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デュアルライフ~昼は勇者パーティ、夜は魔王軍~  作者: 赤鳩瑛人
序章・デュアルライフ(二重生活)
2/89

夕方の宿にて

 村長宅での話も終わり、ユリア、ゼノビア、パルミナの三人は村の宿の一階で食事を摂っていた。

 ファルサの交渉の甲斐があったのか、昨日の料理とは見違えるほどの質と量である。


「うーん、美味しい! こんなに美味しい料理を食べられるボクは、世界一幸せな勇者かもしれないね」


 ユリアが世界一と勇者を大安売りしながら舌鼓を打ち、パン屑がポロポロとテーブルの上に零れ落ちる。

 既にかなりの量を平らげたのか、テーブルの上には空の皿が幾重にも積まれている。


「こらユリア、もう少し落ち着かないか! 淑女たるもの食事中はもっと上品に振る舞わなくてはいかんぞ」


 ゼノビアが見かねてユリアに注意をする。

 そんな彼女はというと、ナイフとフォークを巧みに扱い、目の前にある料理を綺麗に食べていた。


「ユリアちゃんは本当に美味しそうに食べるわね。見ているだけでお腹がいっぱいになっちゃいそう」


 パルミナは口元を手で覆いながら、ユリアを見て微笑んでいる。

 彼女は元々そこまで食べるほうではないのか、こうして食事の間はユリアとゼノビアのやり取りを眺めている時間の方が多い。


「ゼノビアはマナーに厳しすぎるよー。別に貴族相手の食事会じゃないんだから、旅の途中くらいは自由に食べさせておくれよ」


 彼女らは勇者パーティとして修行をしつつ見聞を深める為に、こうして旅をしながら魔物などを討伐している。

 ただ、彼女らの所属する王国の支援を受けている為、旅先の領地を治める貴族との食事会なども多い。

 貴族令嬢として育ったゼノビアや、教会で厳しいしつけを受けたパルミナとは違い、普通の田舎の村で生まれたユリアはそうした堅苦しいマナーが苦手だった。


「マナーというのは付け焼刃ではなく、日ごろの姿勢が重要なのだぞ。誰も見ていないとしても、常に意識する必要があって……」


 いつもの様にゼノビアの小言が長々と始まるが、当のユリアはどこ吹く風か、生返事をしながら食事を続けている。


「それにしてもファル兄、今日はいつもより早く部屋に籠ったよね。せっかく料理が豪華になったのにどうしたのかな?」


 更にユリアはゼノビアを半ば無視するようにして、話を切り出した。

 当のゼノビアは少々憮然な面持ちをしているが、それよりも話題に上がった人物が気になるのかユリアの態度については言及しないようだ。


「確かに普段のファルサ殿なら、夕食を摂ってから部屋に籠るのに、今日は随分と早かったな」


「ファルサ君の流派って陽が沈んでから訓練を始めるものらしいけど、まだ少し明るいわよね。どうしたのかしら?」


 ゼノビアに続いてパルミナも、唇に手を当てながら思案する。

 俗に魔法使いと呼ばれる人種は、その流派によって様々な修行方法がある。

 魔力――魔法を使う為の精神力の様な物――を上げる為に、滝に打たれる流派もあれば、気を失うまで魔法を打ち続ける流派など、とにかく多岐に渡る。

 これは、魔法という現象がまだまだ未知の力であり、形態化していない事に端を発している為、それぞれの流派で正しいと思う方法を主張し合っているのが主な原因だ。


「流派の秘伝とか言ってボクにも教えてくれないから、どんな訓練なんかもわからないからなー。何かいつもと違う条件でもあるのかな。あー、きーにーなーるーよー」


 ユリアは手足をじたばたさせながら、天井を見上げる。

 その様子は体格と相まって、さながら駄々をこねる子供のようだ。

 ゼノビアはそんなユリアの姿を見て顰め面になるものの、同じ様にファルサの事が気になるのか、特に咎める様子はない。


「んー、そんなに気になるなら、こっそり覗いてみたらどうかしら? なんてね」


 パルミナは珍しく冗談めかして二人に声をかけるが、勿論本気で言ったわけではないだろう。

 しかし当の二人は、互いに顔を見つめ合わせて頷きあう。


「「それだ!」」


 珍しくユリアとゼノビアが意気投合し、そそくさと席を立ち移動を開始する。

 パルミナは少し困った顔をしたものの、どうやら気になるのは同じようで、二人の後を追って席を立つ。

 まだまだテーブルに残されている大量の料理は後程、宿の主人とその家族が綺麗に平らげる事になるのだろう。


 そんな宿の二階にある個室では、ファルサが水晶玉向かってに話しかけていた。


「ちょっとタルトちゃん、そんな急に言われても僕にも都合があるんだよ。せめてそう言う事は前もって教えてくれないと……」


 物凄く面倒くさそうな顔で、ファルサは言葉を紡ぐ。

 そして数秒の間をおいて、水晶玉が輝いて部屋の中に女性の声が響き渡る。


『魔王様の勅命なので私に文句を言われても困ります。大体、ミラージュ様はいつも私に仕事を押し付けて城を留守にしれおられますから、連絡事項の伝達が遅れるのです。今回の件も昼間にはわかっていた事ですが、ミラージュ様の連絡玉にいくら呼びかけてもお返事がないので……』


