勇者パーティの日常
辺り一面に広がる黄金色、収穫の時期を迎えた小麦が風に吹かれて寂しく揺れている。
畑の中を見渡しても、刈り取りを行う人間の姿はどこにも見当たらない。
この村の特産品でもある小麦の収穫、それは村人の生活の根幹を担っている。
麦を刈取り、実を取り出し、風車で粗挽きをして小麦粉にする。
そうして出来た品は行商人の手で買い付けられてお金になり、そして生活に必要な品へと交換される。
この長閑な村では、質素ながらも平和な生活を先祖代々続けている。
そんな農村の外れでは、長閑な雰囲気には似つかわしくない、激しい戦いの音が鳴り響いている。
「この醜い豚どもめ! 貴様らオークなど一匹たりとも逃しはせんぞ」
鎧姿に剣を持つ女騎士ともいうべき風貌の女性が、オークと呼ばれた豚顔の化け物を切り付けながら怒声をあげる。
「ゼノビア、ちょっと前に出過ぎだよ! もう少し纏めて引き付けないと、魔法で一掃できないじゃないか。確かにボクもオークは嫌いだけど、少し落ち着いてよ」
女騎士――ゼノビアに注意を向ける少女は、一見少年とも見紛いそうになる中性的な顔立ちをしている。
「すまん、ユリア。こいつらを見ると、どうしても頭に血が上ってしまう」
ゼノビアは中性的な少女――ユリアに謝罪をすると、鋭い剣筋でオークたちを切り裂きながらも、後退をしてユリアの横に並び立った。
数十匹のオークたちが二人の少女に群がっていき、少女達の体を舐め回す様に見つめている。
「ファルサ殿! まだ魔力が練り終わらないのか。下卑た目で見られて気味が悪いぞ」
「ボクも限界だよー。ファル兄、早くしてよー」
二人の少女はもう限界といった様子で、後ろに控える黒いローブを羽織った人物に催促する。
「二人とも待たせてすまない! 準備ができたから離れてくれ!」
黒いローブを身に纏う魔法使い風の男――ファルサの両手には炎が纏わりついている。
少女たちは後ろに飛び下がると同時に、その炎はオークの群れへと襲い掛かる。
「すべてを焼き尽くせ、ファイヤーストーム!」
数十匹の群れが一瞬で炎の嵐に包まれて、オークたちは身を焦がしながら断末魔を上げていく。
豚肉を焼いたような香ばしさが辺りを包みこむ頃には、オーク達は微動だにしなくなっていた。
「お二人とも、少し怪我をされているようですね。ヒール!」
ファルサの傍らに控えていた修道服の少女が、先程までオークの群れと戦っていた少女二人に魔法を唱えると、二人の傷はみるみる塞がっていった。
「さすが教会の聖女様の回復魔法だよ。これならいくら怪我をしても安心だね」
「うむ、流石はパルミナ殿だ。傷の治る早さが桁違いだ」
「うふふ、お二人ともほめ過ぎですよ。それに私の事よりも、ファルサ君のおかげで楽にオークを殲滅できましたね」
修道服の少女――パルミナはおっとりした笑い声をあげると、ファルサの方へ顔を向ける。
「僕も大したことはしてないよ。パルミナが結界魔法で守ってくれて、ユリアとゼノビアがオーク達を引き付けてくれたおかげさ。一人じゃおちおち魔力も練られないよ」
「それでもファル兄の魔法は本当に凄いよ! ボクも魔法の訓練は頑張っているけど、とてもじゃないけど敵わないよ!」
「うむ、王宮でもファルサ殿の評価は非常に高いぞ。若くして宮廷魔導師筆頭まで上り詰めた魔法の天才だという噂で持ちきりだ」
ファルサは謙遜して答えるが、ユリアもゼノビアも尊敬の眼差しでファルサを褒め称える。
どうにも褒められると居心地が悪いのか、ファルサは頭をがしがしと掻きながら、話題を変えようとする。
「それよりも、これで村の人たちも小麦の収穫ができるだろうね。収穫の時期が終わる前にこの村に来られて良かったよ」
「確かにそうだね。ボク達のおかげで収穫が出来るわけだし、曳きたての小麦で作ったパンを食べさせてもらおうよ」
ユリアが少しおどけた態度で三人に提案をする。
この長閑な村はオークの襲来によって小麦の収穫が出来ずに困っていた。
今年の収穫は絶望的かと思われた矢先、四人が偶然村に訪れて討伐に名乗りを上げたのだった。
「勇者として当然の事をしただけだから、調子にのるな」
ゼノビアがユリアの額を指で小突く。
