甘えん坊な勇者様の弱点
「さあ、ボクに納得のいくような説明をしてもらおうかな、ファル兄?」
ゼノビアが気を失っているという事で、一旦宿に戻った四人だが、ユリアの怒りは収まらずにファルサの部屋で尋問が開始された。
時刻は既に夕方過ぎ、もう少しで夜に差し掛かると言ったところだろう。
パルミナは女性陣の部屋で気絶したゼノビアの様子を看ている為、ここにはユリアとファルサの二人しかいない。
「はぁ、僕達は何もやましい事なんてしてないよ。さっきは……ゼノビアがどうやら舞い上がっちゃったみたいでね。僕も予想外で驚いているんだよ。本当に、ただそれだけだよ」
ファルサからするとバレッタをプレゼントしただけで気絶されてしまったので、説明もなにも出来る訳がない。
しかし、ユリアはどうにも納得できないのか、追及の手を緩めるつもりはないようだ。
「いーや、絶対にファル兄が何か余計な事をしたに決まっているよ。大体、ファル兄は無自覚に女の子を弄ぶような行動をする時が多いからね! ボクが知っているだけでも、王女様の時もそうだったし、あの後輩の魔導士の子もそうだったし、他にも……ああ、なんか思い出したら余計に腹が立ってきたよ! ファル兄の天然女たらし! すけこまし! 女の敵!」
ユリアはファルサの今までの行動を振り返り、余計に白熱して居る様にも見える。
ファルサとしてはそろそろお小言を終えて貰わないと、今度はタルトちゃんからもお小言を貰う羽目になるな、と一人別な事を考えていた。
「ん、んん、ユリア、ちょっといいかな?」
ファルサは軽く咳払いをすると、真っ直ぐにユリアの瞳を見つめて問いかける。
「な、なんだい、そんな真剣な顔をしたって、ボクはそう簡単には騙されないからね! ファル兄の女を落とす手口なんてお見通しだからね!」
ファルサとしてはそのような手練手管を見せたつもりはない、と心の中で反論するものの、話が長くなるのでそこには触れないで話を進めるようだ。
「ユリア……実は僕からのプレゼントがあるんだけど受け取ってくれないかな? 君のウサギの様に愛らしい髪に似合うような、東方製の銀細工で出来た耳飾りなんだけど……。ほら、先端に小さなサファイアも付いているし、青色が好きなユリアにぴったりじゃないかな。それにこれを着けたユリアは一層魅力的に見えるはずだよ。きっと、今までよりも大人っぽく周りには映ると思うけど……どうかな?」
ファルサの得意技、とりあえず物で誤魔化す作戦が発動する。
この男のセンスは無駄に一流で、相手に合う品を見繕う能力が異常なまでに高い。
先程、商人からおまけで貰った品の中から、瞬時にユリアが似合いそうな物を選び出し、美辞麗句並べながら手渡した。
「う、うー、ううー、またそうやって……そうやってファル兄は……ファル兄は……ううう、騙されるなボク、これはファル兄の作戦だ、簡単に騙されちゃだめだ」
言葉とは裏腹に、頬を赤く染めあげてもじもじと体を揺らし始めるユリア。
当然、必要な事なら効率的にこなすファルサとしては、ここが攻め時だと判断し畳み掛けていく。
「僕はそんな不誠実な人間じゃあないよ。ただ、純粋にユリアに似合うと思ってそれをプレゼントしたんだ。どうしても嫌なら残念だけど、捨ててくれても構わないよ」
半分魔族のこの男は確かに人間ではないかもしれないが、それよりも言葉の中に嘘が入っていない事が、余計にタチが悪いと言えるだろう。
実際はゼノビアのバレッタを買った時のおまけで貰った品なのに、先程の言い方だと、まるでユリアの為に選んできたかのように聞こえてしまう。
嘘と言うものは全てを嘘で固めるよりも、多くの真実の中に都合が悪い部分を紛れ込ませておく方が相手にばれにくい。
