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デュアルライフ~昼は勇者パーティ、夜は魔王軍~  作者: 赤鳩瑛人
第一章・地方領主編・魔族交渉編
20/89

宴の後に1

 日付が変わる直前の時刻、領主の館にある一室で四人の男女が密かに集まっていた。


「それじゃあ防諜用の魔法もかけ終わった事だし、みんなが持ち寄った情報を整理してみようか」


 小さな照明だけが灯っている為、部屋の中は薄暗いのだが、そんな事を気にした様子もなく、ゆったりとした様子でソファに腰を掛けて、ファルサが場を仕切る。

 既に夜も更けた時間にも関わらず、未だにファルサとして行動をしているようだ。

 ファルサの左隣りにはパルミナが座っており、足を閉じ両手を膝の上に乗せていつもの笑みを浮かべていた。

 そしてファルサから見て対面に座るユリアは、ふかふかのソファの感触を確かめるように上下に跳ねており、対角線上にいるゼノビアは両腕を組んで、眼を閉じている。

 それぞれ黒のローブ、修道着、レザージャケットにホットパンツ、鎧姿と、戦いに赴く際の格好をしている。

 また、ユリアの耳元とゼノビアの髪には、晩餐会で着けていた銀色に光る物体が、密かにその存在を主張しているようだ。


「それにしてもファル兄の魔法の発動は相変わらずの変態的速さだね。中庭の時も思ったけど、どれだけ普段から防諜魔法を使っているのさ。ボク達に聞かれたくないやましい事でもあるのかな?」


 防諜魔法、その名の通り他者から会話などを聞かれないようにする為の魔法である。

 声とは音、音とは音波――空気中を伝わる波――であり、その波形自体に乱れを生じさせ、音の大部分を吸収する――正確には魔法が作用している物質の吸収係数を大幅に上げる――のがこの魔法の正体である。

 平たく言うとどこでも自由に防音状態の空間を作り出してしまう魔法になる。

 ファルサはそれを部屋の四方にある壁と、更には床や天井にも発動させて盤石の状態を整えていたのだ。

 部屋の中はさながら無響室や防音室の様で、四人は独特の浮遊感に包まれていた。


「別にやましい事なんて……それなりにある気もするけど、主には仕事で使う事が多いからだよ。ユリアだって知っているだろう?」


 ユリアの追及に、少し冗談を交えて返事をするファルサ。

 魔法の発動に関しては、ひたすら同じ魔法を使い続ける事で徐々に早くなっていくというのが現代における魔法使い達の共通認識だ。

 本来は以前のオーク討伐でのファルサが、火の魔法を唱える時に行っていたように――実際には演技なのだが――時間をかけて魔力を練り上げてから唱えるのが一般的だ。

 しかし当たり前の事ながら、敵と対峙している状態で魔力が練り上がるのを悠長に待ってくれる訳もなく、魔法使いとして名を馳せている者は発動速度を重視する傾向にある。

 勿論、大規模な魔法になればなる程、時間がかかるのは仕方のない事なのだが、各々得意とする魔法に関してはその発動速度を日々高めているのだ。

 防諜魔法に関しては宮廷魔導士や貴族お抱えの魔法使いとしては習得が必須であり、国家間での会談はもとより、王族と上位貴族の密談など、様々な重要な場面で使われているのだ。


「うふふ、ユリアちゃん、あんまりファルサ君をいじめちゃ駄目よ。確かにファルサ君は二人同時に女の子へプレゼントをするような悪い子だけど、今はお仕事の話を進めましょう」


 パルミナの発言に部屋の空気が一瞬で凍りつき、沈黙がその場を支配する。

 ユリアは思わず自分の耳元に手をやりその存在を隠す様にしており、ゼノビアは腕を組んだまま微動だにしない……いや、その膝は微かに震えており、一滴の汗が頬を伝っていた。

 ファルサはユリアの方を向いたまま固まっているが、この状況を切り抜けるには何が最善か、と考えを巡らしていた。


「あら? 三人ともどうしたの? 私の事は気にしないで話を進めていいのよ」


 パルミナはいつもの様に笑みを浮かべながら、顎に人差し指を当てて首をかしげている。

 その仕草は非常に可愛らしく、公の場で見せるパルミナとは違う魅力があるのだが、他の三人にとっては、威圧を感じる姿に映っているのだろう。

 当たり前の事だが、ユリアとゼノビアが其々耳飾り――イヤリング――と髪飾り――バレッタ――を貰っているのはお互いに気が付いていたのだ。

 嬉しそうに今まで見た事も無い装飾品を眺めているだけでも目立つのに、その上、晩餐会にもわざわざ着けて参加しているのだから当然と言えば当然である。

 しかし男一人に女三人のパーティで、余計な不和を招く原因にもなりかねない話題は出さないのが暗黙の了解なのだが、ここに一つ誤解が生まれていた。

 ユリアとゼノビアは両者とも、パルミナも同じ様にファルサから何かしら受け取っていると、つい先程まで考えていたのだ。

 パルミナは浮ついた態度などを見せる事がなく、他人の眼がない部屋の中でも静かに微笑んで、聖書を読んだり祈りを捧げたりと、常に聖女らしい振る舞いをしている。

 その為、ファルサから何かしら貰い物を受け取っていたとしても、人前でわざわざそれを眺める事もしないだろうし、晩餐会にも着けていかないだろうとユリアやゼノビアは考え、どのような品を貰ったのか少々疑問に思いながらも深くは気にしてなかった。

