一章 『少女と少女と少女と』
群像劇なうえ場面が過去現在未来日本ドイツとあちこちに飛びまくります。
一応現在のドイツパートが終わった後、過去の日本パートに行く予定ですが、以前の様にごちゃ混ぜになるかもしれません。悪しからず。
ブランデンブルク門。
十八世紀、かつてのベルリンにあった税関壁の名残であり、十八か所在った税関門の一つでもある。十八世紀の終わり頃、プロイセン王フリードリヒ二世の命により今の形に成った王宮へと続くベルリンの玄関口。
そんな歴史的建造物の正面。
六枚の石壁が一列に横へ並び、その石壁を前後で挟むように十二本の太い柱が聳え立つ門のちょうど中心。
門の眼前で腕を組み、通行の流れを完全に無視して門の頂上に設置された女神像を見上げる一組の観光客がいた。
「……いやいや。ありえんって」
一人が口を開く。
「ベルリンにパリ広場ってなんなん?」
紫色のサングラスを掛け長い杖を脇に抱き込み腕組みをする紺色のセーラー服を着た女性が、その隣、同じ様に腕組みをした、やはりセーラー服姿の女性へと声をかける。
「……なんなんって、アレやろ? ローマの中のバチカン的な?」
声を掛けられた女は大きな丸眼鏡を掛けており、火の付いていない煙草を咥え口の動きに合わせぷらぷらと揺らしている。
ブランデンブルク門の正面に広がるパリ広場。
ドイツ・ベルリンの名所に堂々と広がる別の国の都市名。その事に首を傾げる観光客も多いであろう。彼女達も気になるのならスマホでも使い調べればいいものの、そこまでする興味もないのか、中身の無い憶測をダラダラと止めどなく垂れ流している。
「どっちかっていうと、姉妹都市的なもんじゃないかなって思うんやけど」
「日本にもドイツ村って在ったわね、確か」
「そうそう、そんな感じ」
「にしたら、広場だけってのもおかしくないけ?」
「あー……やよねぇ」
気の抜けた表情で門を眺める二人の女性。そんな彼女達を道行く人々は奇異の視線で遠巻きに眺めていた。
セーラー服である。
スシやフジヤマ、サムライにニンジャといった日本の有名なワードの中に含まれるであろうアニメやマンガ。それらの作中で多くの主人公達がお決まりの如く着込む服装には、間違い無く学生服が、セーラー服が挙げられるだろう。
そんな、ある意味有名過ぎる日本の女子学生服を初めて目にする人々。しかし、パリ広場で注目を集めるのはその物珍しさだけではなかった。
通行人達の目に映るのは可笑しな海兵服だけでは無く、それを着込む美女の姿である。
胸元にまでかかる少しウェーブのかかった長い黒髪。形の良い柳眉に細く高い鼻筋。グロスで潤んだ厚い魅惑的な唇。
目はサングラスに阻まれ伺えないが、それでも形の良い小さな顔に恐ろしく綺麗に詰め込まれたそれらは人種国籍を問わず人々を魅了させていた。
黒く丈の短いファーコートを羽織り、間違い無く上半身より長い脚を更に強調させるチェック柄のタイツ。サングラスと合わせた紫色の杖とヒールスニーカーを履く姿は完全にスーパーモデルだった。
身長も、ワザと近づき舐めるように彼女を見詰めすれ違って行く男達より高いことから百八十センチは確実である。
もう一人の煙草を咥えた丸眼鏡の女性は、モデル顔負けの彼女と比べるべきではないが、確かに整った顔立ちをしている。
身長も隣と比べ些か低く感じるが女性としては高い方だろう。
長い黒髪を無造作に纏めたポニーテール。派手すぎない薄い化粧。少々キツイ釣り目に鷲鼻と、どこか男性的なさばさばとした雰囲気を感じさせる美女だった。
こちらは裾に降り積もる紅い梅の花が、金糸を交え鮮やかに刺繍された白地のロングコートを羽織っている。
そんな、どこかの二人組よろしく目立ちに目立つ女性達は周囲から注がれる視線を無視し会話を続ける。
