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【過去編】ファルサとゼノビアの出会い2

 王宮の中でも一際警備の厳しい王族たちの居住区、その中でも女性の王族が住むエリアには、白百合騎士団の騎士たちが常に監視の目を光らせている。

 白百合騎士団はヴァロワ王国の騎士団の中で唯一、女性の騎士のみで構成されており、その主な任務は妃や王女などの警護になる。

 ファルサが現在いる女性王族の住まう区域に足を踏み入れる場合も、男性相手には最低でも左右二名、多いときは四名の騎士が取り囲んで移動をするほど、行動を制限するのだ。


「アウレリア王女殿下にお呼ばれされたんだけど、話は通っているかな?」


「……お話は伺っております、どうぞお通りください」


 そんな状態にもかかわらず、ファルサは余裕のある表情で移動を行い、アウレリア王女の私室の前で見張りに立つ女性騎士に、話しかけるのであった。

 宮廷魔導士として取り立てられてからは幾度となくアウレリア王女に呼び出されており、ファルサにとっては既に慣れたものなのだが、騎士たちの態度はあまり友好的であるとは言い難い。

 彼女たちにとって警護している人物に何かあれば大問題であるのだが、アウレリア王女は度々脱走をする上、こうしてファルサを部屋に招き入れる事は数えきれないほど多いのだ。

 王族や貴族の未婚女性は特に貞淑性を重視されており、まだ十二歳のアウレリア王女といえども油断は禁物である。

 過去のヴァロワ王国の歴史を振り返っても、アウレリア王女の年齢で異性と関係を持っている例など枚挙に暇がない程あるのだから。

 時には幼い王女が少女嗜好である三十越えの他国の王子に十歳にして嫁ぎ、またある時は御年五十を迎えた大物貴族が、自身の妻の一人にと八歳の少女を迎え入れた事もあるのだ。

 一般的な常識としてヴァロワ王国内では、結婚の適齢期は十五歳から二十歳頃と言われているのだが、いつの世にも例外は存在する。

 素性のはっきりした人物ですら警戒に値するのに、今ここにいるファルサは、アウレリア王女が突然連れてきた人物であり、過去の経歴などは一切不明なのだ。

 当然、護衛の騎士としても警戒しない訳にはいかないのだが、当のアウレリア王女本人がファルサを信用している為、余計な口出しが出来ないでいる。

 しかし、いくらアウレリア王女に口出し無用と命令されてはいても、内心まではそう簡単に変える事はできない。

 何せ相手は、悪い噂の付きまとう成り上がり魔導士と評判の人物なのだから。


「失礼します。何かご用でしょうかアウレリア王女殿下」


 部屋に入室するやいなや、ファルサは早速本題に入りだす。

 本来、王侯貴族の間でのやり取りは挨拶から始まり、本題に入るまでは回りくどい会話をすることが多い。

 しかし、ファルサもアウレリア王女も無駄なやり取りは好まないため、用件があるときは簡潔に済ませる様にしているのだ。

 それでも入室早々に話を切り出すのは無礼にあたり、いつものファルサであればもう少し前置きを入れているはずなのだが、今日は事情が違っていた。


「あらファルサ様、本日は随分とご機嫌が優れない様ですわね」


「まあ、王宮にいて機嫌が良くなることの方が少ないですからね。どうにも、僕には宮仕えと言うものが向いてないみたいです」


「あらあら、それは心配ですわ。ファルサ様が心を痛まれておられては、私も悲しくなってしまいますわ」


「全ては僕の実力不足です。ご期待に添えず申し訳ないです。」


 しくしく、とわざとらしい泣き真似をするアウレリア王女殿下だが、どうやらファルサの本心を察しているようだ。

 既にファルサの中では宮廷魔導士を辞する事は決まっており、それならば後腐れの無い様にわざと失礼な態度を取っておくつもりだったのだ。

 勿論、聡明なアウレリア王女には通じないだろうが、周囲にいる人間は別である。

 今ファルサがいるアウレリア王女の私室には、メイドや騎士が何人も控えており、彼女たちは噂の発信源にもなりうるのだ。

 ここで敢えて無礼な態度を取る事によって悪い噂の信憑性が増し、アウレリア王女が引き止めにくい雰囲気を作り出せる、とファルサは考えていた。

 ただ、暴言等の行為は不敬罪に問われる可能性もあるので、慇懃無礼というか、言葉遣いなどや態度は丁寧なまま、発言の内容などは失礼な事を口にしているのだ。

 宮仕えが向いていないと言う発言も、裏を返せばファルサを重用しているアウレリア王女の見る目が無いという批判にも聞こえ、王女の傍に控える人間ならばこうした遠回しの嫌味を理解する事は容易である。

