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デュアルライフ~昼は勇者パーティ、夜は魔王軍~  作者: 赤鳩瑛人
第一章・地方領主編・魔族交渉編
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狼魔族との交渉5

「ルヴトーさん、同じ様に病気を罹った狼魔族の方々はどちらにいらっしゃいますか? 念の為、症状や発症するまでの生活習慣など確認しておきたいのですが」


 三者ともに緊張の最中にいたのだが、次にミラージュから漏れ出た声はいつもと変わらぬ穏やかな音色であった。


「あ、ああ、感染しちまった奴は、村の一番奥にある建物に全員集めているぜ。森の入り口にいた奴らも、そろそろ戻ってきている頃だ」


 ルヴトーは呆気にとられたような表情をしながらも、素直にミラージュへと返事を行い、病人たちの居場所について伝えている。

 先程までの重圧から解放されたアスタルトやラファールは、一体何をするつもりかと不思議そうな眼でミラージュを見つめていた。

 魔族は人間の様に神聖魔法が使えない――正確には女神の加護を受けられない――為、病気や怪我などは薬師によって調合された治療薬を使ったりすることが殆どだ。

 怪我や一般的な病気なら魔族領内に流通している薬で間に合うが、今回の様に大規模な感染症などは専門的な知識をもつ者でないと対応できないのは当たり前の事である。

 しかし、先程のミラージュの口ぶりからすると、まるで自分自身で問診を行うかのような言い方であり、アスタルトやラファールが疑問に思うのも仕方がない事だろう。


「そうですか、まずは他の病人がいる場所に向かいましょう。それから、お父様の亡骸については後程、丁重に弔ってあげてください。ただし、病原菌を死滅させるためにも土葬ではなく火葬でお願いします」


「お、おい、ちょっと待ってくれ。まさかとは思ったがアンタが病人を診るっていうのか? この村だけじゃなく他の村の薬師でも、見た事も聞いた事も無い病気だぞ! 既に俺の親父以外にも大勢死んじまったくらいの恐ろしい病で、素人なんかにどうこう出来るわけがないだろう」


「そうですミラージュ様、まずは魔王城に戻って専門の医療班を派遣するのが先決です。私たち素人では徒に時間を浪費してしまうだけです。私もそれなりに医学を齧っていますが、このような症状は見た事も聞いた事もありませし、ほぼ間違いなく新種の感染症です。それ以前に今の状態でさえ感染の可能性があるのに、病人が大勢いる場所に赴くなんて危険すぎます!」


「そ、そうよ。いくらアンタでも魔族は神聖魔法なんて使えないんだから、人間と違って魔法で解決なんて出来ないのよ。いくらなんでもアタシにだってそれくらいはわかるんだから、アンタも理解しているはずでしょ」


 幾分か冷静になったルヴトーを皮切りに、アスタルトやラファールも同様の考えの様でミラージュに疑問や反対の言葉を投げかける。

 狼魔族は広大な森の中に複数の村を持ち、その全ての頂点に立っているのが族長になる。

 当然、村ごとに医学を齧った薬師なども常駐しており、その誰もが対応できないとなるとかなり珍しい症状になるのだ。

 長命な種族である魔族の薬師は長年の経験と知識があり、当然ながら数百年前に流行った様な珍しい病であっても知っている事が多い。

 しかし、そんな薬師たちが大勢集まっても見当が付かず、そして大勢の死人が出ているという事は、新種で且つ凶悪な病気である可能性が高くなる。

 魔族の体自体、人間に比べて強靭であり自己治癒能力にも優れている為、多少の怪我や病気で死んでしまう様な事は本来珍しいのだ。


「……見当は既に付いている。おそらくは黒皮病と呼ばれていた、古代文明時代に流行した病だよ」


 ミラージュはさも当たり前の様に答えるが、ルヴトーやラファールは勿論の事、アスタルトの驚きは一際大きく、納得がいかないのか更に質問を投げかける。


「な、何故それをミラージュ様がご存じなのですか。古代文明時代の書物を好んでいるのは存じ上げておりますが、医学的な分野に関しては門外漢のはず。私たち悪魔族にすら伝わっていない様な病気について見識があるなど、俄かには信じがたいです」