当然、いつもの冗談だとわかっているので、その力はとても弱いものだ。
「うわーん、パル姉。ゼノビアがいじめるよー。ボク頑張ったのにー」
当のユリアは更に悪ふざけをして、パルミナの豊満な胸の間に顔をうずめて甘えだす。
「はいはい、ユリアちゃんは頑張ったわよね。よしよし」
三歳年下で可愛い妹のようなユリアの頭を撫でながら、パルミナは聖女の名にふさわしい、慈愛に溢れる笑みを浮かべている。
「あのー三人とも、そろそろ村長に報告にいかないか。村の人たちにオークの処理もお願いしないといけないし、早くしないと日が暮れるよ」
ファルサが呆れたような声で促し、ようやく三人は動き出す。
仲良しなのはいい事だけど、そう思いながらファルサは三人を先導するように歩を進めていく。
「ねえねえ、ファル兄。ボク、今夜はファル兄の部屋に泊まっちゃダメかな?」
道すがら、ユリアはあどけない顔でファルサの顔を覗き込みながら提案をする。
十六歳の少女の発言ではあるが、中性的な容姿と小柄な体躯の為、あまり違和感がないように見える。
「こ、こらユリア、男の部屋に泊まるなんてはしたないぞ! 淑女たるもの慎みを持て!」
ゼノビアが慌てた様子で窘める。
その頬には朱が差しており、この手の話題は苦手の様にみえてしまう。
「ゼノビアったらいーやーらーしーいー。ボクはただ、ファル兄がしている魔法の訓練を知りたくて泊まるのに、何を考えているのさ」
「わ、私は別に……違う、違うんだ」
ユリアがニヤニヤとしながら反論すると、ゼノビアは両手で顔を押さえて蹲ってしまう。
そんな様子をパルミナは微笑みを崩さず見つめ、ファルサはまた始まったかと一人嘆息をもらす。
「ユリア、あまりゼノビアをからうんじゃない。それに僕の訓練は他人には教えられないよ。こればっかりは勇者であるユリアにも内緒だからね。後、冗談でも女の子が男の部屋に泊まるとか、軽々しく言っちゃだめだよ」
「はーい、ごめんなさーい。ゼノビアもごめんね」
穏やかな口調でユリアを窘めるその姿は、他人が見たら歳の離れた兄妹に見えるだろう。
「二人とも、本当の兄妹みたいで羨ましいわ。私もファルサ君みたいなお兄さんが欲しいなぁ。ファルサお兄様ってお呼びすればいいのかしら?」
「私も! 私もファルサ殿が兄なら頼もしいぞ! ファ、ファルサ……兄上」
女三人寄れば姦しい、そんな東方の諺を思い出しながらファルサは再びため息を吐いた。
「とても魅力的な提案だけど、妹が三人もいたら僕の体が持たないよ。ユリアだけでも手がかかるのに、それ以上なんて考えたくないね。頼むから二人はそのままでいてくれないかな」
ユリアの様に子供っぽい容姿で甘えてくるならまだしも、パルミナやゼノビアが加わったら正気を保てる気がしない、そんな本音を隠しながらファルサは懇願する。
「えー、ファル兄はボクの事をそんな風に思っていたのかい。手がかかるって心外だよ。傷ついたボクの心はそう簡単に癒えないからね!」
「あらあら残念だわ。でも確かに妹が三人もいたら大変よね。それなら私がお姉さんのほうがいいかしら?」
「わ、私は妹でも姉でも……なんでも構わないぞ。も、もちろんファルサ殿が望むなら、よ、よよよ、嫁にだって……」
話が拗れに拗れていく中、気が付くと四人は村長宅の前まで着いていた。
これ以上相手にしていられないとばかりに、ファルサは三人を放置してドアを叩く。
「村長さーん、オークの討伐が完了したので報告に来ましたー」
家の中まで聞こえるように、ファルサは声を張り上げる。
あまり間を空けずに中からドカドカと足音が聞こえ、勢いよくドアが開かれる。
「おお! お待ちしておりました。さ、さ、中へどうぞ。詳しい話をお聞かせください」
恰幅の良い男性が、待ちきれないといった様子で四人を家の中へ招き入れる。
頭皮はやや薄く、年齢は五十前後に見える彼が村長なのだろう。
四人は促されるがまま家に入り、リビングと思わしき部屋のテーブルの前に並ぶ椅子に、それぞれ腰を下ろす。
奥からユリア、ファルサ、パルミナ、ゼノビアの順に座り、反対側に村長、村長夫人、息子夫婦の順に座っている。
