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王都での再会1

 小麦の収穫期も終わりが近づき、徐々に本格的な夏を迎えようとしている太陽が大空の中心でその存在感を主張し、大地を明るく、そして温かく照らしている。

 ここヴァロワ王国の中央部は、夏は暑すぎず、冬は寒すぎず、一年を通して非常に過ごしやすい気候であった。

 北部と西部では更に涼しく、逆に海に面している南部は高温で乾燥しているのだが、国の中心地である王都ヴァロワに住んでいる人々には関係のない話である。

 王都をぐるりと囲む城壁や中心地に進むほど大きくそして広くなる家々が、そんな初夏の穏やかな日射しを浴びていた。

 城壁の東側にある出入り口、通称東門と呼ばれる場所では、いかにも貴族然とした男が手持無沙汰にしており、ジッと東の街道を見つめている。

 この国では珍しい漆黒の瞳を持ち、同じく髪色も黒に染まっている為、一見すると東方出身のようにも見えるが、身長も高く鼻筋もしっかりとしている。

 おそらくは母親か父親に東方の血が混じっているのだろうと推測できる見た目の男に、門を守る衛兵の内、一番年長者であろう人物が声をかける


「スペキエース様、宜しければ詰所にご案内致しますよ。この辺りの気候は穏やかとは言え、今の時間帯ですと長時間待ち続けるのはお辛いでしょう」


「いえ、僕は大丈夫なので気にしないでください。それに……ほら、もう姿が見えましたから」


 上位の身分である貴族風の男――ファルサ・スペキエース――に緊張しながらも気を遣う衛兵に対し、当の本人は断りの言葉を述べながら街道の方を指さし、門に向かって近づいてくる馬車の存在を伝える。

 御者席には鎧を身に纏った金髪の女性と、帽子を被った小柄な少年か少女か、とにかく体の小さな人物の姿が確認できた。

 どうやら向こうも門の近くに立っているファルサの様子に気が付いたのか、小柄な人物が指を指しながら、隣の金髪の女性に話しかけている。

 ユリアは相変わらず元気そうだな、とファルサが微笑ましく思っていると、小柄な人物――ユリア――は、突然馬車から飛び降りて、物凄い速さで門まで走りながら近づいてきた。

 あっという間に馬車との距離を離したユリアは、勢いそのままにファルサに向かって飛び込んできたのだ。


「ファールーにーい! お出迎えしてくれるだなんて嬉しいよ! ボクと離れていて寂しくなかった? ちゃんとご飯は食べていたかい? また新たに女の人を口説き落としていないかい?」


 前半はともかく後半はなんなのだろう、とファルサは呆れながらも、物凄い勢いでぶつかるユリアをしっかりと抱きとめて、帽子越しにその頭を撫でまわしながら笑顔を浮かべていた。


