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王都での再会3

「ファル兄! ファル兄! このお家のお風呂は凄いね! まるで王宮の大浴場みたいで泳げちゃうくらいだよ」


 そう言ってはしゃぎながら本当に右へ左へと泳ぐユリアだが、確かにこの家にある浴槽は並の大きさではない。

 元々、この家を建てた前の持ち主が相当な風呂好きだったらしく、王国で一番豪華な風呂にしろ、と大工に注文を付けていたようで、敷地の大部分を浴室にしていたのだ。

 その分居住スペースが家の大きさに対して手狭になっているのだが、当然一人で利用するファルサには関係なく、ゆったりとした風呂を楽しむだけの為に購入している。

 掃除なども業者がいるのだし、風呂の準備も魔法や魔道具で簡単に出来るので、ファルサ自身に利用する時間がない事を除けば問題はないと言えるだろう。

 そういえばいつもならここでゼノビアがユリアを叱るはずなのに今回は何も言わないのはどうしてだろう、と思いながらファルサは浴室内を見渡すと、壁際で小さくなって風呂に浸かるゼノビアを発見する。

 小さいと言っても、元々の長身のゼノビアが精一杯に体を小さくしているだけなのだが、チラチラとファルサの方を見ながら、恥ずかしそうにしていた。


「ファ、ファルサ殿、その、あ、あまり、こちらを見ないで頂きたい。いくら水着とは言っても流石に少し恥ずかしくてな」


 先日着ていた背中の見えるドレスよりは明らかに露出が少ないはずなのに、そんな言い訳をするゼノビアだったが、ファルサはあまり彼女を困らせてはいけないと思ったのか、そっと視線を外して風呂に浸かり始める。


「ふう、やっぱりお風呂は気持ちがいいね。いつかは東方に行って温泉とやらも体験してみたいよ」


 ファルサの読んだ書物の中には、山の中など自然に囲まれた場所で入る温泉と呼ばれる天然の温水を利用した風呂について書かれたものがあった。

 一度訪れる事が出来たら自由に行けるのに、中々時間がとれないんだよなぁ、とファルサは思いながらも、どちらにしても忙しいと碌に入りにいけないよな、と半ば諦めの境地になっていた。


「ファルサ君って意外と渋い趣味をしているのね。でも確かに私もいつか東方に行ってみたいわ。その時は一緒に連れて行ってくれるかしら?」


 いつの間にかファルサの左側に座っていたパルミナが、不意にそんな事を聞いてきた。

 水着を着ているとはいえ、やはりその大きな胸を隠すことは出来ず、浮力によって湯の中で浮かび上がっている。

 また、水着の布が水分を吸ってパルミナの肌に纏わりついており、唯でさえ破壊力のある双丘を更に強調しているのだ。

 王都の洋裁店でも水着の撥水加工には頭を悩ましており、まだまだ技術の向上が求められているのだが、世の男性からすればそのような必要はないと声を合せてしまう程、とんでもない事態が今ここで起きている。


「……そうだね、今すぐには無理だけど、いつかパルミナも一緒に連れて行くよ」


 ファルサは極めて冷静にそして平常心を保ち、穏やかに且つ爽やかに言葉を返して、自身の視線を前へと向ける。

 全ての視線を惹きつける恐るべき吸引力を秘めた破壊兵器――パルミナのおっぱい――は、人を、いや男を幸せにも不幸にもする。

 特に周囲に女性がいるような場では、容易に天国から地獄に落とされることをファルサは知っていた。

 しかし、視線を向けた先では、この国で今一番怒らせてはいけない人物でもある、王位継承権第一位のアウレリア王女が、ジッとファルサの様子を伺っていたのだ。


「あらあらファルサ様、そちらの聖女様には随分とお優しい事ですわね。私の曇りなき眼には、巨大な脂肪の塊に心を奪われているようにも映っておりましたが気のせいかしら」


「えー! ファル兄はまたパル姉のおっぱいを見ていたのかい! 一緒にお風呂に入るからそうなる気はしていたけど、ボクの事を放っておきながら、いやらしい事を考えるのは褒められた行為じゃないよ! それに東方に行くならボクも一緒に連れて行ってほしいな」


