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魔王軍の四天王たち2

「本当に信じられません。栄えある功労勲章の授与式で居眠りをする四天王だなんて前代未聞です。私が幻覚魔法で誤魔化していなければ、大騒ぎが起きるところでしたよ」


 魔王城にある会議室の中では、マナポ―ションを片手に持ったアスタルトが、ミラージュに対してお説教を行っていた。

 結局、ミラージュはあのまま器用に立ちながら眠ってしまい、それに気が付いたアスタルトが幻覚魔法を使って、勲章を授与している姿を見せていたのだ。

 ミラージュとしては徹夜を言い訳に使いたいところではあるのだが、魔族としては不自然になってしまうので、大人しく反省した振りを行っていた。


「本当にタルトちゃんには頭が上がらないね。僕が最後の授章者で助かったよ」


 戦場でもそうだったのだが、大人数を相手に幻覚魔法を長時間行うのは魔力の消費がとても大きく負担がかかるのだ。

 しかし、ミラージュへの勲章授与が最後であった為、その後すぐに式が終わり幻覚魔法を使うのは短時間で済んでいた。

 これが最初の方であったなら、間違いなく途中でアスタルトの魔力は切れてしまい、魔王リリスの足元には落ちた勲章が突然現れる事になっていただろう。

 数名に使うのであればアスタルトも自身の姿を見えなくして拾いに行ったのだろうが、今回はあまりに人数が多すぎた為、幻覚魔法に集中する必要があったのだ。


「それにしてもアタシたちだけならまだしも、公の場でミスをするなんて珍しいわね。アンタはそういう所だけはしっかりしていると思ったけど」


 アスタルトの隣に居るラファールが、不思議そうな表情で先ほど居眠りをしていたミラージュへと声を掛ける。

 会議室には既に四天王とその副官たちが揃っており、円卓の前に並べられている椅子に腰を下ろしていた。

 時計の十二時の位置にある椅子は魔王の席でありそこはまだ空席なのだが、そこから時計回りに、西、東、北、南の順に四天王と副官たちが座っていた。

 別に誰がどこに座るかは決まっていないのだが、東のミラージュが南のクリューエルを避けている関係で、自然と両側が北のラファールと西のベディヴィアになる事が多いのだ。

 ミラージュ自身がクリューエルを苦手としているのもあるが、一番の理由はアスタルトである。

 金角と銀角の悪魔族は古来より犬猿の仲であるほど相性が最悪で、一歩間違えれば未だに殺し合いに発展しかねない程なのだ。

 魔王軍の配属でも絶対に金角と銀角を一緒にしてはならないと通達されており、その関係の悪さが伺えるだろう。


「ねーねーみらーじゅー、今日はおやつないのー? ベディお腹すいたしー」


 ミラージュの返答の前に、右側に座る童女――膂力のベディヴィア――が円卓に突っ伏しながらおやつの要求をする。

 話題を変えられたラファールは少し面白くなさそうな顔をしていたが、ミラージュはこれ幸いにと転移魔法を使い始めた。

 居眠りの言い訳など上手い理由があるはずもなく、これで誤魔化せるならば安いものだと考え、マイペースなベディヴィアの言葉に乗っかる事にしたのだろう。


「うちの領地で密かなブームになっているイチゴタルトならあるけどそれでもいいかな? 折角ですから、皆さんも召し上がってください」


 そう言ってミラージュは空席も含めて九か所に、転移魔法でお皿に載ったイチゴタルトとフォークを呼び出した。

 皆、口々にお礼を述べながら、甘味に舌鼓を打ち始める。

 実はミラージュとクリューエル以外は、四天王や副官も含めて女性であり、とりわけ甘いものが好物なのだ。

 いつしか会議の度にベディヴィアがおやつを要求し、ミラージュが全員に振る舞う事がお馴染みとなり、密かに彼女たちの楽しみにもなっていた。

 イチゴタルトはアスタルトの大好物でもあり、表情を見せない様に俯きながら食べているが、その顔は幸せに満ちている。

 ブームとなった原因は、アスタルトの笑顔を見たくて差し入れを行おうと画策した幻影軍の男兵士たちだ。

 余談ではあるが、殆どの兵士たちは忙しそうに仕事をするアスタルトに対して話しかけることが出来ずに、泣きながら自らの胃の中にイチゴタルトを収めている姿は幻影城の風物詩とも言える。


