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二章 『警護とデート』

日本編に入ります。

 海野牡丹(うみのぼたん)の顔は恐怖で強張っていた。

 有らん限りの力で嫌だと叫びだしたいのに下唇を噛んで我慢し、周りの光景も直視しない様にと両目を硬く閉じている。そんな立ち竦む少女の顔を心配そうに覗き込むのは恋人の少年、髙山珊瑚(たかやまさんご)だ。

 珊瑚は牡丹の隣に立ち、落ち着かせようと言葉をかける。


「だいじょうぶだよ」


 珊瑚は恐怖と緊張で強く握られた牡丹の柔らかな拳に、そっと自身の手の平を被せた。


「だいじょうぶ」


 繰り返し言葉を重ねる珊瑚はゆっくりと、優しく拳の隙間へ指を押し込む。そして怯える牡丹の心を解きほぐすかのように閉じた手の平を、やや強引にではあったが、開かせてみせた。


「……うん」


 二人の掌が重なり合い、互い違いに指が交差する。

 いわゆる恋人繋ぎに、薄目でそれを確認した牡丹は頬を染めた。


「いっしゅんで、すぐ終わるって」

「…………」


 尚も牡丹を安心させる為、言葉を尽くす珊瑚。しかし恋人繋ぎ以上の効果は得られないのか、俯く顔を上げるには至らず、珊瑚の眉も八の字を描いてしまう。

 牡丹もうんうんと頷いてはみるも、ちっとも大丈夫ではなかった。心臓は更に強く脈打ち、両脚はがくがくと振るえいう事を聞かない。

 彼女にとって慣れない恋人繋ぎが思わぬ逆効果を見せていた。


「いっしょなら、平気だろ?」

「でも」


 煮え切らない牡丹に珊瑚は根気強く話しかける。それでも最後の一歩踏み出せない彼女に焦れているのだろう。牡丹を引く珊瑚の左手の力は次第に弱まってくる。


「じゃあ……ボタンは止めとく?」

「いやっ!」


 珊瑚は妥協案を提示するも、一緒に居たい牡丹には受け入られず、反射的に否定の言葉が吐いて出てしまう。

 牡丹は空いた手で自身の長いおさげの網目を数える様に弄りだす。珊瑚の視線に耐え切れず顔を逸らしてしまうのは、自分が矛盾する我侭を言っていると理解しているからか。


「本当は、だいじょうぶじゃないんでしょ?」

「だいじょうぶ! だからボタンもだいじょうぶだよ」

「本当に?」

「うん!」


 終いには一緒に諦めて貰おうとするも、恐れを感じさせない真っ直ぐな彼の答えに、牡丹はようやく珊瑚の方へ顔を向ける。珊瑚の顔に不安はなく、わくわくと期待を膨らませている笑顔まで浮かべていた。

 一瞬、この笑顔を信じてみようかしらと牡丹の心は動きかけるも、いやいや待て待てと、首を振り自身の考えを否定する。一体幾度この笑顔に、その強引さに騙されて来たのかと。


「うそっ! イジワルの顔だもん!」

「え~~」


 恋人に信じてもらえない少年はがっくりと肩を落としてみせる。散々からかい続け、いじめ倒してきた過去の自分の責任ではあるが、ここまで信用されていないとは思いもしなかったらしく、その顔は悲しげだった。


「……じゃあいいよ。やっぱりオレ一人で行く」

「えっ?!」


 不貞腐れる珊瑚は左手を離す。だが牡丹にとってそれは予想外の行動だったらしく、慌てて離れた手に飛び付き抱き締める。


「いやっ!!」

「え~~~~……」


 もうどうして良いのか判らず、珊瑚は傍に立つ大人に相談してみた。


「ねえ。どうしたらいいと思う?」

「取り敢えず、三人で行ってみようか。後ろもつっかえているし」


 そう言うと、珊瑚と牡丹の腹部を遠慮なく太い腕で抱えた男は、丸く狭い入口へずんずんと進み出す。ごうごうと音を立てて尽きる事の無い水流が吸い込まれる、落差二十メートルの透明な滑り台へ。

