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番外編 『ウユニで鯨狩り』

本編が間に合わなかったので番外編でお茶を濁してみる。

これもまだ完結の目処がたっていないので近々終わらせたいところ。

 何所までも広がる青空。

 何所までも広がる青い大地。

 鳥が空に羽ばたく。

 同時にもう一羽、青い大地の中を背面飛行で羽ばたいて行った。

 それは大地に映る、青空の裏側。

 世界に映る、もう一つの世界。

 青空と化した大地の水平線が、本当の青空と交わる世界。

 その境界線は曖昧で、不安定で、限りなく現実に近づく異世界。

 足元に映る僕達は、落ちて行く。

 青い、碧い、蒼い、空へ。

 真っ逆さまに。

 真っ直ぐに。







「かもめぇーはーひくーくーー」


 高く、調子っぱずれな歌声が青い世界に響く。

 白い大型ジープの屋根にオレンジ色のレジャーシートを敷いて寝ころぶ少年。

 白いシャツの袖と黒いスラックスの裾を捲り上げ、真っ白な肌を晒す少年は黒い上着を枕にし、サングラス越しに青空を見上げていた。

 雲一つない青空。

 心地よい風が少年の髪を、開いたシャツの襟をはためかせる。

 乱れた長い髪を少年は右手で弄ぶ。左手は頭の下へ、細く長い両脚は膝を立て組まれている。

 時たま組み替えられる脚は機嫌よく足首を揺らす。

 少年は裸足だ。

 陽気な日差しの下、青空ともジープとも対照的な赤毛がきらきらと煌めく。

 オレンジのレジャーシートよりも薄く、紅茶のダージリンよりも濃い赤毛。

 少年は寝転んだ状態で右腕を空へかかげ、その赤毛を透かしてみる。

 当然、サングラスを掛けている少年に己の髪の変化など判る筈もない。けれども、青空に透かされて、陽炎の如く黄金に揺らめくそれを、少年はサングラス越しでも知っていますよと言いたげに、うっとりと見詰める。


「ふぅーんふーふふぅーふぅんーー」


 先程よりも楽しげに弾む歌声は鼻歌になって、青い世界へゆったりと広がる。

 この青い世界を一人占めと言わんばかりの少年。

 そんな少年に、無粋にも声を掛ける男が一人。


「ここは海じゃねぇ」


 低く、落ち着いた声による指摘だ。

 少年は寝転んだ状態のまま、顎を上げ、首を反らし、視線を開いたボンネットへ向ける。

 上下逆さまの世界で、ボンネットは下に向かって垂れ下がっていた。

 フロント側に頭を向け寝転んでいた少年は、ボンネットを開け何やら作業をしている男へと声を掛ける。


「別にいーじゃん。似たようなもんでしょっ」


 ひひひと愉快に笑う少年の顔は、美少女と呼んで差し支えの無いものだった。

 そんな、女顔の赤毛美少年を開いたボンネットの先端から顔を半分覗かせて見詰める男。

 間違い無く背の高い事が分かる男は尚も真面目に指摘する。


「…琵琶湖を海だと言っている様な物だな」


 その発言に少年、山椿は薄い唇を尖らせ、おどけて答える。


「そーゆーランランは、水溜まりと湖を一緒にするのーー?」


 思いがけない反論に、ランランと呼ばれた男はふむと考え込む。

 数瞬の後、男は結論を出す。


「…取り敢えず、修理手伝え」

「やーなこったっぁーー」


 楽しげな笑い声が、ウユニ塩湖を駆けぬける。







 南米、ボリビア。

 ブラジル、アルゼンチン、チリ、ペルー、パラグアイに囲まれた多民族国。五つ以上の民族が混在しているとされる、世界で二十七番目に大きい国。


「ピンとこん」


 憲法上の首都スクレとは異なる事実上の首都ラパスは標高三千五百メートル、国内の国際空港に於いては標高四千メートルを越し、どちらの施設も世界最高標高を誇る。


「この辺は三千七百やったか?」


 公用語はスペイン、ケチュア、アイマラ、グアラニー。公用語以外としては三十以上の先住民の言語。


「どう見ても公用語が少数派だな」


 平均寿命は六十代半ば。男性六十代前半、女性六十代半ばから後半。平均寿命は年々上昇傾向にある。


「ウチらより高いな」


 スペイン植民地時代を経て、反乱・解放・独立・紛争・革命と戦争が絶えず、文化的にクーデターが頻繁に起こる。


「ヨーロッパと変わらん……てか、クーデターが文化って」


 修理にどんだけ時間掛けとるがけ。


「…だから手伝えやゆうとんがやけど」


 ランラン、男の子はそん位ぱぱっと出来んと。僕みたいに!


