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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第86話「セシリーとキュリエ」

 混浴から部屋に戻った後、俺はなかなか寝つくことができずベッドに寝転がりぼーっとしていた。

 ジークはあのまま本格的な就寝へと移行したようで、ベッドの上で規則的な寝息を立てている。

 今日は例の未亡人の件もあったし、意外と疲れていたのかもしれない。


 室内のクリスタル光は消えている。

 部屋の中は暗い。

 たまに思い出したように人の通る足音や物音がするくらいで、静かなものだ。


 …………。

 何かを考えようと思考を走らせる。

 が、すぐにその思考は蜘蛛の子を散らすかのようにバラバラになってしまう。

 仕方がないので、眠気が来るまでぼんやり時を過ごすことにした。

 

 そして――どれほどの時間が経過した頃だろうか。

 誰かが部屋のドアをノックした。

 こんな時間に誰だろうか。

 ベッドから這い出てドアの方へ向かう。


「えっと、どちら様ですか?」

「キュリエだ」

「あ、キュリエさん?」


 返答まで僅かな間があった。


「クロヒコ、大事な話がある」


 ドアを開ける。

 廊下の淡いクリスタル光の下、宿着姿のキュリエさんが立っていた。


「すまないな。こんな時間に」

「いいですよ。それより、体調の方は大丈夫なんですか?」


 苦笑するキュリエさん。


「ん、そっちはもう大丈夫だ」


 具合が悪そうな感じはしない。

 むしろ、そこはかとなくすっきりとしたような印象すら受ける。

 まあ、体調が戻ったのがわかっただけでもひと安心だ。


「それで、大事な話ってなんです?」

「その前に」


 キュリエさんの視線が室内へ。


「起こすと悪いし、場所を変えないか?」


 彼女の視線を辿ると、その先には眠るジークの姿。


「わかりました」


          *


 キュリエさんの後について黙って廊下を歩く。


 大事な話、か。

 一体、どんな話だろうか。


 辿り着いたのは、建物の奥まった場所にあるバルコニーを思わせるスペースだった。

 俺たち以外、人の姿はない。

 キュリエさんは手すりの前まで歩いて行き、こっちに背を向けて寄り掛かった。

 それから振り向くと、無言で手招きしてくる。

 ……隣に来いということらしい。


 彼女の隣まで行く。

 俺も手すりに腕を乗せた。

 目の前では樹木が生い茂っていて、決してよい眺めとは言えない。

 枝葉の向こうに微かに王都の灯りが見えるくらいだ。


 しばらくの間、俺たちは並んだまま黙っていた。

 キュリエさんは話し出すタイミングを計っているようだ。

 だから、待つことにした。

 夜風がキュリエさんの艶やかな銀髪を揺らす。

 涼やかな微風が、優しく頬を撫でる。

 そして、


「なあ、クロヒコ」


 決心がついたようにキュリエさんが口を開いた。


「以前、ノイズの件が片づいたら私は学園から去るつもりだって話したよな? 自分の目的を果たすために」

「……はい」

「だけど、この学園を去ろうとしていた理由はそれだけじゃなかったんだ」

「え?」


 キュリエさんは茂みの中を見据えた。

 物思いに耽るような顔をしていた。


「自分の存在がさ、その、なんだ……邪魔に、なるような気がしてな。いや――」


 寂しげにふっと笑みを零すと、キュリエさんは緩く首を振った。


「私は惨めな自分から目を逸らしたかった……つまり、逃げようとしていたんだ。そして今日、ようやくそれを認めることができた」

「惨めな気持ちって……キュリエさんが?」


 キュリエさんが自分を惨めに思う?

