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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第87話「宴のあとに」

 馬車でやって来たマキナさんと大時計塔前で合流した俺は、まず彼女の行きつけだという靴店へと向かった。

 そこで彼女に似合いそうな靴を自分なりに選び、その場でプレゼントした。

 ちなみに、マキナさん御用達の店だけあって値段は少々お高め。


「あなたに買える範囲のものでいいのよ?」


 マキナさんはそう言ってくれた。

 だが、巨人討伐作戦で得たクリスタルの換金額がけっこうな額になったので、値段については問題なし。

 値段なんかよりも、問題は喜んでもらえるかどうかだが……。


 購入後、マキナさんはすぐ贈った靴に履き替えた。

 俺が選んだのは、光沢のあるブーツに似た靴で、白いリボンがあしらってある。

 とんとん、とつま先で床を叩いてから、腰を捻り足元を見るマキナさん。

 俺は恐る恐る尋ねてみる。


「ど、どうでしょうか……?」


 マキナさんの顔に浮かび上がったのは、はにかむような微笑みだった。


「そうね……なかなか、いいんじゃないかしら? ふふっ」


 よかった。

 喜んでもらえたみたいだ。


 靴店を出てからは、マキナさんに付き添ってもらい、ミアさんのプレゼントを選ぶため店をいくつか回った。

 途中、さりげなく意見を窺ってみたところ、

 

「肌身離さず身につけられるようなものがいいかもしれないわね。あの子、あなたと一緒にいられる時間が意外と少ないから」


 とのアドバイスを貰った。

 肌身離さず身に着けていられるもの、か。


 で、悩んだ挙句。

 装飾品店で首飾りを購入することにした。

 聖樹の葉をイメージした彫刻が施された、クリスタルのついた首飾り。

 これならば首からかけておけるし、服装にも左右されない。

 指輪という手もあったが……どれもその、お値段がアレだった。

 ちなみに、


「ふーん、いいわね。首飾りの贈りもの、か。ふーん……」


 ミアさんのプレゼントを購入する直前、俺はマキナさんがチラチラと物欲しそうな顔をしているのに気づいた。

 俺は苦笑しつつ同じ首飾りを指差し、


「えーっと、これ……二つもらえます?」


 とお店の人に言って、同じ首飾りを二つ購入した。

 もちろん片方はマキナさんにプレゼントするためだ。

 店から出ると、マキナさんは早速首にかけてくれた首飾りのクリスタルを指先で弄りながら、


「ねだったみたいで、なんだか悪かったわね」


 と申し訳なさそうに言った。

 だが表情は上機嫌そうだった。

 どうやらこっちの贈りものも喜んでもらえたようで、何よりである。


「で、でもほら……靴だと、古びていつか履けなくなくなってしまうかもしれないでしょう?」


 急に何を弁解しはじめたんだろうか?


