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デュアルライフ~昼は勇者パーティ、夜は魔王軍~  作者: 赤鳩瑛人
第一章・地方領主編・魔族交渉編
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幻影軍のぼっち四天王

 上半身裸の変態仮面――もといミラージュ――は、アスタルトが部屋から出ていくのを確認すると、服を着直して黒いマントを羽織ってから、執務室へと転移する。

 執務室には数名の部下が書類仕事に追われていたが、ミラージュの姿を確認すると、皆立ち上がり、敬礼を行う。


「あー、そのままで構わないから楽にしてくれ。これからアスタルトと魔王城へ向かうので、もうしばらくは頼んだぞ」


 ミラージュは鷹揚な態度で部下たちを座らせて、自身の席についてアスタルトの到着を待つ。

 部下たちは固い口調で各々返事をしながら、それぞれの仕事に戻っていく。

 気まずいな、とミラージュは仮面の下でおそらく渋面を浮かべながらそう思っていた。

 決して不機嫌という訳ではなく、単純にこの部屋の空気に耐えらないのだろう。

 ミラージュとアスタルト両者が不在の時以外に、この執務室で仕事をするものはいない。

 その上、ミラージュ自身があまり部下と交流がなく、主な指示はアスタルト――及び幻覚魔法で作り出したミラージュ――が行う事が多い。

 また、幻魔族という少数魔族のミラージュに対して、幻影軍の兵士の多くはアスタルトと同じく、銀色の角を持つ悪魔族中心で構成されている。

 基本的に魔族は種族同士で固まる事が多く、積極的に他の種族と交流を持とうとする者は少ない。

 更にミラージュは彼ら、彼女らにとって四天王という雲の上の存在だ。

 しかも次期四天王と目されていたアスタルトを押しのけて抜擢された、言わば外様の魔族である。

 そのような事情も重なり、ミラージュはアスタルト以外とは未だ気軽に話せていない。

 そして執務室にいる部下たちも、緊張気味で仕事をしている為、部屋の中の空気は重苦しいものとなっている。


「お待たせしました。準備が整いましたので、さっそく向かいましょう」


 しばらく続いた張りつめた空気を、まるで洗い流すかのような天使の声、ミラージュはアスタルトが執務室に戻ってきた瞬間にそう感じていた。

 五分か十分か、それとも一時間か二時間か、そんな感覚がわからなくなるほど、ミラージュは気まずさを覚えていたのだ。


「うむ、それでは早速向かうとしよう、アスタルト、ここへ」


 ミラージュは威厳のある声でアスタルトを呼び、またアスタルトも素直に従ってミラージュの下に歩を進める。

 今は二人とも部下の手前であるという事を理解し、いつもの様な無駄口は一切ない。

 ミラージュは傍に寄ってきたアスタルトの小さな手を掴むと、空いた右手で空間に裂け目を作り出した。

 ひんやりしていて気持ちがいいな、と決して本人には言えない、言ったとしたら激昂されるような事をミラージュは思いながら、二人そろって魔王城の自室へと転移する。


「そろそろ離してください。あまり長い時間触れられていると、肌が荒れてしまいます」


 魔王城にあるミラージュの居室に到着するやいなや、アスタルトの冷たい声が部屋の中に響き渡る。

 先程まで、ミラージュの全身に触れていたはずなのだが、そんな事実はなかったと言わんばかりの態度だ。


「ん、ああ、ごめんごめん。さっそく魔王様の所に向かおうか」


 一方のミラージュはそんな態度に慣れた様子で、特に気にすることもなくアスタルトの手を離すと、部屋のドアに向かい歩き始める。

 アスタルトもその後に続き、二人は魔王の下へと向かう。


「……ところで、魔王様の居場所はご存じなのですか? 手紙はまだ私が預かっているのですが」


 迷いなく進むミラージュに、アスタルトはそう問いかける。


「んー、多分だけど魔王様の自室かな。僕とタルトちゃんの二人を呼び出したんだし、何となくそんな気がするんだよね」


 魔王の自室は、前回ミラージュが呼び出された場所だ。

 他の面々が同席するならば話は別だが、自分たちが相手なら一番気楽に話せる場所だろうと、ミラージュは考えていた。


「……その通りです。随分と魔王様の事を理解されているのですね」