「それでは報告させていただきますが、村外れに住み着いていたオークの群れは無事に殲滅できました。残党が残っているかもしれないので、数日は見回りをしてみますが、おそらくは問題ないでしょう。」
ファルサが代表して報告を上げると、村長たちからは一様に喜びの声があがる。
この村では小麦の収穫時期が来たというのに、オークが住み着いたせいでまともに進んでいなかった。
討伐するには村人には荷が重い、しかし冒険者を雇うには費用もかかる、領主に頼むには時間がかかる。
どうするべきか悩んでいたところ、勇者達が村に訪れたのは渡りに船を言えるだろう。
「ですがオークの死体が数十体、そのままの状態で放置してあります。村の皆さんには、その処理を手伝って頂きたいのですが……。アンデッド化する前にしっかりと死体を集めて、浄化をしないといけませんからね」
「もちろん、村の男衆が総出でお手伝いさせて頂きます。オークのせいで収穫が遅れていたのです。その原因を解決して頂いて感謝の言葉もありません。おい、明日の朝に村はずれに集合するように連絡を回しておけ」
村長はファルサの言葉に笑顔で答えると、息子へ連絡をするように指示を出し、息子も特に文句をいう訳でもなく、一礼をしてから席を立つ。
こうした小さな村では事前に連絡網が決まっており、大抵は一家の家長もしくは長男が連絡係となる。
「いやあ、助かりますよ、僕達のパーティは見ての通り女性ばかりでしてね。唯一の男である僕も見ての通り、力仕事はからっきしなんですよ」
ファルサは自身の白くて細い腕をローブの中から出して、苦笑しながら村長に礼をする。
実際にはそこまで非力という訳ではないのだが、そう言っておいた方が反感も少なくなるだろうと思っての発言だ。
他の三人はこういった機微に疎いため、交渉事などは勇者であるユリアではなくファルサが担当している。
「流石に美しい女性にオークの死体の処理をさせるのは忍びないですしな。見ての通りここは畑しかない場所でして、みな力仕事や汚れ仕事には慣れておりますからご安心ください。はっはっはっは」
村長は豪快に笑いながら言葉を返す。
本来はオークの死体の処理の手伝いなど、臭くて汚いだけで誰もやりたがらない。
しかし見目麗しい三人と、見た目は非力なファルサの組み合わせとなると、今までもこうして協力的になってくれる事が多かった。
男は美女を前にすれば寛容になるから楽でいいな、ファルサはそう思いながら話を続ける。
「それでは明日の朝に改めて案内しますね。作業中は我々が見回りを行いますので、ご安心ください。それとお願いついでに恐縮なのですが、曳きたての小麦で作ったパンを食べさせてくれませんか? どうもうちの勇者様が、この村の名産である小麦で作ったパンを食べたいみたいでして。成長期なのでチーズやミルクも一緒だと嬉しいです」
ファルサはわざとらしいくらい真面目なトーンで、お願いと言うには拍子抜けをする内容を口にする。
村長は一瞬、あっけにとられた顔をするが、すぐに笑みを受かべると、良く通る声をあげはじめる。
「はっはっはっは! 確かに勇者様は随分と小柄ですからな。沢山食べて大きくならないと魔王退治も出来ますまい。私からの感謝の気持ちという事で、今夜の食事は豪華にするように宿の主人へ伝えておきましょう」
昨夜の宿での食事はファルサにとっても、他のメンバーにとっても大変味気ない物だった。
オークが畑や食料庫を荒らす事が原因で、村全体が節制をしていた為だ。
群れを殲滅した以上、食事を少しは豪華にしてほしい。
しかしそれを自分たちから直接宿の主人に言うには角が立つため、ファルサは冗談めかしながらも村長を懐柔したのだった。
話のダシに使われたユリアは、頬を赤くしながらテーブルの下にあるファルサの足をげしげしと何度も踏みつけていた。
自身のパン発言が原因とはいえ、年頃の少女が食いしん坊だと思われるのは恥ずかしいようだ。
「もう、ファル兄のバカ、アホ、マヌケ。ボクは勇者なのに、変なイメージがついちゃうじゃないか」
隣にいるファルサに何とか聞こえる声で抗議を上げるものの、当のファルサは素知らぬ顔で村長と話を続けている。
ゼノビアは腕を組み、真面目な顔で話を聞いており、パルミナはにこにこと笑みを浮かべている。
勇者パーティは今日も平常運転だ。