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二章 『血とカルテ』 その2

二章はこれで終わりになります。

次からはまた海外へ。

 髙山健悟は病室のベッドに横たわり、カーテン越しに片岡と雄山の会話に耳を傾けていた。


(高校生、か)


 意識しなければ忘れてしまう程、学生という言葉が似合わない十六歳の少年少女達。

 中でも見た目が際立って異質な、巨大という分かりやすい存在感を放つ一人でもある片岡の、その気弱な呟きは随分と頼りなく聞こえてしまう。


(大人だからといってそれは変わらん。俺達も同じだ)


 無力感に包まれる髙山は思い出す。

 昨夜、帰宅直後である髙山の自宅へ突如押しかけて来た見知らぬ看護婦。白い看護帽に紺色のカーディガンを羽織った看護婦はドアを蹴飛ばし土足で居間に侵入してきた。上着を脱ぎ寛ぐ髙山の胸ぐらを掴んで睨み付け、傍で唖然とする髙山家を余所に淡々と告げたのだ。


「アンタには知る権利と家族に伝える義務がある」


 突然の出来事と看護婦の鬼気迫る表情に、硬直する髙山はある事に気が付く。


「…す、鈴木か?」


 聞き覚えのある声に直感で訊ねたのは彼女が変装を得意とするのを知る故か。

 一瞬、目を見張る看護婦は苛立たしげに口元を歪ませ、不安げに成り行きを見守る髙山家を一瞥すると、髙山の耳元に口を寄せて告げた。


「一緒に来なさい」


 その声は全く聞き覚えのない、別人のものに変わっていた。

 看護婦は髙山を自宅から引きずり出し、玄関前に停めてあった見覚えのある白いジープへ無理やり乗せ走り出す。

 道中、大乃も攫い、鈴木と思われる看護婦が運転するジープは珊瑚が眠る病院へ。

 病室に到着次第、数人の医師とやはり拉致同然で集められていた各関係者と共に、看護婦から聞かされた話は到底信じられるものではなかった。







 発光する誘導灯に走る人影が浮かぶ深夜の病院。

 月を望む薄暗い病室の中、ベッドで眠る子供を取り囲み見詰め沈黙する大人達。

 その目は酷く動揺し、醜悪極まりない現実に打ち震えると同時に、その被害者を憐れんでもいた。

 部屋の隅で背を丸める看護婦は片膝を立てて椅子に座り込み、ぼんやりとベッドへ視線を向けている。


「誰も、気が付かなかった……のか?」


 視線も定まらず、動悸と汗が治まらない髙山から呟かれた疑問は、この場に居る全員を責め立てるもので、大人達は目を逸らし黙り込むしかなかった。

 誰もが答えようとせず、悲痛な沈黙が流れる中、室内で最年長と思われる大乃が一つ溜め息を吐き出し顔を上げ、そして。


「気付いてたわよ、全員」


 沈黙を破ったのは看護婦ではなく鈴木の声だった。

 開きかけた口を閉じ、出鼻を挫かれた大乃はやれやれと首を振りベッドから離れる。壁際に行き、立ったまま寄りかかると静観の体勢へ。

 部屋中の視線を一身に受け、創り物の貌を月明かりに照らす鈴木は続ける。


「この子が珊瑚じゃないって、薄々気付いてた。けど確証もなかったし、可能性も限りなく低かった。だから無視した。有り得ないって、決め付けたのよ」


 耳を疑う様なその答えに。


「何故だ」


 珊瑚の帰還に泣いて喜んだ家族の、妻と娘夫婦の姿が砕け散った。


「何故、今まで…」


 両腕を伸ばし、襟を握りしめ、細い体は宙に浮き壁へ叩き付けられる。


「何も言わなかったあぁっ!!!」

「……っ! 言えるわけ、ないやろがぁ!!!」


 怒号が飛び交ったのは一瞬。


「こんなん、言える、わけ……信じられるわけ、ないやろ」


 絞り出すような声を最後に、病室は再び沈黙したのだった。







「元には」


 弱々しく震える声に、髙山は意識を真夜中から昼間へと戻す。

 ベッドを区切るカーテンの動く音に、六人部屋の病室で他にも誰かが目を覚ましていた事を知る。


「もう、元には戻らんがけ」


 赤井の声だと気が付いた髙山は、布団を蹴り上げ飛び起きる。素早くカーテンを引くと、痛む体を無視して部屋の中心へ、室内を全貌出来る位置へと躍り出た。

