて勲章を渡してから声を掛けるという、非常に滑稽な姿であり、四天王も含めた全員が指摘しなかったことでもある。

 冗談とは言え恥をかかされたリリスは、内心はそこまで怒っていないものの何かしらの罰を与えようと考え、こうしてミラージュにマッサージをさせているのだ。

 内容からもわかるように罰にしてはかなり楽なものだが、奉仕の内容を全てミラージュに考えさせて、リリスが満足できなければやり直しというルールが設けられていた。

 さてどうしたものか、と悩んだミラージュだったが、魔王リリスが東方関係に強い興味を持っている事、そしてマッサージ自体が王都の女性に流行している事を踏まえ、このような行動に出ているのだ。

 結果は大成功であり、付け焼刃であるミラージュのオイルマッサージでも十分に堪能しているのは、リリスの様子で伝わるだろう。


「魔王軍はデスクワークも多いからな、女性士官にはウケると思うで。タルトたんにもやってあげると喜ぶんとちゃうか?」


「タルトちゃんは……どうでしょうね。セクハラと言われて蹴り飛ばされそうですけど」


 大体、こんな風に肌を晒した状態を自分に見せられるなら、この間の着替えの時みたいに怒る事もないはずだ、とミラージュは思っていた。

 オイルマッサージとはその名の通り、体にオイルを塗ってマッサージをするものなので、受ける側は基本的に肌を晒している状態になる。

 リリスは一糸まとわぬ姿であり、腰の辺りにシーツを被せて最低限の部分を隠しているだけなのである。

 もっとも、モフモフとした尻尾がゆらゆらとご機嫌そうに動いてシーツをずらしてしまうので、あまり意味を成していない。

 本来の予定では腕や足先、首周りだけにする予定だったのを、ミラージュが持ってきた本をマッサージ中に読んでいたリリスが、全身に行う記述を見つけて興味を持ってしまい、今のような状態に至ってしまっていた。

 その本はオイルマッサージについての記述も含めた東方由来品である整体関係の書物であり、今後はリリスの侍女たちが活用できるようにと気を利かせて持ってきたものである。


「ふふん、ミラージュたんは女心をわかっている様でわかっとらんな。ところで、うちの背中はどや? 自慢じゃないけどなかなかセクシーやろ?」


 そう言って上体を逸らしてミラージュの方に首を動かして流し目を送るリリスの姿は、確かに美しく、そして艶やかであった。


「……まあ、魔王様が美しいのは認めますけど、いくら僕が相手だからと言ってここまで隙を晒すのは魔王としてどうかと思いますし、そもそもこうして肌を晒す事自体も女性として如何なものかと思いますが……」


 万が一、ミラージュがリリスを害する様な真似をしたならば、間違いなく成功するだろう。

 それほど今のリリスは隙だらけであり、魔王としても女性としても無防備過ぎるのである。


「そんなん、今更やないか。ミラージュたんが裏切るつもりなら、いつでも魔王軍を滅ぼせるやろ。それだけ転移魔法が……いや、ミラージュたんの転移魔法が反則なんやで。それにな、こうしてウチが肌を晒すのもミラージュたんだ・け・や・で」


 そう言って何度もウインクするリリスだが、尻尾が大きく揺れてシーツを取り払ってしまいそうになる。

 しかしミラージュは冷静にそれを直し、目の前で揺れる尻尾が首筋を撫でるのを我慢しながら、マッサージを続けていた。

 ミラージュの転移魔法は魔力印のある場所ならばどこにでも自由に移動できるだが、魔王軍の主要な施設全てに魔力印を刻んでいるのだ。

 一般兵が知っているような場所もあれば、四天王以上しか知りえない様な場所、そして魔王リリスとミラージュだけが知る場所など、情報公開については個別に制限をしていた。

 仮にミラージュが魔王軍に反旗を翻すことがあれば、重要な施設に多くの兵士を送ることが出来る為、リリスに勝ち目はないだろう。

 裏を返せばそれだけミラージュを信頼して重用している証でもあるのだが、当の本人は面倒くさい運び屋の仕事程度にしか思っておらず、移動以外には転移魔法を使いたがらない上、本当の実力を隠している。

 宝の持ち腐れにも思えるようで、もし転移魔法の使い手がミラージュでなければ、今頃は世界を牛耳る様な独裁者が誕生していたのかもしれないのだから、ある意味良かったのかもしれない。


