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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第84話「混浴」

「うわぁぁああああ、ジークぅぅううううーっ!」


 困惑した俺の声が室内に響き渡った。

 目の前ではピクリともしないジークが横たわっている。


 トロイア公爵夫人との一件の後。

 ヒルギスさんと別れて部屋へ戻ると、ジークがいた。

 まだ混浴の時間まで少し余裕がある。

 そこで、俺はその空いた時間でジークに揉み療治をすることにしたのだった。


 揉み療治の開始直前になされた会話はこんな感じだった。


「ふむ、いくつか段階があるのか」

「ただ、セシリーさんはレベル二までにしておけって」

「四以上を試したことはあるのか?」

「一度だけね。その人は俺に揉み療治を教えてくれた人で、完璧だって言ってくれたけど」

「なんだ、師のお墨つきを貰っているのか。ならば問題ないだろう」

「俺も、そう思ってたんだけど……」

「おそらくセシリー様は揉み療治の方はそこそこにして、会話の方を楽しみたかったんだろう」

「あ、なるほど」

「だからおれには五でかまわんぞ。それに最近は剣の稽古で身体を痛めつけているからな。この際だ。適度にほぐしておくのも悪くあるまい」

「よし、わかった。だったら、全力でいかせてもらうぜ」


 そんなわけで。

 軽く低レベルでならした後、俺は一気にレベルを五まで引き上げた……のだが。

 レベル五に移行して一分経つか経たないかのうちに、


「かはっ――」


 そんな謎の声を口から発したかと思うと、ジークはそのまま気絶してしまった。


 そうして俺の悲鳴に繋がるわけである。


「ジーク! おい、ジークったら!」


 肩を掴んで揺すってみる。

 が、反応はない。

 ちゃんと息はしているようだが……。


「しまった」


 さすがに全力でやりすぎた。

 セシリーさんたちにする時は意識を落とさないようギリギリの匙加減を見極めながらやるつもりだったが……つい全力で攻めてしまった。

 しかも、レベル五で。

 前にミアさんの揉み療治で意識が落ちた時のことを思い出す。

 後々聞いたところによると、その時の俺は声をかけても揺すっても一時間は起きなかったらしい。


「まいったな、そろそろ混浴の時間なのに」


 ……どうしたものか。


「何かあったんですか、クロヒコ?」


 ノックがして、その後にセシリーさんの声がした。


「そろそろ時間なので、呼びに来たんですが」


 ついに混浴の時間が来たらしい。

 …………。

 仕方ない。

 起こすの手伝ってもらおう。


「ちょっと入ってもらえますか、セシリーさん?」

「入るんですか? じゃあ……失礼しますけど」


 不思議そうな顔で室内に足を踏み入れたセシリーさんに事情を説明。

 すると、


「んー、じゃあ放っておいていいんじゃないですか?」

「え? このままジークを置いていくんですか?」


 驚いて聞き返す。


「どうせ彼、あの人以外の女性には興味ないみたいですし」


 あの人、というのは例の未亡人のことだろう。

 でも、


「そ、そういう問題じゃないと思うんですが」


 何より、混浴は女性の露わになった肌を見るためだけにあるわけではないはずだ。

 セシリーさんの言い方では、まるで混浴が女の子の肌を拝むためにあるみたいじゃないか。

 そう。

 混浴とは、いわば海水浴やプールみたいなものなのだ。

 開放的な雰囲気の中みんなでワイワイやるのが楽しいんじゃないか……と、俺は自らに言い聞かせた。

 …………。

 正直なところ。

 同性のジークがいないと、俺の精神がもつかわからない。

 混浴という場であのメンバーに男一人で囲まれたら……一体どうなってしまうんだ。


「それに……あんな気持ちよさそうに寝てるじゃないですか」


 セシリーさんがジークを視線で示した。

 見れば、確かにジークの表情は穏やかだった。

 リラックスの極致みたいな顔だ。


「いつも堅苦しい表情しているジークがあんなに安らかな顔をしているのは珍しいです。よっぽど気持ちよかったんでしょうね」

「けど、意識が落ちるまでやるのは失敗でした……本当はレベル五でも、意識が落ちない程度に加減して持続させることができるんですが……」

「クロヒコ、それ、女の子に使うのはやめてあげてくださいね? 誰にでも見られたくない姿っていうのはありますから」


 え?


