始まりは、コグマ組
戦の始まりは、有楽幼稚園、コグマ組。
柴田の所属するコグマ組には、伊藤高次がいた。四歳児にして、肥満児、暴力的な性格、尽きぬ食欲、まるで暴虐なオーガのような男だった。そして、もう一つ、奴は身の程知らずにも『勇者』を自称していた。
貴様ような勇者がいてたまるか。勇者とは……勇者とはなぁ。
エセ勇者を撲滅すべく、抗争が勃発した。後に、第一次ゴグマ組戦役と記された。(柴田が毎日書いている日記に)
攻防は、一進一退を極めた。
一時間目、お絵かきの時間。制限時間を確認し、配分を決める。高次はいつも通り、何の意図も無く、何の考えも無く、乱雑にクレヨンを扱いながら、殴り描き始めた。
その瞬間、柴田は勝利を確信した。
お披露目の時間。審判は先生。柴田と高次の作品を、交互に見比べていた。
「あら柴田君、可愛らしく掛けているわね、そのゴリラ。高次君の猫よりよく書けてると思うわ」
先生、ゴリラじゃなくて、ゴブリンです。
喉までその言葉が出かかったが、結果オーライにつき、その事実は日記にしまっておくことにした。
よしっ、まずは一勝。
二時間目、習字の時間。字の読み書きは、柴田の苦手とする科目だった。明らかに生前の記憶が邪魔をしている。前世の共通文字であるバレルヨネ文字の読み書きは勇者のたしなみであったが、それが逆に仇となる結果となった。
断じて、頭が悪い訳では、無い。この国の字はどうも肌に合わない。ただ、それだけのことだ。
「『あ』よ。『あ』! それは『お』でしょ! 『おりがとう』じゃなくて『ありがとう』ね。あ・り・が・と。う」
先生、似たようなもんでしょう。心底、どっちでもいいです。
だが、高次が鼻につくような顔をして、勝ち誇ったように、こっちを見て、なんか、気に喰わなかった。これで一勝一敗。
決着はお遊戯の時間でつけることにした。
勝負は、勝ち越した者が、勝ちなのだ。
「喰らえ、柴田。勇者剣、エーテルマーテルソードぉ!」
そう言いながら、高次が紙で作った剣で柴田を斬り掛かって来た。
俺の剣の方が硬い。おままごとの時に指先を目いーっぱい駆使して制作した、カッチカチの紙の剣で応戦した。
結局、勝敗は剣の質で決まった。奴のエーテルなにがし剣とやらが折れて、意味を為さなくなり、僅差で柴田の剣が奴の頭に届いた。泣きだし、先生にすがりつく高次。追い打ちを決め込む柴田。大きな拳骨で殴られる柴田。
結局、先生から酷く怒られる羽目にはなったが、なんとか高次には勝つことができた。やっぱり、本物の勇者だったと柴田は確信した。