 悪魔族は魔族の中でも数が多く長命である為、それだけ大量の知識や経験を持っており、魔王軍の中でも学術分野で活躍している者が多い。

 実際に、魔王軍の医療班に在籍している者の半数近くは悪魔族で占められており、日夜研究を重ねているのだ。

 アスタルトも専門家という訳ではないが、魔族を大量に死亡させうる様な凶悪な病気については全て記憶しており、更には医療班が研究中の新しい情報も常に入手しているのだ。

 だからこそ、自身が知りえない内容であり、しかもそれが医療分野となれば、黙っていられないのは仕方のない事だろう。


「……父は僕が幼い頃に病気で亡くなったんだ。でも……その時の僕は何も知らない子供で、どうする事も出来なくてね。ようやく父の病気が黒皮病だと知ったのは、それから一週間後の事だったよ。たまたま街で行商人が売っていた古代文明時代の書物に、全く同じ症状の記載があったから覚えているだけだよ」


 言葉少なげに語るミラージュに、アスタルトも含めて全員が言葉を失ってしまう。

 まだ少年であったミラージュがどんな思いで父親と死別をして、そしてその原因がたったの一週間後に判明してしまう。

 もう少し早ければ、どうして今頃になってなんだ、そんな風に何度も世の中を呪い、後悔をしていたのだろうという事は想像に難くない。

 アスタルトは自らの失言でミラージュの辛い過去を思い出させてしまったことに恥じているのか、はたまた後悔しているのか、顔を下げて震えた声を出す。


「も、申し訳ありません、私の認識が浅はかでした」


 その様子は親に怒られている子供の様で、ただでさえ小さいアスタルトの背中が、余計に縮んでしまったかのように思えてくるほどだ。

 ミラージュはそんなアスタルトの目の前までゆっくりと近づいていくが、アスタルトは体をビクッと震わせていた。


「二百年以上昔の話だし、今更気にしてなんかいないよ。だから、タルトちゃんがそうやって気に病むと、そっちの方が僕は悲しいかな。僕の好きなタルトちゃんは真面目で、努力家で、甘いものが好きで、でも容赦のない毒を吐く、そんな子だよ。だからそんな顔をしないでくれないかな」


 そう言ってミラージュは、アスタルトの頭を優しく撫でながら諭す様な声色で語りかけていく。

 その姿はまるで、父親がわが子を慈しむ様に見えて、ラファールもルヴトーもただただ静かに見守り続けていた。

 やがてアスタルトの震えも解かれて問題ないと判断したのか、ミラージュはルヴトーの方へと顔を向ける。


「お待たせしてすみません、ルヴトーさん。申し訳ないついでになりますが、僕が肩を貸しますので案内をお願いします」


「お、おう。アンタが本当にこの病気を治してくれるってんなら、多少の無理位は平気だぜ。正直、命を取られることも覚悟していたくらいだから、それくらいは安いもんだ」


 実際にルヴトーたちのとった行為は、激昂したラファールの様子でもわかるように危険な賭けとも言えるものだった。

 客観的に見ても交渉と偽ってだまし討ちのような方法であり、四天王を害されたと言われて魔王軍に村ごと滅ぼされても仕方がない事をしているのだ。

 ルヴトー自身も、己の命を差し出して騙したことへの謝罪に代え、狼魔族を治療してもらえるように働きかける覚悟もしていたのだろう。

 しかし、ミラージュは激昂するともなく寧ろ協力的であり、それは自身の苦々しい過去の経験が要因になっている事は間違いないと思われる。

 ミラージュはルヴトーの返答を聞くと、素早く床に魔力印を刻みこんでから、ゲートを開いて衣類のようなものを取り出した。


「ラファ、ここに着替えを置いておくから、終わったらタルトちゃんの持っている連絡玉で知らせてくれないかな、そこの魔力印を使って呼び寄せるからさ。じゃあ、僕とルヴトーさんは先に行かせてもらうよ」