「その通りだファルサ殿! 大体、男女二人で旅行など羨ま、いやけしからんぞ! 私も監視役として同行するからな!」


 背後には浴室の壁、左にはパルミナ、右側には恥ずかしそうにしながらもズリズリとすり寄ってきたゼノビアが行く手を塞ぐ。

 そして正面左側にはファルサの伸ばした足を抑えるアウレリアと、同じく右足の上に乗っているユリアが睨みを利かせている。

 大体、パルミナの胸元からはすぐに視線は外したのだし、アウラとユリアは過剰に反応し過ぎだよ、とファルサはうんざりとしていた。

 実際にそれなりの大きさであるゼノビアは、胸についてはあまりうるさく言わないのだし、小柄で胸も控えめなアウレリアとユリアが気にし過ぎなのも間違っていないのだろう。

 ちなみにこの二人は胸の大きさでも争いを行ったことがあり、以前は辛うじてアウレリアが勝利したのだが、互いの心を傷つけあっただけで得るものはなく、その時にヴァロア王国胸部停戦協定が結ばれていた。

 現在では胸部連合という名の世界一無駄な組織を作っており、喧嘩するほど仲が良いという言葉を体現している二人なのであった。

 実際にファルサの取り合い以外では、ユリアとアウレリアは気の置けない間柄とも言えるだろう。


「はぁ、僕は別にいやらしい事を考えている訳じゃないし、最初から他の皆も一緒に連れて行くつもりだよ。それとアウラは初めからこうなる様に仕向けておいて、変な言いがかりは付けないで欲しいかな。僕だって男だから君たちみたいに可愛くて綺麗な女性といるのはありがたい事だけど、物事の分別は弁えているつもりだよ。そもそもユリアやアウラはそうやってくっ付いてくるけど、君たちは既に結婚も出来るくらいの歳だって事を忘れちゃだめだからね。それと同性だからと言ってパルミナの胸について言及するのも、本人からしたら気にしているかもしれないんだから、何度も話題に上げるのも控えるべきだからね。こんな事、男の僕に言わせないでおくれよ」


 ファルサは恒例の大きなため息を吐いて、くどくどといつもより早口でまくしたてる様に言葉を紡いでいく。

 その顔はほんのりと赤らんでおり、熱いお湯に浸かっているせいなのか、はたまた別な理由なのかはわからない。

 しかし、明らかにいつもと違う様子なのは見てとれたのか、正面にいるアウレリアとユリアは互いの顔を見合わせて、小さく頷きあうのであった。


「ファルサ様、少し照れておりますわね? いつもの余裕が欠けている様にも見受けられますが、一体どなたが原因でそのようになっているのですか? やはりそこにいる脂肪のお化けが原因ですの?」


「色々と捲し立てて誤魔化そうとしているけど、間違いなくいつもとは違うよね。あーあー、いーやーらーしーいーなー。正直にパル姉のたわわに実ったおっぱいに興奮したって認めなよ。それともついにボクの魅力に気が付いたのかな?」


 疑いの眼差しでファルサに詰め寄る二人は、更に体の距離が近くなっていく。

 ユリアの右ひざとアウレリアの左ひざは湯の中でぶつかり合い、ファルサの体と接する手前まで来ている。

 このままではまずい、と思ったファルサはゼノビアの方を向いて二人に注意をするように視線で求める。

 日頃から淑女としての振舞いにうるさい彼女ならばアウレリア王女が相手だとしても、水着姿で密着するなど流石に苦言を呈するはずだ、と判断したのだろう。


「可愛くて綺麗だなんて、ま、全くファルサ殿は何を言っているのやら。し、しかしそこまで言われるのならば私とてやぶさかではないというか……」


 ああ駄目だ、ゼノビアはいつものポンコツ状態だ、と諦めかけたファルサの元に、救いの女神、いや女神フォルトゥナの加護を受けた聖女から救いの声がかかる。


「二人とも、私の胸を一体なんだと思っているのかしら。よければ詳しく聞かせて欲しいのだけれど。特にアウレリア様とは、一度ゆっくりとお話しする必要があるみたいね。東方には裸の付き合いと言う諺があるのだけれど、お風呂の中では本音をじっくりと語り合うそうよ」