 強くて美人でスタイルもよくて、交渉事にも秀でていて、料理も上手で……何より、とても優しくて。

 彼女が自分を惨めに思う要素なんて、皆無な気がするが――。

 それに、


「さっき邪魔になる気がしてって言いましたけど、なんの邪魔になるっていうんです?」


 自嘲っぽく鼻を鳴らすキュリエさん。 


「ま、色々とな。第6院の出身者ってだけでも面倒事を呼び込みかねないし、何より……おまえとあいつの――」

「少なくとも俺は邪魔なんて思ったこと、一度もないですから」


 俺は、きっぱりと言った。


「どころか一人でいる時……今、ここにキュリエさんがいたらいいのになって思うこと、ばっかりで――」


 俺の耳が熱を持っていく。


「だって、俺にとってキュリエさんは……その、特別な人、ですから」


 見ると、キュリエさんの頬も紅潮していた。

 わかっている。

 恥ずかしい台詞だったってことは。

 でも、これが俺の本心なんだ。


「初めて出会った時のこと、覚えてますか?」

「おまえが学園の近くで意識を失って、倒れていた時のことか?」

「あの時キュリエさん、俺のこと心配してくれてましたよね」

「……どうだったかな」

「それからフィブルクが俺に絡んできた時も、さりげなく助けてくれた。初めて聖遺跡に入った時も心配して見に来てくれた……ですよね?」

「フン、あれは単なる気まぐれ――」

「もし、そうだったとしても」


 もし本当に単なる気まぐれだったとしても、


「俺は、嬉しかったんですよ」

「…………」

「それに……あなたがいたから俺はここまでやってこれたって思うんです。もちろんマキナさんやセシリーさん、ミアさん……他にも色んな人たちに支えてもらっています。だけどやっぱり俺にとってキュリエさんは、かけがえのない存在なんです」

「かけがえのない存在、か」

「もしキュリエさんが学園から去ったとしても……それだけは、絶対に変わらないですから」


 俺は俯く。


「本音を言えば……ノイズの件が片づいても、学園に残ってほしいって思ってますけど」


 どうにか彼女を引き留める理由を作り出せないか、ずっと考えていた。

 だが結局いい案は何一つ思い浮かばなかった。

 いっそのこと、土下座でもしてみるべきだろうか。

 誠心誠意頼めば意外と彼女の心を動かせるかもしれない。

 いや……それだとただ、キュリエさんを困らせて終わりな気がする。

 うーむ。

 何かよい手はないものだろうか。


 と、その時、


「ひょっとして、どうすれば私を学園に留まらせることができるか考えているのか?」


 キュリエさんがそう聞いていた。


「……ええ、まあ」

「ふっ」


 キュリエさんの口から、ついて出たような笑みが零れた。


「キュリエ、さん?」

「もう、考える必要はない」


 つまりそれは……決意は揺るがないと、暗に言っているのか。

 キュリエさんが目を優しげに細めた。

 そして、


「残ることに、したから」


 と言った。


 え?

 今、なんて――


「三年後まで、聖ルノウスレッド学園に残ることにした」


 残ることにした。

 今……三年後まで残ることにしたって、言ったよな?


「そ、それ本当ですか!?」


 キュリエさんは、ああ、といやにさっぱりした表情で首肯した。


「もちろん、このまま残れるならばの話だがな。私の場合、正規の生徒とは言い難い面もあるし」

「け、けどどうして急に――」

「残る理由が、できたんだ」


 キュリエさんはガラス戸の方を見やった。


「それも、ほんの少し前に」


 ほんの少し前……。

 ほんの少し前に一体、何があったんだろうか。

 キュリエさんの決意を変えさせるなんて、きっとよっぽどのことだ。

 …………。

 って、あれ?


「じゃあ、もしかして大事な話っていうのは――」

「ああ、そのことを話そうと思ってな」


 そう、だったのか。


「だから、あと三年――」


 キュリエさんは緩くふきつける風に髪を靡かせながら、


「おまえの傍に、いてもいいかな?」


 そう俺に言った。

 …………。

 そんなの聞くまでもない。


「むしろ、いてください」

「……そうか。ありがとう」

「いえ、礼を言うのはこっちの方ですよ」


 正直、喜びが隠せない。

 自然と口元が笑みの形になってしまう。


「ちなみに、なんですが」

「ん?」

「どんな理由ができたか……お聞きしても?」


 すると、キュリエさんが意味深な笑みを向けてきた。


「おまえだよ」


 へ?