「おー、なんやなんや、ごっつ美味そうなもの食べ取るやないか。勿論ウチの分も用意してくれているんやろな、居眠りミラージュたん?」


 魔王リリスが会議室の中に入って開口一番は、ミラージュへの皮肉も込められた発言だった。

 アスタルトの幻覚魔法であるが、魔王をはじめとする実力者たちには効果が無かったり薄かったりするのだ。

 高い魔力操作の技術をもつ者は、他者の魔力が体内に入った場合に素早く察知して、それを自身の魔力で弾き返すことが可能となる。

 完全に無効化出来ないにしろ、ある程度の抵抗は可能となる為、自然とそうした反応をしてしまうからこそ、実はミラージュの居眠りは一部の者にばれてしまっているのだ。

 四天王やその副官、警備隊の隊長などミラージュの性格を知っている者が殆どなので騒ぎにはならないのだが、こうして魔王リリスの様に皮肉を言われる程度は仕方がないだろう。


「あー、先程は申し訳ありませんでした。お詫びに魔王様に席にはイチゴタルトとは別に、東方由来品のヨーカンもご用意しております。ヨーカンと合うリョクチャもご用意したのでお楽しみください」


 席を立ち、魔王リリスへ頭を下げるミラージュだが、あざといくらいにご機嫌取りの準備は完璧に済ませていたようだ。

 魔王リリスは着物や扇子からもわかる通り、東方の文化に強い興味を示している為、東方由来の品に滅法弱い。

 ヨーカンなども大好物の食べ物となっているので、それを出されてしまってはこれ以上の文句を言う事も無いだろう、とミラージュは考えていた。

 そもそも功労勲章自体も魔王リリスが人間の国にあった制度を何となく真似し始めたのがきっかけであり、あそこまで仰々しいものではなかったのだ。

 魔王軍の規模が膨れ上がっていくにつれて、いつしか名誉のある行事となってしまい、実は最初に始めた当の本人が一番困惑している事をミラージュは知っていた。

 魔族や人間も含めた様々な文化や制度を取り入れながらも、現在の魔族たちに受け入れられるか実験も兼ねていたり、時には思いつきで始めたりするのが魔王リリスなのである。


「さっすがはミラージュたんやな。ウチの好みもばっちりで、ホンマええ男やわー。いつでも結婚したるから気が向いたらプロポーズしてな」


 そう軽口を叩きながら席に着いた魔王リリスは、ご機嫌そうに尻尾を振りながらヨーカンを食べ始める。

 結婚と聞いて、部屋の中いる女性陣が何名かイチゴタルトを食べながら一瞬固まっていたようだが、ミラージュは気が付かずに自身も甘味を堪能し始める。

 ミラージュがフォークで切り分けるたびに、小さなゲートによって少しずつイチゴタルトが減っていく様は、正に魔法の如き光景であった。


「さて、そろそろ会議を始めるでー」


 ヨーカンを食べ終わった魔王リリスがパンと手を叩き、今年度の魔王軍幹部会議が幕を開ける。

 会議で話される内容はそこまで大きな変化はなく、基本的には一年間の振り返りと目標の設定が主となる。

 各四天王とその副官たちが、懐柔に成功した種族やその数を報告し、領内で起きた問題やその解決策についても周知されていく。

 魔族は種族ごとの特色が様々である為、大まかな方針は打ち立てているものの、細かい方法などについては各四天王と副官に一任されることが多いのだ。

 そして魔族は長命で気の長い種族でもあるので、一年程度では大きな変化がない事が普通なのだが、今回の会議においてはいくつか重要な報告があった。


「どうやら最近、愚かな人間たちの中から厄介な人物が新たに出現しましてね。どうやら勇者とかいう魔王様を狙う不届きな存在が育成されているとか。ただでさえあのファルサとかいう宮廷魔導士に辛酸を舐めさせられていると言うのに! どこまで! 人間どもは! ぼぅくの! 邪魔を! するぅんだ!」


