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四ヶ月前 『笛吹き男と子供達』

長らく放置させてたので、取り敢えず完結だけはさせようという意気込みで投稿再開。

去年出版社に送った分まではテンポよく投稿していく予定。

「ちょっとよろしいでしょうか」


 スーツ姿の優男だった。

 人懐っこそうな笑みを浮かべ物腰柔らかに擦り寄って来ては、バーで気分良く酒を飲む客達に眉をひそめられながら名刺を差し出す、中肉中背で特徴の無い男。


(わたくし)、芸能事務所のスカウトマンでして…」


 そう前置きをして語り出すスカウトマンはバーの客達に酒を振る舞い始めた。

 気前のいいスカウトマンに客達も気を良くして、酒の肴程度に耳を傾け始める。


「実は今度、撮影されるドラマの子役を募集中なのですが、どうも数が少なく」


 有名な芸能事務所のロゴが描かれた名刺を配り回りつつ、ひそひそと語るスカウトマンの話しの流れで、何となく続きの内容を察した中年以上の客達。

 数人が自分には関係ないと名刺を押し返す中、何人かは興味深げに話しの続きを催促しだした。


「もしご家族の中に十五歳未満のお子さんがいるようでしたら、ぜひぜひ、オーディションにでもと思いまして」


 この言葉に中年以上の男女達が一斉にスカウトマンへと質問を投げ掛けだす。

 十六歳ではダメなのか。

 姪っ子の写真を見てくれ。

 うちの倅は役者を目指しているんだ。

 給料はいくら位だ。主役じゃなきゃ受けさせないぞ。

 有名な俳優や女優はいるんだろうな。

 今回だけじゃなくて、ずっと使ってくれるのか。

 気持ちよく酔っぱらっていた客達に胸ぐらを掴まれる勢いで詰め寄られたスカウトマンは、それでも表情は変えず楽しげに語り続ける。


「詳しい契約のお話に関してはオーディションの後、事務所の方でゆっくりと。申し込みは名刺に書かれた電話番号やサイトのメール、弊社のSNS からでも構いません」


 終始にやにやと笑い続けたスカウトマンは男達の質問に一つ一つ丁寧に答えると、最後にこう残して去って行った。


「身近なご家族にもお伝え下さい。容姿で判断は致しません。演技力は時間を掛け育てていきます。必要なのはやる気だけですと」







 ある男はこの夜の出来事を、幼馴染で同僚の友人に語ってしまった。

 自身の姪を猫可愛がりする男の友人に。目に入れても痛くないと、そう言って憚らない、姉の忘れ形見である姪を溺愛する友人に。

 姪が御菓子を食べたいとねだれば虫歯になるまで与え続け、おもちゃが欲しいと言えば部屋を埋め尽くす程の人形とぬいぐるみを贈る。姪の事になれば周りが見えなくなってしまう男の友人。

 暴走する友人を男が無理矢理止めたのも一度や二度ではなかった。

 だからだろうか。

 男は何時の間にか毎年、友人と一緒に少女へ贈る誕生日とクリスマスのプレゼントに悩む様になり、年末に友人の実家に誘われては、酒に弱い友人が酔い潰れるまで居座る様になっていた。

 姪っ子の為にと頼む友人に付き合いサンタクロースやトナカイに扮したのは一度や二度ではなかったし、週末に少女を連れて訪れる友人と自宅で過ごした日々は数え切れない程だった。

 加減を知らず、際限なくどろどろに甘やかされながらも、少女が傍若無人に育たなかったのは男の眼で見ても驚きだった。

 きっと、男にも身近であった友人の姉の事を語れる存在が、少女の周りに大勢居たからかもしれない。







 ある夫婦はその夜の出来事を息子に語って聞かせた。

 将来は俳優になってレッドカーペットを歩きたいと語る息子に。学校のクラブで演劇を披露し、演劇学校への進学を熱望する、愛する息子に。

 今時の子供らしからぬ息子は将来の為にとテレビゲームやおもちゃではなく本をねだり、世界中の舞台に立つのだと言語の勉強をしている。暇さえあれば近くの劇場に足を運び、気に入った台本の台詞を丸暗記してみせた。

 息子を応援する夫婦はその輝き煌めく情熱を絶やさせまいと、自分達に出来る範囲の手助けを行い、後は自身の努力次第だと、温かく見守っていた。

 例え息子の夢は実現が難しく時間が掛るものであっても、先に夫婦が諦め音を上げることはなかっただろう。

 お互い移民の二世だった夫婦は世の中の理不尽をよく知っていた。生まれ故郷を捨ててきた両親の下、貧しさと差別と疎外感に頭を悩ませ続けていた。

 そんな思いを愛する一人息子にさせたくはないと、その一心だった。







 ある少年は外で又聞きした話を学校のクラスメイト達に冗談半分で語ってみせた。

 次の授業までの暇潰しに、何気ない話題の一つとして。自分達の中から俳優が、女優が生まれるかもしれない可能性を面白可笑しく冗談を交えて。

 本当はクラスメイトの気を引きたかったのかもしれない。応募するのかと、俳優になりたいのかと周りから囃し立てられたかったのかもしれない。

 気になるあの子に、注目してもらいたかったのかもしれない。

 これで本当にオーディションに受かったらカッコいいだろうなと、頬を緩ます少年は友人達に提案する。

 一緒にオーディションへ行かないかと。大勢で受けてみないかと。

 あの子を誘う為、一緒に出掛ける為の口実として。







 結果からいえば、当日オーディションは真っ当に行われた。だが、スカウトマンに個別で呼び出されていた数人の子供達は芸能事務所とは全く関係のないスタジオで集合させられ、そのまま姿を消してしまった。

 この怪しげなスカウトマンがあちこちのバーやクラブに現れたのは夏の始め頃。

 少なくない子供達がスカウトマンと共に姿を消したのは、夏休みの中頃だった。


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