 絶望の表情を浮かべる牡丹には地獄への入り口にでも見えるのだろうか。


「じゃあ、行って来ますんで」

「お気を付けてー」

「イヤーーーーッ?!」


 爽やかな笑顔を浮かべ、小学一年生二人を軽々と抱える男、本城誠(ほんじょうまこと)は傍に立つ男性スタッフに出発を告げた。

 手足をばたつかせ絶叫する牡丹を見てもスタッフが助けようとしないのは、かれこれ十分以上、恋人との甘い遣り取りを見せ付けられていたからに違いない。笑顔を無理に浮かべるスタッフの口は引き攣り目元は痙攣していた。

 夏休みの殆どをバイトに費やす彼には、一緒にウォータースライダーを楽しむ恋人などいなかった。妻子持ちの本城は若干、哀れみを込めた目を向けてしまう。


「滑りながらの会話は舌を噛む原因になりますのでお控え下さーい。鼻に水が入るので口で息して下さーい。スマホ撮影は危険ですのでお止めく下さーい。ちゅーは大人になってからお願いしまーす」


 やる気の無い手慣れた対応を見せるスタッフへ本城は苦笑いと共に、夏の日差しを受け輝く白い歯を見せ付ける。

 青空へ架かった天の川に、少女の絶叫が響き渡った。







「おじさん、こっちこっち!」


 人混みの中、プールサイドで少年が元気良く手を振っている。肌を小麦色に焦がし、真っ青なアロハ柄のサーフパンツを穿いた、見るからに活発そうな角刈りの少年、髙山珊瑚だ。

 珊瑚の隣には白い肌に長いおさげが特徴的な、真っ赤で派手なビキニ姿にも関わらず、内行的な印象を抱かせる少女、海野牡丹が立っている。

 全てが対照的な二人は仲良く指を絡ませ、互いに手をきゅっと握り締めていた。

 時折すれ違う大人のカップルや、子供連れの夫婦が微笑ましげに珊瑚と牡丹を見詰めては擦れ違って行く。誰の目から見ても二人は仲の良い恋人同士で、ただの友人だとか兄妹だとか、そう考える者はいなかった。


「はいはい」


 目立つ幼いカップルに笑顔で手を振り替えしたのは黒い競泳水着に白いパーカーを羽織った長身の男、本城誠だ。

 父親でもなければ親戚や年の離れた兄でもない、二人のどちらともと全く血の繋がりがない男。本城は警視庁の警備部警護課に属する所謂セキュリティポリス(SP)だった。

 普段は政府要人の身辺警護を任されている本城だが、今はとある事情により小学一年生の髙山珊瑚の担当として、その身辺警護に当たっていたのだ。


「大変ですね」

「今だけですよ。じきに二人きりで、あっちこっちに出掛けるんですよ」


 後を追いつつ、珊瑚達とすれ違った子連れの女性に声を掛けられては爽やかな笑顔で適当に相槌を打つ、親戚の保護者を演じる本城。違和感無く珊瑚の叔父役を演じてはいるが、内心、今までの業務内容とは違う現場に戸惑っていた。

 基本、SPが要人に付き添うのは外出する際だけであり、出発地から目的地到着までといった送迎に終始している。建屋内にまで一緒に入り、出入り口前で待機する立哨警備もあるにはあるが、日常生活にまで踏み入り一緒にウォータースライダーを滑るなんてことはまず無かった。


(……誠司(せいじ)はまだ小さいからなあ)


 家族以外の、自分の息子と関わりの無い子供達との思い出が増えていく日常にも本城は微妙な想いを募らせていた。

 何故、自分の子と触れ合う時間を削り、他人の子の面倒を見なくてはならないのかと。


「おじさん。次あっちにいこうぜ」

「分かったから、落ち着きなさい」

「はーやーくー」

「おいっ走るな!」


 落ち着き無く我が儘を口にする珊瑚へ時たま、きつめに接してしまうのは現状に対する明確な不満の現れでもあった。勿論、本城の都合を知る由も無い子供の珊瑚に当たっても仕方の無いことではあるのだが。