「意識が落ちた方がいいってことですか?」

「ええ、意識が落ちた方がマシな気がします」


 気持ちのいいのが持続する方がいい気がするんだけどなぁ。


 …………。

 にしても、と俺はジークを見たる

 確かに、意識がないながらも大変ご満悦な表情だ。

 ……無理に起こすのも悪いか。


「わかりました。じゃあ起こさずに行きましょう」

「あ、それとクロヒコ。キュリエのことなのですが」

「キュリエさん?」

「体調がすぐれないとのことで、混浴は遠慮して部屋で休むことにしたそうです」


 え?


「キュリエさん大丈夫なんですか?」

「本人はしばらく横になっていればすぐ治るだろうって言っていました。わたしが見た感じでも、そこまで調子が悪そうでもありませんでしたよ。受け答えもしっかりしていましたし。こういう場は慣れていないみたいなので……少し疲れたのかもしれませんね」


 キュリエさん、具合が悪いのか。

 ちょっと残念な気はするけど、体調不良じゃ仕方ないな。


 こうして、俺とセシリーさんはジークを部屋に残して湯場に向かった。


          *


 部屋を出た俺とセシリーさんは、途中、廊下で待っていたアイラさんたちと合流した(ヒルギスさんもちゃんと来てくれていた)。

 湯場到着後は、男女別になっている脱衣場の前で一度彼女たちと別れた。

 そして俺は腰に布を巻いて露天風呂へ。


「はぁ……なんかドキドキしてきたな」


 ほぼ楕円型の露天風呂の奥の方に浸かりながら、俺は胸の鼓動が高まるのを感じていた。

 露天風呂には今のところ俺一人。

 女子陣はまだ来ていない。

 周囲は高い木の壁で囲まれている。

 その周囲は隣の湯場や生い茂る樹木のようだ。

 時折、虫の鳴く声がする。

 空には星が瞬いている。

 適度に涼しいのもあってか、湯に浸かっていてとても気持ちがいい。


 ちなみに、前の世界だと雑菌なんかの関係でバスタオルをつけたままの入浴はNGの場所が多いみたいだったけど、シーラス浴場は布を着用したままの入浴が許可されているようだ。

 とはいえ、すべてそうなのかはわからないが、この混浴風呂はにごり湯。

 布があろうがなかろうが見えない面積が多くなることは必至であった。

 これも東国の真似をしてにごらせたらしいが……。

 しかしにごり湯って源泉の成分が関係してる感じだった気がするけど……聖樹から流れてくる水が元と考えると、成分とかどうなってるんだろうか。

 あるいは、真似て単ににごらせただけなのかもしれないけど。


 なんてことを考えていると、布を身体に巻いた女子陣がやって来た。

 湯気の向こうから最初に姿を現したのは、レイ先輩だった。


「へぇ、貸切の湯場でもけっこう広いんだねぇ。もう少し小さいと思ってたよ」


 陶器のコップが載ったお盆を持ったレイ先輩が、興味深げに周囲を見やる。

 

「やっぱり共用の湯場よりは狭いけどね」


 次に現れたのは苦笑するアイラさん。


「ほら、何を恥ずかしがっているんですかヒルギス。男はクロヒコしかいないんですから、そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですって」