 大乃も目覚めていたらしく、年齢を感じさせない機敏な動きでベッドから飛び降り、髙山が立つ部屋の中心へ。

 二人は赤井の声が聞こえた方向に、片岡と雄山が牡丹の眠るベッドに寄り添っていた方向へと顔を向けた。

 そこには、赤井を抱きしめる雄山が。

 頭を包み込む様に、優しく、そっと腕をまわす華奢な少女が。

 ベッドから這い出し膝から崩れ落ちた赤井を支える様に、その先にある悪夢を覆い隠す様に、ぎゅっと抱きしめていた。


「戻らん」


 背を向け、牡丹を見詰める片岡は赤井だけにではなく、部屋に居る全員へと語り掛ける。


「神経も完璧に繋がっとる」


 言い含め、諦めさせる為に、事実を述べる。


「誤作動を起こしとらんのが不思議な位、完璧に ―――」

「だって!!」


 髙山はその叫びに目を細める。

 赤井の嘆きを、激昂を、絶望を、疑問視する。

 半年にも満たない僅かな付き合い。

 その中で、確かに珊瑚と牡丹は赤井達と通じ合い、親睦を深めて行った。

 『それでも』と。

 それでも本当の親子であるかの様に、家族であるかの様に振る舞い傷付くには、短過ぎる時間だと考えていた。

 時折酷く空々しく見てしまう瞬間もあった。

 鈴木に対しても髙山は同じ見方をしていた。

 余りにも事実上不可能な手術の成功を認められずに、確証は無いとして目を逸らし続けていた医師達とは違い、直感的に別人だと気が付いていた鈴木。

 それでも認めてしまえば、珊瑚の絶望的な状況も、変わり果てた牡丹の存在も、全てが現実だと認めてしまうからと、言い出せなかったと語る少女。

 女性だからであろうか。

 本能的に、小さな子供を想い、我が子の様に愛しむのだろうか。


「いっぱい、約束したがに」

(如何してだ)


 赤井は雄山の腕を握りしめる。


「お祭り行こうって、海外行こうって。警察官なるって、結婚するって、約束しとったんよ」

(そんなの、子供の些細な口約束だ)


 強く強く、握りしめる。


「うちらの式にも、絶対二人で来るって言ったがに」

(一時の感傷だ)


 少女は如何か助けてあげてと縋りつく。


「珊瑚ちゃん、このまま独りぼっちやないけ」

(俺は家族を、孫を奪われた)


 思い人と結ばれぬ位なら、そんな悲劇に身を投じる位なら、守るべき子供を殺してあげようと考え実行出来るのか、髙山は理解出来ない。

 我が子の様に愛しむ彼女と、凶行に走る彼女の、この温度差は何なのだろうかと頭を捻る事しか出来ない。


(この苛立ちは、何なのだろうか)


 少女達と同調することも、共感する事も出来ぬ大人は固く手を握りしめる。


「独りきりで…ずっと、ずっと待つんは、……嫌や」


 その一言を最後に、赤井は泣き出す。

 わんわんと声を上げ、嫌だ嫌だと助けを求め泣き喚く。

 髙山はその後ろ姿を見詰める。

 少女の家族も、あんな風に泣くのだろうかと。

 自身は孫の為を想い、泣けたのだろうかと。

 いまだに受け入れがたい現実離れした悪夢を前に、髙山は歯を食いしばる事しか出来なかった。







「いやあ、若いねえ」


 廊下を行く男達。

 トントンと背に回した手を腰に当て、普段は見せることのない老人の様に、よぼよぼといった雰囲気で歩く大乃が零す。


「もう歳だね。僕なんか大きな声出すだけで疲れちゃうよ」

「……」


 その意見に、隣を行く髙山は同意しない。

 佐々木を一発で沈めた暴れ狂う赤井を片手で軽々と投げ飛ばす瞬間を見ていたからだ。


「…あれで丁度良い位だ」


 赤井の行動はどうあれ、少女達の感情の発露は年相応だと答える髙山。

 十代らしく、向こう見ずで感情的な行動を繰り返す姿に当たり前だと考える。

 例え巻き起こす行動が普通でなくとも、彼女達の心根は年相応だと。

 例え大乃の部下であろうとも。

 警察官を名乗ろうとも。

 子供の捜査官であろうとも。


「同情は要らないよ?」

「それが犯した罪に対する罰だとでも」

「まさか」


 首を振る大乃。

 薄っすらと張り付けた笑みからは本心を窺い知る事などは出来ない。


ただの仕事だからさ(・・・・・・・・・)