「ひぃ!」


「ひゃ!」


 パルミナは笑顔でアウレリアとユリアに言葉を投げかけているのだが、当の本人たちは掠れる様な悲鳴を上げて、恐怖のあまり互いに抱きつき合っている。


「さあ二人とも、こっちへいらっしゃい」


「わ、私は長風呂だとのぼせてしまいますの、これにて失礼しますわ」


「あ、ずるい……えーと……大変だぁ! ゼノビアがのぼせそうになっているー。これはたすけてあげないとー」


「え? 私はまだ平気なんだが、って、ユリア、水着を引っ張るな! わかった、わかったから無理やり引っ張らないでくれ」


 そう言って手招きをするパルミナだったが、アウレリアとユリアは周囲に湯を飛ばしながら勢いよく立ち上がり、脱兎のごとく浴室から飛び出していくのであった。

 ゼノビアもユリアの嘘に巻き込まれてしまい、浴室にはパルミナとファルサだけが取り残されてしまう。


「ふう、助かったよパルミナ、ありがとう」


「うふふ、どういたしまして」


 ファルサの礼の言葉に対していつもの様に微笑むパルミナだが、髪を纏めてうなじが見えているその姿は、とても色っぽく、ファルサは思わずドキリとしてしまう。

 魔族は長命であるが故にあまり繁殖行動というものに人間ほどの関心が無いのだが、ファルサは魔族の人間のハーフである。

 欲望に駆られておかしなことはする様な事はないが、決して女性に興味がないという訳ではなく、ユリアやアウレリアの様な妹的な存在ならまだしも、ここにいるパルミナは女性的な魅力がありすぎるのだろう。

 それは決して豊満な胸の事だけではなく、十九と言うこの国では結婚適齢期でもある年齢と、世の男性が女性に求めてしまう包容力や優しさ、そして何より聡明で美しく芯のある彼女に対して、何らかの感情が芽生えないのはあまり考えられない事だ。


「そういえばファルサ君、さっきアウレリア王女が言っていたのだけれど、近々ユリアちゃんが魔族との実戦に駆り出されるみたいなの。今回、こうして呼び戻されたのは各国との会議に参加する為みたいよ」


 想定はしていたけど、ついにこの時がやってきたのか、とファルサは心の中で思いながら唾をのみ込んだ。

 勇者とは魔王を始めとした対魔族の最終兵器であり、個人での戦闘能力を極限までに高めた存在なのだ

 基本的に魔族は個々の戦闘能力に特化しており、数の不利を簡単に覆す様な化け物であると人間には認識されている。

 寿命の長さからくる経験、種族ごとに特化した筋力や体の丈夫さ、そして魔力の絶対量など、一般的な騎士や魔法使いと比べても非常に反則的な存在なのだ。

 それに対して人間はその数や連携で何とか対抗していたのだが、それも四天王クリューエル率いる軍に対してだけである。

 当然、領土を接する各国には魔王軍による本格侵攻の脅威は常に付きまとっており、その中でも一番広い範囲を魔族領と接しているヴァロワ王国が発案したのが、勇者計画になる。

 これは遥か昔のおとぎ話や神話の時代、同じ様に人と魔族が争いをしていた時に、魔王を倒して世に平和をもたらした勇者にあやかり、その名がつけられたのだ。

 個人でも四天王クラスの魔族に対抗しうるには、単身で敵を滅ぼす力と、数の不利が起きた場合でも容易に覆すだけの攻撃魔法、そして傷を癒し更には身を守る事の出来る神聖魔法の全てを集約する必要があった。

 魔族に強い恨みを持つ孤児を中心に集められた勇者候補生の中でも、ユリアは神聖魔法を中心とした様々な適性が高く、こうしてファルサたちが専属で指導するほど期待されている。

 かつて魔王を滅ぼしたとされる勇者も、女神フォルトゥナの加護を受けて神聖魔法を使っていたという伝承が残っており、ユリアは時代を越えて新たに誕生した勇者といえるだろう。


「そうか……魔族の討伐はユリアの悲願だからね。きっと張り切って挑むんだろうな」


 ファルサは少し悲しそうな眼をしながら、ぼうっと天井を見つめて言葉を漏らす。

 あまり自身の内面をさらけ出すことのないファルサだが、相手がパルミナだけな事も影響しているのか、その声には明らかに悲哀の感情が込められていた。


「でも……私もあまりユリアちゃんには復讐に囚われて欲しくはありません。魔族だって私たちと同じで心があって、きっと、きっと、いつか分かり合えると思います」


「パルミナ……それって……」


 勇者計画に全面的な協力をしているフォルトゥナ教に反しているのでは、とファルサは言いかけたが、自身も人の事は言えないな、と思い留まる。

 人間として魔族を滅ぼす計画に加担しながらも、魔族として魔王軍の勢力を伸ばしているのだから。


「私が言った事は内緒ですよ? 悪い子のファルサ君。それじゃあ私は先にあがりますね」


 そう言ってパルミナは口元に人差し指を当てながらファルサにウインクをすると、すぐに浴室から出て行った。


――悪い子のファルサ君――


 彼女が発したその言葉は、まるで自身の矛盾した行動を咎めるようにも聞こえ、どうする事が正しいのか、とファルサは答えの見つからない自問自答を暫く繰り返すのだった。



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