「……は、はい」


 先に姿を見せた二人が湯につま先をつけた時、セシリーさんに腕を引っぱられるヒルギスさんが姿を現した。

 アイラさんに続き、今度はヒルギスさんを引きずるセシリーさん。

 なんだか世話焼きのお姉さんみたいだ。


「…………」


 レイ先輩は小柄ながらも何気にスタイルがいい。

 アイラさんは布一枚だとよりはっきりとその胸の豊満さがわかる。

 セシリーさんは……相変わらずパーフェクトであった。

 完璧すぎて下手に言葉を連ねるのが無粋と思えるほどだ。

 なんというか、人体の黄金比ここに極まれりって感じだ。

 ヒルギスさんは華奢ながらも、ほっそりとした綺麗な身体つき。

 しかし皆、こうして見ると出るところはけっこう出ているというか。

 出ていなくてもやっぱり女の子の身体つきなんだな、というか。


 …………。

 いけない。

 つい、マジマジと眺めてしまった。

 が、あの面子では致し方ないのではあるまいか。

 男子的には、むしろこの状況で見るなという方が無理な気が……。


 ていうか、全体的に目のやり場に困る。


「クロヒコ、さっきからそんな奥で何してるの? こっち来なよ」


 おいでおいで、とアイラさんがニコニコしながら手招きする。


「変な遠慮しなくていいんだよ? みんな布一枚つけてるし、幸か不幸かここは湯がにごってるからね」


 お盆を湯の上にそっと浮かべながら、レイ先輩もしれっと促してくる。


「ふふっ、照れてるんじゃないですか?」


 胸の上で長布をおさえながらセシリーさんが身体を湯に沈める。

 若干の躊躇う仕草を見せたものの、ヒルギスさんが続いて湯に入った。

 特に発言するわけではなさそうだったが、ヒルギスさんの熱っぽくも映る視線はずっと俺を捉えていた。


 それと今日、アイラさんとセシリーさんは髪の毛をアップにしていた。

 ひょっとするとあれで時間がかかったのかもしれない。


 やや互いに距離を取りながらも女子陣がようやく落ち着く。


「…………」


 で、そこの中心にぽっかり空いたスペースは……まさか俺の場所ですか。


「ほらクロヒコ、アンタが来ないと始まらないよ?」

「ん〜、あれは確実に照れてるねぇ。それとも妙なトコロが反応しちゃったかな?」

「や、やめてくださいよレイ先輩、そんなこと――」

「早く来ないと、ボクがそっちまで確かめちゃおっかなぁ〜?」

「わ、わかりました! 行きます……行きますよ!」


 駄目だ。

 レイ先輩が言うと冗談に聞こえない。


 俺は渋々、女子陣が作ったスペースに身を落ち着けた。


「ふふっ、いらっしゃいませ」


 セシリーさんが空色の瞳で俺の顔を覗きこみつつ、笑いかけてきた。

 湯のせいで頬が上気しているせいか色っぽさが増している気がする。

 つーか肩が当たっておるんですが。


 しかし……こう間近で見ると、やっぱり色々と人並外れてるよな。

 パーツの一つ一つとっても。

 月並みな表現だけど、肌なんか本当に剥き身の卵みたいだ。

 染み一つない。

 それに胸の形が本当に……綺麗だ。


 って、何をジロジロみてるんだ俺は。

 最低だ。

 思わず顔を背ける。

 が、背けた先には……アイラさんの胸元が。

 …………。

 に、逃げ場がない。


 俺は目をきつく瞑った。

 やっぱり駄目だ。

 お、俺には刺激が……。

 こんな近くに女の子たちが布一枚でいるなんて……。


 やっぱりジークを起こしてくるべきだった。

 ジークと隅っこでおとなしくしてれば、こんなことはなかったんだ。


「これ、どうする?」

「あ、大丈夫。アタシがみんなに配るから」


 アイラさんが何か言った。

 アイラさんの方から身体を動かしている気配がした。

 で……その際に胸が普通に肩にあたった。

 …………。

 あたったんですが。


「はい、クロヒコ……って、どうしたの? もしかして……お腹痛い、とか?」  


 アイラさんの心配そうな声。


「心が」

「え? 心が痛いの?」 

「胸が、張り裂けそうです」