「……」


 髙山も理解している。

 最早大人達に言われるがまま、命令をこなして来た子供達ではないのだと。

 自分の意志で、自分達の思いで行動する彼ら、彼女ら。

 自ら針の山を登り、血の池へと飛び込む。

 命令される事も無く自発的に、好き勝手に、権力を笠に着て突き進んでいるのだ。

 非難される事は有っても、擁護される事は無い。

 自分達よりも更に小さな子供を、力無き子供を保護し守る立場であるのだと、赤井達は理解している。


「俺達も、貴方達に守って貰おうだなんて考えていません。ただ ―――」


 大乃と髙山の後ろに控えていた片岡が語る。

 態々下を向く事はしない。

 真正面を向き、大人達を越え、遠くを見る片岡。

 大人達は少年が見る景色を知らない。

 知ってはならない。


「ただそれでも」


 片岡は歩みを止める。

 前を行く二人は立ち止まらない。

 振り返りもしない。

 同情すべきでも、同調すべきでもないから。


「赤井を止めて、助けて貰いました」


 その場から大きく一歩下がると、大きな子供は腰を直角に折り曲げ、深く頭を下げる。


「ありがとうございます」


 少年の素直な気持ちに、大人達は応えずに進む。

 片岡は思う。

 きっと、礼を言われる事でもないのであろうと。

 それが、大人達の仕事なのだろうと。







「それはそれとして、事後報告になりますが」


 事後報告。

 片岡の口から出たその単語に、ちょっといい雰囲気を醸し出していたオジサン二人がビシリと歩みを止める。

 大乃はワザとらしく顔をげんなりとさせ、髙山は手を額に当て。


「「今度は何をしでかした?」」


 振り返る二人に巨人は目も合わせず、廊下の天井に設置されたスプリンクラーの穴の数を数えつつお座成りに答える。


「鈴木が消えました」


 その名前に、今の今迄すっかりと忘れ去られていた存在を思い出した二人は口を開けたまま固まる。


『一番面倒臭い奴が逃げ出しやがった』


 言わなくても聞こえる心の叫び。

 頭を抱える二人を見下ろし、的確にその心情を読み解いた片岡は暫く会えないであろう友人を思う。


(まんで、動物園から逃げ出した猛獣扱いやな)







「後、もう一つ」

「今度は何かな?」


 一服でもしようと一階の喫煙所へ行く途中だった二人は、立て続けの事後報告に嫌気が差して来た様で早くしろと急かしてくる。


「……ニコチン中毒者」

「何か言ったか?」

「いいえ」


 蛍光灯に向かって呟かれた言葉は届かなかったらしい。

 気を取り直して、片岡は二人を見下ろす。

 その真剣な瞳に、自然と二人の緊張も高まった。


(今度は何だ?)

(何をやらかした?)


 大人達に全く信用されていない子供は特に気にする素振りも見せず、寧ろ何所か気恥ずかしげに顔を赤らめ頭を掻く。

 普段は見せない片岡の反応に不審がる二人だったが、次の瞬間には如何でもよくなっていた。


「その、紫が……紫陽花が妊娠しました」

「…………」

「…………」


「…………」

「うっ……」

「がっ……」


「…………」

「…………」

「…………」


 何かを言い掛け、逡巡した後、大乃と髙山は見詰め合い片岡に向き直る。


「「お、御目出とう御座います」」

「ありがとうございます」


 懐妊報告だった。







「産むかどうかだなんて、産むに決まっているよね」

「学校など、今や唯の隠れ蓑にしか過ぎなかったな」


 フラフラと足取りも悪く、ぶつくさと呟きつつ喫煙所を目指す二人。

 本当に唯の、事後の結果を報告されてしまった二人。


「しかも一年の産休まで申請しちゃってさあ」

「赤井も連れて暫く田舎に引っ込ませるとは」


 二人の与り知らぬ所で着々と進められていたらしい『実家に帰らせて貰います』作戦。

 片岡の婚約者である青木紫陽花(あおきあじさい)も田舎の学校へ転校する手続きを済ませていたらしく、一足早く里帰りもしており、情緒不安定な赤井を与るとのこと。


「直属の上司として、ちゃんと挨拶に行くんだろうな?」

「嫌だよ。君が行けば?」


 婚約者として、夫婦となるべき家族としての行動を当たり前に取る片岡に感心しつつも、想定外の事態に大乃は投げ遣りである。

 自分が引っ掻き回す分は良くてもされるのは嫌らしい。


「あ~あ。入らないだろうと高を括ってたらコレだよ」

「一番ないと踏んでいたんだが、分からんもんだ」

「何言ってんの。絶対に青木君が……もう片岡か。紫陽花君の方がせがんだんでしょ」

「赤井といい、女性側の度が過ぎるな」


 下世話というか下品である。

 とても当事者達の前では話せそうもない内容を語る親父二人。

 話題の中心人物である片岡は承諾を得ると、やはり気まずかったのか、さっさと一人で病室へと戻って行った。


「まだ人の事を素直に祝われる状態で安心した」


 去り際、髙山を案じる一言を残して。


『アンタには知る権利と、家族に伝える義務がある』


 昨夜の鈴木の言葉が蘇る。


(正直。一杯一杯だな)


