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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第82話「合流」

 夕食はビュッフェスタイルだった。

 さすがは貴族にも人気と名高い宿。

 並べられた料理は贅を尽くしたものばかり。

 が、脚の高いテーブルや椅子を畳の上に設えてあるのはシーラスクオリティ。

 テーブルの脚の重みで所々凹んでいる畳が言い知れぬ切なさを誘う。


 会場を見渡せば、ちらほらと宿着の客もいるものの、ここではほとんどの客がめかし込んでいた。

 彼らにとってはここも一種の社交場なのだろう。


 ちなみに本日の俺は黒地に白と赤のラインや模様の混じった服を着ていた。

 いかにも貴族でございと言わんばかりの客層の中にあっても、さほど違和感のない服といえるだろう。


『これは私からのプレゼントよ。せっかくの大事な日に制服ってのも、味気ないでしょう?』


 先日、そんな言葉と共にマキナさんから手渡されたのがこの服である。

 なんでも以前から用意していたものらしい。

 うーむ。

 相変わらずというか、マキナさんの気遣いと手抜かりのなさには敬服せざるをえない。


 で、俺たちのテーブルだが……やたらと周囲の注目を浴びていた。

 その原因が俺を除く女性陣にあるのは明白だった。

 待ち合わせの際の服装のセシリーさんとキュリエさんのコンビに加え、アイラさんやレイ先輩までいるのだ。

 もちろんアークライト家とかホルン家の知名度もあるのかもしれないが、向けられる視線からすると、皆彼女たちの華やかさにやられているようだった。

 ちなみにたまに混じる嫉妬の視線は、すべて俺へと向けられている。

 …………。

 ジーク、早く来てくれ。


「はいクロヒコ、これでよかったですか?」


 セシリーさんが俺の分の料理を持ってきてくれた。


「あ、どうも」


 う、うーむ。

 しかし申し分のないチョイス……俺の料理の好みを把握している?