どうやらファルサはその辺りを自覚しているのか、はたまた無自覚なのか、しっかりと徹底しているようだ。
「買った」とか「選んだ」などの嘘になる言葉は一切使っていないので、勝手に相手が誤解している状況が生まれているだけなのだ。
「ボ、ボクはそんな事をするはずがないじゃないか! でも、せ、せっかくファル兄がボクの為に選んで買ってきたなら……まあ今回は許してあげるよ。これで上手く騙せたなんて思ったら大間違いだからね! その心意気に免じてボクの方が折れてあげている事を忘れない様に!」
そう言いながらもユリアの表情はだらしなく緩んでおり、手の中にある小さなサファイア付きの耳飾りに夢中の様だ。
ファルサは何とか誤魔化しきれたことにホッと息を吐き、一人になれるようにユリアに提案する。
「ふぅ、まあ何はともあれ許して貰えたようで何よりだよ。僕はこれからいつもの様に部屋に籠るから、ユリアも自分の部屋に戻りなよ」
「……どうせまたこっそり抜け出す気だろうけど、今日のボクはとても寛容だからね。大人しく言う事を聞いてあげるよ。でも、一つだけ条件があります!」
ユリアは人差し指を立てて、ファルサの顔を見上げている。
「条件? 僕に出来る事なら構わないけど、何かあるのかい?」
ファルサは何のことかわからないといって表情で聞き返すと、ユリアはふふんと鼻を鳴らして、部屋のベッドに腰を掛ける。
「さ、ファル兄、こっちにきてこの耳飾りをボクに付けておくれよ。それで今日の事は水に流そうじゃないか」
ポンポンと自身の隣を叩くユリアに、ファルサは呆気にとられながらも、やがて苦笑して、その場所にゆっくりと腰を下ろす。
「ユリアの甘えん坊はいつになったら直るのかな。これが選ばれし勇者様だなんて、きっと誰も思わないよ」
「んもう! ファル兄は一言余計なんだよ! ほら、早く、早く。ファル兄だって時間がないんでしょ? ボクはなんでもお見通しだからね。ボクをちょっと甘やかすだけで、お釣りが返ってくるなら儲けものでしょ?」
流石はユリア、中々に勘がするどいな、とファルサは感心すると同時に感謝もしていた。
ユリアは先日の一件からファルサの夜の行動については色々と気にしてはいるものの、無暗に踏み入れてはいけない事だと判断し、今回もこうして甘やかす事で不問にする。
おそらくはユリアなりのファルサへの気遣いでもあるし、当然、自身が甘えたいだけというのも偽らざる本心なのだろう。
「ふう、どうやらユリアには敵わないみたいだね。それじゃあ……こっちにおいで」
ユリアの方に体を向けたファルサが手招きをすると、その胸元にユリアの後頭部がゆっくりと近づき、やがて完全に体重を預ける形になる。
そしてファルサは何度かユリアの頭を撫でてから、その小さくて可愛らしい両耳を飾り付けていく。
少々くすぐったいのか、ユリアは身じろぎしながらもファルサの腕の中に入り込んだままでいる。
「ひゃう、流石に……耳は……ひゃん! 耳はちょっと失敗だったかな……。くすぐったいよう、あうう」
「ちょっとユリア、あんまり動かれると付けられないよ。もう少しジッとしてくれないかな」
「そうは言っても……ぁん! ……ん、んん、ふぁ、ふぁるにい、そこは……あん、らめぇ」
ファルサの指先が耳に当たる度に、ユリアは小さな悲鳴をあげて体を震わせるが、わざと抵抗しているつもりはないようだ。
どうやらユリアは耳に触れられると弱いらしく、その口から漏れ出る音は、段々と艶めかしい声に変化し始めている。
他人が聞いたら間違いなく誤解をされるような声を出すユリアと、一刻も早く移動をするために集中しているファルサ。
両者の頭の中で考えている事は、全くの別物なのだが、互いにそれを理解する機会が訪れる事はないだろう。