 無意識の、甘えの言葉だったのだろうと髙山は考える。


『私の口からは言えない。言いたくない』


 悲痛な叫び。

 それに対し子供が余計な気をまわすなと、大人は虚勢を、見栄を張る。

 それでも。


「僕が代わりに報告しようか?」

「ほざけ」


 後ろ向きになる気持ちを奮い立たせるのは、難しい。

 糠喜びをさせる結果に成った事を、鈴木は悔いているであろう。

 逃げ出した事は責めまいと、帰らぬ孫を想う祖父は受け止める。


「家族には、俺から伝える」


 二人の少女が護衛に混じり過ごした時間。

 彼女達が触れ合ったのは珊瑚と牡丹だけではないのだ。

 妻とも、娘夫婦とも言葉を交わし、笑い合うことも度々あったのだ。

 髙山は昨夜の言葉に応える。


「家長として、当然の義務だからな」







「ちーーす」

「おーーす」

「よーーす」


 セーラー服と学ラン姿の三人組、岩本と関と山が放つ気の抜けた挨拶に大乃と髙山は喫煙所の扉をそっと閉じた。







「なーーん。知らんちゃ」

「僕も」

「俺も……てか椿、お前は知っとけ」


 三者三様の答えに煙の中、大乃と髙山は肩を落とす。

 病院内、一階の喫煙所。

 二畳程の狭い個室でスモーキングスタンドを中心に囲い立ち、鮨詰めになる五人の男女。

 その半数が学生服という酷い有り様な光景ではあるが、警視庁と厚労省の職員は目を瞑る。

 この手の不良や問題児に、注意喚起など馬耳東風である事をよく知っているからだ。


「アンタらだってアタシらくらいの時は吸っとったんじゃないがけ」

「五十年前とか想像出来んくらい緩かったんじゃないがけ」

「髙山のおっさんは五十代じゃなかったがけ?」

「けぇーけぇー、けぇーけぇー、五月蠅いねぇ君達」


 片岡や赤井、話題の中心である鈴木と違って態度や訛りも繕うとはしない三人に大乃は白い煙と共に大きく溜め息を吐く。


「出入り口ばかり気になって、おちおち一服も出来んな」


 流石にこの状況を見られては自身の弁護すらままならないであろうと、灰を落としつつ髙山は呟く。

 スーツを着た大乃と髙山は問題ないが他はそうもいかない。

 火の付いた煙草を口に咥え意味も無く上下させるのは岩本よりも細身で小柄な少年。

 サイズの合わない大きな白いシャツと黒いスラックスをだらしなく着込んだ山椿(やまつばき)。シャツの袖とスラックスの裾を捲り上げ、くしゃくしゃに乱れた長い赤髪を適当に後ろで一纏めにしている。

 白い肌に大きな瞳と整った顔立ちは男だと知っても目を引くものがあり、美少年よりも美少女然としているのは大きな服装で華奢具合が強調されているからか。

 腕を組み壁に寄り掛かって煙草をふかすのは裾の短い学ランをきっちりと着込んだ、髙山と殆ど体格差のない巨体の関胡蝶蘭(せきこちょうらん)。短い前髪を逆立てポマードで奇麗に撫で付けたリーゼント頭に、ギョロリとした三白眼を備えた姿は時代錯誤も甚だしい昔ながらのヤンキーそのものだった。