 俺たちが囲んでいるのは長方形のテーブルで、俺の両脇にはセシリーさんとキュリエさん。

 対面にはレイ先輩とアイラさんが座っている。

 最初にアイラさんの挨拶からはじまり、その後はまったりと食事が進んでいた。


 部屋まで来たアイラさんに呼ばれてみんなと合流した時、俺は緊張していた。

 が、朗らかに笑いかけてはきたものの、特にセシリーさんにいつもと変わった様子はなかった。


 また、キュリエさんの方にも特別変化らしい変化は見られなかった。

 さっき席についてから会話を交わした時も普通だった。

 今も淡々と料理を口に運んでいる。

 …………。

 案外、俺が意識しすぎていただけなのかもしれない。

 どんな顔をして会おうかと緊張していたのだが、いざ顔を合わせてみれば意外と普段通りだった。

 拍子抜けしたといえば拍子抜けした。

 が、正直なところ安堵の方がまさっていた。

 ここで妙な空気になるのも違う気がするし。

 だから今は俺もいつも通りでいようと思った。

 そんなことを考えていたら、レイ先輩が席を立って近寄ってきた。


「ど、どうしたんですか、レイ先輩?」


 彼女は戸惑う俺の背後から身を乗り出し、


「さっきは悪かったね」


 と言った。

 この『さっき』というのは、言わずもがな、揉み療治の時のことだろう。


「キミの反応が可愛かったもんだから、ついボクも調子に乗りすぎちゃってさ……ごめんね?」


 小悪魔チックに舌を出して謝ってきた。


「気にしないでくださいよ。俺もその……反省すべき点はありましたし」

「何かあったんですか?」


 セシリーさんがニコニコと尋ねてくる。


「い、いえ、別に何も――」


 言いかけて、俺は考え直した。

 下手に弁解すると逆に怪しいな。


「――なかったわけではありませんが、俺とレイ先輩だけの秘密です。ですよね、レイ先輩?」

「え? うん、秘密にしてもいいけど……むしろ今の言い方だと、変な誤解を招くんじゃないかな?」

「そ、そうですか?」

「ま……でもセシリーなら心配ないか。ってことでいいのかな、セシリー?」


 レイ先輩が反応を求めると、セシリーさんは仕方ないといった顔で息をついた。


「今のやり取りからして、何があったのか大方の予想はつきました。ですがあまりクロヒコをからかわないでやってください。彼、そういう方面には疎いみたいですので」

「あはは、ちょっと確かめてみたくてね? 実はすべて物凄い計算の上でやってることなのかなぁ、って」

「……違ったでしょう?」

「うん、違ったみたいだね。クロヒコは、一周廻って天然の人だ」

「お、俺が天然?」

「そう、天然だよ。まあ――」


 レイ先輩がもしゃもしゃとパンを咀嚼するアイラさんを一瞥した。


「けどこれなら、任せてもいいかな」


 あれ?


「俺……知らないうちになんか試されてました?」

「悪いとは思ったんだけどね。でもあそこで本能の赴くままボクにコロっと靡くようじゃあ、ちょっと不安だったからさ」

「……とはいえ、あれはズルいですよ」

「ごめんごめん。けどボクはボクなりに緊張してたんだよ? なんたって一世一代の色仕掛けだったんだからね。もし最後までいってたら……責任とってもらうことになってたかもよ?」

「勘弁してくださいよ……」


 はぁ、と俺はため息をついた。

 なるほど。

 真の意図はよくわからないものの、レイ先輩は俺が色仕掛けに惑わされる男かどうかを試すつもりだったらしい。

 揉み療治の時、それであんな感じだったわけか。

 まったく、レイ先輩も人が悪い。


「レイ先輩みたいな素敵な人にあんな風に誘われたら、普通にコロっといっちゃいますって」

「おや? なかなか嬉しいことを言ってくれるんだね、クロヒコ」

「そうですか? だって……レイ先輩が素敵な人なのは事実じゃないですか」

「むぅ……そうやってすらっと言われると、やっぱり少し判断に困るなぁ」


 レイ先輩は眉尻を下げると、ぎこちない笑みを浮かべた。

 なんか……照れてる?