「そういえば、魔王様は結婚についてどう思いますか。以前も軽口で仰っていましたが、実際のところどうなのかな、と」


 ミラージュは昼間の王都でのやり取りを思い出しながら、ふとそんな質問を投げかける。

 魔王様はずっと独身だけど何か理由があるのかな、とミラージュは常々疑問に思っていた。

 魔王軍立ち上げ当初のメンバーは殆どが結婚して子持ちであり、リリスを含めてかなりの年齢に達しているはずなのだ。

 正確な年齢は不明だが、少なくともミラージュの倍は生きている事は間違いない。

 ちなみに、ゼノビアとの結婚についてはクテシフォン侯爵に確認しない事にはどうする事も出来ないとの結論になり、後日に改めとなったのだ。

 ミラージュにとって今まで真剣に考えた事もなかった縁談だが、相手が親しい間柄であるゼノビアである為、否が応でも少しは意識してしまうのだろう。

 相手が人間であり自分は魔族と人間のハーフである以上、成立する事はないな、と思いながらも、結婚という制度そのものについては何か感じるものがあるのも事実である。


「んー、まあウチの昔馴染みは皆、あれこれくっ付いてしもうたしなー。取り残された感がなくもないで。でも、今は魔族の共存共栄を第一に考えなアカンし、どちらにしてもウチは半端モンやから結婚なんて難しいかもしれんな。ただ、いつか種族の壁が関係なく皆が笑って暮らせる日が来るとエエとは思うよ。せやから、志半ばで結婚して引退だなんて事はせーへんよ。万が一このまま行き遅れたらミラージュたんに拾って貰って、魔王の座を譲るから安心したってーな」


「いや、それは全く安心できませんよ。せめてもう千年くらいは現役でお願いします」


「なんやなんや、相変わらずいけずやな。これだから幻魔族の男は淡泊でいややわー」


 結局、冗談めかして話が終わってしまうが、ミラージュはリリスの言葉が深く心に突き刺さっていた。

 種族の壁がなく暮らせる日、それは人間と魔族の間に産まれたミラージュにとって、自身の悩みの一つが無くなる時でもある。

 リリスにとっての種族とは魔族の事だけを言っているのだろうが、それでもいつかそんな未来を見てみたい、とミラージュは思っていた。

 そしてそれ以上に、魔王だなんて面倒な役どころは死んでも願い下げだと考えているのだが、当のリリスには伝わる事はないだろう。

 ちなみに魔族の寿命は種族ごとに大きく違うのだが、大抵は千年生きれば長寿と言われている。

 その為、ミラージュの発言は失礼な発言にも聞こえてしまうのだが、両者の信頼関係があるからこその冗談なのだ。


「ところで、僕を呼び出した本当の理由、聞かせて貰いますか?」


「あ、やっぱりバレとったか。最近お疲れ気味みたいやしミラージュたんに休暇を与えようと思うてな。黒皮病の件で相当な負担をかけたみたいやし、たまには――」


 そう言いながらシーツで体を隠して仰向けになるリリスだったが、突然ミラージュが覆いかぶさるような体勢で顔を近づけた。


「――魔王様、今なんと仰いました?」


 仮面の隙間から真剣な眼でリリスを見つめ、その声色はいつもの優しげなものと違い、少しばかり威圧感を覚える様な固さが垣間見えていた。

 まるで今しがた行われた魔王リリスの発言に対して、確認をしながらも訂正を許さないような意思が込められているようでもある。

 そして今の二人の姿は、何も知らぬ者が見たら魔王リリスをベッドに押し倒している四天王ミラージュ以外の何ものでもない。


「あん、ミラージュたんったら意外と大胆やな。そんな男らしいミラージュたんも中々エエもんやな」


「魔王様?」


「じょ、じょーだんやじょーだん。せやから先日の狼魔族との交渉でミラージュたんも疲れている思うて、英気を養う為にもお休みを与えるっちゅー話や。」


 冗談めかして発言するリリスに対して、冷たい声色で再度問いかけたミラージュの迫力は、魔王ですら慌てさせるものであった。

 しかしミラージュにとって、休暇とはどんな宝物よりも価値があり、思わず興奮してしまうのも無理はないだろう。

 実はゼノビアとの結婚騒動の話し合いが終わった後に王宮へと向かい、国王陛下とも謁見していたのだが、同じ様に旅の疲れを癒すと言う名目で、ユリアを含めた勇者パーティ四人は暫しの休暇を貰っていたのだ。

 どちらか片方だけを休む事は稀に出来ていたのだが、今回は魔族としても人間としても完全な休暇を取れる珍しい機会なのだ。


「魔王様、僕は魔王軍で働いてきた中で、今が一番幸せかもしれません。本当にありがとうございます」


「お、おう、喜んでもらえたなら嬉しいわ。まあウチだけやなくて、タルトたんにも礼を言っておいてあげてーな。あの子が珍しくウチに進言してきたんやで。自分が仕事を請け負う分、ミラージュたんに休みを取らせてあげてくれってな。あ、これは内緒にしてほしいって言われたから、ウチが喋ったってことは秘密やで」


