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序章あるいは最終章

 都内某所。

 とある一室。

 部屋の奥にある小窓から差し込む月明かりに照らされ、ぼんやりと浮かび上がる二人の影。

 一人は折り畳まれた布団の上に腰掛ける形で、しゃんと背筋を伸ばし、もう一人は向き合う形で壁に背を寄り掛からせ、だらしなく畳の上で胡坐をかいている。


「夜更かしは刑務官に怒られてしまいますよ」


 非難ではなく、控えめな冗談として発せられた、疲れと老いを感じさせる女性の声。


「夜間のお喋りもご法度だろ?」


 返って来たのは、溌剌とした若々しい男の声だった。

 その生気溢れる声を聞き、女性は羨ましげに目を細める。


「……貴方、随分とお若いのね」


 首を竦め、おどけて見せる男は笑いながら応える。


「顔は割と老けてんだが、まだ十代半ばでね。同窓生の中でも遅生まれで一番の年下」


 聞かれてもいない事をペラペラと上機嫌に語る男、少年の顔は、確かに十代と言い張るには少々無理のある威厳を纏っていた。

 だが女性にとっては顔よりも年齢の方が重要らしく。


「あら、私の娘と同じ位の年頃なのね」


 娘やそのクラスメイト達に近しい年齢である事が嬉しいのか、それとも単に子供好きなのか。顔を綻ばせつつも、申し訳なさそうに女性は言葉を重ねる。


「こんな狭い所でごめんなさいね。おもてなしも出来ずに、自由にお茶も淹れられないのよ」

「いやいや、此方こそ。手ぶらで上がり込んでしまって申し訳ない」


 三畳一間の拘置所。出入り口が鉄格子で阻まれた独居房内で繰り広げられるとは思えない会話だった。


「…ふふっ」

「あはっ」


 思わず二人揃って吹きだし、周囲の独房を気遣う様に、くすくすと小さく笑い合う。

 そして、どちらからともなく一息つくと、互いに居住まいを正した。

 少年は壁から背を離し、すっと正座の形に。女性も布団から降り、ぎこちなく正座しようとするが、無理はしなくてもよいと少年に止められ立膝に。

 おずおずと女性が切り出した。


「それで今夜は、どの様なご用向きなのかしら」

「そうですね……」


 膝を突き合わし、向かい合う少年は角刈りの頭をがりがりと掻く。言葉を探している様で、うーんと唸っている。


「実はですね…」


 気まずげに出た言葉の先を催促する女性は頷く。


「貴女を此処から連れ出す手筈だったんですが、如何にも予定の時間より早く来ちまったみたいでして……」

「あらっ、まあまあ」


 その予想外の答えに、女性は口に手を当て驚く。

 少年も恥じ入る様に、頭に手を置き苦笑いを浮かべる。


「なんで、もし良ければ予定の時間までの暇つぶしに、世間話なんてどうかと」


 申し訳なさそうに出された少年からの提案だが、その期待する様な声からも、わざと早く来て対話する時間を設けたかったという意思が透けて見えるようだった。

 芝居がかった、ともすればふざけた態度だと捉えられかねない少年の言動。それでも相対する女性はやはり子供好きなのか、余程退屈していたのか、その事を指摘することもなく。


「ええ。私でよければ」


 真冬の月夜、寂しい独居房の中に居るとは思えない、温かな微笑みだった。


「感謝します、ベルツ夫人」


 少年の方も釣られて微笑むと、頭を下げ御礼を述べた。


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