魔王に責任転嫁
「なあ、みんな。考えてみたんだが、一度戻らないか?」
勇者アレスは極力平静を装い、かつこれまで人生で味わったこと無い緊張に包まれながら提案した。さすがに光のオーブ無しじゃ、勝ち目がない。
それに、何より、忘れたこと、バレたくない。
「らしくないな。今まで、どんな敵にも勇敢に戦ってきたお前が。まあ、絶対に負けられない戦いを前にして、臆する気持ちはわかるがな。世界の存亡が俺たちに掛かっている訳だしな。しかし、態勢を整えている時間はない。お前にだって、当然わかっているだろう?」
拳法家シリュウ=マダツカが不敵に笑った。拳聖と呼ばれ、大陸に数千人もの弟子を持つ大武闘家だ。
もちろん言わずもがな、アレスには骨身にしみるほどわかっていた。解読困難な古文書から断片的に入手できた貴重な情報によれば、光のオーブは一〇〇年に一度、この日にしか使用できない。そして、置き忘れてきたベルルーダの酒場にあるトイレまで、往復で最低二日は掛かる。
先ほどから足の震えが、止まらず、かつてないほどの悪寒がアレスを襲っていた。
なんとか、ごまかさねばいけない。全滅するのは、もうしょうがない。
しかし、忘れ物して、全滅したと思われるのは、末代までの恥だ。とりあえず、少しここで考え――
その時、扉が勝手に開いた。何故か。一人でに。
なーぜーあーくーっ!
眼前には魔王デスタリア。不敵な笑みを浮かべながら、玉座でワイングラスを傾けていた。中の真紅の液体は人間の生き血だろうか。
「ククク……とうとうここまで来たか、愚かなる人間どもよ。お前ら如きの力で、我に刃向おうなど片腹が痛いわ」
絶大な魔力が俺たちを圧倒する。凶悪な容姿に思わず戦慄を覚える。魔王と呼ぶにふさわしい姿が、そこにはあった。
「魔王デスタリア、私たちが何の準備もしてこなかったと思ったのですか! この時を決戦に選んだ理由、あなたにわかりますか!」
大賢者ラーミアは叫んだ。
「……まさか、光のオーブを?」
途端に、魔王デスタリアの表情が大きく曇った。
「さあ、アレス。光のオーブをっ!」
全員の視線が一点に注がれた。
「あ、あれぇ? ない、ないぞぉ。確かに、絶対に、胸のポケットにしまってあったはずの、光のオーブがないぞぉ」
できるだけ大袈裟に、そして大声で叫んだ。
「ないって……アレス、どういうことだ?」
冷静な問いかけが武闘家シリュウから入った。
「いや、それがないんだ。光のオーブが。どういう訳か。俺は、確かに、胸ポケットに、しまったのに。ああ、さては魔王め。お前、まさか、光のオーブを盗んだなぁ!」
もはや死ぬのは確定なので、せめて魔王に罪をなすりつけようと勇者アレスは必死に哀願した。
「えっと……いや、知らんが」
真面目か!
「ウソつけ! お前の言うことなんて、信じられる訳ないだろう。なあ、みんな」
そう周りに問いかけると、みんな明らかに、疑念のまなざしを勇者アレスに向けていた。
「罠だ! これは罠だ! 俺たちに仲間割れをさせて、戦力を削ぐ作戦だ。くっそぉ、なんて卑怯な」
「愚か者! なんで魔王である我が、そんな卑怯な真似をする必要があるのだ! そう言うのは、お前ら人間のような弱者がする事であって、我はいつでも正々堂々勝負している」
大真面目か! 魔王のくせに。
「仕方ない、みんな。光のオーブなしで戦おう」
戦士リアンが投げやりに叫んだ。
「そうだ、魔王デスタリアっ! 俺たちは、光のオーブなんかなくても――」
「アレス……もし生き残れたら、殺す」
……はい。
残念ながら、パーティーは、全滅した。