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デュアルライフ~昼は勇者パーティ、夜は魔王軍~  作者: 赤鳩瑛人
第一章・地方領主編・魔族交渉編
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狼魔族との交渉6

 アスタルトとラファールがじゃれ合っている一方で、ミラージュはルヴトーを伴って、村の一番奥にある建物に到着していた。


「あの建物が集会場だ。なんでも東方にあるテラとかいう建物を参考にして作ったらしいが、本物を知る奴は誰もいないからどこまで本当かわらかないけどな。ずっと昔から何十代と大工たちが改修を続けてきたから、姿かたちはそこまで変わっていないらしいぜ」


「ほう、これは中々荘厳な雰囲気がありますね」


 見る者を圧倒するほどの巨大な木造の建物が、その存在感をこれでもかと主張していた。

 確かテラは、東方の宗教的な要素の強い建物であったはずだ、とミラージュは以前に読んだ書物の内容を思い返していた。


「まさか病人を隔離するのに使うとは夢にも思わなかったけどな」


 ルヴトーが苦笑いを浮かべながらミラージュへと言葉を投げかける。

 ここに到着するまでに、ミラージュはルヴトーから大まかな話を聞いており、狼魔族の事情については大体把握していた。

 狼魔族の村は、森の中で東西南北の四か所に別れており、それぞれ百名程の村人が住んでいる。

 黒皮病の発症はおよそ二か月前、東の村に住む狼魔族が不調を訴えたのを皮切りに、残る西、南、北でも立て続けに発症者が現れ始めたのだ。

 共通した特徴として、体の皮膚に黒い痣の様なものが出てから次々に体調不良を起こし、短い者では一週間、長くても一ヶ月と持たずに例外なく全員が亡くなっていったのだ。

 死者が四十名、おおよそ村人の一割を超えたのが今から一か月前、そのころには発症者は百を超えており、無事な村人は全体の七割以下になっていた。

 薬師たちが様々な方法を試したものの一向に治療法が見つからず、各村の代表者たちは族長やルヴトーを交えて日夜話し合いを行っていた。

 その中で出てきた有力な案が、長年敵対していた魔王軍に助力を乞う事と、感染した村人を隔離して火を放つと言う過激な方法の二つだった。

 病原菌は熱に弱いという事は狼魔族の中でも常識であり、治療法が見つからない以上、被害を終息させるためにはこれしかないと、北と東と西の村が賛成したのだ。

 族長とは言え、三つの村の代表者が賛成してしまってはどうする事も出来ずに、南の村にある集会所に病人が集められたのだが、結果として実行に移されることはなかった。

 賛成派の各村の代表者や、族長、そして次期族長候補であるルヴトーまでも発症してしまい、狼魔族の要とも言える面々を失ってしまっては、どちらにしても種族の未来は潰えてしまう。

 やむを得ず、と言った形にはなるが魔王軍に下る事が改めて決定され、使者を送り今日に至ったのだ。

 そして感染の拡大を防ぐために、南の村に病人を集め続ける事は継続していたのだが、それでも新たな発症者は日々増え続けてしまい、現在では二百名程が病に苦しんでいる。

 死者の数は延べ百六十名を越え、無事と言える村人は僅か五十名弱になってしまったのだ。

 たったの二か月で死亡者が村人全体の四十パーセント、感染率が九十パーセント、そして発症から一か月以内の致死率が百パーセントと言う数字は、正に死の病と呼べるだけの猛威を振るっていた。

 追い詰められた狼魔族が、一か八かの無謀な方法でミラージュたちを引き入れたのも無理はないだろう。

 また、正直に感染症について報告したところで、魔王軍への拡大を防ぐために森ごと燃やし尽くされる可能性もあり、だからと言ってそのまま放っておいても滅びる事は目に見えていた。

 騙されたと知ったラファールの様に激昂させてしまい、その場で村を滅ばされる可能性もあったが、それでもなお、ほんの僅かな可能性に縋る以外に他ならなかったのだ。


「隔離したこと自体は正解ですが、おおもとの感染経路を無くさない事には発症は収まりませんよ。それにしても、ルヴトーさんも発症から既に三週間ほど経っているのに、よく動き回れますね。正直、驚いていますよ」