「大丈夫?」 


 アイラさんが身を寄せてくる。

 すると、また胸が触れた。


「だめだ、苦しい――」

「セシリー、クロヒコの様子がおかしいよ! お、お湯から出した方がいいかな!?」

「大丈夫でしょう。クロヒコはいつもおかしいですから」

「別の意味で、心が痛い」


 ひどい。

 セシリーさん、ひどい。


「ふふっ、すみません。今のは冗談です。しかしクロヒコ……今日のあなたは、一味違うのではなかったのですか?」

「――――」


 俺の頭に一筋の光が走った。

 そうだった。

 何をしていたんだ俺は。

 これじゃいつもの自分に逆戻りじゃないか。

 おかげで目が覚めた。


 開眼した俺は手を広げると、泰然と岩に寄り掛かった。


「ここからが俺の、ニューヘヴン」

「だからなんで極端な方向に振れるんですか」


 ぐにっ。


「ぐあぁ! 暴力ヒロイン!」


 湯の中でわき腹をきつく抓られた。


「もう……キュリエに言いつけちゃいますよ? わたしたちに囲まれて、鼻の下を伸ばしてたって」

「ついでに俺の株価も伸びたと伝えてください」

「……は?」

「まさに上昇中……いや――」


 俺は両手で髪の脇をかき上げた。

 そして髪を振り乱し水滴を払う。

 美少女にあるまじきゲッソリ顔のセシリーさんの顔面に、飛んだ水滴が散弾のごとく命中した。


「常勝中、ってとこかな?」

「なんだこいつ」

「!?」


 今のセシリーさんの発言だよな? 

 すごい冷たかった。

 出会ってから一番の冷気。

 温泉に浸かってるのに寒気を感じる……!


「もうっ、知りません」


 ぷいっ、とセシリーさんがそっぽを向いてしまう。


「どうぞご勝手に上昇しててください」

「ええ、セシリーさんと混浴で天にも昇る気持ちです」

「……最後に、そう持ってきましたか」


 なんとも言えない笑みを浮かべつつ、ジト目でセシリーさんが俺を見る。


「くすっ」


 おっ。

 今、ヒルギスさん笑った……?


「クロヒコもなんか元気になったみたいだから、はいこれ。セシリーも、はい」


 陶器のコップを手渡された。


「なんです、これ?」


 中身は……。

 あ。

 蜂蜜入りのミルクか?


「これも東国の風習を真似したものなんだけど、東国だと湯浴みしながらお酒とか飲んだりするんだって」


 へぇ。

 そういやとっくり片手に月を見ながら露天風呂で一杯、なんて画を何かで見たことがあったっけ。

 まあ中身はアルコールではないみたいだけど。

 どうやらアイラさんも蜂蜜入りのミルクらしいな。


「では……乾杯!」


 全員にコップが行き渡ったところで、アイラさんがコップを掲げた。

 みんなも合わせてコップを掲げる。


 なんていうか。

 これでいよいよ慰労会も本当に締めって感じだな。

 色々と動いてくれたアイラさんには本当に感謝である。

 そして少し、感慨深い気もした。


 乾杯が終わると、ほんわかとした空気が流れ出す。

 俺もようやくテンションのバランスが取れてきた。


 あぁ、いいなぁ。

 こうしてまったりと……あれ?


「セシリーさん?」


 顔が、真っ赤だった。

 いや、湯に浸かっているから赤くなるのは当然だけど……さすがに赤すぎないか?

 なんだか、ぽやーっとした感じだし。


「あれぇ?」


 と、声を出したのはレイ先輩。


「これ、ボクの頼んだ果実酒じゃない……」

「え? 嘘? アタシ間違えたかな? お酒はレイのだけだったんだけど……あのさ、誰か味に違和感――」


 あっ、と俺は小さく声を上げた。

 まさか。

 そして、すぐにアイラさんも気づいたらしい。


「もしかしてセシリー、レイの果実酒……飲んじゃった?」

 いつもお読みくださりありがとうございます。


 この第84話は機会があれば少し書き足すかもしれません。

 書き足した場合は活動報告で通知いたします。

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