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二章 『病室とお見舞い』 その2

区切りが良いとこで上げいきます。

二章はほぼ病院内の話になりそう。

「先輩! 竜先輩!!」


 白いリノリウムが敷かれた一般病棟の廊下を音も無くゆっくりと歩いていた片岡。その後ろからきゃんきゃんと聞き覚えのある子犬の様な甲高い声が響いて思わず足を止め振り返る。

 振り返るも、視線の先にその声の主は見当たらない。


「こっち! こっちです!!」


 自身の太股辺りから再度響いた声に、片岡は驚き大きく脚を広げ一歩後ずさる。


「きゃあっ?!」


 病院の廊下に甲高い悲鳴が木霊する。

 片岡が片足を大きく持ち上げた為、太股辺りにいた人影は踏み潰されるのではと思ったらしく、頭を抱え小さな身体を丸めてその場にしゃがみ込んでしまったのだ。

 自身の膝程の高さまでに縮こまった人影を見詰め、片岡は何時か本当に踏み潰してしまうのではと冷や汗を流す。


「立て、九里浜」


 未だに縮こまる人影の両脇に手を差し込み無遠慮に持ち上げる。急に自身の視線が二メートルを越え、その見慣れない中途半端な高さと両足が浮いた状況に少女は驚き再度甲高い悲鳴を上げた。

 九里浜頼子(くりはまらいね)は鈴木と左藤が通う都内の小中高の一貫進学校と同じ生徒である十五歳の中学三年生。大乃と同じく、鈴木達とは今年の春からの付き合いではあるが、此方は私生活のみの付き合いだ。

 編入早々打ち解けたこの後輩を鈴木が大層可愛がり、彼方此方に連れ回している為、自然と同郷の親友達とも面識が造られてしまった少女。

 百四十センチに満たない身長。小さな鼻と口に大きな切れ長の目。太く短い眉におかっぱ頭と、こけしそのものといった外見である。

 本物のこけしの様な野暮ったさや古臭さは感じられず、可愛らしく見える辺りは流石の現役女子中学生と言った所。如何にも進学校の生徒ですよと言わんばかりのブレザーも違和感無く着こなしている。もっともその小柄な体型故、中学生には見えない。

 まだ数える程しか会った事のない片岡を仲の良い先輩の友人というだけで、愛称で呼ぶ物怖じしない少女はちょっとした事で直ぐ大騒ぎしてしまう。そんな少女を先輩として、時には友人として、鈴木が可愛がる理由も判らなくは無いと片岡は思っていた。

 地元の後輩達は自分を愛称で呼んではくれなかったなと、どこかこそばゆく感じる後輩の存在に内心微笑みつつ、眉の無い眉間に皺を寄せたままの表情で片岡は先輩の一人としてある言葉を九里浜へ送る。


「病院では静かにしろ」

「判りましたっ! 解りましたから早く降ろしてーーっ!!?」







 平日である。

 自身を棚に上げ『学校はどうした』と尋ねる先輩に対し『お見舞いだからセーフです!』と胸を張り自信満々に答える後輩。

 微妙に噛み合っていない九里浜の返答にこんな子だったろうかと首を傾げつつ、柄の悪い先輩(お姉さん)方の影響だとは微塵も思わない片岡。

 本来なら会う事の無く別々の病室を目指していた二人。しかし、髙山珊瑚の病室へ向かう事を諦めた片岡は普通に鈴木のお見舞いへとやって来た九里浜と鉢合わせする事に。

 軟禁するのなら珊瑚の警護も兼ねて同じ病院に。そう主張した鈴木の要望が聞き入れられたからこそ起きた事態であった。

 拉致された孫を保護せしめた高校生の我儘に『出された要求は呑まざるをえなかった』と語る警視庁の刑事部部長。その苦渋に満ちた顔は筆舌に尽くし難く、情けないやら嬉しいやらで、割と強引に進めた話のようだった。

 そして意外にも、鈴木の持病に関する検査入院と言う法螺を世間は真に受けたらしく、信じきった仲の良い同級生先輩後輩達なんかが頻繁に顔を出す様になる。

 そんな後輩達筆頭の九里浜。

 先程の片岡の言葉を守り器用に騒がしくならない程度で元気良く叫ぶ。


「アイツ! アイツは来ていませんよね!?」

「アイツって誰け?」

「アイツはアイツです ―――」


 どうやら以前、病室で鉢合わせた誰かと一悶着あったらしく必要以上にその存在の有無を片岡に確認する。何があったのかと訊けば愚痴をこぼし始める九里浜に、はいはいと相槌を打ちつつ、道中どの様に病室に入れず帰らせるかを思案する片岡は並んで鈴木の病室を目指す。