「だったらお前がやれ」


 ちょっ、止めて。レンチ投げんなま!






 

 車を運転していたら、急にボンネットから黒い煙が上がりエンジンが停止した。

 普通であれば発火の危険性もある状態で有る為、その場で下車し、ロードサービスに連絡後、レッカー車を大人しく待つのが一番である。が、場所が悪かった。

 ウユニ塩湖。

 正確には塩原であり、現地ではトゥヌパ塩原と呼ばれる広大な塩の大地。トゥヌパ山の麓に広がるそれは、過去、その場所に大量の海水に溢れていた事を意味する。

 現地の人々にとっては国内外における塩の産地として、今も尚、採取が行われている土地。

 その土地(世界の果て)でジープの修理に梃子摺(てこず)る男、関胡蝶蘭は開いたボンネットの縁に両手を置き、頭を沈め深く溜め息を吐く。

 お手上げである。


「これは運転しとったランランの責任やよねっ♡」


 喜色満面で主張する山の言葉に反論も出来ず、関は一人、ジープを再び動かそうと四苦八苦していた。

 スマートフォンに映した一般的な乗用車のエンジン分解図と見比べ、何所かに異常は有るかと探し回る事数十分。流れ出る汗を拭い、指先をオイルと煤で黒く染め、特に異常は無さそうだという結論に至った関はもしやと考える。エンジンではなく、何所か他の部位によるトラブルではと。


「はんがっしゃ…」


 そう呟いた関は両手を下ろすと同時に、開いたボンネットを車体へと強く叩き付けた。

 静かな世界に広がる衝撃音。

 小さな木霊となって響き渡るそれは耳にこびり付き、更に関を不愉快にさせる。

 短い前髪を逆立て、奇麗に撫で付けたリーゼント頭をガリガリと掻き毟ってもみるが、イライラは治まる気配を見せず、ついでとばかりに舌打ちを放つ。


「ねーー、直ったーー?」


 ジープの屋根にうつ伏せで寝転び、車内から取り出した観光案内書を捲りつつ、にやにやと厭らしく笑う山が声を掛ける。

 先程の会話と今の様子から、直っている筈も無いと分かっての発言だった。

 再度、関は遠慮なく舌打ちを放つと、腰を曲げ手を軽く洗う。

 膝下一面に広がる青空と入道雲が波打った。







 黒いスラックスの裾を捲り上げ、サンダルを履いた関は水面に写る顔を見詰める。

 乱れた前髪とリーゼント、狭い額に吊り上がった太い眉。ギョロリとした三白眼に、横幅のある高い鼻。力強い大きな口と広くエラの張った下顎、それに続く揉み上げと福耳。二メートル近い長身に筋骨隆々とした肉体は厳めしく睨む様と相俟り、仁王像や達磨大師を彷彿とさせるものだった。


(……鏡だ)


 まるで(・・・)、ではない。正に(・・)鏡である。

 水面に映る自身の後ろは、何所までも続く青空へ逆さに落ちている錯覚さえ受けさせ、言いようもない不安感を抱く。

 ぶるりと背筋を震わせる関。だが自然はその一瞬で姿を変える。

 辺り一面を風が強く吹き抜けると、鏡面は揺らめき水底が露わに。青白く不揃いな六角形のタイルが浮かび上がった。

 永遠と続く、無規則に並ぶ原塩の地表。

 人の手が入る余地の無い完結した世界。

 ごつごつとしながら、柔らかさをも感じさせる塩盤。隣逢う一片との狭間に流れ満たす塩水は、暑い陽射しを受けうっすらと輝き、たゆたっている。

 そこは確かに塩原であり、塩湖であり、大きな水溜まりで。

 海だった。


( ―――――― う、み?)


 ここが地球の中とは思えない程に異様な、異なる世界を魅せ付けるウユニ塩湖。

 呆然と佇み、青空色の貝殻に閉じ込められた関は、盛大に嘔吐(えず)く。


「……自分の顔見て吐くとかどうなん?」

「違っ…ぅおえぇぇっ………」

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