 平坦な口調でアスタルトは返事をする。

 その紅い瞳は、ミラージュの背を見つめたままだ。


「うーん、まあ、魔王様とはそれなりに付き合いも長いからね。何だかんだお世話になっている訳だし」


 四天王に抜擢したのが魔王なのだが、それ以前からも魔王はミラージュに目をかけていた。

 付き合いが長くなると、それなりの関係になるのは当然なのだが、ミラージュはそれでもサボりの口実を探すために、居場所に気がつかない振りをしたりもする。

 今回はアスタルトも伴っている為、いつもよりは真面目に仕事をするようだ。

 自分一人ならまだしも、アスタルトの足を引っ張るような真似はしないのだろう。


「そうですか。それよりも……執務室に入った時の空気はなんですか。まだ部下と交流が図れていないのですか」


 自分から聞いておいて興味なさげといった様子のアスタルトは、話題を変えて執務室での一幕について聞き始める。


「いやー、どうにも気まずくてね。何とかしようとは思うけど……中々ね」


 アスタルトを押しのけて四天王になった事も原因なのだが、流石に本人に言うのも憚られるため、ミラージュは濁して言葉を返す。


「あの光景を見た時、皆がミラージュ様をいない者として扱っているのかと思いましたよ。流石は幻影ですね、存在感まで幻の様です」


 いつもより辛辣なアスタルトが、ミラージュの心を抉る一言を飛ばす。

 幻影軍のトップであり、戦場ではそれなりに活躍を見せているミラージュだが、事務方の兵士との交流はかなり少ない。

 その為、城の中ではその見た目以外は、存在感が薄いとも言える。


「そんなうまい事言わないでよ、結構気にしているんだからさ」


 肩を落としながらも、とぼとぼと歩き続けるミラージュと、相変わらず無表情のままその背を追うアスタルト。

 そうして歩く二人の様子は、どこか距離が遠いような、それでも近いような、不思議な雰囲気を醸し出していた。


「お、ミラージュのダンナ……とアスタルトの嬢ちゃん、魔王様に御用ですかい。態々ご苦労なことで」


 二人が無言で歩き続けて魔王の自室に着くと、二名いる見張りの内、片方が気さくに声を掛けてくる。


「やあ隊長さん、ご苦労様です。それと……そっちの君、この間は悪かったね」


「どうも、お疲れ様です」


 声を掛けてきた兵は、牛の様な顔をしており、数多くの傷跡がある歴戦の兵と言った風貌だ。

 隊長さんと呼ばれた彼は、魔王直轄の親衛隊の隊長であり、ミラージュの数少ない、軍の中での友人とも言える存在になる。

 長期間、魔王軍に在籍し部下たちからの信頼も厚く、当然、魔王にも重用されている。

 魔王軍内での地位としては四天王の方が高いのだが、それでも魔王や四天王が下にも置かないだけの貫録と実力を備えている。

 本来であれば、部屋の見張りなどは部下に任せる仕事なのだが、彼自身が希望して、時間があるときはこうして出張っている。


「は、はっ! この間は大変失礼致しました! 四天王のミラージュ様とはつゆ知らず、無礼な態度をとってしまい申し訳ございません!」


 もう片方は、前回気絶してしまった新米兵士だ。

 どうやら事前にミラージュが来ることを聞かされていたのか、前よりは落ち着いているようだが、それでも興奮気味でその声量はかなりのものだ。

 ミラージュの後ろにいるアスタルトの眉間には皺が寄っている。

 彼女は騒がしいのが嫌いで、静かに過ごすのが好きなのだ。


「あー、うん、別に気にしてないから、落ち着こうよ。僕達はよく魔王様に呼び出されるから、覚えておいてくれたらそれでいいよ」


 前回以上に、ミラージュの対応は柔らかくなっている。

 魔王や隊長との関係がある為、親衛隊の面々に対しては割と気が緩むことが多いようだ。


「ははー! ありがたき幸せに候! どうぞ、魔王様がお待ちです。四天王ミラージュ様と副官のアスタルト様のおな~り~!」


 若干、可笑しな言葉遣いになりながらも、新米兵士は魔王の自室のドアを開け、二人を中へと促す。

 ミラージュは仮面の下でおそらく苦笑しながら、アスタルトは暑苦しくてうんざりといった表情で、入室する。




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