「履けなくなったら単に新しいものを買えばよいのでは?」


 俺が贈った靴よりも上質な靴なんて他にもたくさん持っているだろうし、マキナさんだったらすぐに新しいものを買えるだろう。

 そりゃあ贈った身としては、長く大事に使ってもらえたら嬉しいけど……。

 しかし、


「やっぱり好きなんですか? そういう装飾品とか」


 俺が聞くと、取り繕うように微笑しマキナさんは髪をかき上げた。


「え? ええ、そうね……人にも、よるけど」

「人にもよる? それってひょっとして――」


 マキナさんは達観したような顔になると、ヒラヒラと手を振った。


「いいわよ、言わなくて。あなたのことだから、どうせ作った職人の腕次第とか――」

「贈ったのが俺だったから嬉しい、とか?」

「……え?」


 マキナさんが驚いた顔をする。


「や、冗談ですけどね。はは……だったらいいなぁ、とは思ってますけど」

「う、嬉しいわよ」

「へ?」


 泳がすようにして視線を逃がすと、リーフ型のクリスタルを、きゅっ、とマキナさんは小さな手で握り込んだ。


「あ、あなたから贈られたから、嬉しいのっ」


 ちょっと怒ったような調子だった。


「え? ほ、本当に?」

「本当よ……まったく、あなたって人は」


 拗ねたように歩き出すマキナさん。


「あの、マキナさ――」

「ほら、次は食事の約束でしょう? 行くわよ」

「あ、はい」


 マキナさんって時々、唐突にドキっとさせてくるんだよなぁ。

 ああいう反応をされると、たまに本気でコロっと恋に落ちそうになるので困る。

 自分のチョロさは理解しているつもりだが、ちょっと優しくされると惚れそうになるってのも問題っちゃ問題かもなぁ……。

 一応、勘違いしないよう普段から気をつけてはいるのだが。


 なんてことを考えつつ、すぐ彼女に追いつく。

 そして、二人並んで目的の店を目指した。


          *


「――といった感じでした」

「ふーん。楽しかったようで、何よりね」


 マキナさんが食後の紅茶が入ったカップを口元へ運ぶ。


「けど、言われた通り自分なりに積極性を発揮しまくってみましたけど、なんか今になって振り返ってみると自爆感がすごいんですよ」

「そんなはずはないわ」


 なぜそんな自信満々に断言できるんだろう……ああ、そうか。

 基本的にマキナさんって、自分の考え出した案には絶対的な自負を持っているんだっけか。


「まるで進展しなかったってわけでも、なかった気はしますけど……」


 セシリーさんの告白とか。

 キュリエさんが心変わりしたとか。


 しかしあれは果たして俺の積極性が引き寄せたものなんだろか……なんか、違う気がする。


 時刻は午後六時半。

 今いるのは街中にある小洒落たカフェのような佇まいの店。

 店に入った直後に降りはじめた雨が、今も窓の外でシトシトと降り続いている。

 俺たちは先ほど夕食を終えたばかりだった。


 で、今ちょうどマキナさんへのシーラス浴場での成果報告を終えた、というわけである。

 

 貴族が多く住む地区にある店ということもあるのか、出された料理は贅を尽くしたものばかりだった。

 海がすぐ近くにあることもあり、ルノウスレッド、特に王都クリストフィアは海産物にも恵まれているらしい。

 さっき口にした海産物にはじまり、水資源にクリスタル、名産のチーズまであることを考えると、ルノウスレッドって豊かな国だよな……。

 今は戦争らしい戦争もないらしいし、この国にはソギュート団長率いる聖樹騎士団もある。

 きっとこの国の平和は、長く維持されるんだろう。


「ところで、なのだけれど」


 カップを置き、マキナさんが切り出した。


「あなたに会ってほしい人がいるの」

「俺に、ですか?」

「ルーヴェルアルガンにいる私の友人なんだけど……名前は、シャナトリス・トゥーエルフ。ルーヴェルアルガンの王直属の特務部隊である神罰隊の副隊長、という説明でわかるかしら?」

「神罰隊は知っています」


 神罰隊。

 ヒビガミがソギュート団長と共に名前を挙げていたのが、その神罰隊とやらの隊長であるローズ・クレイウォルという人だった気がする。

 キュリエさんも大陸では有名な人物だと話していた。

 そのローズ・クレイウォルが率いる王の直属部隊の、副隊長か。


「けど、どうして俺とその人を?」


 友人とマキナさんは言った。

 ルノウスレッドとルーヴェルアルガンは確か講義でも習ったが長きに渡り同盟関係にある。

 今も変わらず同盟関係は続いているという。

 ならば両国間で友人関係にある人間がいてもおかしくはない。

 ただしここ数年は交流が昔ほどは活発ではないとも聞いたが。


「禁呪の呪文書がルーヴェルアルガンにあるって話を、以前したわよね?」


 禁呪の呪文書。


「彼女がそれを私に譲渡してくれるかもしれないの」

「そうなんですか?」


 そんなあっさり渡してくれるものなのか?


「ただし、まずは禁呪使いであるあなたに引き合わせてほしい、という条件を出されたわ」

「なるほど。それで俺に会ってほしい、というわけですね」

「会ってもらえる?」

「いいですよ。俺の方は問題ありません」

「話が早くて助かるわ」

「日取りはいつ頃ですか?」

「一週間後よ」


 ちょうど来週の休聖日か。


「わかりました」


 ほっとしたように、マキナさんは一息つく。

 が、一息ついたのも束の間、といった具合だった。

 またもやしんどそうに渋い表情となる。


「ああ……それから一応、これはあなたにも話しておかなくちゃね。今の件と、まったく関係ないというわけでもないし」


 なんだろう?