「だ~か~ら~。女は胸じゃなくて尻と脚なんだよ!」


 金髪に青色のサングラス、黒スーツに柄シャツと、チンピラ感丸出しの中年男性、麻倉和実(あさくらかずみ)の情熱の籠った一言は年若い女性、大守要子(おおもりようこ)の拳骨によって叩き潰された。


「真昼間からナニ叫んでるのよ。自重してください」

「隊長。それ、今時はパワハラ扱いですよ」


 大守の重たい一発に気絶し、熱々のアスファルトの上でうつ伏せになり顔を焦がす麻倉を冷めた目で見下ろすのは正に胸派として一歩も譲らなかった青年、尾田吉丸(おだよしまる)


「私の頭上で胸派尻派脚派の討論をするのは?」

「大丈夫です。隊長は腹筋派だって、僕達は知ってますから」

「セクハラだって言ってんのよ」


 再び振るわれた拳骨は尾田の鳩尾に減り込み、仲良く麻倉と寝転ぶ事に。

 無様に気絶する二人を見下ろす大守は呆れたと溜め息を零す。


「……私もついて行くんだった」


 黒いバンの影、日傘を差した大守は未だうつ伏せ状態の麻倉の背中にどかりと腰を下ろす。さも、これがお望みだったのだろう言わんばかりだ。

 そこはレジャープール施設の駐車場。普通乗用車と軽自動車が隙間なく停まるその場において、前後左右斜め全て一台ずつ空きがある空間があった。時折、徐行運転でやって来る家族連れの車が、しめしめとその空いた箇所に停まろうとしては、中央に居座る全面スモークガラスの巨大なバンに気が付き慌てて離れて行く。


「雨でも降らないかしら」


 流れる汗を拭い、日傘の下で忌々しげに仰ぐ空は憎たらしい程の晴天だった。

 麻倉と同様、黒いスーツに身を包む大守は上着を脱ぐと、一人だけ白の半袖シャツだった尾田の頭へとぞんざいに被せる。


「後一時間か。……我慢してよ?」


 何時もは聞き流す二人の遣り取りに、いらいらと手を出したのは暑さ故か。


「私も水着、持ってくればよかった」


 三人の中で一番若い警護官の隊長は再度、汗を拭い大きく溜め息を吐いた。







「…起きて下さい、先輩」


 プールサイドのベンチに腰掛け仕事中であるにも関わらず警護対象に巨大なバナナとシャチを装備させ流れるプールに放流し、一人でうとうととしていた本城は隣からの声に瞼を開けた。

 本城に声を掛けたのは隣に座る、自身と同じ様な黒い競泳水着と白いパーカーを羽織った、そばかすも残る若い女性だった。

 ストローの付いたプラスチックカップを両手に、プールへ顔を向けたまま無表情で、本城の前に片方のカップを差し出している。


「随分とゆっくりだったな、吉島」

「…混んでいたので」


 本城はアイスコーヒーを手渡されるも、お礼もなくストローに口を付ける。横柄にも見える本城の態度だったが、何時の間にか隣に座りカップをどの位持たせていたかも判らない女性、吉島善美(きちじまよしみ)は特に気にした様子も見せず、太いストローでコーヒーフラッペを吸い始めた。

 お互いに顔を確認することもなく暫しの間、喧騒に紛れ黒い液体を啜る音がベンチの周りに響く。


「…人気者ですね、先輩は」

「ん?」


 中身がまだ固く吸い出せないのか、カップの側面をべこべこと揉み温める吉島は、やはり本城へ顔も向けず、ぼそぼそと呟く。

 そんな吉島の小さな呟きに頸を傾げていた本城は、ああ、と納得してストローから口を離す。


「向こうが勝手に懐いているだけで、なんだ、君も同じ様なものだろう。あの二人とは、……珊瑚とは歳が近いからな」


 約二十才の差を近いと言ってしまうのは、駐車場で待機する先輩方とも比べ、部隊の中では二番目に若く、自身の子より珊瑚達が六つも年上だからか。


「…先程、何度も子連れの奥様達に話し掛けられていましたね」

「……そうだったな」


 全くの見当違いを語ってしまった本城は誤魔化す様に、再びストローに口を付け一啜り。意外にも大きな音が出てしまい、カップの中身を覗き込めば早くも黒い液体は消え氷だけとなっていた。

