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二章 『血とカルテ』 その1

 少女は一人だった。

 大きな屋敷で一人。

 長い縁側に座り込み、広い庭をぼんやりと眺め。

 両親の帰りを待つ日々。

 父は仕事にしか興味がなく。

 母は父にしか興味がなく。

 だから、少女は屋敷で一人だった。

 だから一人で、両親の帰りを待つのだ。

 大好きな両親を、待つのだ。


 長い縁側で一人、広い庭を眺める。

 この長い縁側を、家族三人で。

 歩いた事はあっただろうか。

 この広い庭を、家族三人で。

 眺めた事はあっただろうか。

 少女は自分に言い聞かせる。

 大丈夫と。

 明日はきっと、家族三人で。

 必ず、家族そろってと。


 少女は、一人だった。

 きょうだいも祖父母も親戚もいない家。

 お手伝いさんが時折、ご飯を作りに来る以外、人の寄り付かない家。

 何時、両親が帰って来るか分からないからと。

 家から出ようとしない少女には。

 友達もいなかった。

 だから。

 それは、必然だったのだろう。

 白球を追いかけ。

 偶然、広い庭に潜り込んだ少年に。

 長い縁側から降り立った少女は。

 裸足で歩み寄るのだ。

 声を掛ける為。

 友達になる為に。

 一人では、なくなる為に。

 一人は嫌だと。

 駆けだすのだ。

「お嬢、随分楽しげだな。なんか良い事でもあったか?」


 麻倉の問いに牡丹はうんと頷く。


「きくお姉ちゃんといちごお姉ちゃん、今日、帰ってくるんだって」

「オレのスマホにもきてた!」


 話に加わる珊瑚も早く逢いたいと待ちきれない様子だ。


「随分早いわね?」

「確か二学期の始めまで戻ってこれないとか」


 大守と尾田は初耳らしく驚いている。


「ゲホッ、何所までの修学旅行でしたっけ?」

「…婚前(・・)旅行ですよ、先輩」


 ビニールの鯱を口で膨らます本城に吉島が訂正を入れる。


「わたしも行きたかったなぁ」


 スマホ内の画像を見詰めつつ、隣に座る珊瑚の肩へ凭れかかる牡丹。

 二人でスマホを覗き込み、鈴木から送られてきたドイツのだだっ広い草原と、そこに建つ三角屋根の可愛い古民家へ想いを馳せる。


「何時も思うんですけど、牡丹さんのこういう所、何所で覚えて来るんでしょうね?」

「?」

「?」


 尾田の呟きに二人揃って首を傾げるカップルの姿を見て『独り身の俺たちにゃ目の毒だな』と大声で笑う麻倉へ、冗談にしてはぎこちなく大守が寄り掛かる。


「わ、私も行きたいなー」

「…私も博美と一緒に、どっかへ連れって下さい、先輩」

「わーいハブられたぞー」


 遠い目をした尾田の棒読みに吹き出す麻倉。

 再度、笑いに包まれた車内で話の流れについていけない珊瑚と牡丹だったが、それでも笑顔と優しさを、楽しさを周囲から確かに感じた二人はつられてくすくすと顔をほころばせる。

