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デュアルライフ~昼は勇者パーティ、夜は魔王軍~  作者: 赤鳩瑛人
第一章・地方領主編・魔族交渉編
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金色の草原と碧銀の蝶々

 食べ歩きも一段落した二人は、ダメ元ながらも露店の散策を再開し、まだあまり目を通していない方面へ足を運ぶ。


「この辺りは細工物が多いみたいだね。東方の物も多く入ってきているけど、どれも質は高いみたいだ」


「ふむ、確かに王都の店に並んでいてもおかしくない程の品質だな。こう言っては失礼だが、とても露店に並ぶ品物とは思えんが……」


 ファルサが感心したように露店に並んでいる商品を眺めて呟くと、それにゼノビアも同調する。

 ゼノビアは貴族令嬢なので当たり前なのだが、二人とも工芸品や芸術品などの造詣も深く、特にファルサに関しては、王都に住む一部蒐集家の間ではファルサの認めた品は次の流行になるとまで言われているほどだ。


「おう、にーちゃん、にーちゃん、そう、そこの別嬪な彼女を連れている黒髪の、にーちゃんだよ!」


 いくつかの店を眺めながら歩いている二人に、露店の商人から声がかかる。

 ゼノビアは貴族の生まれで、その肌や髪は非常に良く手入れをされている。

 騎士であるが故に生傷は絶えないのだが、回復魔法で治して痕を消し、荒れてしまわない様に肌や髪へのケアは淑女として欠かしたことはない。

 他人から見た場合のゼノビアは、物語に出てくるような凛々しくて美しい、高貴な女騎士と言っても差し支えないだろう。


「どうする? 装飾品が多いみたいだけど、ちょっと見せてもらおうか?」


 ファルサがチラリと露店の商品を確認する限り、銀細工の髪飾りや首飾りなど女性向けの物が殆どだ。

 おそらくは隣にいるゼノビアへのプレゼントとして買わせる魂胆なのだろうと、ファルサは極々冷静に考えていた。

 そして決定権は男である自分ではなく、女であるゼノビアにあると判断し、その答えを委ねる。

 勿論、ゼノビアが興味を持っている場合も考慮して、ある程度前向きな言葉を添えるのも忘れないのが流石と言えるだろう。


「別嬪……彼女……はっ! う、うむ、もう少しだけ時間もあるようだし、最後にこの店を見て終わろうか」


 時刻は既に夕方に差し掛かり、周囲の風景は茜色に染まりつつある。

 ユリアの性格を考えても、夕食に遅れる事はまずありえないので、宿に戻るにしてもいい頃合いだろう。

 しかしゼノビアは彼女扱いされて少し舞い上がっているのか、気を良くして商人の言葉に乗せられてしまう。


「よっしゃ! 決まりだな! 今流行の東方由来の銀細工ばかりだよ! その辺の工房じゃ作れないような物ばかりだ。さあ、さあ、手に取ってじっくり見ていってくれ」


 ゼノビアが了承したことで、商人の言葉も軽快になり、ここぞとばかりに商品を薦めてくる。

 確かに細工技術は相当高い、とファルサは心の中で頷いた。

 最近は東方、東の地と呼ばれる遠く離れた国や地域に由来する品が流行となっている。

 これは、冒険家マルコが記した「イル・ミリオーネ」と言う旅行記が、王都の貴族を中心に関心を集めたのが切欠だ。

 マルコが東方で見た物の数が百万を超え、その中でも選りすぐりの情報が本に書かれていると言われているが、真偽のほどは定かではない。

 ただ、この本が広まるのと同時に商人たちがこぞって東方へ赴き、貴族を中心に東方由来品を広め、こうして露店に商品が並んでいるような今の状態にまで流行は続いている。

 貴族の好事家から始まり、更には平民が手を出す露店にまで広まっているという事は、それだけ人々の心を惹きつけている証左でもある。


「流石に言うだけあって、どれも素晴らしい出来だね。これだけの品をどこから手に入れたのですか?」


 ファルサは露店の商人に向かってそう尋ねると、商人は顔を近づけ周囲に声が漏れないように答えを告げる。


「いやね、実は最近領都で大手の商会が潰れて、そこの在庫が二束三文で買い叩かれたみたいでさ、こうやって本来じゃあ、ありえないくらい安く手に入ってわけでね。どうやら領主の注文で東方由来の製品をそこら中からかき集めていたのに、突然他の商会を利用するとかでおじゃんになったって話でさ。なにやら他の商会と領主が結託して潰したって噂で領都は持ちきりだったからね」