 白百合騎士団はもとより、王族に仕えるメイドも貴族の令嬢である為、そのようなやり取りは幼い頃から経験しているのだ。

 また、一人称の「僕」も、公の場で使うには適さないため、余計にファルサの評価は下がるだろう。


「実は最近つまらなさそうにされているファルサ様の為に、特別なお話があって今回お呼び立てしたのですわ。早くお伝えしたくて研究室に赴いたら、お仕事を終えられて既にいらっしゃらないものですから、私驚いてしまいましたわ。ファルサ様には宮廷魔導士の仕事ですら物足りないのですね。流石は天才魔法使いと呼ばれるだけの実力ですわ」


 席次持ちの宮廷魔導士には専用の研究室が与えられ、そこでは日夜、魔法や魔道具の研究がおこなわれているのだ。

 とは言ってもファルサの研究室は本人を含めてもたったの二人しか利用せず、本日の作業を終えたファルサは後輩の魔導士に何も告げずに部屋を抜け出して庭園で読書をしていた。

 余計なものを見られたな、とファルサは内心で悔やんでいた。

 研究室にあるファルサの机の上には、作成が完了したマナポ―ションや魔道具がそのまま置かれており、おそらくはアウレリア王女はそれを見て判断したのだろう。

 今までファルサを呼ぶにしても、メイドなどの使用人を遣わせていたのでファルサも油断していたのだ。

 本来、王族とは自ら赴くのではなく、相手を呼び寄せるのが当たり前なので、事前の先触れもなく研究室に訪れるなど普通はあり得ない事である。


「たまたま昨夜は時間がありましてね、翌日に楽をしたくて前もって作っていたものを持ち寄っただけですよ。ところで、その特別なお話とやらをお聞かせ願えますか?」


 多少苦しい言い訳にはなるが、一応理に適っている事をファルサは発言し、アウレリア王女へ本題を促す。

 何を企んでいるか知らないけど、そう簡単に思い通りにされてたまるか、とファルサは決意する。

 ファルサの事を高く評価するだけならまだしも、強引な方法で宮廷魔導士に仕立て上げたのは彼女であり、ある意味では今の状況を作り出した元凶とも言えるのだ。

 油断をすると都合の良く扱われることをファルサは知っている為、アウレリア王女の思惑には乗らない様に気を付けているのだろう。


「実はファルサ様にお仕事の依頼がありましてお呼び立てしましたの。既にお父様の許可も頂いているので、王命として考えて貰っても構いませんわよ」


「……わざわざ国王陛下に根回しまでしているとは、随分と気合が入っているようですね」


「私も為政者として国の行く末を憂いておりますの。今回はヴァロワ王国の未来を左右する第一歩と言っても過言ではありませんわ」


 如何にも憂いのこもった表情で語るアウレリア王女だが、実際にはヴァロワ王国などにさほど興味はないはずなのだ。

 我儘王女の悪評通り本性は中々苛烈なのだが、最近は周囲の評価を変えるべく、このような態度を取る事が多い。

 我儘ぶりはあくまでも子供時代の話であり、成長と共に王族としての自覚が芽生えていった、というのがファルサの知るアウレリア王女の描く青写真になる。

 しかもちゃっかりとファルサとの出会いによって、志を新たにしたと言う余計な物語まで用意しているのだから侮れないのだ。

 実際に、ファルサとの遭遇が契機になっている事に違いはないのだが、アウレリア王女が周囲に広めている話は、明らかに様々な部分が大袈裟に美化されていた。


「それで、王国の未来を左右する内容とは――」


 そう質問を投げかけようとしたファルサだったが、部屋をノックする音に遮られてしまう。


「どうやら来たようですわね。今回のファルサ様のパートナーとなる人物が」