 秘密と言いながらも明らかにワザと口を滑らせているリリスだったが、面白い事になると思っての事だろう。

 そんなリリスの言葉を聞いたミラージュは、魔王城へ赴く前のアスタルトの様子を思い出す。

 いつもの様に出勤したミラージュへ毒を吐いていたのだが、その内容が普段よりも辛辣であったのだ。

 何かにつけて先日の居眠りについて持ち出してきて、やれ四天王の自覚が足りないだとか言っていたのだが、おそらくは照れ隠しだったのだろう。

 実際に、ミラージュがあのような隙を見せる機会など滅多に無い為、体調不良ではないかと心配されてもおかしくはない。


「あー、やっぱり心配を掛けちゃったみたいですね。あの居眠りのせいで」


「そらそうやろ、随分と深い眠りについていたからなぁ。ウチも途中で気が付いた時には驚いて、思わず顔に出そうやったわ。ま、折角の休暇なんやから楽しんでくるとエエで。ただし、緊急の呼び出し用に連絡玉は常に携帯する事が条件や。ほい、これがウチと直通の連絡玉や」


 リリスが枕元をがさがさと探って連絡玉を取り出し、ミラージュに向かってポイっと投げつける。

 本来、連絡玉は失われた古代文明の技術が詰まった場違いな工芸品――オーパーツ――であり、おいそれと扱えるような物ではない。

 しかしリリスの扱い方はまるでキャッチボールをするくらいの気軽さであり、専門家が見たら間違いなく絶叫をあげてしまうだろう。


「連絡玉なら既に幻影城と直通の物がありますけど?」


「休暇を与えるもう一個の条件が、ウチが呼んだら飛んでくることや。ちょっと行きたい場所があってな、ウチに時間が出来たら連れてって欲しいねん。こっそり抜け出すから頼んだでー」


 そういえば先日の会議の後にそんな約束事をしたな、とミラージュは思い出していた。

 リリスは魔王と言う役職上、気軽に外出が出来ない立場でもある。

 人間の国で例えると国王の様なものであり、何をするにしても常に護衛が付きまとうのだ。

 魔王リリス自体、護衛の兵士より強いので本当に必要かどうかは微妙ではあるが、万が一の場合を想定した場合、盾となり時間を稼ぐだけでも意味はあると言える。

 流石に私室の中にまでは許可なく立ち入らないのだが、いつどこで命を狙われるかわからない為、魔王城にいる間は勿論の事、外出時にも常に誰かが傍にいる。

 こっそり抜け出すにはミラージュの転移魔法が最適であり、目的地はそれだけ他人に知られたくない場所なのだろう。


「まあ、それくらいなら構いませんけど、僕に行ける場所かどうかはわかりませんよ?」


「大丈夫や、ミラージュたんなら絶対に行ける場所やからな。とりあえずミラージュたんの休暇は明日から一週間や。ウチの仕事がその間に調整できるかはわからんけど、その連絡玉は念の為や。当分の間はそのまま持っていてもエエからな」


 リリスは一見するとお気楽そうに魔王をしているが、実際にはかなり忙しく働いている。

 それは四天王であるミラージュや副官のアスタルトと比べるまでもない程であり、こうしてミラージュと接している時間も、他の仕事を差し置いてまで作っているのだ。

 本来、休むために私室にいるはずなのだが、それでも仕事は欠かさず、部屋の隅にあるリリスが愛用している仕事机の上には、山の様に書類が積んであった。

 しかし、ミラージュが会うときはそのような素振りを見せずに、一々ベッドの上で待機して妙な雰囲気を作ったりしているのは、おそらく東方の文化に影響を受けているのだろう。