 それは在りし記憶。

 夏の思い出。

 消え去った幸せだった。







「――――――、―――――― !!」

「――――――――― ?!!」


 意味を持たない喧騒。

 聞き取れぬ話声に、少女の意識は浮上する。

 重い瞼と、固まった眼脂に阻まれる瞳はそのままに。

 少女は耳に意識を集中させる。


「――― 、―――――――― !!! ―――――――― 、――――― !!?」


 聞き覚えのある声。

 上ずり、捲し立てる様な早口ではあったが、確かに知っている声に少女は声を掛ける。

 乾いた喉と、上顎に張り付く舌を呑み込み、かさかさの唇を動かす。


「いち…ご、お姉…ちゃん?」


 少女の掠れた一言に。

 海野牡丹の一言により、病室内の時間は停止する。

 急に静かになった空間を疑問に感じたのか、牡丹はベットの上で不思議そうに身動ぎ、改めて知り合いの、歳の離れた友人の女性へと声を掛けた。


「いちご、お姉ちゃん?」


 先程よりも確りと発音出来たことに安堵しつつ、牡丹は閉じた瞳で室内を見渡す様に首を動かす。


「……牡丹、ちゃん?」


 恐る恐る、確認する様に投げかけられたその声に『やっぱりだ』と顔を綻ばせよとする牡丹。

 だが、何故か上手く動かせない頬と違和感を覚える自分の声。

 それでも牡丹は、友人へと語り掛ける。


「…ここ、どこ?」

「ここは……病院ですよ」


 優しく、ゆったりと投げ掛けられた言葉に牡丹はあることを思い出す。


「きくお姉ちゃんは?」


 同じ質問を何時だったかは解らないが、今と変わらない状態で意識が覚醒した際、もう一人の歳の離れた友人へと投げ掛けた事を。

 その後、聞きたかった事を聞けずに寝てしまった事を。


「さんご、は?」


 その質問に、室内は息を呑む。

 なかなか帰ってこない答えに牡丹は不安になる。何故病院に居るのかも理解できていない少女は、大切な少年の不在に心を揺らす。

 自身が病院で横たわっているのと同じく、珊瑚の身にも何かあったのではと怯える。不安と怯えで、先程は上手く動かなかった筈の顔はあっさりと歪まされた。


「大丈夫ですよ」


 額に触れられ、ゆっくりと撫でられる感触に、牡丹は何故か前髪が無い事を知る。

 けれども、前髪の有無など瑣末な事とばかりに、もたらされる情報に集中する。

 自身よりも大切な少年の安否を。


「珊瑚君は、牡丹ちゃんのお父さんとお母さんと一緒に……一緒に牡丹ちゃんのお見舞いに来てくれますよ」

「ほんとう?」

「はい。本当ですよ」

「お父さんと、お母さんも?」

「はい。勿論」


 その言葉に息を吐き、少女は今度こそ顔を綻ばせる。

 珊瑚は無事なのだと。

 同じく大切で大好きな両親まで、自分の為にお見舞いに来てくれるのだと。

 何故自分が病院にいるのかなど、最早少女には如何でもよかった。お盆と誕生日とクリスマスと正月が一度に来た様な、そんな嬉しさに胸を高鳴らせる。

 安堵と嬉しさと、優しく撫でられるひんやりとした手の感触が心地よかった。

 少し喋り過ぎたと、少女の体は再び意識を沈めさせようとする。喜びに包まれ眠りにつこうとする少女は、もう一つ、ある事を思い出す。

 忘れてしまう前にもう一度と、ある約束を口にする。

 それは大事な約束。

 夏休みに二人の友人とメールで約束した、絵日記にも描かれる筈の予定。


『ぜったい、みんなで行こうね』


 珊瑚はもちろん。

 両親も。

 麻倉のおじさんと、大守のお姉さんに、尾田のお兄さんも。

 まだ仲良くなれないけど、本城さんと吉島さんの家族とも。


「…花火、いっしょ、に」


 皆で、一緒に。


「……はい。必ず、行きましょうね」


 その言葉に牡丹は微笑む。

 微笑む頬に温かな雫がこぼれおちた。

 けれど、深い眠りについた牡丹は気が付かない。

 瞳を閉じていた少女は気が付けない。

 涙を流し約束を口にした赤井の貌を。

 眠る少女の額を撫でていた手はゆっくりと、なまじりを通り、涙の落ちた跡を拭う。

 微笑んだままの頬からそっと、小さな顎先を伝い、細い首元へ手は伸ばされる。

 伸ばされ。

 そして ―――――― 。







「おい」


 短く呼び止めた佐々木は赤井の手首を握りしめていた。

 病室のベッドで微笑み眠る小さな患者。その首元へ伸ばされた赤井の手を佐々木の手が止めたのだ。