 この人が普通っぽく照れるなんて、珍しいこともあるものだ。


「ねぇ、何話してるの?」


 口の端に食べかすをつけたアイラさんが不思議そうな顔で聞いてきた。

 レイ先輩がようやく腰を上げて自分の席へ向かう。


「クロヒコはひどい男かもしれないって話をしてたんだよ」

「え? クロヒコは、ひどい男じゃないよ?」

「あはは、そういう意味じゃなくてさ。ん〜……でもま、ある意味ひどいかもしれないけど」

「?」


 アイラさんは疑問符を浮かべて首をかしげる。


「アイラ、口の端に食べかすついてるよ」

「え? うそ?」

「ほら、こっち向いて」


 レイ先輩がアイラさんの口元を拭いてやる。


「ん」

「はい、とれた」

「あはは……ありがと、レイ」


 レイ先輩って、なんだかアイラさんの保護者みたいだよな。

 なんにせよ、ほほえましい光景だった。


          *


 夕食を終えて少しすると、ジークたちが到着。

 いの一番に俺は二人に駆け寄った。


「待ってたぜ、ジーク!」

「すまん、個人的な急用が入ってしまってな」

「いいっていいって! ヒルギスさんも、おつかれさまです!」

「……ん。遅れてごめんなさい」


 今日は二人とも制服ではなかった。

 特にヒルギスさんは普段制服姿しか見てないから、なんだか新鮮に映る。


「じゃあ、手続きをしたら部屋まで案内するね。あ、ジークの方はクロヒコに任せてもいいかな?」

「わかりました」


 俺はジークと男子部屋に向かった。


「よし、荷物を置いたらさっそく風呂に行こうぜ、ジーク」

「せっかくだからな。そうするか」


 そんなわけで、俺たち男子組は一度ジークの荷物を部屋に置いた後、そのまま二人で風呂に向かった。

 で――


「いい湯だな……さすがはシーラス浴場だ」


 湯に身を沈めたジークが、リラックスした表情で言う。


 俺たちは男二人で露天風呂に入っていた。

 空はすっかり日が落ち暗くなっている。

 今日は雲が多い。

 月が雲から出たり隠れたりを繰り返していた。


「そういや、急用ってなんだったんだ?」

「とある人が急に家を訪ねてくることになってな。さすがに、家を空けるわけにはいかなかったんだ」

「家にとって大事な客人、ってことか」

「ん……まあ、な」


 返答は歯切れが悪かった。

 何か複雑な事情でもあるのだろうか。


 そうだな。

 話題を変えよう。

 えーっと、何か話題は……。

 あ、そうだ。


「ちょっと変なこと聞くんだけどさ」

「言ってみろよ」


 俺は少し照れを覚えながらも、質問を口にした。


「ジークは、さ……こ、恋ってしたことある?」


 ジークは頷いた。


「ああ、あるぞ」


 即答だったことに俺は驚きを覚えた。


「え? あるのか?」

「むしろ、今も恋をしている真っ最中だ」

「へ、へぇ……」


 なんか、ちょっと意外だったかも。

 …………。

 あ。

 その恋の相手って、もしかして。

 ジークは自嘲気味に微笑んだ。


「ま、おれの片思いでしかないがな。そしてこれからも多分、ずっと片思いのままだろう」


 彼の顔には一種の達観があった。 

 俺は少し迷ってから聞いた。


「ずっと片思いって……それでいいのか?」

「ああ。おれはあの人がただ幸せになってくれれば、それでいい」

「……そっか」


 そこでジークが、にっ、と口の端を上げた。


「一応言っておくが、相手はセシリー様じゃないぞ?」

「そう、なのか?」


 今の会話の流れ的に……セシリーさんな気がしていたんだが。

 つき合いも長いみたいだし。

 正直、彼女の近くにいたら惚れてしまっても男なら仕方ない気がする。


「セシリー様は……言うなれば、血縁者に近い感覚かもな」

「この際だから聞いてみたいんだけど、ジークとセシリーさんって……どういう関係なんだ?」

「ギルエス家は、昔からアークライト家に仕えてきた家なんだよ」

「あ、そうなんだ」

「ああ。だからギルエス家の人間は今もアークライト家の補佐役みたいな存在なんだ。ま、両家にとって益があるからこんな関係が続いているって側面も確実にあるがな。よくも悪くもギルエス家は、アークライト家ありきの家ってわけさ」


 へぇ。

 そんな間柄だったのか。


「そしてある時、両家の子どもが引き合された」

「それがジークと、セシリーさん?」

「そうだ。最初はおれも度肝を抜かれたよ。セシリー様はあの頃から、まるで絵画から抜け出てきたかのような綺麗な子だったからな」

「……惚れなかったのか?」

「見惚れはしたが、心惹かれることはなかった。何より……おれにはすでに、別に異性として意識している人がいたからな」

「んん?」


 多分二人が引き合されたのって、数年前ってレベルじゃないだろ?

 意外とませてたのか、ジークベルト・ギルエス。


「相手は、人妻だった」

「……マジか」

「ああ」


 こ、子供で人妻に恋……。

 ジーク。

 そんな隠し玉を持っていたのか、おまえ。


「そもそも最初は人妻だなんて知らなかったんだよ。相手の年もすごく若かったし。だから彼女が誰かのものなんだと知った時は、子供ながらに衝撃を受けた。そして自分がとてもいけない感情を抱いたのだと知ったおれは、当時ひどい苦悩に苛まれた」


 なんつーハードな幼少時代だ。


「そしてある日、苦悩に耐え切れなくなったおれは……ふっと、セシリー様に悩みを打ち明けてしまったんだ」


 俺はすっかり話に聞き入ってしまっていた。


「そ、それで?」

「セシリー様は、おれを責めたり否定したりはしなかった。驚きすらしなかったのにはむしろこっちが驚かされたが……セシリー様はただ、笑顔で悩みを聞いてくれた。そして、こう言ってくれた。『誰かを好きになった自分を責めるのは、おかしな話ですよ』って」


