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デュアルライフ~昼は勇者パーティ、夜は魔王軍~  作者: 赤鳩瑛人
第一章・地方領主編・魔族交渉編
22/89

宴の後に3

「うん、大体こんな所だね」


 ファルサ、パルミナ、ゼノビアの三人を中心とした情報交換会は滞りなく進み、おおよそのフーシェ子爵が抱える問題が洗い出されていた。


「それにしても……旅をする中で地方貴族の腐敗が進んでいるとは思っていたが、これほどまで酷いのは珍しいな。全く、貴族たるもの民を守るのが本懐であろう! 私利私欲のために商会を潰すなど言語道断だ!」


 ゼノビアが怒り心頭と言った様子で、声を荒げさせて大理石で出来たテーブルを力強く叩いた。

 あまりの威力にテーブルの表面にはヒビが入り、ユリアは驚きのあまり目を見開いている。

 ノブレス・オブリージュ……貴族としての心構えを幼き頃から叩きこまれていた彼女にとって、今回の件は決して許せないものなのだろう。

 まずファルサが集めた情報の中心は、フーシェ子爵が領都にある一つの大手商会を、他の商会や貴族と結託して潰したというものだ。

 

「しかもその理由が、領主の息子が商会の一人娘を手籠めにする為だからね! 流石のボクでもこれには怒りが有頂天だよ!」


「……ユリアちゃん、それを言うなら怒髪、天を衝く、よ」


「え……う、うわあああああ!」


 同じく憤慨した様子のユリアだったが、パルミナの冷静な指摘に顔を真っ赤にして、隣に居るゼノビアの膝に飛び込んでしまう。

 どうやらファルサ達の様に東方から伝わった言葉を使おうとして、思いっきり間違えてしまったようだ。

 フーシェ子爵は結婚してから十年ほど子宝に恵まれず、三十を越えてからようやく念願の嫡男が誕生したのだ。

 遅れてできた跡継ぎを溺愛するあまり、今年十七になる息子は我儘で傍若無人に育ってしまい、街での評判はかなり酷いものになっていた。


「しかも過去にもかなりの問題を起こしていたみたいで、フーシェ子爵がお金や権力で相当もみ消していたみたいね」


 パルミナが集めてきたのは、主に子爵の息子に対する評判だった。

 結婚を申し込んできた男性陣にフーシェ子爵の一人息子に対して興味があるような素振りを見せると、こぞって悪評を話してくれたのだ。

 やれ花屋の娘に無理やり関係を迫っただの、孕ませたメイドを用済みと言わんばかりに追い出しただの、婚約者の目の前で女を犯しただの、女性であるパルミナに伝える際には皆、遠回しに話していたのだが、その悪行は枚挙に暇がなく、かなりの情報を集める事に成功していた。

 いくら貴族とは言え、そのような振る舞いは許されるはずもないのだが、父親であるフーシェ子爵が裏で相当手をまわした様で、今日に至るまで野放しにされている。

 なお、件の息子は晩餐会には参加せず、部屋で潰した商会の娘を弄んでいたとのことだ。


「それと商人たちからは相当な額の賄賂を受け取って様々な便宜を図り、国への申告を行わない急な増税なども行っていたようだな。どうやら子息の浪費癖からフーシェ子爵家の財政は悪化の一途を辿っていたのだろう」


 ゼノビアは膝に乗っているユリアの頭を撫でながら、改めて自身の集めた情報を振り返る。

 彼女が集めたのは子爵自身の事が主になり、特にゼノビアの高潔さに共感を覚える若い騎士の男たちが、憤慨した様子で語ってくれていたのだ。

 貴族令嬢達の噂話も中々有益で、彼女らが父親から聞かされていた家の情報を簡単に漏らしてくれて、裏で繋がりのある貴族も検討がつけられていた。


「これだけの悪事をしているんだから、しっかりと成敗しないとね! ファル兄、これから子爵の部屋に殴り込みに行くのかい? 殿中でござる!」


 ガバっとゼノビアの膝から顔を上げたユリアは、最近読んだ東方関係の書物による影響を見せながら、拳を握りしめてファルサと向き合った。

 そんな子供らしいユリアの姿に苦笑しながらも、ファルサは優しく諭し始める。


「これが物語ならそうなるけど……今の状態で子爵や息子を捕まえても、異変に気が付いた他の貴族達が血迷って反乱を起こす可能性もあるからね。窮鼠猫を噛むと言って、追い詰められたら何をするかわかったものじゃないよ。そうなった時に刃を交えるのは、貴族の下にいる兵達になる訳だし、罪のない人を傷つけることになっちゃうかもしれないよ」