 その握りしめた細い手首の、恐ろしい程の冷たさに佐々木は内心驚く。

 しかし、今はそれどころでは無いのだ。


「今、何しようとした」


 患者を起こさぬ様、されど力の籠った静かな一言。

 佐々木の視線はベッドの縁に腰かけ寄り添う赤井の横顔にではなく、二人の腕が伸びた患者の首元へと向けられていた。


「いいではないですか。このまま、幸せなまま眠らせてあげるのが」


 心を見せぬ様、冷やかに、されど決意という熱が籠った一言だった。

 赤井の視線はベッドの傍で立ち見下ろす佐々木の顔ではなく、細長い指先が突き立たてられた己の白い腕へ。

 ぶつりと皮膚が破け真っ赤な雫が、腕を伝い指先へ。そのまま横たわる患者の青白い首に零れた。

 二人はその様子を静かに見守る事しかできない。

 そこに目を向ける事しかできない。

 赤く汚れる首元。

 その先、首から上は見まいと二人の視線は逸れる。

 横たわる患者の、微笑み眠る、髙山珊瑚(・・・・)の顔から。







「……この子の為です」


 赤井の一言に病室内の時間は動き出す。

 広くない室内の、出入り口近くの壁際に置かれたソファ。そこに腰かけていた大乃と髙山が音も無く立ち上がる。


「お前が決める事じゃないだろ」


 大乃と髙山はゆっくりと、会話を続ける二人の背後に、窓際に設置されたベッドへと気付かれぬ様に近づく。


「この子に決められる事でもありません」


 佐々木と赤井の視線は交わらない。

 それでも言葉を交わす。

 相容れぬ想いを。


「お前は、この子の何だ」


 大乃は確信している。

 今ここで赤井を止めなければ、小さな命は助からない事を。


「勿論、友達です」


 髙山は平静を保つ為、心を律する。

 今すべき事は絶望に浸ることではなく、更なる悲劇を未然に防ぐ事だと。


「お前は、ダチを殺すがか」


 佐々木のその呟きは小さく、悲しげで。


「勿論 ―――」


 赤井のその宣言は大きく、決定的な。


「――― 必要とあらば」


 決別の一言だった。







「??!!」


 片岡は口を開け絶句する。

 先程、鈴木と九里浜の見送りを終えた片岡は昼という事で空いた小腹を埋める為、売店で菓子パンを五つ程買い込み休憩所で一人黙々と食べていた。

 連絡を受けた際に集合時間が明記されて無かった事もあり『少し位待たせてもいいか』とのんびりしていたのだ。

 鈴木の脱走についても適当な理由を考える時間が欲しかった事もある。

 そして時刻は昼過ぎ。

 再び鈴木の、本人不在の病室へとやって来た片岡はノックの必要もないかと遠慮なくドアを開き、驚愕により動きを止めたのだった。

 それは割れた花瓶。

 砕かれた蛍光灯。

 引き裂かれた布団。

 白いリノリウムの床に散乱するガラスと羽毛に花と見舞い品の数々。

 カーテンは引き千切られ、窓ガラスには罅が。壁紙は袈裟懸けに破れ、赤黒い飛沫が至る所に小さく染みを作っている。

 壁際のソファにはぐったりと座る佐々木が、裂けたシャツに流れる鼻血もそのまま、眼鏡は外し半目の状態で。

 何故か壁へ縦に立て掛けられたベッドには赤井と、赤井を後ろから手足を使い羽交い絞めにしている大乃。その二人を正面から抱え込むように腕を回した髙山が折り重なり合って身を沈めている。

 誰一人として動く者の居ない病室内に唖然としながらも、片岡は一歩踏み込む。


「な、何が……]


 呟き、ふらふらと辺りを見渡すも答えてくれる者は居ない。

 代わりに誰のとも分からない呻き声が発せられた。瞬間、我に返った片岡は慌てて四人の脈を取り始める。


(生きとったかっ!?)


 ゆっくりと息を吐き出す片岡は冷汗を拭う。

 幸いにも死者は出ておらず、全員が気を失っているだけの状態だった。

 だからと言って安堵すら出来ない状況である。取り敢えず人手が必要と判断した片岡は出入り口に体を向け一歩踏み出し、びしりと小さな音を立て再び動きを止めた。

 足下を見れば見覚えのある白縁眼鏡が。二つのレンズを繋げるブリッジが奇麗に真ん中で折れていた。

 ゆっくりと佐々木の方を見遣る。

 未だ半目の状態で気を失ったままの佐々木。鼻血はどうやら止まったらしいが、赤黒く汚れた口元と腹部は見る者に強烈な印象を与えていた。


(見られとらん筈……)