 しかし、先程のパルミナの発言を聞く限り、ファルサは彼女にだけ何も渡しておらず、そうなると今までのユリアとゼノビアの行動は一体どのように映っていたのか。

 自分以外の二人が、男からのプレゼントを自慢しているように見えたのでないか、と思い至るのは当然の帰結だろう。


「あー、んん、んんん、パ、パルミナさん、仕事の話を進める前に僕からちょっと提案がございますがよろしいですか?」


 ファルサが何度も咳払いをしながら、左隣のパルミナと向き合い、話を切り出した。

 この場を収める事が出来るのは最早ファルサただ一人だ、そう思っているのかユリアもゼノビアもジッと二人の様子を見守り、気配を完全に消していた。

 流石は一流の武人であるゼノビアと、その弟子とも言えるユリアは、完璧にその存在感を殺して、まるでただの置物になっているようだ。


「あら、ファルサ君ったら変な言葉遣いになっているけど、緊張しているのかしら?」


「そりゃあ、これだけの可憐な女性が隣に座っているのだから、緊張しない方が男としてどうかしているよ」


 ファルサはいつもの調子が戻ってきたのか、その口からは自然と軽快なリズムで言葉が飛び出し始めていた。

 パルミナにはゼノビアやユリアを相手にする時の様な誤魔化し方は一切通じない、とファルサは考えている。

 ゼノビアは侯爵令嬢としての経験からある程度の腹芸は出来なくもないが、そこに騎士としての誇りや性格が邪魔をして、基本的に曲がった事は認めず、頭が固いのが欠点であり、それは本人も自覚していた。

 ユリアは性格からして天真爛漫、自由奔放なため細かい事は気にしないが、簡単に感情が表に出てしまう。

 二人ともわかりやすい性格をしており、その上ファルサに対しては基本的に態度が甘くなるので、悪い言い方をすれば非常に扱いやすいのだ。


「ファルサ君ったらお上手ね。女の子の心をいっぱい鷲掴みに出来るのに、私が隣にいるくらいで緊張しちゃうなんて、嘘をついちゃだめよ」


 しかしパルミナだけは違い、人を見抜く事に長けながらもそれを表に出さず、どんな不快な人物が相手でも常に聖女としての態度を貫き通しているからこそ、ある意味で一番性質が悪い。

 パルミナが本当に親しい人物にだけ垣間見せる、一人の少女としての顔は、この四人の中でも時折現れる。

 だが、聖女としての姿勢を完全に崩すまでには至らないので、パルミナの内に秘めている感情が非常にわかりにくいのだ。

 今の状況も、おそらくは一人だけ仲間外れにされてほんの少し怒っているだけなのだろうが、その度合いを全く悟らせないために、余計に恐ろしく見えてしまう。

 語調が普段と一切変わらずに発言の中に皮肉を込めたパルミナの姿は、少し拗ねているだけのようにも思えるし、嫉妬の炎を燃え上がらせている女が感情を押し殺しているようにも思えてしまう。

 人の心理とは斯くも面白いもので、底の見えない相手には必要以上の恐怖を感じてしまう不思議なものなのだ。


「嘘かどうかは、パルミナが一番良くわかるんじゃないのかな。こうして目を合わせたら僕の心の中は何でも見抜けるだろう?」


 そう言ってファルサは自然とパルミアの手を取り、自身の両手で包み込みながらその瞳の中を覗き込む。

 本来ならこの辺りでユリアやゼノビアが抗議の声を上げるのだが、ユリアはソファの上で正座をして固まっており、ゼノビアは腕を組んで眼を閉じて銅像の様になっている。

 二人はファルサの邪魔をしない事を心に決めて、全てを託しているようだ。


「……ファルサ君の瞳は不思議な輝きをしていて、良くわからないのよ。それに、そうやって手を握られると少し恥ずかしいわ。」


「パルミナが信じてくれるまで、こうして君から目を逸らさないし、僕の手の中から逃げ出すことは許さないよ」


「私……ファルサ君はいつか女の子に刺されると思うわ。あんまり罪を重ねないうちに懺悔する事をお勧めします」


「懺悔しなくちゃいけない事は沢山あるけれど、今パルミナに懺悔する事が一つだけあるかな」


 二人は見つめ合ったまま言葉を交わし続けており、まるでその姿は愛を語らい合う恋人同士の様だ。

 そしてようやく本題に入ることが出来ると、ファルサは心の中で覚悟を決める。


「パルミナ……少し失礼するよ」


「失礼って何を……きゃっ!」


 そう言うやいなや、ファルサは両手をパルミナの後ろに回して、その体を自身の方へ引き寄せる。

 ファルサに抱きしめられるような形になったパルミナは、可愛らしいく小さな悲鳴を上げて、その胸の中に飛び込んでしまう。




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