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三章 『少女と誘拐犯達』

短いです。

(まだ帰ってこないのかしら?)


 少女は一人、菩提樹の下の遊歩道に設置されたベンチに腰掛け、口元も半開きのまま、ぼうっと曇り空を見上げていた。

 誰かを待ち時折通りの奥を伺う素振りも見せる放心気味の少女。今にも雨が降り出しそうな空模様だが、傘の有無を気にすることも出来ずにいた。


(……どうしましょう)


 今年で七歳になる彼女が保護者もなしに一人でベンチに腰かけているのには勿論、それ相応の訳がある。事の発端は昨日の夕方、少女とその姉との些細な喧嘩にまで遡る。

 喧嘩の理由はもう定かではないが、七つ年上の姉と物を投げ合う程の大喧嘩に発展してしまった少女は大好きな祖母が居る部屋に掛け込んだ。騒ぎを聞き付けた両親が交互に姉と少女を宥め慰め、なんとか双方とも落ち着き仲直りは明日でという形に。

 因みこの仲直りの予定について少女は全く知らなかったりする。

 というのも、騒ぎ泣き疲れた彼女は早々に不貞寝してしまっていたのだ。少女を落ち着かせようと彼女の祖母が温かいミルクココアを大量に淹れ、それをがぶ飲みしてしまいお腹が膨れてしまったのもある。

 とにかく夕飯前に腹を甘い物で満たし、祖母の隣で安心しきった少女は早々眠りに就いた。

 そして翌日未明。

 普段ならば未だベッドで夢の中に居る筈の少女は目を覚ます。昨日にがぶ飲みしたミルクココアが原因なのは間違いなかった。

 寝惚け眼でふらふらと部屋を出る少女。日が昇りつつある薄ぼんやりとした明るい早朝ということもあり、特に恐怖を感じなかった少女は普段夜中であれば確実にトイレへ付き合ってもらう筈の大人達を起こさず一人で行動を開始しする。

 窓から差し込む青白い光に通路の奥までも確りと見通せることに安堵する少女。しかし、彼女はこの時あることを忘れていた。

 ここは実家ではなく家族全員で訪れた海外のホテルの一室であることを。







 何時も通り家でのトイレへ向かう道順でホテルのロビーに辿り着いてしまった寝惚け眼の少女は周囲の景色の変化に気が付く事無くそのまま職員用の通用口ドアへ。

 その通用口ドアを挟んでちょうど実行するかしないか、やるのかやらないのかをグダグダと口論していた誘拐犯二人組の心境は如何様なものだったか、少女に窺い知る事は出来ないだろう。

 かくして少女は半分夢心地で、危機的な状況であることを理解する間もなく攫われてしまったのだ。

 トイレに間に合わなかったのは言うまでも無い。

 寧ろ少女にとっては誘拐よりもそちらの方が重大事項に他ならず、半べそかきつつも毅然とした態度で無言のまま着替えを望めば、意外にも誘拐犯二人は慣れた手付きで後始末と着替えを用意してくれたのだった。

 頼んでもいないのに高級ブティック店で大量に揃えた市販のガーリーな余所行きコーデに暖かなコートまで着せ、更にはオレンジ色の大きな可愛い兎の縫い包みと、朝食にと少女の大好きなエクレアを手渡してきたのだ。

 最早されるがまま。

 何故自身の好物を二人が知っていたかなど考える暇もなく、至れり尽くせりの状況に『この人達、実は良い人達なのかな?』という結論に至る少女は、食後に手渡された新品の歯ブラシでシャコシャコ歯を磨く。もちろん、磨き残しがないかまでちゃんと確認された。

 少女は誘拐犯が運転する車の中、窮屈なチャイルドシートに固定されつつ冷静に『これはもう頼めば帰してくれるのでは?』という被害者側の思考としては有り得ない程甘い結論にまで行き着いてしまう。だが実際その可能性は高く、世話焼きの誘拐犯達は『こんな筈じゃぁ』だとか『何で態々目の前に現れるかなあ』だとか、犯罪者に有るまじき愚痴と弱音を口にしていた。