 少なすぎるのではと、疑問に思いカップを観察してみればSの文字が。Mサイズを頼んだ筈が勝手に縮小されていたと気が付く頃には、隣のお高そうな茶色いフラッペも半分以下に。


「釣り銭は?」

「…出ませんでした」

「……ならいい」


 コンビニで買うよりも割高で少ない氷を口に放り、物足りなさそうにごりごりと噛み砕く本城。


「今度はうちの娘と一緒に四人で、どうです?」

「ゴフッ」


 何とか氷を吐き出さずに済んだ本城は睨む様に漸く吉島へと目を向ける。視線の先ではベリーショートの黒髪からさらけ出された広い額と小さな耳がほんのりと赤く熱を持っていた。

 思いの外、至近距離に腰を下ろしていた吉島に驚き仰け反る本城は直ぐ様視線の方も逸らしてしまう。

 一人慌てふためく本城に対し、吉島の方はやはり気にした様子もなく、水気の抜けたカップの中身を見詰め早く溶かそうと、無表情のままストローをざくざくと突き立てては掻き回している。


「……五人で、だろうが」


 何とか言葉を返す本城だったが。


「…二人目ですか?」


 本気とも冗談とも取れない答えに肩を落としてしまう。


「俺の嫁さんも入れて五人だ」

「…奥さんは御自宅で、ゆっくり休ませてあげましょうよ」

「もういい」


 ぼそぼそと、小さな口を動かす吉島は尚も積極的に本城を誘う。勢いはなかったが強引さは際立っていた。


「…先程、うちの家内だと言って奥様達に紹介していたではありませんか」

「仕方ないだろう。あの場はああするしかなかった」

「だからって、態々水着に着替えさせてまで呼び出します?」

「出入口の監視から呼び出したのは交代の時間だからだ」

「ペアルックなのは?」

「支給品だからだ!」

「残りいかがですか?」

「いらんっ!!」







 陽射しが弱まり、パラソル下のベンチから顔を出した本城と吉島はプールサイドへと近づく。

 プールの中で頭上を見詰め出す大人達が現れるも、甲高い笑い声を上げはしゃぐ子供達は気にも留めず遊び続けている。その姿は楽しい一時の終わりから、知らず知らずのうちに目を背けている様でもあった。


「雨が降る前に出るぞ」

「えーー!!」

「…牡丹さんも、早く出ないと体を冷やしますよ?」

「……」


 波に乗ってゆっくりと流れ続ける小さなカップルを追いながら、本城と吉島はプールサイドの縁を並んで歩く。あちこちでごねる子供の腕を引く大人達の奮闘が見受けられた。やや強引に腕や胸に抱かれ、ふくれっ面の子供達は真水のシャワーを潜りに出入り口へと向かい始める。


「…混んできましたね」

「暫く待つか。後一周だけだからな」

「やった!」


 牡丹が跨るシャチの頭を押し返し、流れに逆らう遊びをしていた珊瑚は手を離し、とぷんと水中へ潜ると尻尾の方へ。後ろからシャチの背中へとよじ登ると二人乗りの状態に。何の躊躇いもなく体を密着させる珊瑚は両手を牡丹のお腹の前へ回し、両脚でシャチの胴を挟み込む。

 もぞもぞと体を揺する牡丹の顔は恥ずかしげだったが、満更でもないのか珊瑚の両手に手を重ねていた。


「何と言うか、随分ませているな」

「…いいじゃないですか。今時っぽくて」


 増した重さに水中へ沈み込むシャチは空気を読んでいるかの様に、のろのろと外周目一杯に泳ぎ出す。大人達は足を止め、人の捌けたプールの中、二人きりの回転鯱を楽しむカップルを目で追う。