「ユリアは大袈裟だなぁ。たったの一週間じゃないか。僕は見ての通り元気だし、ユリアも問題なさそうで良かったよ。僕がいない間もきちんと魔法の修業はしていたのかな?」


「ファル兄に会えたから元気も百倍だよ! ちゃんと魔法の修業もしていたからご褒美をくれたっていいんだよ! あーうーファル兄! ファル兄! ファル兄!」


 すりすりと何度も顔をファルサの胸元に擦り付けている姿は、被っている猫耳付き帽子のデザインも相まって、まるで本物の猫みたいにとても愛らしく見えていた。

 衛兵は何と声を掛けたらいいものか困った表情を浮かべており、ユリアはファルサに甘えることが出来て大変ご満悦の様子である。

 しばしの間、この光景が続いていたのだが、ようやく馬車が追いついてきたようでゼノビアの怒声と共に終わりを迎えるのであった。


「こらユリア! 突然馬車から飛び降りるだなんて危険だからやめろと何度も言っただろうが!」


「ひー! ゼノビアがお怒りだよー! ファル兄助けてー!」


 素早く自身の後ろに隠れて盾のように扱うユリアに苦笑いをしながらも、ファルサはゼノビアへと声をかける。


「ゼノビアも相変わらず元気そうだね。一週間ぶりなのになんだか懐かしい気がするよ」


「う、うむ。ファルサ殿も息災そうでなによりだ。わざわざ待っていてくれるとは、感謝する」


 たったの一週間とは言え、ファルサにとっては毎日徹夜で過ごしていたせいなのか、体感的には倍以上に感じられたのだろう。

 ゼノビアの方はファルサと話したことで怒りが収まったのか、随分と大人しくなっていき、ユリアはしめしめと言った顔をしていた。


「ファルサ君、久しぶりね」


「やあ、パルミナも久しぶりだね」


 馬車の荷台から顔を出したパルミナはファルサと挨拶を交わすと、にこやかにほほ笑みながら小さく手を振っている。

 フォルトゥナ教の聖女を間近に見る事の出来た衛兵たちはその姿に見惚れているのか、口を半開きにしながら間の抜けた表情でパルミナを見つめていた。


「すまないが入門手続きをお願いできるかな」


「は、は! も、申し訳ありません、今すぐに」


 御者席のゼノビアがぼうっとしている衛兵たちに声を掛けると、慌てた様子で数名の衛兵が馬車の荷台を検めて、ゼノビアから手渡された通行証を確認する。

 確認とはいっても相手は王都では知らない者はいない程の有名人でもある為、殆ど形式的な物であり、ものの数分もかからずに入門の許可が下りるのだった。

 馬車にファルサも乗り込み、ユリアの代わりに御者席へ座ると馬車を発進させて王都の中へと入っていく。


「久しぶりに王都へ戻ってきたが、やはりこの辺りは以前と変わらず静かだな」


 ファルサたちを乗せた馬車は、王都の中心にある宮殿と東門を繋ぐ大通り、通称東通りを走っていた。

 王都は周囲を外壁に囲まれた円形状をになっており、中心部には王宮や貴族たちの住む屋敷が建ち並んでいるのだが、東部と南部は商業区となっており商店や飲食店が軒を連ねているのだ。

 中でも東部は主に王侯貴族や富豪向けの店が多く、当然ながら大声を出して客引きをするような店は存在しない。

 また、南部は店の入れ替わりも激しいのだが、貴族などの顧客を多く抱える東部の商店は潰れる事もあまり無いので、ゼノビアの言うように変化に乏しいのだ。


「三人とも、王宮に向かう前に着替えたりしたいよね。とりあえず僕の家に向かうけど構わないかな?」


「うむ、ファルサ殿がよければこちらからお願いしたいくらいだ。クテシフォン家の屋敷となると仰々しくなってしまうからな」


「ボクも賛成だよー。お風呂にも入りたいからね」


「私もお言葉に甘えていいかしら? 教会の方に戻ると、どうしても時間がかかってしまうからファルサ君が良ければお願いしたいわ」


 ファルサの質問に御者席のゼノビアも、荷台にいるユリアやパルミナも、即答で了承するのだった。

 ゼノビアの場合はクテシフォン家の王都にある別邸の事を言っており、普段は使用人たちが管理しているのだが、侯爵令嬢が訪れるとなればそれなりの歓迎になるのだろう。

 パルミナも同様で、フォルトゥナ教の聖女が戻ってきたとなれば、一目見ようと様々な人物が押し掛けてくる事になり、大騒ぎになってしまうのは間違いない。

 また、旅の途中は野宿や風呂のない宿に泊まる事も珍しくはないので、ユリアが言うようにお風呂を所望するのも仕方のないことだ。

 三人が賛成したのを確認したファルサは、馬車を走らせて自身の持つ家の一つに向かうのだった。

 以前、王国内を一人旅していたファルサは、王都のみならず様々な場所に屋敷から小さな隠れ家まで、数々の物件を所有しているのだ。

 王都内にも複数の家があるのだが、これには理由があり、スペキエース子爵として所有する貴族の屋敷だと、当然使用人が多く働いているのだ。

 しかし、そのような場所に何度も気軽に転移をしてしまってはいつの間にか部屋にいる状況に対して不審感を持たれてしまうので、それとは別に無人の家も複数用意する必要があった。