 商人の言葉を聞いて、チラリと銀細工の値札を確認すると、確かに相場よりもかなり低く設定されている。

 広場を周ってみていた時も、随分と東方由来の品が多いと感じたが、そういう訳だったのかと、ファルサは一人納得する。

 しかし、これから領都に行って噂の領主と顔を合せるのだが、どうやら面倒くさい事になりそうだなぁと、ファルサはため息を吐いた。


「おいおい、にーちゃん、折角彼女といるんだから、そんな辛気臭い顔をしないで、ほら選んだ、選んだ」


 内心が表情に現れているのか、商人に注意を受けてしまい、ファルサは慌ててゼノビアの方を確認すると、当の本人はジッと一つの商品を見つめていた。

 ゼノビアの視線の先には銀で出来た髪飾り、いわゆるバレッタがあり、並んでいる商品の中でも一際、美しい輝きを放っていた。


「ちょっとそれ、手に取っても構わないかな?」


「ん? 勿論でさ、どうぞ、どうぞ」


 ファルサが商人に確認してからバレッタを手に取り、その細部までじっくりと眺めて始める。

 ゼノビアは少し驚きながらも、視線はバレッタに向いており、そのままファルサの方に動いていく。


「んー、蝶をモチーフに作られているみたいだけど、截金文様でとても仕事が丁寧だね。それに羽部分へ着色された碧色が銀と相まって綺麗で、かなりの一品だね。……うん、これを一つ頂こうかな。お金はこれで足りますよね?」


 そう言ってファルサは金貨をいくつか商人に手渡し、そのバレッタを購入する。


「ちょっとお兄ちゃん、これだと多すぎるよ。この枚数ならそのバレッタがもう二つは買えるじゃねぇか」


 金貨の枚数を確認した商人は驚きの声を上げ、ファルサに向かってそう告げた。

 商人にしては随分と正直者だな、とファルサはクスリと笑いながら、改めて言葉を返す。


「僕の見立てでは、ここにある銀細工の中でもこのバレッタは特に名品で、それだけの価値があると思ったんですよ。それに女性へのプレゼントならお金をケチっても仕方がないでしょう?」


 ファルサがそう、あっけらかんとした態度で告げると、商人の方は驚いて目を見開き、やがて笑い声を上げ始める。

 ゼノビアの方はファルサの行動に唖然としていて、言葉を発せないようだ。


「はっはっは、確かにそうにちげぇねぇや。兄ちゃんは中々わかっているみたいだな。ただ、値段をつけたのはこの俺だ、流石に貰いすぎってもんだから……よし、この銀の首飾りと耳飾り……おまけにコイツも持っていきな。いらない、だなんて野暮な事は言わないでくれよ?」


 ニヤリと笑いながらファルサへ他の品物を幾つか押し付ける商人と、苦笑しながらも受け取るファルサ。

 どうやらこの商人は中々良い性格をしているようだ。


「それじゃあ、ありがたく頂いていきますね。……ゼノビア、ぼうっとしてないでそろそろ宿に戻るよ。」


「ふぇ? あ、ああ、そうだな、そろそろ行こうか」


 気の抜けた声を出しながら、ゼノビアは慌ててファルサの後を追いかけ始める。


「にいちゃんに嬢ちゃん、これからも仲良くやるんだぞー!」


 商人は大声を上げて二人の背に向かって囃し立てると、ファルサはお馴染みの少し困った顔をし、ゼノビアも普段と同じく照れて頬を染め、ぶつぶつと何かを呟き始めた。


「ゼノビア、ちょっとこっちにきて」


 広場から離れて数分後、ファルサは人通りの少ない小道へとゼノビアを誘い出す。

 ゼノビアは何のことかわからないと言った様子で、疑問を浮かべながらも素直にファルサの指示に従い、小道へと入っていく。


「ほら、せっかくだからさ、さっきの髪飾り、着けてみようよ。僕からのプレゼントだよ」


 ファルサは先程購入した銀細工で出来たバレッタをゼノビアに見せ、少し悪戯めいた顔で提案をする。


「ま、まってくれファルサ殿。た、確かにそのバレッタは私が見ていたものだが、しかし、こう、その、なんだ、貰い物をされるような謂れは無いと言うか、私たちはそういう関係ではないと言うかだな。こういう時は、互いの両親にきちっと挨拶をして、両家の関係を良好にしてからでないと、後が大変で……」