 ジークは晴れやかな顔で夜空を眺めた。


「悩みを吐き出してすっきりしたのかもな。それ以来おれは自分の気持ちを偽るのをやめた。といって、もちろん夫ある人に思いを打ち明けるつもりもなかった。ただただ、あの人の笑顔をいつまでも見続けていたい……そう思うようになった。おれは満足だったよ。あの人が幸せそうな顔をするだけでな。だが、ある日――」


 不意にジークの表情が曇った。


「彼女の夫が、死んだ」

「……え?」


 ジークの眉間に皺が寄る。


「四凶災によって、殺された」

「あ――」

「彼女の夫は聖樹騎士団の人間だった。ある時、一つの町が四凶災に襲われた。そこでその町に聖樹騎士団が向かうことになった。そして……向かった聖樹騎士団は全滅こそ避けられたものの、団長および副団長を失い――壊滅的な打撃を受けた」


 ソギュート団長の言っていた、あの事件か。


「犠牲者の中に……その人の夫が?」

「ああ。それ以来、あの人の笑顔にはいつも陰がさすようになった。だからおれは……彼女が心から笑えるようになるまで、その支えになってやりたいと思ったんだ」

「彼女が心から、笑えるように……」


 なぜか、キュリエさんの顔が脳裏によぎった。


「ま、おれの気持ちが多少通じたのかはわからんが、彼女も少しずつだが心を開いてくれているような気はする。笑みもここ数年で自然になってきた。が……本当に愛していたんだろう、夫の死がまだ心に残っているようだ」


 あ。


「今日訪ねてきた客人って……ひょっとして?」

「ああ、その人だ」


 はぁ〜、と俺は天に向かって感嘆の息を吐いた。


「そりゃ確かに外せん用事だわ……って、今日ここに来てよかったのか?」

「彼女は遠慮がちな人だからな。暗くなる前に、いつも帰るんだ」

「そっか。でもジークはさ、それでいいのか?」

「何がだ?」

「聞いた感じだと、なんか大分距離を置いてるみたいな感じだけど」

「相手は未亡人だぞ? いくらもうこの世にいないとはいえ、彼女の夫を裏切るわけにもいかんさ」

「ジーク、おまえ……」


 ジークは悟ったように鼻を鳴らした。


「いいんだよ、別に男と女として結ばれなくても。だが彼女にはせめて、本当の笑顔を取り戻してほしいんだ。彼女がいつか幸せいっぱいに笑ってくれさえすれば……おれは、それだけで幸せだよ」


 なんだよ。

 なんなんだよ、そのかっこいいポジションは!?

 ちょっと感動しちゃったじゃんか。


「お、俺……応援するよ!」


 がっしりと俺はジークの両手を掴んだ。


「お、おぉ」

「何ができるかわかんないけど、俺にできることがあったらなんでも言ってくれよなっ」

「ふっ、気持ちはありがたく受け取っておくよ」


 そっかぁ。

 ジーク……お堅いイメージがあったんだが、実は恋に生きる男だったんだなぁ。

 俺は岩に寄り掛かりながら、ぼんやりと月を眺めた。


「なんつーか……すごいんだな、恋って」

「どうしたんだよ、急に」

「んー……ジークの話を聞いてたら、なんとなくそう思ってさ。恥ずかしながら俺、恋愛経験が皆無で……」

「そうなのか?」

「ああ。今まで誰かに恋をしたことなんか、なかったから」


 だからこそ、さっきセシリーさんにあんな風に言われて――


「それこそセシリー様なんかはどうなんだ?」

「どどど、どうして急にセシリーさんの話!?」


 あれ?

 俺、口に出してないよな?