 俺はぽかんとして自分を指差す。


「……俺?」

「おまえが私に、理由をくれた」

「えーっと……俺、何かしましたっけ?」


 フン、とキュリエさんが鼻を鳴らす。


「ま、結果的にはセシリーのおかげかもしれんがな」

「セシリーさんが……?」


 どういうことだ?

 俺が理由で……結果的には、セシリーさんのおかげ?


「そ、それでな、クロヒコ? 今言った理由についてなんだが……」

「ええ」

「わ、私は、その……お、おまえの、ことが――」


 ん?

 急に歯切れが悪くなったぞ。


「す――」

「す?」


 唐突に顔を背けられた。

 すると、口を真一文字に引き結んだキュリエさんの顔の赤みがみるみる増していく。

 軽く見開かれた目が、めまぐるしく泳いでいた。

 なんか……取り乱してる?


「ぅ――」

「キュリエさん?」

「ど、土壇場で、なんということだ……こ、こんなに恥ずかしくなるものだったのか、ここ、告は――」


 口元をさっと覆い隠すキュリエさん。


「セシリーのやつ、あの時、こんな気持ちで――」

「あの、どうしました?」

「ん? あ、いや」

「もしかして、また具合が悪くなったとか?」

「えっと、だから……く、クロヒコが好き――」

「え?」


 キュリエさんの目がグルグルと混乱したように回った。


「――な女って、その、ど、どういう女だ?」

「は?」

「だから……おまえは、どどど、どういう女が好きなんだっ!?」


 キュリエさん、オーバーアクションでいきなり何を言い出したんだろう。

 しかも、言った後でなんかがっくりと項垂れているし。

 ふむ。

 それにしても、である。

 アイラさんからも馬車の中で聞かれたが、好きな女性のタイプをまさかキュリエさんから聞かれるとは思わなかった。

 だがこれは絶好のアピールチャンスかもしれない。

 ここはしっかり答えておくべきだろう。

 俺はちょっと照れつつも言った。


「キュリエさんみたいな人、とか?」

「――っ!」


 錯覚だろうが、ぼしゅっ、とキュリエさんの頭から蒸気が出たような気がした。


「……こ、個人名で答えるな、馬鹿」


 とん、と胸のあたりを小突かれる。

 うーん。

 その人の魅力が百パーセント引き出されていることが重要だ、みたいなのは前に答えた時なんか的外れっぽかったからなぁ。

 なので、普段から魅力が引き出されていると思うという意味でキュリエさん本人と答えたのだけど。


「じゃあ……優しい人、ですかね」


 まあアイラさんにもそう答えたしな。

 無難オブ無難な回答ではあるが。

 でも実際、俺って優しくされるとコロっといっちゃうし……。


 むむむむ、といった顔で、キュリエさんが視線だけを俺に寄越した。


「……なんだおまえ、優しくされたいのか?」

「え、まあ……」

「ふ、ふーん……意外と甘えん坊だったんだな、おまえって」


 甘えん坊、だって?


