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デュアルライフ~昼は勇者パーティ、夜は魔王軍~  作者: 赤鳩瑛人
第一章・地方領主編・魔族交渉編
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暫しの別れと再会

 太陽が東から昇り始めてから数刻、フーシェ子爵領から北西にある街でファルサはユリア達と一時的ではあるが、別れの挨拶を交わしていた。


「それじゃあ、次に会うのは王都に着く一週間後だね。ユリア、ゼノビア、パルミナ、君たち三人なら心配いらないだろうけど、道中気を付けて」


 馬車に乗る三人に声を掛けて見送るファルサだが、これから一週間ほどユリア達と行動を別にするのだ。

 これには勿論理由があり、ここから先は最短距離で王都に向かうだけで、ファルサとしての役割はユリアの講師くらいなのだが、ファルサには四天王ミラージュとしての仕事があった。

 アスタルトと共に狼魔族との交渉を控えている為、最低でも数日の纏まった時間が欲しかったファルサは、ユリアの修業計画を見直して調整を行い、時間を空ける事にしていたのだ。

 その分、王都に戻ってからの負担は大きいものの、今このタイミングを逃すと余計に調整が難しくなると判断し、このような対応に至ったのだ。


「うん、ファル兄も気を付けて。……それにしてもこの街に監査部隊がいた事には驚いたけどね。ファル兄も王女様も、どれだけ先を読んでいるのか、少し怖い位だよ。」


 監査部隊とは王族直属の混成部隊であり、魔法使いや騎士、諜報員や文官、法律家から医師に至るまで様々な人員で構成されているのだ。

 主な役割としては、不正を行っている貴族の捕縛とそれに付随して一時的な領地の運営・治安維持などを行う、所謂各分野のスペシャリスト達になる。

 今回ファルサが持ち寄った資料を証拠として、フーシェ子爵とその周囲の人間を同時に捕縛するために既に行動を開始しているのだが、証拠を掴んでから早馬を飛ばして連絡し、王都から呼び寄せた訳ではない。

 いくら早馬と言え、馬車で一週間ほどかかる道のりを一日足らずで踏破出来る訳もなく、また、監査部隊が移動する時間も足りないのは明白だ。

 旅の予定について報告を受けていた第一王女が、ファルサなら一日足らずで不正の証拠を入手できると踏んで、前もって部隊を手配していたのが事の真相になる。

 五年前に出会った時にファルサの力を一目で見抜き宮廷魔導士に推薦したのも第一王女なら、フーシェ子爵の不正疑惑を調べる様に指示をしたのも同じく第一王女だった。

 そしてユリアの講師選定にも携わっているほど、王国内外でその手腕が評価されている王族の一人になる。


「うむ、ファルサ殿であれば問題ないかとは思うが、一人旅なのだからくれぐれも用心してくれ。しかし、王女殿下とファルサ殿のおかげで捕縛漏れの心配もなさそうだな。子爵や息子はおそらく鉱山送りになるだろう」


 鉱山送りとは犯罪者に課せられる刑罰の中でも非常に重たく、時には一思いに死刑にしてほしいと願う者が出るほど過酷な罰となる。

 その名の通り、鉱山に送られて強制的に仕事をさせられるのだが、落盤で生き埋めになる事は日常茶飯事であり、毒性のガスが漏れ出る事や鉱物を好む魔物が出現する事も多々あるのだ。

 更には朝から晩まで肉体を酷使する重労働を行い、食事は逃亡の体力を残さない様にするために必要最低限のみ、また裏では囚人同士の争いも絶えない場所である。

 犯罪者には元盗賊や傭兵崩れなどの荒くれ者も多いため、贅沢が身に着いていて高慢な性格の貴族が鉱山送りにされた場合には、囚人たちの良い鬱憤晴らしの対象にされることは間違いないだろう。


「ファルサ君、王都でのお出かけ、楽しみにしているわね。……鉱山送りは少し厳しい刑罰だけど、流石に擁護できないわよね」


 聖女であるパルミナが苦言を呈するほど、子爵たちの行動は目に余るものだったのだ。

 特に被害にあった女性達にはそれなりの賠償金が支払われることになるだろうが、体の傷は魔法で癒すことが出来ても、心の傷は簡単には癒せない。

 監査部隊には被害者への対応に長けた人材もいるが、どうしたって相応の時間が必要であるし、また完治する保証はどこにもないのだ。

 言葉や表情には出してはいないが、パルミナの内心ではユリアやゼノビア同様に、相当憤慨しているのは間違いないだろう。


「賄賂や脱税だけなら、まだ違ったんだろうけどね……。それじゃあ、また王都で」


 金銭的な犯罪だけなら多額の罰金や爵位が下がるだけで済んだ可能性も高く、今までファルサ達が不正を暴いた貴族も同様のケースが多かったのだ。

 しかし、今回は極めて悪質な為、それ相応の措置が取られることに間違いはないだろう。

 こうしてファルサは三人を見送ると、その足を事前に部屋をとってある宿に向けて移動を開始する。

 ここ数日、睡眠を摂っていないファルサだが予定が詰まっている為、着替えを済ませたらすぐに四天王ミラージュとしての役割が待っているのだ。

 ユリア達は領都からの移動中に揺れる馬車の中で仮眠を摂っていたのだが、御者を務めていたファルサには出来なかったのだ。

 夜中の移動だったので、半分魔族であり人間よりも夜目の利くファルサが御者をするのが最も効率的で移動時間も早くなるが故の措置だったのだが、その反動で体が徐々に不調を訴え始めていた。