 突然の出来事にわけのわからない事を捲し立てるゼノビアだが、ファルサは気にせず再び声をかける。


「ゼノビア、これは僕が君の髪に似合うと思って買ったんだ。だから、難しい事は考えないで、ここは仲間として貰ってくれないかな? それとも僕の事は仲間と思ってくれてなかったのかな。もし、そうだとしたら残念だよ」


 ファルサがわざとらしい位に落ち込んだ振りをすると、ゼノビアは慌てて訂正を開始する。


「い、いや、そんなことはない! そんなことはないぞ! うむ、仲間だしな、私たちは仲間だからこれくらい普通だな。うん」


 そうゼノビアが答えると、ファルサはそのままゼノビアの後頭部へ手をやり、慣れた手つきで髪留めを外していく。


「っあ、しょ、しょんな……急に……」


 ゼノビアが随分と可愛らしい声を上げると同時に、後頭部の高い位置で一つに纏められていた髪がおろされて、金色に輝く長髪がサラサラと風に靡いていく。

 先程までは騎士然とした凛々しさのある仔馬の尾を模した髪型だったが、こうして髪をおろすことで女性らしさが増し、鎧姿でさえなければ正に貴族の令嬢といった様相だ。

 いや、今の状態ならば姫騎士などと例えても、そうおかしくはないだろう。


「これでよし……と。うん、似合っているよ、ゼノビア」


 髪をトップからサイドにねじらせて、耳の近くでバレッタを留めると、ファルサはご満悦そうに頷きながら、ゼノビアの髪から手を離す。


「う、ふぁ、ふぁるさどにょ、しゃ、しゃしゅがにきゅうすぎるりゃよ」


 ゼノビアの顔はリンゴの様に赤く染まりあがり、口元はぱくぱくと開閉し、呂律も回らなくなるくらい動揺しているようだ。


「まあまあ落ち着いて。はい、この鏡で確認してみてよ。僕にしては中々の出来だと思うんだよね」


 そんなゼノビアの様子もお構いなしに、ファルサは懐から手鏡を取り出すと、ゼノビアに髪型とバレッタを確認するように促した。


「う、うう、わ、わかった、確認する、確認するから」


 興奮冷めやらぬ様子ながらも、ゼノビアは手鏡を使って自身の髪型をチェックする。

 鏡の中では一匹の蝶々が、銀と碧の羽を輝かせながら、黄金色の草原を優雅に飛び回っていた。


「どうかな? ゼノビアの金色の髪なら、銀と碧はとても良く合うと思ったんだけど……」


 鏡を見て固まるゼノビアに、改めて声を掛けるファルサ。


「あ……その……凄く、凄く、嬉しい。ファルサが……私の為に選んでくれたことが何よりも嬉しい。勿論、この銀細工も素晴らしいが、私の髪色まで気にかけてくれたことが嬉しいんだ、本当に、本当に、嬉しいんだ」


 感極まった様子で、呼び方まで変わってしまったゼノビアは、潤んだ瞳でファルサの顔を見つめながらそう告げる。


「そこまで喜んでくれたなら僕も嬉しいよ。これからもよろしくね、ゼノビア」


 そう言ってファルサはゼノビアの頭に手を伸ばして、その金色に輝く頭を撫でる。


「あ、ああ、ふぁあ、ふきゅうううう」


 ゼノビアが変な声を上げたと思ったら、ぷっつりと糸の切れた人形の様に、そのままファルサの胸にもたれかかってくる。


「ちょっと、ゼノビア? ゼノビア?」


 ファルサは胸元にいるゼノビアを揺すって声を掛けるが、完全に気を失っているようで、返事がない。

 どうしたものか、とファルサが思案し始めると同時に、背後から恐ろしく冷たい声が響き始めていた。


「ふぁーるーにーいー! こんなところで、何をやっているのかなー? ボク達が目を離している間に! 人気のない路地裏で! ゼノビアと密着して! 何をしているのかなー? ボク達にもわかる様に教えて欲しいよー?」


 ああ、振り向きたくない、絶対に振り向きたくない、とファルサは心底思うのだった。



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