「わかった、わかったよ。僕が悪かったよ、タルトちゃん。着替えたら直接魔王城に転移するから、そう伝えておいてよ」


 ファルサは心底うんざりした様子で、水晶玉――連絡玉の声を遮り返事をする。


『かしこまりました。では、そのように伝えておきます。それと私の名前はタルトちゃんではなくアスタルトです。いい加減その変な呼び方はやめてください。パワハラで魔王様に訴えますよ』


「あー、それで降格できるならいい案かもしれないね。是非とも魔王様に訴えておいてよ、タルトちゃん」


『――ッ! とにかく早く魔王城に向かってください。私はミラージュ様と違って忙しいのでこれで切りますよ』


 連絡玉の輝きが消えて、部屋には静寂が訪れる。

 ファルサはため息と共に連絡玉をローブの中に仕舞い込むと、入れ違いの様に一枚の仮面を取り出して、自身の顔に着け始める。


「タルトちゃんも、もう少し融通を利かせてくれたらなぁ。でも、僕の代わりに仕事をしてくれているのは事実だし、今度お詫びに美味しいイチゴタルトでも差し入れるかな。それにしても……何でこんな事になったんだろう。最初はちょっとした生活費を稼ぐためだったのなぁ。……はぁ」


 ファルサは自身が魔王軍に入隊した当時の事を思い出し、更に深いため息を吐いた。

 元々は辺境の地で、親の残した財産を食いつぶしながら自由気ままに生きてきたが、そう長くは続かなかった。

 父親譲りの魔法の腕にはそれなりに自信があったので、生活の為に仕方がなく給料が良いと噂の魔王軍の門を叩き、ほどほどに暮らす予定だった。


「ちょっとした雑用とかそういう仕事で良かったのに、何で四天王なんてやらされているのかな。僕はどこで道を間違えたんだろう」


 そう愚痴をこぼしながら、ファルサは右手を宙に向かって構えると、突如として空間に裂け目が出来る。

 何ら気負う様子もなく、その裂け目に腕を入れると、中から身の丈以上の刃を持つ巨大な鎌と漆黒のマントを取り出し床に置いていく。


「半分人間だから正体をばれない様におかしな変装までしなくちゃならないし、気を使うだけで良い事なんてこれっぽっちもないよ。あ、そういえば仮面をつける前にレンズを取らないと」


 今度は着ていたローブを脱いで空間の裂け目に放り込み、代わりに先程取り出した漆黒のマントを羽織る。

 そして仮面を一度外してわきに挟み、自身の左目に指をいれると、透明で小さな凸レンズのようなものが指先にくっついてくる。

 非常に慣れた手つきで取り出したレンズを、今度はマントの中から取り出した容器へ丁寧に仕舞い込む。

 レンズを外した左眼は燃え上がる様な赤い瞳で、右眼は全てを飲み込むような黒に染まっている。


「このカラーレンズも、もう少し融通が利けばいいのに。黒目を隠せるカラーレンズの技術、宮廷魔道士の誰かが開発しないかな」


 更に愚痴をこぼしながら仮面を着け直すと、右眼側の隙間は埋められているのか、瞳の様子が確認できなくなった。

 仮面の右半分は笑ったような表情、左半分は泣いているような表情をしており、身に着けた漆黒のマントや身の丈以上の大鎌と合わさると、道化なのかはたまた死を司る神なのか、非常に複雑な見た目と言えるだろう。


「準備も出来たし、そろそろ行くか。ゲート!」


 ファルサが再び右手を宙に差し出すと、先程よりも大きな空間の裂け目が出来上がる。

 床に置いていた大鎌を左手で軽々と持ち上げると、そのまま中へと歩を進め、全身が入り込む。

 同時に、ファルサの体は空間の裂け目と共にこの場から完全に消え去った。


「ファル兄! 遊びに来たよー!」


 ファルサの姿が消えた直後、ユリアがノックもせずに部屋へと飛び込んでくる。

 後ろにはゼノビアとパルミナも続いており、二人も少し遅れて同じ様に入室した。


「あれー? ファル兄はお出かけかな? てっきり部屋に籠っていると思ったのに」


「それよりもユリア! 部屋をこっそり覗くんじゃなかったのか! それをノックもせずにいきなり飛び込む奴があるか! ん? ファルサ殿は不在なのか」


「もうー、二人とも勝手に入って怒られても知らないわよ。……あら? ファルサ君はいないのね」


 三人は部屋の中をキョロキョロと見渡すが、当然そこにはファルサの姿はない。

 ベッドの下やクローゼットの中まで確認して、本人がいない事がわかると、そそくさと部屋を後にする。

 そうしてドアが閉まる音と共に静寂が訪れ、翌日の朝陽が昇るまでの間、この部屋の主と化すのだった。



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