「べ、別にそういう意味では――」

「……あ、甘えたければ、甘えてもいいんだぞ?」


 半眼になりつつ、照れた様子で俺を見るキュリエさん。

 うーむ、これは――


「ち、ちなみに、なんですが」

「うん」

「甘えるって、どの程度まで甘えていいんでしょうか?」

「んーっと、そうだな」


 キュリエさんが両手で、なんと自分の胸を持ち上げてみせた。


「とりあえず……これ揉んでみるか?」


 ずっこけそうになった。


「どうしてそうなるんです!?」


 しかしキュリエさんは不思議そうに目を丸くする。


「え? 違うのか? セシリーの母親から、男は女の胸に甘えたい欲望を常に持っているものだと聞いたんだが……その、あ、赤ん坊と同じ行動を取ると安心するんだろ?」

「なんですかそれ!」

「ま、そこそこ大きいから揉みやすいとは思うぞ? 一応、柔らかさもあるみたいだし」


 ふにふに、と自分の胸を揉みしだくキュリエさん。


「さらっと真顔で、なんてことを」


 くっ。

 余計なことを吹き込んだのは、どうもセシリーさんの母親らしいな。

 お、俺の憧れの人が……。


「ふむ、ならクロヒコはどう甘えたいんだ? 今の私は機嫌がいいから……あ、甘えさせてやってもいいぞ? 私は甘えさせ方がよくわからないから、な、何か要望があれば言ってくれ」

「キュリエさん」

「うん」

「俺だって男です。他でもないあなたからそんな風に言われ続けたら……引っ込みがつかなくなっちゃいますよ?」

「いや、別にいいんじゃないか?」

「いいわけないでしょうが! どうしてこうなった!?」


 ガラガラッ、と勢いよくガラス戸が開いた。

 姿を現したのは、なんとセシリーさんだった。


「なんですか一体、今のやり取りは!?」


 キュリエさんがジーッとセシリーさんを見据える。


「……セシリー、予定より少し早くないか?」


 予定?