 そう言ってラファールの返答を聞くことも無いままルヴトーに肩を貸し、ミラージュはそそくさと部屋から出て行った。


「あーあ、気を遣われちゃったわね。普段はいい加減なくせして、たまに真面目になるんだから、もう」


 そう言いながら竜化を解いたラファールは、一糸まとわぬ姿であり、ミラージュが置いていった着替えに手を伸ばしていた。

 竜化魔法はその姿を大きく変化させるため、当然ながらそれまで着ていた衣服などは全て破けてしまう。

 だからこそ、ラファールは普段からなるべく着替えを持ち歩いているのだが、襲撃などがあった場合、荷物が邪魔にならない様に馬車の中に置いてきており、それを先程ミラージュが転移魔法で取り出していたのだ。

 そしてラファールの言う気を遣ったとは、着替えだけではなく、隣に居るアスタルトの事も含めているのだろう。

 表情こそ俯いている為わからないが、アスタルトの足元にある畳の上には、いくつもの水滴が零れ落ちていた。

 狼魔族の企みに全く気がつけなかった事、ミラージュと比べて理解が遅れていた事、自身の固定概念に囚われて失言をしてしまった事、そしてそれを言われた本人に慰められてしまった事。

 おそらく、アスタルトの中に渦巻いている感情は、悔しさでもあり、嫉妬でもあり、羞恥でもあり……そして感謝でもあるのだろう。

 そんなアスタルトの様子を察していたからこそ、ミラージュはラファールの着替えと言う名目で二人を置いてこの場を離れたのだ。

 アスタルトのプライドは非常に高く、そのような姿をライバル視している自分には見られたくはないだろう、しかし口ではいがみ合いながらも幼馴染でもあり親友と言っても過言ではないラファなら大丈夫だ、とミラージュは考えていた。

 そしてラファールに言われるでもなく、アスタルト自身がそれを一番理解しているのは想像に難くない。


「絶対……絶対に……追い……ついて……みせます」


 嗚咽交じりに声を出しながらも、アスタルトは顔を上げて自らの決意を新たにする。

 ラファールはそんな親友の姿を見て、仕方がないなといった表情を浮かべながらも、すぐに顔を引き締める。


「フン、アタシだってこのままじゃいられないわよ。ま、四天王である分、アンタよりは一歩リードしているけどね、泣き虫タルト」


 いつもの様に憎まれ口を叩くラファールであったが、きっと彼女なりの優しさの表れなのだろう。

 そしてアスタルトと同様に、その紅い瞳には強い決意の色が宿っていた。


「……沸点が低いラファには難しいと思いますよ。戦い以前に口が上手いミラージュ様の手玉に取られるのが目に浮かびます。やはり冷静に事を運べる私が先になりますね。そもそも、ラファはミラージュ様がいなければ四天王になれていたかどうかも分かりませんからね」


 だいぶ落ち着いたのか、いつもの調子を取りもどしたアスタルトはラファールに対して反撃を開始する。

 ラファールは思わぬ事実を突き付けられたのか、慌てた様子でアスタルトに言葉を返す。


「な、なんでアンタがそれを知っているのよ! ま、まさかあの黒モヤシが余計な事を話したんじゃないでしょうね」


「私が何も知らないと思ったら大間違いですよ。情報源は明かせませんが、信頼できる筋から詳細は聞いています。なんでも、自分の父親の前でミラージュ様と――」


「――あー! あー! それ以上はやめて! タルト、いやタルト様、許してください!」


 ラファールはアスタルトに縋りつき、どれほどその話をされたくないのか必死の形相で懇願し始める。

 こうして幼馴染であり、親友でも好敵手でもある二人の平和で微笑ましいやりとりはしばらく続き、あまりに連絡が遅い事に心配したミラージュから苦言を呈されるのは、もう少し後の話になるのだった。



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