 そう言ってアウレリア王女は口角を上げてファルサに笑みを向ける。

 幼さの中にも徐々に大人になりつつある少女の姿は、見惚れるほどの美しさを放っているのだが、ファルサにとっては悪戯を思いついた子供の顔にしか見えていなかった。


「失礼いたします。白百合騎士団所属ゼノビア・ド・クテシフォン、親愛なるアウレリア王女殿下の召喚に馳せ参じました」


 開かれた扉からは一人の騎士然とした少女――ゼノビア――が凛とした表情でハキハキと声をあげながら入室し、アウレリア王女に向かって跪いた。

 それは忠誠を誓う騎士の姿そのものであり、アウレリア王女とゼノビアの二人だけがまるで一枚の絵画から飛び出してきたようにも思える程である。 

 周囲のメイドや護衛の騎士達も思わず見惚れてしまっており、薔薇色ならぬ百合色の空気が室内に満ちていく。


「面を上げて、ゼノビア。実はあなたに頼みたいことがあって呼んだのですわ。とりあえず話をするからここに座って頂戴。ファルサ様もどうぞこちらへ」


「はっ! 失礼いたします!」


「……」


 アウレリア王女は室内にあるテーブルに座る様に促し、ゼノビアは畏まりつつも従い、ファルサも無言で席に着く。

 しかし、ゼノビアはファルサの事がまるで視界に入っていないのか、一度も視線を向ける事はない。

 どうやら相当嫌われているようだ、とファルサは思い至る。

 騎士団の中には宮廷魔導士を蛇蝎のごとく嫌っている者も多く、互いにすれ違っても無視をする様な光景を頻繁に目の当たりにするのだ。

 

「二人とも、まずはこれを見てくださいまし。これは私が独自に調べ上げた政府への陳情内容を纏めたものですわ。特にお父様まで届いていないものを中心に集めましたの」


 ヴァロワ王国における陳情とは国民が行政機関――国民にとっては国王――に向けて現状の問題を述べ、その改善をお願いする行為である。

 例えば何々地方の貴族による横暴に悩まされているだとか、何々の森に魔物が大量発生して危険だとか、とにかく国民の生活に関わる内容である事が多い。

 陳情書を送るか、王宮まで訪れて直接話を通す場合もあるのだが、当然ながらその全てが国王の下に届くわけではない。

 そもそも地方領主の管轄である場合や、国へ頼むには見当違いの事柄であることも珍しくなく、その上膨大な数の陳情があるのだ。

 だからこそ事前に内容を精査した上で国王の耳に届くのだが、当然、この過程が不正の温床となっていた。

 最初に陳情の受付をするのは王宮の下級警備兵や、陳情書の場合は新入りの文官たちなど、地位や身分が低い者が対応する。

 そこから上へ上へと報告が順にされていくのだが、都合の悪い内容はその途中で握りつぶされていた。

 権力者たちによる圧力や賄賂などが横行しており、仮に正義感から自身が通したとしても、更にその上の段階で弾かれてしまい、その後は冷遇された生活を送る事は目に見えているのだ。

 そういった都合の悪い陳情を報告しては絶対に出世できない、と半ば暗黙の了解になっており、本当に必要な内容であってもまともに取り扱われない事もある。

 アウレリア王女は、そんな途中で消えてしまった膨大な陳情を集めてきたと言うのだから、相当な苦労があったに違いないだろう。


「森林の様子がおかしい、孤児が行方不明になっている、不審な人物の目撃情報……確かにアウレリア王女殿下のおっしゃる通り、国王陛下まで途中で報告が上がらなくなってもおかしくはないものばかりです」


「……」


 森林の様子などはその地域を管理している人物の管轄であり、誘拐などの犯罪は街の警備兵、不審人物についての目撃情報などいくらでもあり、規模や被害が大きくならなければ対応は後回しになる。