 そんな戸惑う俺など素知らぬ様子で、ジークは軽く湯に身を沈めた。


「どうしても何も……あのな? 多分セシリー様は、おまえのことを恋愛対象として見ているぞ?」

「わ、わかるもんなのか?」

「これでも長年仕えてきた身だからな」


 なんてこった。

 この男は見抜いていたのか。

 いや。

 さすがは一途な恋愛マスターというべきか。


 ジークは感慨深げな顔をした。


「だが驚いたよ。セシリー様に恋心を抱く者や求婚する者は今も昔も後を絶たなかったが……セシリー様の方から好きになる男が現れるとはな。長く傍にいた男が、なんたってあのディアレス様だろう? だからこの人はよっぽどの男じゃないと魅力を覚えないんだろうなとは思っていたんだが――」


 ジークが俺をちらっと見た。


「意外なところから、伏兵が現れた」

「意外なのは俺の方だよ。だってあのセシリーさんだぞ? 俺なんかよりも、その……ふさわしい人なんていくらでもいるだろ」

「そのふさわしい人がいなかったからこそ、今までセシリー様にはこれといった浮いた話がなかったわけだが?」

「……そ、そうか」

「まあセシリー様を溺愛している祖父のガイデン様が、下手に男を近づけたがらなかったのもあるだろうがな」


 セシリーさんのおじいさんって、確か聖王様の剣術指南役だったっけ。


「実際ガイデン様がいなければ、お父上であるバディアス様が有力家との縁談を進めていただろう」

「……色々あるんだな」

「ま、おれとしてもセシリー様が鼻持ちならん貴族の男のもとに嫁ぐよりは、おまえとくっついてくれた方が何百倍もいいんだが」


 俺は苦笑する。


「ジークにそう言ってもらえるとなんだか心強いよ。たださ、俺――」


 ふと顔を出した月を見上げる。


「まだよくわからないんだよ、自分の側の気持ちが」


 ジークが何やら納得ずみといった顔で頷いた。


「だろうな。ま、そう答えを急ぐ必要もあるまい」


 意外とあっさりした反応だった。

 それから俺たちは無言で岩に寄りかかったまま、並んで空を見上げた。


「……だがな、クロヒコ」


 そうおもむろに口を開いたのは、ジーク。


「セシリー様は、決して自分だけを選んでほしいと考えているわけじゃないと思うぞ」

「……え?」


 ニヒルっぽくジークが口の端を歪める。


「あの方も、よもや初恋がこんな形になろうとは思ってもいなかっただろうがな……ま、相手が相手だ。あの方なりに、妥協はするつもりなんだろう」

「相手が相手? それに、妥協って……なんの話だよ? ていうか、自分だけを選んでほしいと思ってるわけじゃないって一体――」


 ジークが温かく見守るような顔で俺を見た。


「ここから先をおれの口から言うのは野暮というものだろう。それにいずれおまえにもわかるときが来るさ。あるいは……永遠にわからない方がある意味、幸せなのかもしれんが――」

「な、なんだよその引っかかる言い方……」

「あれかもな。案外――」


 しみじみとジークが夜空を眺めた。


「鈍い相手だからこそ、余計に振り向かせたくなるものなのかもな……」


 再び雲が月を覆い隠したあたりで、俺たちは風呂から出た。


          *


 風呂からあがった後、俺とジークは一度別れることになった。

 ジークによると、アークライト家から頼まれたセシリーさんへの言伝があるんだとか。

 なので、ジークは先ほどセシリーさんのいる女子部屋へと向かった。

 この後はジークにマッサージをしてやる予定なので、俺がついて行っても結局すぐ戻ってくることになるだろう。

 そんなわけで俺は一足先に男子部屋へ戻ることにした……のだが。

 戻る途中、


「何を黙り込んでいるのかしら? なんと無礼な――亜人!」


 何やらヒステリックそうな女の人の声が聞こえた。


「なんだ?」


 俺は周囲を見渡した。

 このあたりの廊下は人通りが少ない上にやや薄暗いので、人がいればすぐにわかりそうなものだが……。


「あ」


 あそこか。


 見ると廊下の途中の凹んだスペースで、何やら二人のご婦人に因縁をつけられている人がいた。

 …………。

 あれ?


 あの絡まれてる人って……ヒルギスさん?

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