 下手をすれば実際年齢よりも低く見られかねない山は間違い無く補導の対象に入るであろう。だが岩本と関の二人に限れば、外見年齢だけは倍近くに見えない事もない。

 それでも三十代の学ランリーゼントとミニスカセーラー服は別の意味でアウトだった。


「山君。煙草、止めたんじゃなかったの?」


 期せずして、本当に喫煙所内でよく行われる会話を始めてしまった大乃。


「そいがさあ、聴いてよお」


 何となく場繋ぎで出てしまった煙草の話題を普通に返して来る辺り、山も喫煙所慣れしている感じを漂わす。


「そもそもさ、何で煙草止めようとしとったかいうと ―――」

「次郎が嫌がったんやろ?」

「同居の条件なんやと」

「………」

「………」


 身に覚えのある経験なのか、大人二人は思いがけず聞き入ってしまう。


『私、ヤニ臭い人って嫌いなの』

『子供の居る所では吸わないでって言ったでしょ!!!』

『発癌性物質に、一体幾らつぎ込むんですか?』


 喫煙者の抱える悩みは意外と共有出来るものが多いらしい。


「で、同居っていうか同棲を始めた訳なんやけど ―――」

「追い出されたんやって~~」

「まあ、長くもった方やな」

「――― ねえ。何で態々遮んの? 嫌がらせ? 楽しい?」

「おう」

「事実やん」

「……万年別居中の梅に言われたかないがやけど」


 ギスギスと睨み合う山と岩本。

 外からはいがみ合う歳の離れた女性が醜く言い争っている様にしか見えず、見るに堪えないと髙山は更に肩を落とし煙を吐く。


「あれや。ここで牡丹の警護する事になったやろ? それが決まる少し前のこっちゃ」

「君が続けちゃうの?」


 話そっちのけで睨み合う二人に挟まれる形となった関だが、特に気にもせず話を続け出した。


「暫く一人にさせてとか言われたと思われよ」

「あ、分かった」

「そのまま本当に一人にさせたんだな?」

「ん」

「ほんと、サイテ―なやっちゃなも」

「ぐう…っ?!」


 見事に言い当てられてしまった山少年はそれでもと反論する。


「だ、だからって何時の間にか鍵変えて、荷ごと締め出すとかないと思わんけ!?」

「知らないよ。好きにすればいいじゃん」

「婚約解消とかの報告は要らないからな」


 片岡夫妻とはまた違った、生々しくも面倒臭い近況報告だった。

 民事不介入の体勢に入った二人は話題を戻す。


「別居騒動は置いといて、鈴木君の行方、誰が追う?」







「海外研修前なら兎も角、今はもう無理やちゃ」


 細長いメンソール系の煙草をスタンドに押し付け、岩本は腕時計をかざす。


「面会の時間」

「誰のだ」

「ダンナ」


 髙山の質問に短く答えるとそのまま手刀を切り脇を潜って喫煙所の外へ。

 大乃は特に呼び止める事もせず岩本を行かせた。

 男だけとなった空間に僅かな沈黙が生まれる。

 煙を吸い、吐き出す。

 寿命と時間を無意味に潰す行為。

 感慨も無く、短くなる煙草の端を惜しむ様に見詰める。

 一本目を吸い終わった髙山は二本目を取り出す。


「山。お前なら ―――」

「んーーん」


 突き出された使い捨てライターの火に髙山の言葉は遮られてしまう。

 山を睨むように見下ろすも視線は合わず、片手で器用に箱から出した一本を口に咥えるとそのまま自分の口元へ火を持って行き吹かし始める。


「おい」

「こんなんでも亭主関白なもんで」


 似合わない言葉を最後に、やはり髙山の脇を潜り外へ。

 結局、髙山の煙草には火を点けずライターをスラックスのポケットに仕舞い込んだ山は煙草を咥えたまま喫煙所を出て行った。


「ああいうマナー違反者が居るから肩身が狭くなるんだよねえ」

「同感だな」

「アンタらも一昔前は気にしとらんかったろうに」


 二人が関の一言に黙り込んでしまうのはやはり心当たりが有るからか。

 半分程残した煙草をスタンドに押し付けると、錆びて使い古されたジッポーライターを取り出した関が髙山の煙草に火を点ける。

 特に気取った様子も見せず、蓋を指で摘まみ音も立てずにゆっくりと閉じると学ランの胸ポケットへ。


「ササの奴なら暇しとるやろ」


 呟くと髙山の前へ。

 流石に脇を潜って行くのは無理な体型である。自身と変わらないがっしりとした関の肩に手を置き、髙山はゆっくりと体をずらす。


「お前から注意しといてくれ」

「ん」


 髪を整えつつ喫煙所の外へ。

 取り残された二人は深く煙を吸い込む。

 鼻と眼鏡を折られた少年がそろそろ目を覚ます頃間だろうと、病室へと戻る彼らは最後の一口を吐き出した。

 どうせ吐き出すのなら煙と一緒の方がまだマシだとばかりに溜め息も。

 大きく。

 ゆっくりと。

 作中未成年者の喫煙等の描写がありますが決して推奨するものではありません。喫煙飲酒は二十歳から!

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