 南の地を治める残虐のクリューエルは極度に興奮すると言葉がおかしくなるようで、報告をしながら段々と独特の喋り方になっていく。

 魔族領の南側は人間の治める国々と多く接しており、当然争いも激しく、情報も一番多く入手しているのだ。

 既にユリアが勇者として正式に認定されてから一年ほど経っており、遂に魔王軍まで断片的な情報が届くようになっていた。

 ちなみにファルサことミラージュは、クリューエルの軍勢が攻め込む情報を得るたびに、被害が少なくなるように妨害工作を行っていた。


「ふーん、ウチを倒す勇者様かいな、人間たちには随分と嫌われたもんやな。そない古代文明の技術が欲しいのかって話やな」


 魔族たちが住む魔族領の中には、数多くの古代文明時代の遺跡が眠っており、連絡玉を始めとした現代の技術では到底再現できないような魔道具を魔王軍は多数保有しているのだ。

 魔力が込められており様々な効果を発揮する道具――魔道具――は、人間の国々でも魔族領でも魔法使いたちによって作られているのだが、古代文明時代の物とは比較にならない程の出来にしかなっていない。

 その為、軍事利用から研究用まで、数々の国々が魔族領の遺跡を虎視眈々と狙っており、長年の魔族への憎しみと合わせて、人間と魔族が争う原因にもなっていた。

 魔王リリスがクリューエルの行いを批判しつつも彼を四天王に抜擢しているのには、人間からの侵攻を防ぐことに大きく貢献しているという側面もあるのだ。

 やり方はどうあれ、領地を接している三国を同時に相手にしているのだから、個人の実力も軍を指揮する能力も高く、難のある性格に対して目を瞑れば魔王軍の中でもかなり有能であることは間違いない。


「古代文明時代の遺跡がアタシたちの住む魔族領に多いと言うのも考えものよね。場違いな工芸品は役に立つけど、狼魔族の村みたいに大昔の感染症まで出てこなくてもいいのに」


 ラファールが意外と真面目な発言をすると、他の面々も同意するような頷きを返す。

 場違いな工芸品とは古代遺跡から発掘される魔道具を含めた品の事で、別名オーパーツとも呼ばれている。

 現在の技術で再現できないものが多く、正に時代を間違えていることからこの名前が付けられていた。

 そして今回の会議における一番の話題は、先日判明した狼魔族の村で起きた、黒皮病の感染についてだ。


「古代の技術がもたらすものは、何もエエ事ばかりでないっちゅーことやな。ミラージュたんとタルトたんが纏めてくれた資料にある通り、各領地で皮膚が黒くなる症状が確認された場合には迅速にホウレンソウや。医療班の研究結果についても常に最新の情報を送るから、必ず目を通さんとアカンで」


 最短で一週間ほどで死亡例が出ている感染症は、魔王軍の把握していない狼魔族以外の土地でも起きる可能性は十分に考え得ることだ。

 今回はたまたま森の中から出てこない狼魔族だったから、感染の拡大は起きていないものの、別な場所で発生した場合には初動が重要となるのは当たり前である。

 二か月で感染率九十パーセントという速度は、一歩間違えれば魔族領のみならず、世界的な感染――パンデミック――が起きる事は明白だった。

 これほどまでに恐ろしい黒皮病の発見と治療法の確立、感染拡大の防止により、ミラージュが功労勲章の中でも一番上になる特等大十字章を獲得したのは、誰しもが納得の結果と言えるだろう。

 何百年と続く魔王軍の中でこれを授章したのは、今回初めてとなるミラージュを含めて三名だけなのだが、そのような場で居眠りをしていたのだから、アスタルトが怒っていたのも無理はないだろう。

 余談ではあるが、授章の挨拶も全てアスタルトがその場で考えて幻覚魔法で誤魔化していたのだ。


「ねーねー魔王様ー、ほうれんそうってー? キッシュでもつくるのー?」


 この会議の間、いつものように報告を副官に任せていた膂力のベディヴィアが初めて発言するが、何とも間の抜けた内容であった。

 キッシュとはパイ生地やタルト生地の中にほうれん草やベーコンなど様々な好みの具材を入れて作る料理であり、魔族領の南にある人間の国が発祥の地と言われている。

 以前、ミラージュの差し入れでキッシュを食べたベディヴィアは大層気に入って、副官である鬼魔族の女性に頻繁に作らせていた。

 レシピを伝える際にはミラージュが手取り足取り実践形式で教えたのだが、それ以来、何かとベディヴィアの副官から意味ありげな視線が飛んでいるのは、気のせいではないのだろう。