「ねえ寒くない?」
「冬やしね」
「そおぉじゃなくてさぁあ」
「アンタがカレシに外で待ち合せしよう言うたからやろ」
彼女達は寒そうに体を縮み込ませる。どうやら腕を組んでいたのは寒かったからの様で、現在ベルリンの気温は三度。すぐさま氷点下にまで落ち込み雪が降り出してもおかしくない気温だった。
そんな真冬のドイツで、空港でパンツに着替えて来るんだったと後悔し始める二人。
「だって、別々の国から入ってまでホテルで待ち合わせとかつまらんし。てゆうか、さっきまで結構晴れて暖かったじゃん」
サングラスの女が言い訳をし始め、丸眼鏡の女はため息を付きつつ妥協案を持ち出す。
「ならさっさと場所変えんけ。小次郎にも連絡してさ」
「あ~……うん。それがね、繋がらんがよ、電話」
「……次郎は?」
「なーん。メールも返ってこんし」
「待ち合わせの時間は」
「十四時」
「………」
「………」
微妙な沈黙が二人を包む。
丸眼鏡の女が右手首を裏返し、黒い革手袋と一体になったデザインの腕時計を見る。時刻は昼を少しばかり越えた頃だった。
「じゃあね」
「えーーーっ?!」
派手なロングコートの裾を颯爽と翻し去ろうとする丸眼鏡の女をサングラスの女はすかさず引き留めにかかる。長身の美女が身を屈め美女のコートの裾を掴み駄々をこね出した瞬間だった。
「いーーじゃん待とうよ一緒に! 私、梅ちゃんと一緒がいい!!」
「うっさいっ! アンタ一人で待っとればいいでしょ!!」
二時間も待っていられるかと、『梅ちゃん』と呼ばれた女性、岩本小梅は見た目に反して妙に子供っぽい行動を取る女性、右藤あけびの頭を押さえつけ振り解こうとする。
「絶対あの二人喧嘩しとるもん。菊ちゃん置いて一君しかこんもん」
「いいでしょそれで。元々デートのつもりやったんやろが」
「イヤっ! 私一人とか死んじゃう!!」
「はあぁーーっ?!」
もはや待つ待たないではなく、誰と一緒がいいかで喚く右藤。そんな産まれた時からの幼馴染を相手に岩本はもはやされるがままだった。
コートの裾を掴んでいた腕は腰に回され、軽々と持ち上げられた岩本は地面に届かない脚をバタつかせる。岩本が右藤を抱えても絶対成りえない状況に妙な敗北感を感じつつ、二人は怒鳴り合うのを止めない。
「だいたい、パーティーに呼ばれたんはアンタと次郎と小次郎だけやろ! 急に呼び出して、何でアタシ等まで付いてかんといかんがけ!!」
「だって海外やよっ! ヨーロッパやよっ! 私ドレスとか着た事無い!!」
「別にクリスマスにドレスアップなんて決まり無いわ。てか、その流れやとアタシ等までドレス着んといけんやろが」
「じゃあもう帰る! 一緒に日本帰ろう!」
「したらアタシが次郎と小次郎に怒られるわ!」
ピアノの発表会直前で怖気付き駄々をこねる小さな子供が如く、海外のパーティーというシチュエーションに恐れ戦く右藤。最早二人の美貌に見惚れる者はおらず、髪を振り乱し叫ぶ右藤と岩本に痛々しい視線が突き刺さる。もしこの場に二人の言葉を解する日本人観光客が居たならば目を覆いたくなる様な光景だった。
現地人ですらそろそろ見かねて警官を呼び、仲裁に入って行かせかねない状況である。しかし、そんな視線を物ともせず待ったをかける新たな日本人が現た。
「何しとんがやこのダラ共っ!」
門周辺に居た全ての人々が足を止め怒声の発信源に目を向ける。そこに佇むのは、やはりセーラー服姿の女子高生、というには少々外見がキツめの女性だった。
真っ赤なスカジャンを羽織り、市販のセーラー服より間違い無く長いスカートとスカーフを身に付け、金髪に染め上げた長髪を背中に流し、真っ赤な口紅と濃いアイシャドウでキメたそれは紛うことのない古式ゆかしいあの姿。
「「……古っ」」
「黙れーー!!!」