 そう思も半目の佐々木はやはり不気味で、片岡は身を屈め、そっと瞼を閉じてやる。


「何しとんがけ、片岡くん」

「うおっ?!」


 響いた呆れ声に巨体を弾ませ驚く片岡は慌てて辺りを見回す。


「…こっち」


 再度投げ掛けられた方へ、声の主へと顔を向けた。


「お、雄山…か?」


 出入り口に立ち腕を組みつつ呆れた表情で此方を眺める、セーラー服を纏った女性の姿があった。


「ぼさっとしとらんで、まとめて閉鎖病棟(べっとー)つれてくわよ」







 バインダーに挟まれたカルテを太い指先で器用に捲って行く片岡。

 ドイツ語で走り書きされたそれらを眺めては、傍らで寝息を立てる少女の顔を無遠慮に触り、舐め回すように見詰めては再び資料を捲る。

 時折、多種多様な機器で人体の内側を精密に写したのであろう写真に印を付けては、やはり少女の体に触れていく。

 写真と実物。

 記述と実物。

 資料に齟齬がないか虱潰しに隈なく、少女の体を弄り確認していく。

 腕を持ち上げ、下瞼を引っ張り、上唇を抉じ開け、足の爪を凝視し、耳の穴を覗き込み、上着のボタンを外そうとし。


「やめろや」


 本日二度目となる容赦の無い蹴りが、片岡の広い背中へと突き込まれた。


「何しとんがけ、小児性愛者(ペド野郎)くん?」

「……誤解だ」


 先程まで片岡が腰掛けていた椅子には細すぎる左脚が乗せられていた。

 捲れ上がったスカートもそのままに、曲げた左膝の上へ右腕を置いて身を乗り出す、夏用セーラー服を着た女性。

 乾燥し、ひび割れた唇に青白い肌。

 脚と同じく細すぎる腕と指に、伸びたガタガタの爪先。

 いかり肩で痛んだばさばさの髪を首元まで伸ばし、前髪はカチューシャで上げ広い額を晒している。薄く細い眉は吊り上がり、横長の細い眼鏡の奥では隈が出来て充血した両眼が片岡を睨み付けていた。 

 無精者。

 徹夜明け。

 化粧っ気がなく不健康そう。

 見る者にその様な印象を与える女性、雄山桃子(おやまももこ)。 

 片岡、佐々木と同じく医科大学付属高校の学生であり、同郷の同級生だ。

 床に尻餅をついた片岡は先程の言葉とチラチラス視界に映り込むカート内の桃色レースを無視して、そのやつれ具合を改めて直視する。荒れに荒れた雄山の相貌はセーラー服よりも病院服が似合いそうな程であった。

 というのも、今回の拉致事件で深く気落ちする赤井を献身的に看ていた雄山。更には未だ行方知れずとされる少女、海野牡丹の両親まで励ましの言葉を頻繁に送っていた事を知る片岡には余計、痛々しく見てしまう。

 しかし、やつれた外見とは裏腹にキビキビと動き回る雄山からは疲労や不調といったものを感じさせず、床に尻餅をついてなお目線が平行で結ばれる片岡を軽快に詰れる程だ。


「マジで何しとんがけ、性嗜好異常者(パラ野郎)くん? 」

「診とっただけやろが」


 言い終わる間もなく雄山は足を乗せていた椅子を片岡に向かって蹴飛してしまう。が、難無く受け止められそのまま脇へ。

 唐突過ぎる雄山の振る舞いだったが、特にそのまま言葉も無く片岡は両腕を上げ大きく伸びをすると、息を吐き出しごろりと床へ寝転んでしまう。

 足癖の悪さは今更の様だった。


(背中が痛てぇ)


 本日二度目の蹴りに『確実に痣が出来とる』とぼんやり考えつつ、腕を頭の下へもっていき枕に。その様子を見ていた雄山もその場に、床にぺたりと膝を立てて座り込む。


「…小学生の乳房(おっぱい)は触っといて女子高生のパンツは見んとか、なんなんけ」

「…ピンクはあんま似合っとらんと思う」

「勝手に見んなま」

「うざぁ」

「…ロリコン」

「…紫は十分でけぇやろが」

「君のナリでAサイズ触っとんががアウトなんよ」

「おめえもえーのくせしてようゆうわー」

「うざぁ」


 取り留めなく交わされる野次の応酬。

 遠慮の無い、長い付き合いであるからこその互いに許される台詞の数々。

 相手に対する本気の誹謗や中傷ではなく、お互いの痒い所に対する弄り合い。

 淡々と、言葉に感情を含めず行われる会話。

 事実から目を逸らす様な、敢えて別の話を無理に持って来ようとする、不自然でやる気の無い取り繕い。しかし、放って置けば永遠と続きかねなかったそれは、ベッドで眠る少女の寝言であっさりと途切れてしまう。