「ベディ、ほんれんそうは、報告、連絡、相談の略だよ。何かあったらきちんと魔王様にお話ししようねって事だよ」


 ミラージュはそんなベディヴィアに慣れた様子で対応する。


「ふーん、別にベディには関係ないしー、ワタシ知らなーい。それよりもー、早く会議終わろうよー。つーまーらーなーいー」


 何ともいい加減な対応で返すベディヴィアは、円卓の上で腕をバタバタさえながら、駄々をこね始める。

 先程からアスタルトの眉間の皺がどんどんと深くなっていくが、相手が他所の四天王であるので我慢をしているのだろう。

 ラファールは既に堪忍袋の緒が切れかけているが、隣に座る竜魔族の副官がなんとか宥めている。

 ベディヴィアの隣にいる副官である鬼魔族の女性も困った表情を浮かべているのだが、ここで動いたのは居眠り男だった。


「よしよしベディ、良い子だからもう少し我慢しようね。きちんと会議を頑張ったら、後でご褒美もあげるから、ちゃんと静かにしようね」


 ミラージュはベディヴィアの小さな体を持ち上げてそのまま椅子に座ると、自身の膝の上に乗せて、その頭を撫でながらあやし始めるのだった。

 ベディヴィアは気持ちよさそうに眼を細め、ミラージュに体を預けてくつろいでいるようだ。


「みらーじゅがそこまで言うなら静かにするのー。ベディは良い子なのよー」


 多くの魔族の中でも特に強さこそ全てを地で行く鬼魔族は、族長の決め方も戦いによって決める戦闘特化型の種族である。

 腕力だけならば竜魔族をも凌駕し魔族の中では一番であり、その拳一つで山をも砕くとまで言われているのだが、ミラージュの膝に載っている少女は、そんな鬼魔族の中でも超が付くほどの問題児として扱われていた。

 幼い頃から力に目覚めて、瞬く間に鬼魔族の大人たちや前任の四天王を完膚なきまでに倒してしまい、族長となってからは我儘三昧の生活を続けていたのだ。

 しかし、ある時を境にミラージュに懐いてからはこれでもかなり落ち着いた方で、副官の女性を毎日困らせながらも、四天王としてそれなりに仕事をしているのだ。

 ミラージュの膝の上も、いつしか駄々をこねたベディヴィアの定位置となり、この光景も他の面々にとっては最早見慣れた物になっていた。


「ごめんなさい、ミラージュ様。うちの姫様がご迷惑をかけてしまって」


「いえいえ、これくらい構いませんよ。そういえば、ベディの好きそうな料理のレシピを手に入れたので、また教えに行きます――ヨオウッ!」


 周囲には聞こえないように互いに耳打ちをし合う姿は、ミラージュの膝の上にいるベディヴィアも相まって、まるで子供のいる夫婦の様に見える。

 心なしか副官の女性はミラージュに寄り添う様な状態であり、その大きめの双丘が押し付けられているのは見間違いではないだろう。

 しかし、左隣に居るアスタルトがミラージュの脇腹目掛けて強烈なひじ打ちを行い、仮面の下からは変な声が漏れ出ていた。


「お二人とも、まだ会議の最中ですから集中してください」


 鬼魔族でもないのに鬼気迫る様子のアスタルトに、ミラージュも副官の女性も姿勢を正し、その後は滞りなく会議が進んでいった。

 なお、居眠りした罰として、ミラージュは追加でもう一つ、アスタルトの命令を何でも聞く羽目になったのは言うまでもない事だろう。

 更には言う事を聞く予定のラファールや、何故かベディヴィアと魔王リリスにも約束事をさせられてしまい、また読書の時間が減るなぁ、とミラージュは一際大きなため息を吐いていた。



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