ブランデンブルク門のパリ広場にて、スケバンの絶叫が鳴り響いた。
セーラー服姿の女性達による騒ぎは結局、近くを見回っていた警察官が仲裁に入ることで収まった。その時、広場は全面禁煙という事で岩本の煙草が没収されてしまったのは全くの余談である。
口寂しく右藤から貰った飴玉を転がす岩本の口元は紫色に染まっていた。
見兼ねたスケバンこと、左藤柘榴は岩本を広場に並ぶベンチに座らせ、左右を右藤と挟み座ることを提案する。
遠回しに二人で挟んで温めようぜと声を掛けたのだ。
見た目は少々アレだが、ちゃんと人を気遣うことの出来る友人の言動にほんわかし意気揚々と岩本の右側に座ろうとする右藤だったが、『お前、左利きやろうが』という左藤のよく判らない理屈により渋々左側へ。『正面から見ればちゃんと左藤右藤の並びやろうが』と、やはりよく判らないなだめの言葉をかける左藤だが、『どこの芸人け』と返す右藤にはいまいち通じなかったようだ。
「マジでこんまま待つんか? けっこう本格的に冷え込んでんぞ」
「あけびに訊いて」
「え~~~」
セーラー服姿の女性三人が冬の広場のベンチで寄り添って座り暖を取る。
この一文だけならば何とも微笑ましいのだが、ぱっと見、三人とも成人女性の顔だ。
大人っぽいだとか老け顔だとか。学生の顔立ちではなく成人の顔つきだとか。その程度の表現で済む容貌では無い。三十代手前の大人の女性だった。
コスプレという表現も生易しく感じさせるセーラー服の三人組。OL が同窓会ではしゃぎ、悪ノリで学生時代のセーラー服を引っ張り出し着替え大事故を起こしてしまった感じである。
勿論、これは日本人が彼女達を見た場合の印象であり、海外の外国人の目からはそれ程大人びてもないのかもしれない。
「おら右藤。もうちょい寄せろま」
「へ~~~い」
「ちょっとぉ」
押し競饅頭よろしく、ぎゅうぎゅうと岩本を圧し潰さんばかりに左右から詰め、両側から肩に腕をまわす二人。
左藤の背丈は右藤の次に高く、座高も同じくらいである為に脚も長く、ロングスカートは良く映えていた。モデルらしさを感じさせないのは、ほっそりとした小さな顔立ちの右藤と比べ少々ふっくらとしたアジア的な顔立ちだからか。右藤や岩本と比べてもガタイが良いのも原因の一つだ。
岩本に凭れかかり、スカジャンのポケットに手を突っ込み足を組む姿は確かに令和のスケバンである。
「おいヤンキー。重いんやけど」
「ああ?」
横目に睨む左藤は二人と同様に整った容姿の美形である。しかし、濃い化粧も相俟って凄むその形相は女番長というより極道者の姐サンの方がしっくりとくるだろう。
「うっせぇ。ヤンキーじゃなくてスケバン。てか、ヤンキー度合いならお前の方が上やろが」
左藤の目に映るのは派手な刺繍の入った丈の長いチェスターコートではなく、反対に短すぎるスカート。先程までコートに隠れていた白い太ももがベンチに座り足を組むことで露わになっている。そして目に付くのが細い腰に巻かれたウエスタンベルトに、二人ほどではないが長い脚に履いたウエスタンブーツだった。
派手な彫金が施された大きなバックルに、分厚い白い牛革のベルトを二重に腰に巻く岩本。
本来ごついベルトを巻く必要の無いセーラー服でそれは異彩を放っていた。
ブーツも白い牛革に恐らく特注であろう、コートと同じ紅い梅の花が金糸を交え刺繍されている。ベルトや靴紐、拍車など余計な付属品の無い、派手なウエスタンブーツ、もといカウボーイブーツが岩本の白い膝下を覆っている。
「ヤンキーじゃなくてウエスタンね」
大きな丸眼鏡を左手で直しつつ、先程の意趣返しとばかりに訂正に入る岩本。右手とは趣の違った、銀の鋲や金具が付いた、ゴテゴテとした黒い革手袋だった。
「それ知ってる! ヤキニク・ウエスタン!」
「「全然違う」」