「俺の娘も発症しちまったからな、おちおちくたばってなんかいられねーんだよ。親父は歳のせいもあって、俺より遅く発症したのにもかかわらず今朝方に死んじまったが、俺は娘が助かるまで死ぬわけにはいかないからな。本当は族長としてとかカッコいい事を言いたいが、やっぱり娘の為っていうのが正直な気持ちだ。ま、軽蔑されても仕方がないとは思っているけどな」


「……軽蔑なんてしませんよ。お子さんの為に病を耐えているだなんて、カッコいいじゃないですか。少なくとも僕は尊敬に値すると思います。方法は確かに褒められたものじゃないですけど、命を賭してまで何とかしたいという気持ちはしっかりと伝わりました。ルヴトーさんも娘さんも、それから狼魔族の皆さんも必ず治しますよ」


 集会場の中にある廊下を進みながらも、先程までと同じくミラージュとルヴトーは会話を続けていた。

 ルヴトーに娘がいると聞いてしまっては、幼い頃に父親を亡くしたミラージュにとって、余計に助ける理由が増えるだけなのだ。

 あの時の彼女とは状況が違うとは言え、目の前で父親の命が消えていくような思いを子供たちにさせる訳にはいかない、とミラージュは心の中で深く決意をしていた。

 二度と同じような悲劇を繰り返さない為にも、少なくとも手の届く範囲だけでも救えるように魔王軍という組織に残り続けているのだから。


「ッケ、最初はふざけていやがると思ったが、実はとんでもなく恐ろしいやつで、今は唯の甘ちゃんときたもんだ。その仮面の下にある素顔は一体どんなツラをしていやがるんだかな。匂いも嗅いだことがないくらい珍しいし、本当に何者だ?」


「僕の種族自体が珍しいので、匂いについては他の魔族の方にもよく言われますよ。仮面の下にある顔だって、特に珍しくもない普通の男ですよ」


 狼魔族以外にも、犬魔族や豚魔族など鼻の利く種族は多いので、ミラージュは幻魔族が少数種族であることを利用し、いつもの様に誤魔化しを行う。

 幸いにして、人間と頻繁に争いを起こしている金角持ちの悪魔族などは、嗅覚が特に優れているという訳ではないので、半分人間の匂いが混じっているからと言ってもばれる様なことはないのだ。

 また、狼魔族も東方から移り住んできたのは遥か昔の話になるので、魔族領の北東部に位置する森の中で暮らしてきた彼らにも、正体が露呈する心配も今のところはないだろう。


「さて、ここが病人たちのいる部屋だ。頼んだぜ、仮面の先生よ」


 そうこうしているうちに目的の場所へと到着し、ルヴトーがよろめきながらも部屋の襖をあけ放つ。

 いつの間にか仮面の兄ちゃんから仮面の先生へと変わっていたが、そんな事を気にする余裕もなく、強烈な腐臭と共に凄惨な光景がミラージュの元へと届けられた。

 部屋の中は確かに何百と集まれるだけの広さはあるのだろうが、その殆どが横たわる狼魔族の病人たちで溢れ返っていたのだ。

 皆一様に肌の上に黒い痣が目立ち、手足が壊死している者、その場で嘔吐している者、高熱にうなされながら苦しそうに呼吸している者、そして既に息絶えている者、まさに地獄絵図と言った状態である。

 三十名程が看病にあたっているようだが、彼らの手足にも黒い痣があり、まだ動ける余裕のある者たちが率先して働いているようだ。

 いや、動けると言ってもその顔色は悪く、彼らも無理をしていることは一目瞭然であり、おそらくは森の入り口にいた若い狼魔族たちなのだろう。


「……まずは重篤の方を優先して診ていきましょう。」


「それなら奥の方になるな。わかりやすい様に順に詰めて寝かせているんだ。」


 ルヴトーの説明を聞いて、ミラージュは部屋の中を進んでいく。

 横たわる狼魔族は他の事を気にしている余裕はなさそうだが、六十個程の瞳が怪訝そうに動向を見守っていた。

 部屋の奥へとたどり着いたミラージュだったが、最初に確認した十名程は既に息を引き取っており、ようやくまだ息のある患者の元へとたどり着く。

 その傍らには薬師と思われる狼魔族の老人が座っており、薬草を煎じていた。


「おう、薬師のじーさんよ。魔王軍からこの病気を知っているやつが来てくれたぜ。なんでも黒皮病とかいう古代文明時代に流行った病なんだとよ。そりゃあ今までわからなくて当然だな」