「実はね、さっき話に出たあなたがシャナトリスと会う日と、キュリエが聖王家の人間と会う日が重なってしまったのよ」


 そういえば以前、キュリエさんが、そのうち聖王家の人間に会わされそうなんだ、みたいなことを言っていたっけ。

 マキナさんが申し訳なさそうに眉を下げた。


「本当は私が付き添う予定だったのだけれど、さすがにあなたを私抜きであの女に会わせるのはまずいから……キュリエの方に同伴できなさそうなのよ。両方とも、期日は変更不可能だし」

「つまりキュリエさんは、一人でお城に?」

「彼女はそれなりに常識も弁えているから大丈夫だとは思うんだけど……一応、ソギュートとディアレス・アークライトに、付き添いを頼めないか打診してみたの」

「ソギュート団長とディアレスさんに、ですか」

「彼らは聖王家から特に覚えがいいし、前の事情聴取のおかげでまったく知らない仲というわけでもないから……ただ、やっぱりあなたの意見は聞いておくべきだと思って」

「キュリエさんを一人で行かせるよりは、いいと思いますけど」


 さすがに聖王家となると俺が付き添うってわけにもいかないだろうし。

 それに知らない相手ならともかく、ソギュート団長とディアレスさんなら安心だろう。


「セシリー・アークライトに頼むのも考えたのだけれど……おそらく彼女、王子に会うのを嫌がるだろうから」

「…………」


 今のマキナさんの言い方と内容で、大体の事情は察することができた気がする。

 多分、あれだ。

 王子がセシリーさんのことを気に入っていて、セシリーさんの方は迷惑がっているとか、そういう感じなんだろう。

 セシリーさんが絡むと、わかりやすいといえばわかりやすい。


「ミアは私が一緒じゃないと入城は難しいし……ごめんなさい、どうしても他にいい人選が思いつかなくて」

「仕方ないですよ」

「当日の支度やそれまでの準備は、ちゃんと私が面倒をみるから。そこは安心して」

「心配してませんよ。マキナさんのことは信頼してますんで」

「ありがとう。信頼には、応えるわ」


 マキナさんは穏やかに微笑み、再びカップを手に取った。

 が、カップを口に運ぶ途中で、


「これからしばらくは、特に忙しいのよね……」


 はぁ、と疲れたように肩を落とした。


「他にも何かあるんですか?」

「あなた、近々行われる共同合宿のことは?」


 あー、なんか登時報告で聞いたな。


「二国の国境付近の共同合宿場で両国の学生同士が交流を深める行事、でしたっけ? 確か向こうにも、うちの学園と似たようなアルガン学院とかいうのがあるんですよね?」

「ええ。そのアルガン学院の三年生とうちの三年生でやる共同合宿なんだけど……その共同合宿の日取りが、今年は向こうの事情で例年より早まったのよ」

「いつでしたっけ?」

「次の休聖日を挟んで、三日間」


 あれ?


