トイレ
初めまして、はなです!
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『勇者が忘れ物して全滅しました』⇒タイトル変更 一人称⇒三人称に変更投稿中です!
勇者アレス=ラーズハルトが気づいた時には、もう遅かった。
「いよいよ、最後の戦いなんだな」
戦士リアン=リューベリッヒが、感慨深そうにつぶやいた。『龍殺し』の異名を持つ、大陸一の戦士だ。俺の幼馴染で、ずっと一緒に旅をしてきた親友だ。
「……そうだな」
答えた声に震えが込み上げる。
ようやく、ここまで来たのか。世界を救う旅を始め、もう三年が経つ。蘇ってくる記憶は、運命の出会いと哀しい別れ。幾重にも乗り越えてきた試練は、まさに、この時の為なのだ。
待ち構えているのは、魔王デスタリア。絶大な魔法力、鋼鉄よりも頑強な肉体。当然、倒すことは至難極まる。最強を名乗る者は、ことごとく、奴によって殺された。幾度、救世主と謳われた者が民に絶望を与えただろう。
しかし、今回は違う。これがある。
そう勇者アレスは鎧下のポケットに手を入れて、感触を確かめ――んんっ?
再び手首をグルグル撫でまわす。
しかし、あるのは空間だけ。
瞬間、アレスから滝のような汗が噴き出てきた。
嘘だ、嘘だ嘘だ!
何回も何回も心の中で『そんな訳ない』と呟く。
でも、ない、ない……ない!
光のオーブがなぁぁあいっ!
闇の力を半減させると伝えられる、妖精王の秘宝。手に入れるために、何人もの仲間が犠牲になったか。壮絶な死線を、幾度越えたことか。
無いなんて、嘘だ。無いなんて、許されるはずない。
しかし、無情にも他のポケットの中も、全て調べ終えてしまった。もう一度天に祈りながら、もう一往復、調べた。何度探しても、無いことはわかっている。でも、探さずにはいられない。
でも、やっぱり、無いものは、無い。
その自覚がアレスの身体まで染み込んだ頃には、脱水症状になるぐらいの汗が吹き出ていた後だった。
「どうしたの? らしく無いわね。緊張?」
柔らかな微笑みを浮かべるのは、魔術師ラーミア=フェンダー。あらゆる属性の魔術を操り、大賢者と謳われている。また、その美貌も有名だ。
「……緊張とは少し違うんだ」
なんとか、それだけ、吐いた。
それ以上口に出したら、罪悪感でゲロ吐いてしまいそうだった。
落ち着け、思い出せ、落ち着け。
昨日寝る前に、忘れたら駄目だと思って、枕元にちゃんと置いたはず。誰かが盗もうものなら気配で気づいた筈だし、朝には、絶対にあった。確認したもん、俺。で、朝起きて、着替えて、ポケットに光のオーブ入れて……そうだ、絶対に入れた。それはハッキリ覚えてる。で、それからトイレ行って、朝ごはん食べて――
ト・イ・レ
「あああああああっ!」
「ど、どうしたっ! 何かあったのか?」
治療師セルガ=デルガイが、怪訝そうな顔で尋ねてきた。治癒魔術のスペシャリストであり、どんな怪我も聖なる力で治療できる大神官だ。
「いやっ! なんでも無い! 心配ない」
そう答えながら、必死に取り繕う。
トイレに……落とさないようにって、置いてきた。
置いてきた、俺っ!