「どういうことです?」

「ああ、セシリーからもクロヒコに何か話があるらしくてな。だから、決めておいた時間になったらセシリーもここに来る予定になってたんだよ」


 キュリエさんがガラス戸を見た。


「途中から、そこでガラス戸を少し開けて聞き耳を立てていたのは気づいていたが」

「わ、わたしがいるのを知っていながらあのやり取りを……キュリエ、あなたという人は――」

「髪の毛がボサボサですよ、セシリーさん」


 そう、まるで頭を掻きむしりでもした後みたいな。

 と、セシリーさんが何もかもご破算だとでも言いたげに髪の毛を両手でくしゃりとやった。


「うぅ、しかし最悪の登場となってしまいました。『ふふ、どうやら話はまとまったようですね……』みたいな感じで、颯爽と登場しようと思っていたのに」

「セシリーさん大丈夫ですか? なんか様子がおかしいですよ?」

「おかしくありません! 失敬な!」

「怒ると皺が増えるぞ、セシリー」


 セシリーさんが、キッ、とキュリエさんを睨みつける。


「増えません! ていうかキュリエ、さっきのアレはなんですか!? 肝心なことを言い逃すどころか、なに平然と甘い誘惑へ移行してるんです!?」

「あれは、おまえの母親の教えを実践する機会が巡ってきたと思って――」

「あれじゃ痴女に片足突っ込んでるでしょうが! 何が『とりあえず……これ揉んでみるか?』ですか!」

「だ、だっておまえの母親が『その胸は強力な武器になるから、もし機会があれば彼に揉ませてあげるといいわ』って――」

「わたしのいないとこでなに適当なこと吹き込んでんだ、あの女!」

「せ、セシリー……?」


 地が出たセシリーさんにキュリエさんが唖然となっていた。

 はっとなったセシリーさんは咄嗟に、


「あ、いえ……今のはその、ついうっかり頭に血がのぼってしまいまして、ふふふ……」


 などとお上品に微笑んでみせるが、なんとも苦しい感じであった。


「そ、それはともかく!」


 今度はセシリーさんの矛先が俺へと向けられる。


「あなたもあなたです、クロヒコ! なんですか、引っ込みがつかなくなるというのは!?」

「相手がキュリエさんだったからです」


 ぐっ、と身を引くセシリーさん。


「うっ、な、なんて潔い回答……」

「ところで、さっきキュリエさんがセシリーさんも俺に何か話があるって言ってましたけど……」


 セシリーさんは気を落ち着かせるように一つ息を落とした。

 そして、


「ん……それは、ですね」


 前髪を整えながらセシリーさんが言った。


「例のアレの答え、三年待ちますという話をしようと思って」

「例のアレっていうと――」

「ええ、告白の件です」


 …………。

 なんか、軽かった。

 乱れていた髪を手早く整えると、セシリーさんが俺の前に立った。

 それからちょっと気まずそうに口を尖らせて、上目遣いに見つめてきた。


「だからちゃんと三年間……わたしを、惚れさせ続けてくださいね?」


 うっ。

 この表情は、反則だろ。

 不意打ちもいいところだ。

 けど――ここは俺もちゃんと応えなくちゃだろう。


「わかりました。もっとセシリーさんに惚れてもらえるよう、努力します」


 セシリーさんはにっこり笑うと、緩く握り込んだ拳の手甲側を、ぽふっ、と俺の胸にあててきた。


「ん、よく言えました」


 そして、彼女は次にキュリエさんの方へ振り返った。


「さ、次はキュリエの番ですね?」

「いや、私は――」

「ちゃんと予定通り、クロヒコに伝えてください」

「うっ……し、しかし――」

「『しかし』じゃありません、ほら」


 セシリーさんがキュリエさんを、やや強引に俺と向き合わせるような形で立たせた。


「というか……も、もう伝えたようなもんだから」


 訝しむ視線を送るセシリーさん。


「本当ですか?」

「が、含意は伝わったはずだ。だから……いいだろ?」

「だめです」

「〜〜っ」


 …………。

 なんかキュリエさんが困ってる。

 含意、か。

 ふむ。

 ここは俺が収めるべきかもしれないな。

 キュリエさんを、さらっと助けるのだ。


「言わなくとも大丈夫ですよ、キュリエさん。ちゃんと、俺には伝わりましたから」


 二人が目を丸くして俺を見る。

 それからキュリエさんは助かったといわんばかりに、


「ほ、ほらセシリー、伝わったって」


 と言った。

 そう。

 ちゃんと俺には、伝わっている。

 キュリエさんの言動や仕草を総合してみれば、彼女の意図を察することなど容易いことだった。


「キュリエさんは――」


 けど、そうだよな。

 確かに女の子の口からは言い辛いことかもしれないよな。


「男の心情に興味があるんですよね? 特に、異性の好みとか」


 俺が核心をつくと、なぜか二人の表情が停止した。

 そして数秒が経ってから、はぁぁ〜っ、と呆れ果てた二つの深いため息が。


「ねえキュリエ。やっぱりあれ、わざとやってますよね?」

「いや、わかってただろ。クロヒコはああいうやつだって」

「しかしですね、物事には限度というものがあるでしょう? 信じられます? この局面でですよ? あれだけの材料が、揃っていてですよ?」

「実は私もな、少し意外だった。ほっとしつつも、けっこう残念に思ってしまった自分がいたよ」

「あ〜、なんかもう気が削がれました。今日はもう部屋に戻って横になりましょう、キュリエ」

「そうだな。クロヒコは、もう駄目かもしれん」


 駄目!?

 キュリエさん、駄目ってなんですか!?


「そうですね、もう駄目ですね。はい、じゃあ解散〜」


 その投げやりすぎる態度はなんなんですかセシリーさん!?

 俺、絶妙に真実を言い当てただけですよね!?

 な、なんで二人とも急に態度が豹変したんだ……。


 ――こいつ、本気でやばいナ。


 あれ!?

 なんか今、久々に禁呪の王様的な人の声が聞こえた気がしたぞ!?

 ていうか、なぜに今このタイミング!?


「おまえも、早く寝ろよ。じゃあな」


 ひらひら〜、と背を向けたキュリエさんが手を振る。


「キュリエさん! こ、これから世界平和について俺と熱く語らいませんか!?」

「ん〜……興味ないからいいや。今日はもう寝る。さ、行こうかセシリー」

「は〜い、キュリエ。まだ夜は長いんですし、女の子同士、いっぱい語り合いましょうね?」

「そうだな」


 あぁぁああああ!