 一人が大量に買い込んだ着替えをもう一人が『買い過ぎだ』と怒りつつ、二人して少女にはどれが似合うか相談し合う姿は間抜けを通り越して牧歌的ですらあった。

 一度も脅される事無く、本来ならば恐慌状態に陥っても可笑しくない誘拐された立場の少女。意を決し、誘拐犯達に助けを求めるべく説得にかかろうとする。

 丁度、赤信号で車が停まった時だった。

 サイドガラスが叩き割られ、車内へ侵入してきた手が鍵を外すと同時にドアは開放され、少女はチャイルドシードごと担ぎ出される。

 声を上げる暇も無く引きずり出された少女は咄嗟に誘拐犯達へ手を伸ばしてしまう。


『待てぇっ!!?』

『この人攫い?!!』


 誘拐犯達の叫びも空しく、少女の手は届かなかった。

 物凄い膂力でチャイルドシートごと自身を脇に抱え走る背の低い男を見詰める少女。やはり知られている自身の名前を慈しむ様に、労わる様に何度も何度もかすれ声で呼ぶ見知らぬ男に対し、『この人が本当の誘拐犯なのかしら?』と本当の意味を考えた辺りで少女はこんがらがる思考を放棄した。

 再び先程のブティックへ新たな誘拐犯と共に舞い戻り、やはり慣れた手付きで何種類も少女に試着させて行く。その顔は赤いフードに黄色いサングラスと黒いスカーフで覆われていたが、聖歌を鼻歌で歌う様は御機嫌そのものだった。

 誰も居ないレジへ計算も適当に札束を置き、誘拐犯は少女の手を引いて通りへと舞い戻る。

 少女は余所行きのガーリーから清楚なヴィンテージへ。誘拐犯は黒いフードに赤いサングラスと黄色のスカーフへ姿を変えていた。

 『国旗かしら?』などとバカバカしい事を呑気に考えつつ、何時の間にか昼近くもなり二人してベンチに座り屋台で買ったカリーブルストを食べた。

 口に付いたケチャップを指先で拭われ残したブルストを食べてもらいゴミを片付けようとすれば取り上げられゴミ箱へ捨てにベンチから離れる誘拐犯の背を見詰め、少女は未だ姉と仲直りしていなかった事をふと思い出す。『もうこのまま仲直り出来ないのかしら?』と、大好きな両親と祖母にもう会えない可能性よりも、何時も喧嘩ばかりの姉と仲直り出来ないままでいる事に言い表せない後悔と寂しさを覚えた少女は今日初めて、二度に渡る誘拐の瞬間にさえ悲鳴を上げなかった子が言葉を発した。