「さんご」


 か細く、されど確りと呟かれた少年の名前に二人は息を止めた。

 息だけではなく、時間までもが止まったかの様に、広い病室は静まり返る。

 聴こえるのは少女の寝息だけ。

 突きつけられた現実へ、強引に目を向けさせられる二人。

 片岡は目を閉じ、雄山は膝に顔を埋める。

 医者の卵に目を逸らすことは赦されなかった。







「片岡くんはどう診る?」


 カルテをぱらぱらと捲る雄山は片岡の所見を伺う。


「拉致から保護まで約百八十時間」


 片岡は寝転んだ状態からベッドに背を向け、肘をつき横になって答える。

 目は閉じたままだった。


「普通なら不可能やと思う」

「普通なら?」


 では如何すれば可能なのか。

 何が普通ではないのか。

「つまり ―――」


 区切り、頭の中で何が適切な言葉かを考える。


「つまりだ、失敗する可能性を無視して……違うな」


 否定し、もう一度冷静に考える。

 今しがた口を衝いて出ようとしたのは、悪魔を擁護するに等しい言葉だった。


(反吐が出る)


 無意識のうちに、不可能を覆した現実に、成功させた技術に、片岡は呑み込まれていたのだ。


「つまり、施術実行(オペ)そのものが目的で患者(クランケ)の容体を無視すれば可能、てこと?」

「患者、か」


 雄山の補足に、片岡は否定の言葉を返す。


「患者やなくて、人形か模型の扱いやわ」







 何故、誰も気が付かなかったのか。

 雄山は膝に顎を乗せ、目を閉じる。

 何らかの手術後、昏睡状態で衰弱していた少女。

 鈴木に保護された牡丹は直ちに病院の集中治療室へと運び込まれた。

 二十四時間体制の中、数週間に渡り多くの医療関係者が出入りする場所へ。

 尿道にカテーテルを通し、包帯を換え、ギプスを外し、抜糸を繰り返すも気が付かれなかった。

 レントゲン、超音波、MRIにCTスキャンの写した映像にさえ気が付かれなかった。

 数度に及んだDNA検査は確かに髙山珊瑚を示していた。


(そのうち三回は失敗、か)


 混ざり合う遺伝子情報。


(口内と毛髪から採取)


 確かにXYを示す検査結果。


(二人ともO型で)


 混ざり合う血液。


(歯の治療痕どころか乳歯と永久歯の数までも一致)


 そっくり挿げ替えられた上顎と下顎。


(指紋どころか手のひらの静脈までもが一致)


 繋ぎ合わされた両手首。


(部分的に見られる皮ふの僅かなゆるみ)


 毛根を含む、全身の皮膚移植。


(もうまくにん証のふか)


 摘出され、綿を詰められただけの眼窩。


(ほんらい、あるべき、××××と、××××の、ぜんてきしゅつ……)


 牡丹にあって、珊瑚に無いもの。

 男性にあって、女性に無いもの。


(なんで)


 理解は出来ない。

 することも赦されないおぞましい所業。


「改めて、厳密に精査されるやろう」


 何ら感情の見せない片岡の声の平坦さに、雄山が噛み付く。


「随分、やないけ」

「どうしろってんだ」


 間髪、投げ返された言葉は事実であり。


「俺たちゃ高校生だぞ」


 どうしようもなく苛立つ雄山はカチューシャを片岡へ投げつけ、ぼさぼさの髪を掻き毟った。

 前書きの箇所は本来、本文冒頭に入ってたものなのですが牡丹の夢を加筆したことで流れが微妙になり、消すのも惜しかったので前書きへ無理矢理ねじ込むかたちとなりました。

 上手く嵌まる箇所が見つかればそこへ移動させますがしばらくはこのままで。

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