「…彼とはよく話すんですけどね、彼女」

「そりゃあ、恋人だからな」


 背を向け流れていく二人の表情を本城は窺う事が出来ない。それでも背を曲げ牡丹の左肩に顎を乗せる珊瑚の楽しげな後ろ姿は確認出来た。

 牡丹の長いおさげが小さく跳ねている。


「…人見知り、というよりは単に嫌われている感じがします」

「考え過ぎじゃ ―――」


 そう口にして、ウォータースライダーでの遣り取りを思い出した本城はパーカーの袖を捲ってみる。抱え上げられた際の、本気の抵抗を見せた牡丹の爪跡が腕に赤く残っていた。

 七歳女児の握力である為、然程痛みも無く恐怖の余り必死で腕にしがみ付いたのだろうと勝手に解釈していた本城だったが、吉島の言葉に一人納得する。


「…SP に対する扱いとしては、正解なんでしょうけどね」


 珊瑚と牡丹に出会ってひと月足らずの本城と吉島。社交的な珊瑚とは初日から難無く接する事が出来た二人だったが、恋人として紹介された牡丹は違った。

 春から珊瑚の警護を請け負っている部隊の三人とは時折声を上げて笑う姿まで見せる牡丹だったが、本城と吉島には目すら合わせないのだ。顔や目線を反らすのは勿論。何か伝えたい時は尾田を通して。トイレやお風呂は吉島を抜かして大守と一緒に。二人が近づけば声にならない悲鳴を上げて麻倉の後へと逃げる始末であった。

 この牡丹の対応を頻繁に女性から言い寄られてしまう男、本城は只の照れ隠しだろうと捉えていたのだが。


「…先輩は変な所で鈍いですよね」

「……」


 本来ならば警護対象外として、SP 達とは面識を持つ必要さえなかった筈の少女である。コミュニケーションが取れなくともそこまで問題視する必要はなかった。しかし、今ではデート時限定で最重要警護対象の扱いにまで昇り詰めている。それも偏に、ゴールデンウィーク中に二人の恋心を自覚させカップル成立にまで持ち込んだという、少し年上な高校生の友人達という怪しすぎる存在があったからだ。

 余計な事をしてくれたと考える本城と吉島だったが、残りの三人は違っていた。

 この結果に至った経緯の説明を求める二人に対し、二人組の方が手を出し辛いとか、二人になれば行動範囲は狭まるとか。最終的には取り繕う事も忘れ『坊主(さんご)と坊主の親父がイイつってんだからイイんだよ』と強引に押し通して納得させにかかる始末。


「麻倉さんも何考えてんだか」 

「…何も考えてなさそうですよね」

「だとしても原因は麻倉さんではなく、二人をくっつけさせた女子高生達とやらか」

「…麻倉主任が、兄弟姉妹の様に接していたとか。本当なんでしょうか?」

「麻倉さんの言うことだ。話半分程度で聞き流せ」

「まあ、兄弟姉妹の様に接したいとも思いませんが」

「……」


 小さく溢した吉島の呟きに、本城は応えない。

パーカーのポケットの中、本城のスマホが鳴った。


「時間だ」


 ワンコールで切れたスマホを本城は確認しない。


「今度来るときは、五人でだ」


 吉島も応えなかった。

 パーカーを脱ぎ捨て、意外にも大きく開いていた白い背中を本城に見せ付けると、音もなくプールへと飛び込む。

 流れに乗って波も立てずに迫る吉島からシャチは逃げ続ける。もうすぐ二人きりの時間が終わってしまうことを、珊瑚と牡丹に知らせたくないかのように。

 その光景を見詰めるだけの本城は二人に声を掛けて知らせる事もなく、パーカーを拾い上げようと身を屈めた。


 雨の中、牡丹が後を向き珊瑚の顔と重なる。

 誰にも見届けられる事も無く、二人の時間は終わりを迎えた。

 これは誰の記憶にも残らない、夏の日の出来事。

 幼い恋人達は未だ知らない。

 訪れる未来を。

 永遠の別れを。

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