「……お姉ちゃん」


 なんとも弱々しい呟きだった。

 もしかしたらまともに発音さえ出来ていなかったかもしれない。

 ただ姉を呼ぶだけの何気ない言葉。けれども少女にとっては日常を意識させる言葉。

 鼻の奥がつんとなり、冬の寒さとは違う震えが口元を襲った。


「え?」


 先に零れたのは疑問の声だった。

 凍え強張る身体にもたらされたのは微かな温み。

 ふわりと、柔らかな感触に驚き少女は何時の間にか俯いていた顔を上げた。

 誘拐犯が少女の前で屈み、包帯を巻いた指で彼女の頬を優しく摩っていたのだ。

 赤いサングラスに雫が映り、自分が泣いていると気が付いた少女は姉と同じ様に慰める男の肩に縋りついてしまう。

 誘拐犯達に対して、情けない二人組と顔を隠す国旗男に対しての恐れはなかった。それもきっと、出会った時から。

 自身が攫われた訳も、攫った三人の男達についても、少女は何も知らなかったけれど。それでも彼らの優しさだけは確かに知っていた。

 知ってしまったし、ふれてしまった。

 しでかした粗相に怒るでもなく、『気付かなくてごめんね』と謝られた。

 口元に付いたチョコを拭われ、『気に入ったか?』と笑われた。

 横断歩道を渡ろうとした時、無言で引き留められ左右を確認するよう指で注意された。

 一つ一つの動作が、仕草が。

 両親を、祖母を。

 姉を連想させた。

 少女には理解出来なかった。こんなにも優しい人達が自分を攫った事実を。

 少女は考えたくなかった。こんなにも家族の許に帰りたいのに、みんなが帰してくれない事実を。

 文句や怒り、悲鳴が口から出ないのがもどかしく。『貴方達には私と同じ様な娘が、家族が、妹がきっと居る筈なのに』と言葉に出来ない、ぐちゃぐちゃとした悲しみを涙にかえて流すしかなかった。

 やわやわと頭を抱え込まれ、髪を梳きながら撫でられる感触が酷く心地よく、硬い肩に顔を埋めこのまま寝てしまうのも良いかもしれないと少女は瞼を閉じてしまう。

 帰れないけれど、淋しいけれど、怖くはなかった。

 この人とは家族でもないけれど、兄妹ではないけれど、守ってくれると。

 安心しつつ、少女は諦めかける。

 自身の未来を、誘拐犯に委ねかけてしまう。


「きゃあっ?!」


 通りに響いた悲鳴が小さな決断に待ったをかけた。

 悲鳴に驚く少女は思わず男の首に腕を回してしまう。何事かと視線を巡らせれば人だかりが。その中心には珍しい服装の二人組が何やらもめていた。

 いち早く二人の姿を捉えていたらしい男が思わずといった感じで少女を抱え立ち上がった。


「ベルッ」


 予期せぬ驚きと思いがけない喜びが入り混じった血色の良い呟き。サングラスとスカーフ越しからも笑顔で上気していると判る程の昂りだった。

 顔が隠れていても分かるその嬉しそうな様子に『人だかりに恋人か好きな人でも居たのだろうか』と結論付ける少女は腕の中で人込みを覗き見る。それが誰かは判らなかったが男には見えているのだろう。そわそわとジャケットの襟を整えたり少女の湿っぽくなった口周りをハンカチで拭ったりしている。

 このまま意中の人に会いに行こうとする男に対し『私、なんて紹介されるの?』と至極真っ当な疑問にぶち当たる囚われの少女は取敢えず髪を手櫛で整えた。

 二歩進んで半歩戻る煮え切らない男に『がんばれ』と暢気に声援を送る。だがそれも束の間の出来事。一気に落ち着きを取り戻した男が見せるのは困惑。そしてイラつき。終には怒りも露わに低く唸り声をもらしだす。

 先程までの印象がガラリと変えた男は躊躇なく力強い一歩を踏み出し、フードを急に引っ張られガクンと動きを止めた。

 咽込みバランスを崩す男は落ちそうになる少女を抱え直す。見れば彼女の手がフードを掴んでいた。非難気に見詰めれば睨み返され信号を指差す。

 赤信号だった。

 そうこうしているうちに車線の向こう側でも動きがあった。人だかりもなくなり残った二人組の内、眼鏡を掛けた男が走り出したのだ。

 去りゆく背をソワソワと目線で追う男に対し、理由が分からずともその人物がイラつきの原因であり後を追いたいのだと察した少女は深く追求せず『いいよ。待っててあげるから』と安易に約束してしまう。何度かベンチと先程のブティックの入り口を指差し、優しく頭を撫でた後に駆け出す男の背を見送った。逃げだすかもしれない可能性よりも無条件で身の安全を心配された事に、少なからず安堵しながら。

 それは午前中に起きた七時間にも満たない怒涛の出来事。

 少女の小さな心で受け止め切るには少々時間を要するものだった。

やっとあらすじの子が登場です。

またちょっと書き直すやも。

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