 ユリア達には悟らせない様に平然を装っていたが、三人と別れてからのファルサの足取りは重たい。

 しかし何とか宿に着き、素早く着替えると転移魔法で移動を開始する。


「ふぅ……ゲート」


 ため息交じりに幻影城の執務室に移動したミラージュだが、視界に入った少女達のせいで頭痛がより激しくなるのを感じてしまう。


「ちょっとアンタ、随分と遅かったじゃない。アタシを待たせるなんて良い度胸をしているわね」


 背に大きな緑色の翼を携え、燃える様な赤い髪の少女が責める様にミラージュへと詰め寄ってくる。

 魔族特有の紅い色を持ち、勝ち気な性格そのものを表したかのような吊り上り気味の双眸が、ミラージュを睨み付けている。


「やあラファ、相変わらず元気そうだね。ところで君が何故ここにいるのか教えてくれないかな」


 ラファと呼ばれた少女は、ミラージュの問いかけに対して、より一層目つきを鋭くしてしまう。


「何でも何も、アンタがこれから向かう狼魔族の住む地域はアタシの領地にも接しているのよ! 当然、四天王として、竜魔族の族長として顔を出すのは当たり前でしょ」


「……魔王様に確認したところ、面白そうだから構わないとの事でした。魔王様の許可が出てしまった以上、私にはどうする事も出来ません」


 ミラージュが縋る様にアスタルトの方を向いて視線で確認すると、返ってきたのは無慈悲な答えだけだった。

 よりにもよってラファを伴うなんて面倒事が増えた、とミラージュは心の中で大きなため息を吐く。

 魔族領の北部を治める竜魔族の少女、疾風のラファール。

 彼女こそ魔王軍最高戦力である四天王の一角を務める、若き竜魔族の族長である。

 基本的に四天王に抜擢される魔族は種族数が多く、そのまま各種族のトップである族長が就任するケースが多い。

 ミラージュの様な例外は別として、軍を統括する以上は魔族達を従わせる必要がある為、自然と種族の長が四天王に着く風習があるのだ。

 そして魔族の族長は、殆どがその強さで決められる場合が多いため、竜魔族の中で一番の実力者がラファールということになる。

 竜魔族は数こそ他の種族と比べて実は数が多いという訳ではないのだが、個々の戦闘能力が圧倒的に高く、単独ですら脅威になるほどの能力を秘めているため、四天王として抜擢されているのだ。


「僕たちは狼魔族と戦争をするんじゃなくて、交渉に向かうんですけど……はぁ」


「そんなのアンタに言われなくてもわかっているわよ! 大体、魔王様はすぐにアンタに交渉事を任せるけど、アンタに出来てアタシに出来ない事なんて無いんだからね!  今回はそれを目の前で実践して理解させてあげるわよ」


「……差し出がましいかもしれませんが、ラファール様とミラージュ様では任務の向き不向きがあると思います。今回の交渉はミラージュ様と私が適任だからこそ、魔王様も私たちに勅命を下されたのだと思います」


 ミラージュとアスタルトだけでも戦力としては万全であるのに、更に四天王のラファまで加えたら相手を滅ぼしに行くと邪推させるのでは、とミラージュは考えていた。

 本来の竜魔族とは、知と武の両方に長けており、強さを兼ね備えながらも思慮深く温厚な性格の者が多いはずなのだが、ラファールはこの通りであり、ミラージュにとっては争い事になる予感しかしないのだ。

 そして、静けさを好むアスタルトとは殊の外相性が悪く、両者が顔を合せると大抵険悪な雰囲気になってしまう。


「ちょっとタルト、ラファール様だなんて気持ちの悪い呼び方はやめてよね。アタシの事は昔みたいにラファでいいわよ。それと、副官のアンタと違ってアタシは四天王なのよ。泣き虫タルトは余計な口出しをしないでちょうだい」


「な! 泣き虫なのはラファの方でしょう! 貴女のお父様が大切なされていた竜魔族の秘宝を壊してしまった時に、泣き喚いていたのを慰めて一緒に謝ってあげたのを忘れましたか。大体、このセンスのない仮面男のせいで後塵を拝しているだけで、今に首を刎ねて四天王に成り代わりますよ」


「アンタこそ、オネショをしてピーピー泣いていたのを、アタシが一緒に洗濯してあげたのを忘れたのかしら。それにこのヘンテコ黒マント男はアタシが引導を渡すんだから余計な真似はしないでよね。コイツに負けたままだなんてアタシのプライドが許さないわ」


 二人の父はそれぞれ前任の四天王であり、お互いの種族が違う割には仲も良く、歳の近いアスタルトとラファールも幼い頃から交流があったのだ。

 互いに当時四天王であった各々の父に鍛えられ、魔王軍に入隊してからもその頭角を現して出世を続けていたライバルと言える存在となる。

 親の七光りと揶揄されるような時期もあったがそれを乗り越えて、こうして今では立派に職務を全うしているはずなのだが、ここで繰り広げられているのはもはや子供の喧嘩である。

 そしてその流れ弾がミラージュに飛んでくるのはいつもの事であり、互いの幼少期の恥ずかしい思い出を暴露されるのも同様だった。

 仮面と黒マントについては正体を隠すためなのだが、やっぱりその選択を失敗したかなと、ミラージュは密かに傷つき後悔していた。


「あのー、二人ともそれくらいにして、そろそろ出発しようよ、ね?」


 ミラージュの悲痛な訴えも白熱している二人には届かず、暫しの間、執務室の中には少女達の喧騒が鳴り響いていた。

 一方のミラージュは早々に諦めてイスに腰を掛けて仮眠を摂るのだが、寝ている事に気が付いた二人に起こされて出発できるようになるのは三十分ほど後の話になる。




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