的外れな右藤の発言に、それじゃあ韓国の西部劇でしょと呆れる左藤と岩本。
何故、焼き肉が韓国に繋がるかをよく理解していない右藤は首を傾げる。
「ヤンキーなんは左藤だけ?」
「そうそう」
「スケバンだっ、つってんだろが」
「「古っ」」
「があぁーーーっ!」
お決まりと化しつつあるからかいに憤る左藤。スケバンである事に並々ならぬ拘りが感じられる。
「別にそれ程古くもねえやろ!」
ある程度古臭くは感じていたらしい。
「あと右藤! 見えとらん人の恰好からかうなや! 普通にむかつく!!」
「別に見えんでも理解できるし」
そう言って左藤の方に顔を向ける右藤の目線は、サングラスに阻まれ何所を向いているのか正確には解らない。利き手である左手で弄ぶのは柴杖である。
「この似非座頭市」
「うっさい、全国模試一位」
揶揄する左藤の言葉尻を捉え返す右藤。思わぬ反撃に左藤はたじろぐも平静を装う。
「……はあ? 何言って ―――」
「アンタあんま掛かっとらんよ、市と一位って」
「そこはいいんだよ! てか、おれが全国模試なんて受けるわけ ――――――」
「問題です。何故この広場にパリという名が付くのでしょうか!」
脈絡なく現在地の観光名所でもあるパリ広場について左藤に投げ掛けられた質問。ここで威勢よく『知るか!』とでも啖呵を切れれば良かったのだが、頼まれてもいないのに左藤自身の意に反し頭脳は世界史の参考書を捲り始める。
一瞬にして十七世紀半ば三十年戦争終結から十八世紀末ナポレオンの台等とプロイセンの抵抗、十九世紀初頭ローマ帝国崩壊からドイツ統一に至るまでの細々とした遣り取りが左藤の脳内を駆け巡り ――――――。
「―――――― いや、この流れで答える訳ねぇやろ」
危うく大切に守っているキャラの破綻を自らの手で下す所だった才女はなんとか踏みとどまる。だが現実は厳しく、そして余計な優しさで満ちていた。
「はいっ! 私知っとる!!」
「いや、出題者が答えんなま」
「はいあけびちゃん」
「何でだよ」
ニヤニヤと意地の悪い笑顔を向ける岩本。対照的に無邪気な笑顔を零す右藤が続ける。
「今度お祝いしようって菊ちゃんが言ってた!!」
「はあぁっ?!」
「それ、内緒でしょ~~」
「なぁっ!…~~くっ?!」
最早隠す気もない二人と思いがけない答えで顔を真っ赤にする左藤。人の好意を素直に受け取れないスケバンは余計な事を企てた友人に心中悪態つく。
「良かったわね~~全国一位」
「よっ、勉強の出来るヤンキー!」
「黙れーーーーっ!!」
三人が仲良く再びお巡りさんの注意を受けたのは言うまでもない。
レシート裏にさらりと書かれた十一桁の番号を眺める三人。
寒空の下、体を寄せ合いベンチに座り込む姦しい美女達は小さな紙片を前に形の良い額をぐりぐりと突き合わせていた。
「何これ?」
「何って、アドレスやろ」
「へぇ。ドイツも十一桁なんやね」
「マジで?! かけよう!!」
「「なんでだよ」」
紫色のサングラスの奥を爛々と輝かせ、興味津々といった右藤は興奮気味に黒いコートのファーをばふばふいわせ支離滅裂な答えを返す。
「だってナンパやよ! さすが外国! ヨーロッパスゴイ!」
「ナンパぐらいなら何所でも普通にされるやろ」
「はぁ? あんたナンパとかされんの?」
「ドコに食い付いてんのよヤンキー」
「ス・ケ・バ・ン」
件のレシートを摘まむ岩本に左藤。やはり充分に美人と言える二人はぐいぐいと身を乗り出し、レシートを奪おうと覆い被さるように抱きついて来る右藤を押し返す。
「えーーっ!? 私ナンパとかされたことないがに…ズルイ!!」
「……マジかよ」
「浮世離れしすぎて怖気づくんでしょ」
「それ、よく言われるけどマジで意味分かんない」