 ここ数日の俺の危惧していた妄想が、現実にとって代わろうとしている!


「セシリーさん! ほ、惚れた男を、こんなところに一人置いていくんですか!?」

「鈍感なクロヒコのことなんて、もう知りませんっ」


 んべっ! と。

 去りゆくセシリーさんが振り向き、あっかんベーをしてきた。

 …………。

 無茶苦茶、可愛いかった。


「――じゃなくて! どうしたっていうんですか二人とも!? 一体、俺が何をしたっていうんですか!」


 って、あれ?

 なんか二人とも……笑ってる?


 馬鹿にしてるとか、

 嘲笑してるとか、

 そういう、嫌な笑いじゃなくて。


 なんだろう。

 俺へ向けられるそれは――すごく、温かみのある笑みで。


 キュリエさんがガラス戸を開ける。

 そこで再び振り向いた二人は――


 思わず見惚れてしまうほどの、言葉にしがたい魅力的な表情をしていた。


 もし言葉にするならば、すべてを包み込んでしまいそうな微笑とでも、表現すればいいだろうか。


「フン……また明日な、クロヒコ」

「ふふ……明日の朝食も、わたしが取り分けてあげますからね?」


 正直。

 その時の俺は自分の瞳に映る二人に、完全に惹き込まれてしまっていた。


「は、はい……」


 反射的に口をついて出たその返事も、二人に届いたかどうかはわからなかった。

 そして二人が姿を消した後、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。


 高鳴る胸の鼓動を、その手に感じながら。


          *


 翌朝。

 目覚めた俺とジークは着替えて女子陣と合流。

 それからみんなで朝食の会場へと向かった。

 ちなみに本日のキュリエさんはついに何かを吹っ切ったらしく、紅いドレスとツインテール姿でも堂々としていた。

 朝食を終えてからは各々時間までゆったりと過ごし、そして午前十時半にはシーラス浴場を出た。


 解散場所は、集合場所と同じ大時計塔前広場。

 セシリーさん、ジーク、ヒルギスさんの三人は、先に広場で待機していたバントンさんの馬車に乗り込み帰途についた。

 アイラさんとレイさん、キュリエさんはそのままホルン家所有の馬車で学園に戻るとのこと。

 俺も一緒に乗って行かないかと誘われたが、しかしこの後はマキナさんと買い物に行く約束がある。

 なので、用事があるからと断って俺は広場に残った。


 俺は広場のベンチに座ってマキナさんの到着を待つことにした。

 マキナさんとの約束の時間まではもう少しある。

 ちなみにここだと時間の確認は大時計塔を見上げればいいだけなので非常に楽だ。

 大時計の向こうに広がる空は灰色をしている。

 場合によっては一雨くるかもしれない。

 辺りを見渡してみる。

 休聖日のせいか、あるいは時間帯のせいなのか前に来た時よりも人通りが多い。

 にしても――


「楽しかったな……」


 あんな風に誰かと楽しく旅行したのは俺にとって生まれて初めての経験だった。

 きっと……あのメンバーだったから、楽しく過ごせたんだと思う。


「もし機会があったら、またみんなでどこか行きたいな」


 俺はシーラス浴場の方角を見やりながら、晴れやかな気持ちでそう呟いた。

 これでシーラス浴場編は終了となります。

 長いこの章におつき合いくださり、ありがとうございました。

 シーラス浴場編、いかがだったでしょうか。


 また、予想外に難産な章だったのもあって、更新がばらついてしまいすみませんでした。

 ただ、これでようやくクロヒコとキュリエとセシリーの関係性が安定期に入ったのかな、という気もします。



 次回は再び幕間となります。

 物語も動いていくかと思います。

 空気も今までとは少し違ったものになりそうです。

 そんな『聖樹の国の禁呪使い』ではありますが、今後もおつき合いいただければ幸いでございます。


 次話、幕間7「四凶災」は、4/22(23:55~23:59)に投稿予定です。

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