 若干どころか、相当勘違いした内容であるのは間違いないのだが、実際に眼で見たわけではないので、誰もその事には気がついていない。


「一週間……それはありがたい事ですね。ゆっくりと読書の時間に……充てられるのかなぁ」


 一週間と言う期間は、丁度ファルサに与えられた休暇と同じ日数であり、ミラージュ及びファルサは明日から自由の身となるのだ。

 しかし、時間が有り余った状態の彼に対して周囲が黙っている訳でもなく、続々とその予定が埋められていた。

 ミラージュとしての休暇はアスタルトの進言であり、そこからラファールに伝わる事を考えると、完全に一人になる時間はそう多くなさそうだ、とミラージュは考える。

 先日、不慮の事故で二人の着替えを見てしまった事で、何でも言う事を聞くと約束させられた上、アスタルトに対してはそれが二つある。

 更にはベディヴィアの所にも顔を出す様に言われている為、魔族としての予定だけで数日は埋まってしまうだろう。

 その上、人間であるファルサとしての予定も積み重なっていた。

 結局のところ、仕事が休みになったとしても自由な時間はあまりないのだが、それでも普段に比べたらかなりマシになる事は間違いない。

 勿論、余程の事が無い限りではある為、何らかのトラブルが起きてしまうとミラージュ及びファルサの休暇は水泡に帰すのだが、それは今考えても詮無きことである。

 こうしてミラージュ及びファルサの悲願である、一週間の休日が幕を開けた。


「読書といえば、今朝の報告にあったばかりの話なんやが、ベディヴィアの領地で新たに見つかった古代遺跡には書物が多く眠っている可能性が高いって聞いたで。ま、休暇をとるミラージュたんを調査に行かせられんけどな」


 その言葉を聞いて、ミラージュは暫しの間固まってしまう。

 古代文明時代の書物を蒐集するのはミラージュの趣味であり、魔王軍で行う仕事の中でも喜んで取り組む事のできるのが遺跡調査である。

 遺跡から発見された品は魔王へと届けられるのだが、四天王ともなれば希望をする事である程度は自由に貰い受ける事が出来るのだ。

 連絡玉などの貴重な魔道具は当然難しいのだが、書物などに関して言えば写本後に譲ってもらう事は容易であった。

 クリューエルだけは関わり合いになりたくないので別としても、ラファールやベディヴィアはあまり遺跡に興味が無い為、他の領土でも調査はミラージュが率先して行う事が多い。

 実際、自由自在に転移できるミラージュと遺跡調査の相性はかなり良く、後々に他の人員を送って更に細かい調査をする事も簡単になる為、大変好評なのだ。

 

「行きます」


「え?」


「遺跡調査、僕が行きます」


「い、いや、ミラージュたんは休みで……」


「仕事ではなくプライベートとして行きます。遺跡への立ち入り許可だけ下さい。後は僕の方でベディヴィアと調整を行います」


 コレクターと言う人種にとって、誰も持っていない品というのは非常に価値があり、新たに発見された遺跡ともなると、今までお目にかかった事のない物が出る確率は高い。

 不慣れな者に任せてしまうと調査自体が上手く行かずに発見される品が少なくなってしまう事や、書物などは扱いを雑にされて傷んでしまう場合もあるのだ。

 だからこそミラージュは今までも積極的に遺跡の調査を行っていた。


「まあミラージュたんがそこまで言うなら構わんけど……」


「ありがとうございます! いつもの様にある程度の安全を確保出来たら魔王軍の調査チームを送れるようにしておきますね」


 魔王軍における遺跡調査は幾つかの工程を踏む必要があるのだが、ミラージュが行うのは主に初回の調査になる。

 古代遺跡の多くは侵入者対策の罠があったり、長年放置したことで魔物が住み着いていたりと、とにかく危険が多い。

 だからこそ腕の立つ者が最初に遺跡の内部を調査し、地図の作成や危険の排除を行うのだ。

 その後に、荒事が苦手ではあるが知識のある専門の調査チームによって、遺跡自体を詳しく調べていくのが基本的な流れになる。

 最初の調査をベディヴィアなどに任せてしまっては、戦闘の余波で遺跡を壊し、発見した書物をぞんざいに扱う事などは誰しもが想像できるだろう。

 だからこそミラージュはここまで必死になったのだが、結局、貴重な休日を仕事で潰すことに変わりはない。

 しかし、本人は新たな書物との出会いに胸躍り、そんな事は微塵も考えていなかった。

 ミラージュにとって読書は空気と同じものであり、生きる上で欠かせないものである。

 百年以上も引きこもって読書をしていた本の虫は、仕事に忙殺されていた反動と、珍しく休暇を手に入れた喜びで、冷静さを欠いていた。


「……それじゃあ、早速ベディヴィアの所に向かいます。魔王様、何かあれば連絡玉で知らせてください。では、失礼します」

 ミラージュは素早くゲートを作り出すと、あっという間に空間の裂け目へと姿を消してしまった。


「なんやねん、ウチの裸よりも遺跡調査の方が嬉しいちゅーことかいな。これやから幻魔族の男は朴念仁ばかりで嫌になるわ」


 そう言って手元のシーツをぎゅっと握りしめるリリスの姿は、威厳のある魔王ではなく、可愛らしい女性の姿そのものであった。

 しかし口では嫌になるといいながらも、ミラージュの垣間見せた新しいおもちゃを手に入れた子供のような姿に、顔が綻んでいる。

 彼女にとって魔王軍に所属する魔族たちは、大切な部下であり、仲間であり、そして子供のような存在でもあるのだろう。

 そしてミラージュが消えた後の空間を見つめる彼女の本心は、誰にもわからない事である。



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