「う、ううう、確かにファル兄の言う通りだね。それじゃあボク達は何をすればいいのかな? このまま王都に帰って報告するにしても、状況証拠だけじゃあ不十分だよね」


「うむ、やはりここは証拠集めを行うべきだな。商取引で交わした証書などを中心に集めていけば、それなりの事実に繋がるのではないだろうか。やはり金の動きは誤魔化しようがないからな。それと、賄賂の要求を匂わすような内容が書かれた手紙や、各町村に向けた増税の命令書なども有効だろう」


 ファルサの言葉に、ユリアが疑問の声を上げ、ゼノビアがそれに答える。

 流石は大物貴族の娘だけあり、その判断は的確で、ユリアも感心してゼノビアの方を見つめていた。

 連絡玉のような希少で高価な道具は当然普及などしておらず、主な連絡手段は手紙によるものになる。

 その為、領都から離れた人物相手には手紙で賄賂を要求するような内容を、遠回しに書かなくてはいけないし、増税するにしてもその地を収めている町長や村長に向けて、徴税官が領主の印が入った命令書を持っていく必要があるのだ。

 商取引や税関係での金の動きを把握する事で、不自然な個所を見つけて、そこから不正の追及が出来るようになるのだが、ここで一つ問題が生じる。


「でもそれだと、相当時間がかかるわよね。貴族や商人が素直に手紙や取引証書を出してくれるとは思えないわよ。徴税の命令書位なら何とかなりそうだけれど……」


 パルミナは頬に手を当てながら首をかしげて、少し困った様な声を出していた。

 当たり前の事だが、不正に関わった者たちは証拠となるものを素直に出すわけがなく、それ以外の者たちもおいそれと協力してくれる訳ではない。

 不正に関わっていなくとも、領主に睨まれてしまえばこのフーシェ地方で住む場所や仕事を失いかねない為、余程の信用がなければ相手が宮廷魔導士筆頭や騎士団長でも及び腰になってしまう物なのだ。

 彼らにとって遠くの王都に住む大物よりも、近くの領主の方が生活に直結する分恐ろしい存在なのだから。

 噂話は社交界の華と言われているくらいなのでいくらでも誤魔化しが聞くが、実際に何かしらの行動を起こす人物は相当少ないのだ。


「それだったら、こっそり忍び込んで盗んじゃえばいいよ! せっかくボク達はこうして子爵の館にいるんだし、内側からなら何とでもなるんじゃないかな?」


「それこそ不可能に近い。私たちはこの館に来て一日で、構造自体もまだ掴めていない。その上、不正の証拠に繋がるものなど隠し部屋や隠し金庫などにあるのが当たり前なのだから、それを見つけるだけでも一苦労だぞ。それにお抱えの兵や魔法使いが見回りをしているのだし、探知用の結界魔法もあるかもしれん」


「そう考えると騒ぎを起こさずに……というのは難しそうね。かといって、フーシェ子爵と事を構えるような事態はあまりよくないわ。相手を傷つけずに無力化するのは難しいでしょう? どうしたって被害がでてしまうわね。それだと本末転倒になってしまうから、やっぱり採用できないわよ」