 アウレリア王女が二人に渡した書類に記載されている内容は、握りつぶすというよりは管轄外や優先度が低いために国王まで届かない様な内容ばかりであった。

 ゼノビアの発言は暗にそれを示しており、口や態度には出さないものの何故このような報告内容を読ませられているのか疑問に思っているのだろう。

 しかし、ファルサはジッとアウレリアから渡された書類を見つめていた。


「……それで、僕たちを呼んだ理由はこの陳情の解決に乗り出す為と言う事でよろしいですか? 正直、あまり気が乗らないのですが」


「ええ、その中でもまずは王都から北西にある森の調査を行ってほしいのですわ。こちらの資料にある二十年前と五十年前に他国でランドタートルの出現が確認された時の状況と、今回の報告にあった森の異変の状況にいくつか共通点がありますの。万が一の場合、このまま放置してしまうと一大事になりますわ」


 そう言ってアウレリア王女は、別の資料を取り出してファルサとゼノビアに手渡した。

 ランドタートルとは巨大な亀のような姿とした魔物で、主に地中で生活をしていると言われているのだが、数百年に一度と言われている繁殖期になると地上に姿を現し、餌を求めて周辺を荒らしまわるのだ。

 亀と言っても非常に凶悪な魔物で、強固な甲羅や皮膚を持ち、鋭い爪や牙で人間を襲うこともある。

 特に繁殖期で新たに誕生したランドタートルの子供たちが大量に現れて、いくつもの村が滅びたと言う報告もあり、殆ど天災扱いされている化け物になる。

 途轍もないパワーで地中へと人間を引きずり込み身動きの取れない状態で捕食する為、一度捕まると助かる見込みは殆どないのだ。

 対策としては成体のランドタートルが確認された場合には、卵を産んで孵化する前に討伐しまう事だけである。

 地上で姿を現すのは繁殖期のみでかなり珍しく、それ以外の生態は不明で目撃情報も無い為、このような後手に回る対応しか取れないのでいた。

 そして大量のランドタートルたちが、捕食を終えてから数百年もの間どこに行くのかは、未だに解明されていない。


「確かにこの資料を見る限りその可能性はあり得そうですが、本当に相手がランドタートルの場合、僕と彼女の二人では些か人数不足かと思いますが? 最低でも番である成体が二匹、下手をすると孵化したばかりの幼生体も相手にしないといけませんからね」


 ランドタートルの子供たちは、ある程度成長をするまでは親のランドタートルと共に生活をする。

 自由に地中を掘り進んで狩りが出来るようになると一斉に親離れをして獲物を捕食し始めるのだが、ランドタートルは一度に数百もの卵を産むと言われているのだ。

 その上、成体のランドタートルともなれば個人の力でどうにかできる事など難しく、二十年前の例でも数百人規模の討伐隊が結成されていたが、殆ど全滅してしまっているのだ。

 しかし実際にランドタートルの姿が確認されていないにも関わらず、王国軍を動かすのは無理だろうな、とファルサは思っていた。

 何十年に一度しか現れない上、二十年前も五十年前も他国での出現であり、ヴァロワ王国で実際に脅威を知る者はいない。

 そうでなければアウレリア王女が事態の調査に乗り出す事など無いのだから。

 

「ふん、怖気づいたのならば正直に言えばよかろう。もっとも、貴様のような軟弱者と組むくらいなら魔物如き私一人で片づけてやる。アウレリア王女殿下、今回の勅命、我が剣にかけて必ずや全う致します」


「……はぁ、どちらにしても僕に拒否権はなさそうですからね。精々、こき使われますよ」


「二人とも、物わかりが良くて助かりますわ。そうそう、この任務については表向きの理由として宮廷魔導士隊と白百合騎士団の選抜者による試験的な合同訓練という事にしておりますの。ですから、必ず常に二人一組で任務にあたってくださいますよう念を押させて頂きますわ。単独で行動された場合には命令違反と見做し、王家への反逆行為として扱いますわよ」


 笑顔でとんでもない事を口にするアウレリアの言葉を聞いて、ファルサとゼノビアの顔が一気に引きつった表情になる。

 ファルサとしてはいつもの様に単独行動で、転移魔法などの隠している力を使って楽に解決するつもりだったのだ。

 ゼノビアについては、毛嫌いしている相手と行動を共にしなくては行けない事へ反対したいものの、相手が王女殿下であるが故に我慢しているのだろう。

 こうしてアウレリア王女殿下の勅命による合同訓練での調査という名目の、明らか怪しい思惑がある任務が幕を開けた。



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