「――― そしたらアイツ、何て言ったと思います?」

「なぁん。分からんちゃあ」

「僕の方が似合う! とか言って私が貰ったルージュ、取り上げたんですよ!?」


 『信じられますか?!』と鼻息荒く語る九里浜に片岡は肩を落とし、後輩をからかう赤毛の親友の大人気なさに呆れる。


「またアイツは……」


 実に活き活きと、下らない事でニヤリと得意げに笑う美少年の顔が脳裏に浮かぶ。片岡は『こんな小さな子相手に何やっとんだ』とは言わずに溜め息で誤魔化す。隣を歩く少女が自身と一歳しか離れていない事を度々忘れそうになるのだ。


「その後ちゃんと菊先輩に怒られてましたけどねっ! ざまあみろです!!」


 片岡は楽しげに落ちを語る後輩を見遣り、笑い話として消化できていることを悟ると今度は安堵の溜め息を吐く。口紅もちゃんと返され丸く収まったらしい。桃色に染まった小さな唇も弧を描いていた。


「何時もの流れやなぁ」


 浮かんでいた親友の顔が笑顔から曇り顔へ。口を尖らせしょげ返り、そっぽを向く。

 ふざける山を鈴木が窘める。

 何所の学校にも居そうなクラスのお調子者を構う真面目な委員長といった、有り触れた関係が長く続いている二人。付き合う事になったと聞かされた時も、特に驚き等は無かったと記憶すしている。

 ちなみに、鈴木がそっぽを向く山の機嫌を直すまでが何時もの流れである。

 片岡は親友達の相変わらずな様子に、口元を緩め喉の奥を鳴らす。

 そんな、普段は見せない様な反応を示す片岡を見詰め、ぽつりと九里浜が零した。


「……やっぱり、昔からの仲なんですよね」

「ん?」

「いえ。ちょっと……」


 先程まで勢いは何処かへ、九里浜は神妙な顔付きで片岡を見上げる。

 その声は鈴木の婚約者への不満を楽しげに語っていた時とは違い、何所か余所余所しげだった。

 見上げる視線は、ふと外れる。


「その、……婚約、してるんですよね」


 誰がとは言わず、けれど確認する様な訊き方。

 言葉を選びながらゆっくりと話す九里浜に片岡は足を止め、つられて立ち止まる九里浜と向かい合い、何となく言いたい事を察し廊下にしゃがみ込む。

 しゃがんでも尚、埋まらない少女との体格差を煩わしく感じつつ、片岡はどう説明した物かと考える。

 鈴木が通う学校の後輩。

 最初はその程度の認識だった年下の少女を、鈴木をはじめ片岡達は随分と親睦を深めている。

 片岡達だけでは無く、更には方々が通う学校の生徒達とも仲良くなり、独自の交流網を形成するに至る九里浜。だからこそ、見えて来るものがあるのだろう。

 それは片岡達の異質さ。

 大勢の、様々な人と知りあう事で浮き彫りになる、親しい者達が見せる世間とのずれ。

 田舎から出てきたばかりだから、世間知らずだからでは説明が付かない、大きな違和感。


「やっぱ……おかしく感じるけ」


 高校生の婚約など、然う然う有り得る筈など無いのだ。







 婚約。

 それは法律的な行為でありながらも手続等は必要とされず、双方の合意と周囲への公表で済ますことができる婚姻の約束。

 海外では宗教的な行為や手順も必要とされる婚約は、確かに未成年者が軽々しく行って良いものでもなく、大っぴらに吹聴するべき事でもないのかもしれない。

 しかし、それらの事など気にもせずに婚約を語る高校生達。小さな子供が口にする微笑ましい口約束とは違う。分別ある高校生が語る異様さ。

 男女が将来の結婚を約束する。

 そこに疾しい事実が、不都合な真実が無くとも、未成年の学生だからいうだけで後ろ指を指されてしまう現実が在った。

 『愛しているから』

 『一緒に居たいから』

 『早く結婚したいから』

 『長子だから』

 『親が決めたから』

 『家業を継ぐから』

 『子供が欲しいから』

 『風習だから』

 『周りの人達がそうだから』

 様々な理由の下、決して恋愛の延長線上から成る婚約だけではない事を知る片岡。

 けれども、それが当たり前。


(学生やなくとも、婚約なんてのはきっと、そんなんばっかな筈や)