 三人は見通しの立たない先行きに深くため息を吐き、各々どうする事が最善なのか思案にふけ始める。

 そんな中、ファルサは少し気まずい表情をして、そっと発言を開始する。


「あのー、三人ともちょっといいかな。正直この空気の中言い出しにくいけど、これを見てくれないかな」


 そう言ってファルサは懐から書類や手紙の束を取り出して、テーブルの上に広げだした。

 他の三人は一様に怪訝そうな表情を浮かべていたのだが、その中身を確認すると驚愕の表情へと変化した。

 これには聖女のパルミナも目を見開き、無言で説明を求めるかのようにファルサの方へ顔を向け、ゼノビアもユリアもそれに倣っていた。


「あー、うん。みんなが驚くのは無理もないと思うけど、子爵の不正の証拠なら集めておいたよ」


 つい先程、三人が無理だと結論づけた事を既に終わらせているファルサ。

 当然、その言葉を聞いても信じられるわけがないのだが、テーブルの上にはそれを裏付ける物が大量にあるのだ。

 改めて三人はその内容を確認するが、どこからどう見てもフーシェ子爵の不正を追及するには十分すぎる証拠であり、寧ろ表に出ていなかった余罪まで露わにしていたのだ。


「ファル兄、流石にこれは仕事が早いどころじゃないよ。本当にどうしたのさ?」


 声を震わせながらファルサに問いかけるユリアだが、そうなるのも仕方がない事だろう。

 ちなみに今、ファルサ達が集まっている部屋は、女性陣が寝泊まりする為に子爵が用意していた一室である。

 実際にはユリアがこの部屋に寝泊まりする事にしており、ゼノビアとパルミナは隣室なのだが、性別の違うファルサは離れた場所にある部屋へと案内されていた。

 ホストである子爵側としては当たり前の対応なのだが、そうすると男のファルサが女性の部屋に堂々と向かう訳にもいかず、人目の少ない時間帯にこうして集まる事にしていたのだ。


「ほら、晩餐会が終わってから少し時間があったからね。その隙にちょっと失敬させてもらったのさ」


 そう、この男は部屋に集まるまでの数時間の間に、警備の厳しい場所をあっさりと潜り抜け、隠し部屋や隠し金庫を簡単に見つけ出し、こうして証拠を手に入れてきたのだ。

 一連の行動の中でも特に活躍したのが、ユリア達には隠している転移魔法になる。

 ファルサの転移魔法は離れた場所でも魔力印があれば簡単に移動できるのだが、近距離になると移動に魔力印を必要としないのだ。

 その範囲は目視できる場所全てであり、仮に部屋の外から中に転移する場合でも、カーテンの隙間などから様子を確認できるだけで移動する事が可能なのだ。

 極端な話、魔力が尽きない限りは転移魔法を使い続ける事によって、高速で空の上だろうが移動を可能にし、中を覗けるようなほんの小さな隙間さえあればどのような場所にもファルサは入り込むことが出来てしまう。

 そして一度でも移動した場所には魔力印を設置すれば、自由に何度でも訪れることが出来るという訳である。

 こうして転移魔法と、当然ながら他の魔法もいくつか併用して、短時間で館中を調べつくし、更には結託した商会や貴族の家にも忍び込んで、ありとあらゆる証拠を集めてきていたのだ。


「ファルサ殿、流石にその言い訳は私もどうかと思うぞ。貴殿には何度も驚かされてきたが、ここまでとんでもないとは……」


 ゼノビアはファルサと出会ったことでそれまでの価値観や考えを良い意味で変えられたのだが、それでも驚愕を禁じ得ないようだ。


「うーん、私もちょっとこれは……いえ、凄い事だと思うのよ。でも……ね?」


 聖女であるパルミナも、今回のファルサの行動には感心と言うよりは若干引いてしまっている。


「ファル兄、絶対に泥棒とかになっちゃ駄目だからね? もしそうなったらボクは……ボクは……探偵にならなきゃ……」


 ユリアはわなわなと肩を震わせて、勝手な妄想に入り始めたようだ。

 彼女の頭の中では今まさに、世紀の大怪盗ファルサ三世と名探偵ユリアが戦いを繰り広げている事だろう。

 勿論、最近読んだ物語の影響であるのは間違いない。

 勉強嫌いのユリアだが、読書家のファルサの勧めで時間があるときには様々な書物に目を通しているのだ。


「何か酷い言われようだけど、僕は立派に仕事をこなしたよね?」


 やらなくてもいいことはやらず、やらなくてはいけない事は迅速に。

 ファルサは己の信条に従っているだけなのだが、時としてそれは他者の理解を越える働きをしてしまうのだ。

 こうした行動を繰り返しているからこそ、魔王軍では四天王になってしまい、王国では宮廷魔導士筆頭になってしまったのだが、本人がはっきりと自覚するのはもう少し先の話になるのだろう。



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