「次の休聖日を挟んで三日間って……確か、二年生もキールシーニャ公爵領で海合宿みたいな行事があるとか聞いた気がしますけど」

「そうなのよ。今年は、二つの行事が重なってしまったのよねぇ」


 憂鬱そうに頬杖をつくマキナさん。

 調整とか、色々と大変なんだろうな……。


「まあ、シャナトリスも共同合宿に合わせて来訪予定を組んだんだろうけど……ああ、しかし面倒なことばかりだわ」

「大変ですね……」

「大変だけど、学園長としての責務はしかり果たさないとね……ま、愚痴くらいは大目にみてちょうだい」


 俺は苦笑する。


「愚痴なら、いくらでも聞きますよ」

「ありがとう」


 礼を述べてからカップを置くと、


「あら?」


 マキナさんが窓の外に視線をやった。


「どうやら……やんだみたいね」


          *


 店を出た俺たちは二人並んで夜の王都を歩いていた。

 馬車でないのは、マキナさんが歩いて帰りたいと言ったためだ。

 先に待機していた馬車を帰らせ、俺たちは二人でのんびりと会話しながら学園前の坂を目指していた。


 雲は薄くなり、雲間から夜空が覗いている。

 石畳の上は濡れ、雨上がりのにおいがむっと鼻をついた。

 家の軒先からはポタポタと水滴が垂れている。


 主な話題はマキナさんの日ごろの愚痴だったが、他にもシーラス浴場でのことや、俺の元いた世界の話なんかも少しした。

 と、そろそろ学園前の緩やかな坂道が見えてきたところで、


「あの、マキナさん」

「何?」


 さっきから歩き方がちょっとおかしかったので、気になってはいたのだが。


「ひょっとして……靴擦れしてません?」


 マキナさんが履いているのは今日プレゼントした靴。

 けっこうな距離を歩いてきたから靴擦れが起こっていたとしても不思議ではない。


「……気にしないで。どうせ、もう少しだから」


 学園までは坂を登りきればすぐだ。

 でも、歩き方に違和感を覚えさせるほどになっているとなれば、この坂を登るのもしんどいだろう。

 まだ道は濡れている。

 脱いだ状態で歩かせるわけにもいくまい。

 だったら、


「俺、おぶっていきますよ」


 地面に足をつき、背中を向ける。


「い、いいわよ……それに――」

「どうせ誰も見てませんし、遠慮する必要もないですよ? 俺と身体がくっつくのが嫌だってことなら……まあ、やめときますけど」


 むぅ、とマキナさんは口元を歪めた。 

 そして、


「お、重くない?」

「いえ、軽いです」


 結局、マキナさんをおぶって坂を登ることになった。

 最近の成長のおかげもあるのだろう。

 本当に重いとは感じない。

 

 周囲はとても静かだった。

 感じられるのは俺の足音と、二人分の息遣いだけ。


「……ねえ、クロヒコ」

「はい」


 ぽつり、とマキナさんが言った。


「もし、次の週あたりに控えていることが色々と片づいたら……今度は私とミアとの三人でシーラス浴場に行くというのは、どうかしら?」

「マキナさんたちと?」


 自戒めいた嘆息が聞こえた。


「いえ……あなたは、シーラス浴場には行ってきたばかりだものね。さすがに間隔が短すぎる。今のは、聞かなかったことにして」


 マキナさんとミアさんの三人で、か。

 …………。

 なんていうか。

 ミアさんをしっかり入れているあたりが、マキナさんらしいよな。

 本当に気持ちのいい人だ、この人は。


「そんなこと言わずに行きましょうよ、シーラス浴場」

「え? ……いいの?」

「断る理由、ないですし」


 俺に掴まっているマキナさんの腕にきゅっと力が篭った。


「無理してない?」

「そんな風に俺を気遣うなんてらしくないですね。相当、お疲れですか?」

「む……その言い方だと、普段の私がまるで無神経みたいに聞こえるのだけれど」

「あれ? そう聞こえるってことは、自覚があるってことですか?」

「ちょっと」


 今度は、ぎゅっ、とさらに腕に力を込めてきた。

 力加減からいって抗議のつもりらしい。


「ははは、すみません。冗談ですってば。マキナさんが人一倍気を遣う性格だってことは、よく知ってますから」

「……もぅ」


 それからしばらく二人とも黙ったまま坂を登った。

 ようやく坂の終点が見えてきた頃。

 ふっ、とマキナさんの口から笑みの零れる気配がした。


「でも……これでちょっとは、やりがいが出た気がするわ」

「先の楽しみがないと、しんどいもんですからね」

「ふふ、かもしれないわね」


 正門に入ったところで、俺は立ち止まった。

 後ろを振り向く。

 視線の先――その向こうに、聖樹が見えた。

 ぼんやりとだが、淡く発光している。


「今日、楽しかったです」

「私も楽しかったわ」


 空を見上げる。


「綺麗ですね」

「ええ……本当に、綺麗」


 雲が消えて晴れ渡った空には、満点の星が輝いていた。


          *


 三日後。


 国境付近に位置する砦が終末郷の住人に占拠されたとの報が王都クリストフィアにもたらされた。

 占拠されたのは終末郷に最も近い場所にある砦。

 砦を襲撃した住人たちの人数は、百を超えるとのことだった。

 過去の事例を遡っても、終末郷の住人が自ら徒党を組んで国の領土に攻め込んで来た事例は数えるほどしかないという。

 近隣の城塞都市エスボルトの兵たちはすぐに奪還を試みた。

 が、あえなく敗走。


 これを受けて本日、ソギュート・シグムソス率いる聖樹騎士団が王都を出立。

 占拠された砦の奪還へと向かった。


 なお、団長のソギュート・シグムソスはある事柄について、報告に来た男たちに何度も何度もしつこく確認を取ったという。

 そして現在のところ――


 占拠した住人たちの中に、四凶災らしき男たちの存在は確認されていない。

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