 非難足り得る事実かは解らずとも、それが真実。

 奇麗事だけではない。望み望まず、強引に理不尽に。愛や恋だけでは無い、様々な想い。

 きっと、幸せとも限らないのだ。

 幸せになれるかも、判らないのだ。

 それでも始まりは何であれ、そこから愛や恋が生まれないなんて、幸せになれないだなんて、そんなことは絶対に在ってはならない。

 だからこそ、唯の口約束だけとも思われたくないのだ。

 決意であり、挑戦でもあるそれを、意味のあるものだと信じているから。本気であると信じてほしいのだ。

 故郷の友人達の様に親しくなれた九里浜に理解してほしく、片岡は悩む。

 自身の婚約者を思い浮かべ、何故自分が眉毛を剃り、髪の毛を染め、耳に穴を開けたのかを思い返す。

 それはきっと、眉毛の無い彼女の表情が可愛かったから。

 彼女の金髪が美しかったから。

 彼女の耳元で揺れるイヤリングが奇麗だったから。

 彼女の気を引きたくて、彼女を理解したくて、彼女の好みに近づきたくて ――― 。


『形から入り過ぎ……』


 呆れ顔で見詰める彼女は、そんな、とんだ面食いの片岡を慕ってくれた。

 恋い焦がれ、愛した少女が応えてくれた。

 普段、寄っている筈の眉間の皺が解かれる。

 その表情はどことなく寂しげで。


「…変に、見えるけ」

『まともとは言えないよねぇ』

「嘘くさく、思うけ…」

『他言すべきではないな』

「………っ ――――――」


 出会って間もない頃の大乃と髙山の声が、片岡の頭の中で響く。

 真面(まとも)ではない。

 それはきっと婚約の事だけでは無い。自分達の存在と、任される仕事についても。

 仕事をさせる大人達とそれをこなす子供達。どちらかが間違っているのでは無く、どちらもが間違っているという現状に片岡は苦笑を浮かべる。


(確かに真面じゃ無い……やけど、それでも)


 普通に誰かを好きになり、愛し、結婚するのだ。

 二年後の結婚式に、この小さな友人に笑って祝福されたいのだ。

 だから。


「――― 変です」


 九里浜の声が廊下を通り抜ける。感情の窺えない冷めた瞳が片岡を射抜いた。

 片岡はゆっくりと俯き、目を閉じた。


「嘘っぽいし、冗談みたいで何より間違っていると思います」


 これは、仕方がない事なのだと。


「だって」


 如何し様も出来ない事なのだと。


「だって在り得ない」


 片岡は己に言い聞かせる。


「菊先輩があんな奴と結婚しちゃうなんてっ!!」


 言い聞かせ ――――――。







「―――――― はぁ?」


 大男の、間の抜けた声が響いた。







「奇麗で可愛くてカッコ好くて勉強も料理もスゴイ出来る菊先輩がですよ!?」


 両手を胸元で強く握りしめ早口で捲し立てる九里浜は現実を受け入れようとせずに拒絶する。


「下品でいい加減でちゃらんぽらんな顔だけの奴とですよっ!?」


 相手を的確に貶め駄目な男に引っ掛かる鈴木の趣味の悪さを受け止め切れず認めたくは無いと叫ぶ。


「婚約ですよ! 結婚ですよ! 夫婦に為っちゃうんですよっっ!!!」


 全身に力を入れ汗を流し熱く力説する九里浜をぽかんとした顔で見詰める片岡。


「何時も人目も憚らずベタベタしてくるアイツに対して何で菊先輩はもっと嫌がらないんですか!? 何で満更でもなさそうなんですか!? この前なんか私が席を外している間にキスしようとしてたんですよ!! 羨ましいです!! 私ももっともっと菊先輩とっ……!?」


 後輩の意外な一面を目の当たりにし、片岡は自身の早とちりから何とか自力で抜け出す。

 愚痴とも八つ当たりとも言えない九里浜の主張は未だ続き。


「私としては(かず)先輩か桜先輩が良いかと思うんですけど、二人にはあけびちゃんと苺様がいますし」


 右藤はちゃん付けにし、赤井を様付けに。


「竜先輩には紫さんですし…」


 いまいち友人達と後輩との距離感が掴めず、終いには鈴木の事をお姉さま呼びしてしまいそうな九里浜に頭痛を覚える片岡。


「ここはやはり独り身の蘭先輩を!」

「そこはそっとしとかれま」

「大丈夫です! 今こそ見せてやるべきなんですよっ!! ダメンズざまぁからの婚約破棄!!!」

「高い高ーい」

「きゃーーーーーっ??!!」


 仏頂面に戻った片岡は安堵する。

 少なくともこの少女とは、先輩後輩として、友人として付き合って行けるのであろうと胸を撫で下ろして。

 願わくは、この少女が受け取るであろうウェディングブーケを夢見て。


「じゃんとこ~い、じゃ~んとこいっと」

「近っ! 近いです! 蛍光灯が!? スプリンクラーがっ!!?」

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