 ルヴトーの発言に薬師の老人だけでなく、周囲にいる狼魔族たちも驚きの表情となり、期待と疑いのこもった眼でミラージュを見つめていた。

 確かに魔王軍に協力を取り付ける事にはなっていたが、交渉に訪れた四天王本人が病気の詳細を知っているなど話が出来過ぎているのだ。

 しかし、彼らにとってはいくら疑わしい事でも、それに縋る以外に方法はないため、余計な口を挟む事なく大人しく見守るつもりなのだろう。


「ほ、本当かルヴトー! 俄かには信じられんが……お前が言うならそうなのじゃろう。仮面の四天王さんや、この老いぼれに出来る事があれば何でも言ってくだされ。ここに居る者たちが助かるのならば、この命すら差し出しても構わんよ」


 そう言ってほほ笑む老人の顔には、やはり黒い痣が浮かんでいた。

 この老人以外に他の薬師の姿が見えないのは、どうやら今話している老人が最後の生き残りなのだろう。

 薬師として病人と接するという事は、それだけ感染のリスクも高まる為、有効な治療法が見つからない場合はミイラ取りがミイラとなる危険性が高いのだ。


「まずは病気の発症や症状、死亡するまでの期間について伺いたいのですが――」


 ミラージュは薬師と情報の交換を行いながら、患者たちの様子を順に診ていき、実際の症状を確認していく。

 ルヴトーから大よその事は聞いているとはいえ、専門家から得る情報や実際の患者の症状は当然重要なものであり、ミラージュの知っている黒皮病との相違がないか、しっかりと確かめていく。

 おおよそ一時間ほど、薬師や患者たちの話や様子を診たミラージュは、結論を出した。


「やはりこれは黒皮病で間違いないと思います。おそらく完治は可能ですし、特効薬の作成も問題ありません。重篤な方には先に僕の持っている薬を投与して、足りない分は順に新たな薬を調合すれば間に合うでしょう」


 その言葉に部屋の中がシンと静まり返り、床に伏せていた患者たちまで耳を傾けていた。


「仮面のお兄ちゃん、本当になおるの? もう苦しい思いをしなくてもいいの? 」


 沈黙の中、最初に言葉を発したのはミラージュの近くにいた一人の少女であり、黒い痣だらけの顔を向けて眼には涙を浮かべていた。


「ああ、もう平気だよ。今まで良く頑張ったね」


 ミラージュはその女の子の近くに寄って床に座り、優しくその頭を撫でながら返答をする。


「本当に……本当に……治るのか? 娘は元気になるのか?」


 ルヴトーが瞳に涙を溜めながら、震える声で再度ミラージュに問いかける。


「ええ、大丈夫です。娘さんも、ルヴトーさんも、ここに居る皆さんも、必ず治ります」


 そう言って改めて自身ありげに答えるミラージュに、病人であるはずの狼魔族たちは一斉に遠吠えを行っていく。

 皆、既に話すだけの元気もなくしていたはずなのに、今の彼らの様子は生命力に溢れ、病人であることを微塵も感じさせない程であった。

 これだけ気力があれば、治療まではなんとかなるはずだ、とミラージュは少し安堵していた。

 実際には薬を投与しても既に手遅れの可能性もあるし、調合が間に合わない可能性もある。

 そして可能性は低いが黒皮病と似て非なる病気の場合だってあるのだが、彼らに生きる希望を与える為にも、ミラージュは敢えて断言したのだ。

 病は気からと言う様に、衰弱した状態からでも気力によって持ち直した例などいくらでもあるのだから。


 ミラージュの言葉の効果なのか、それとも狼魔族の元来の生命力の強さなのか、ミラージュたちが到着して五日後には、薬を投与された狼魔族たちが続々と快方へ向かっていくことになる。




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