 今、ファルサが向かっているのもそんな家の一つであり、定期的に清掃業者を雇っているものの、普段は無人の屋敷である。

 この屋敷はとにかく備え付けられている風呂が大きい事が売りの為、ファルサは物件を見つけた時に即購入をしていたのだ。

 しかし、当然ながらあまりの忙しさに利用する機会は殆どなかったのだから、正に宝の持ち腐れと言えるだろう。


「ここが僕の別邸……まあ、ちょっとした隠れ家みたいな場所だよ。普段はあまり使わないんだけど、とにかく大きなお風呂があってお勧めだよ」


 屋敷の敷地内に馬車を止めて、三人を案内しながらファルサはまるで不動産業者の様に説明を開始する。


「ふむ、貴族街にある家とは趣が違うが、なかなか良い物件ではないか。流石はファルサ殿、目の付け所が素晴らしいな」


「ふーん、ファル兄っていくつも家を持っているんだ。まさか浮気相手をこっそり住まわせていたりしないよね?」


「てっきり以前お邪魔したファルサ君のお屋敷かと思ったのだけれど違ったのね。でも他の人が居ないと気が楽で助かるわ」


 ゼノビアの言う貴族街とは、王宮の周囲にある貴族の屋敷が建ち並ぶ場所の事であり、内側になればなるほど上位貴族が住んでいるのだ。

 しかし四人がいるこの場所は貴族街の少し手前にあり、平民だが資産のある商人などが住んでいる区画になる。

 下手な下位貴族の住む家よりも豪華な屋敷も多数あり、ファルサの所有する家も侯爵令嬢のゼノビアが褒め称える程には良い物件と言えるだろう。

 ファルサが貴族街に構える家には三人とも来た事があるのだが、こうして別の家に呼ぶのは初めての試みである。


「ユリア、浮気相手も何も僕は特定の異性とお付き合いをしていないし、そもそも誰かを住まわせたりはしてないよ。とりあえず三人ともお風呂に案内するから中に入ってくれないかな」


 ユリアのおかしな発言に反論しながらも、ファルサは玄関の扉を開けて家の中に三人を招き入れる。

 実は既にお風呂に水を張って沸かしており、すぐにでも入浴できる準備をファルサは整えていたのだ。

 三人の性格を考えた場合、おそらく断る事は無いと判断したファルサだからこそ出来た芸当であり、普通はここまで先読みをすることはないのだが、この屋敷の中には更にその上を行く人物が待ち構えていた。


「あらファルサ様、ようやくお戻りになりましたの。(わたくし)、待ちくたびれてしまいましたわよ」


 その声の主は、煌びやかなドレスを身に纏い、ゼノビアと同じく金色に輝く長い髪をかき上げながらファルサの方へと近づいていく。

 あまりに予想外の人物が登場したことで、四人とも思わず固まってしまうが、家主であるファルサは何とか疑問の声を投げかける事が出来た。


「な、何故ここに居らっしゃるのですか、アウレリア王女殿下」


 アウレリア・ド・ヴァロワ、彼女こそがファルサを宮廷魔導士に引き立て、ユリアの講師を選定し、王国内の腐敗した貴族を取り締まっている、ヴァロワ王国の第一王女である。

 ユリアやゼノビアとそう変わらない歳の少女であり、とてもそのような大それた人物には見えないのだが、数多の兄弟姉妹を抑えてヴァロワ王国の王位継承権第一位を有する、次期女王の最有力候補なのだ。


「何故だなんてご挨拶ですわね。ファルサ様や他の皆様が考えそうな事など、お見通しですわよ。折角だから女性同士お風呂で交流でも深めて旅のお話でも聞こうかと思いまして、王宮を抜け出してきましたわ」


 本気で勘弁してほしいなぁ、とファルサは頭を抱えながらも、どう対応したものか考えを巡らすのであった。


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