外見の美醜における精神的な機微を今一つ理解出来ない右藤は頬を膨らまし眉を吊り上げる。年不相応な仕草に呆れる一方、確かに愛嬌も感じさせる美貌に図らずも見惚れてしまう二人は忌々しげに舌打ちをする。
「「チッ」」
「なんでっ?!」
「まぁ、そう考えっとあれだな、お前は声かけやすい方か」
「人の顔見比べて納得すんなや極嫁」
「誰がゴクヨメかっ!」
意外と声をかけられるウエスタン岩本は手元へ的確に腕を伸ばしてくるモデル右藤をあしらいつつ、声をかける以前の問題として目も合わせづらいスケバン左藤へレシートを渡す。
「で、どうすんの?」
「ど、どうするって言ってもよぉ……」
視線を逸らし、もごもごと口籠るスケバン改めゴクヨメ、ならぬオトメは顔を赤くする。そわそわと金髪を弄りスカートの裾を整え、実にらしい反応を示す左藤に岩本はスマホを取り出す。
「かけっか」
「なんでだよ!」
パリ広場で見回り中の警察官に注意される事二回目。厳重注意でしょっ引かれるかと思いきや、そこそこ格好良い金髪碧眼の若いお巡りさんは自分に気が有るのではと勘違いしてか、アドレスをしたためたのだった。
左藤に。
「「趣味悪」」
「うっせぇっ!!」
一番声を張り上げていたからか、それとも単純に濃い化粧が好みだったのか。兎にも角にも、目を白黒させる左藤にレシートを握らせると去り際に白い歯を見せ付けウインクまで飛ばす始末である。
「カズ君の方がイケボだしぃー」
「ウチのダンナの方がイケメンだし~」
「……なに張り合ってんだよ」
親友相手にも女として譲れない何かが有るらしい二人は適当に囃し立てる。
主に旦那という自身の彼氏自慢で。
「えーと……えっとね? その……あっ! 私が作ったご飯食べてくれるしぃ」
「少し位なら家事手ぇ抜いても怒らないし~」
「それ自慢する事かよ……。 てか、もうちょっと自慢できることないがか」
自身より進んでいる筈のカップル達が垣間見せる現実に、ちょっと幻滅する辺り夢見る乙女な左藤であった。
「で、実際どうなん?」
「そこんとこ詳しく!」
左藤の肩にワザとらしく腕を回す岩本は顔を近づけ尋ねる。右藤も杖の持ち手を伸ばしマイクの様に左藤の口元へ寄せ突きまわす。
「ど、どうって」
「漁師の息子か、青いお目々のパツキンお巡りか」
「どっちどっち?」
「……どっちもねぇーよ」
にやにやと笑いながら、同郷の男友達をからかい半分で推してくる二人に辟易しつつ、体を離そうにもがっちりと首に腕をかけられた左藤は頬を杖にぐいぐいと押されながら答える。
「アイツとはそういうがじゃないって言っとるやろ」
「同じヤンキーじゃん?」
「バンチョーとスケバンじゃん?」
「だーかーらー」
田舎の中学ならではの話である。尖った男女が居れば自然と目立ち、何時の間にか表番やら裏番やらに任命されていた左藤とリーゼント頭の男子生徒。今時、珍しく判り易い位にステレオタイプな二人組だったからか、特に面識が無くとも周囲からの憶測で勝手に恋人同士にされるのは仕方がないと言えば仕方がなかった。
都会に出て尚、思い出したかの様にその事でからかう友人達に対し苛立つも、恋愛話に中々加われない自身の為の余計な気遣いと知ってか、強く出れづにいた。
だが、それも今日までである。
「ん」
「「うん?」」
二人から顔を逸らし、先程からスカジャンのポケットに突っ込んだままの右手を抜き出し見せ付けるようにかざす。
「は?」
「え、なになに?」
「ん」
「はぁ?!」
「ねぇちょっと! 見えんがやけど!」
一瞬、それが何なのか認識出来なかった岩本は眼鏡を外し顔を近付ける。右藤にコートの襟を掴まれがくがくと揺さ振られながら、左藤の左手を見て驚愕の表情で固まった。
作中未成年者の喫煙等に関する描写がありますが決して推奨するものではありません。喫煙飲酒は二十歳から!