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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第80話「二つの好意」

 風呂からあがって間もないこともあるのだろう、セシリーさんからは洗髪液と洗体液のニオイが混じった、ほのかに甘い香りが漂ってくる。

 二人きりでこんなにも接近するのは、あのアークライト家の夜以来な気もする。

 冷静に考えるとなかなかにドキドキする状況でもある。

 が、今の俺の役目はセシリーさんを気持ちよくすることだ。

 ドギマギしてはいられない。


 よし。

 はじめよう。


 まず俺はミアさんに教わった快感ポイントを探った。

 次に指で順番にポイントを刺激していく。

 重要なのは力加減とリズムだ。

 一定間隔でリズムを変えつつ、そして緩急をつけながら――


「ふぅ、ん……ぁっ――」


 セシリーさんの口から気持ちよさげな声が漏れ出た。

 ちゃんと気持ちよくできているようだ。

 まずは……上々といったところか。


 それにしてもセシリーさんの身体、意外と柔らかいな……。

 日頃から身体を作る基礎訓練もしているはずなのに、筋肉で硬くなっている感じがしない。

 まあセシリーさんなら、もう何があっても驚きはしないが。

 本人がなんと言おうと、この人はやはり特別な存在なのだ。


「どうですか?」


 俺は指圧を繰り返しながら聞く。


「んっ……そう、です、ねっ……な、なか、んっ、なかっ、です……かねっ」


 なかなかですとの評価を頂戴した。

 ふーむ。

 息遣いからすると感触は悪くないみたいだが、やはりまだ足りないか。


「なら、もう少しレベルを上げますね」


 今までのはレベル1に過ぎない。

 そう。

 俺は揉み療治のレベルを五段階にわけていた。

 

「ここからは、レベル3でいきます」


 俺の指が覚醒した。

 一気に攻めたてる。

 人並みなのは、レベル2まで。

 ここからは――次元が変わる。


「えっ!? あっ……ぅ、んっ――!」


 びくっ、とセシリーさんの身体が小さく跳ねた。

 そしてなぜかベッドのシーツを両手で力強く握りしめている。

 何か……我慢しているのか?

 まあいい。

 気持ちよくはなってくれているみたいだし。


「やっ、あ、これっ……! あっ、だめだっ、まずいっ――ちょっ、ちょっと待った! クロ、ヒコっ……待って! 待って待って!」


 突然。

 跳ね起きるようにしてセシリーさんが上体を起こした。

 それから彼女はベッドボードまで後退る。

 ……浴衣が乱れて太もものあたりが危ない具合に露わになっていた。

 そんなセシリーさんの頬や耳はピンク色に染まっていた。

 色白なので上気しているのがわかりやすい。

 てか……ど、どうしたんだろう?

 何かまずったかな?


「すみません。もしかして、痛かったりしました?」

「あ、いえ……そうではなくて、ですね――」


 どこか答えづらそうな様子だ。

 と、セシリーさんが何かごまかすような笑顔になった。


「今のはその……何かと、まずいような気が」

「ま、まずかったですか? あ、もし変なところ触っちゃったんなら謝りますけど……」

「えーっと、そうじゃなくて……あー、つまりですね」

「?」


 気まずそうに視線を逸らすセシリーさん。

 その口元はぎこちない半笑いだった。


「レベル3とやらは……あまり無闇に使わない方がいいかもしれません。後続の女子陣には、せめてレベル2までにしておいた方がいいかと」

「え? まだレベル4とレベル5があるんですけど」

「嘘でしょ……あれ以上が二段階もあるって、どれだけの……」


 気鬱げにセシリーさんが人差し指を額に当てた。


「わかりました」

「何がです?」

「今度はわたしが、クロヒコに揉み療治をしてさしあげます」

「え、これから足ツボ――」

「いいからいいから」


 ベッドに膝を擦らせながらセシリーさんが近寄ってきた。

 両肩に手を置かれる。


「それでは、このまま寝てもらえます?」

「え、ええ」


 なんか有無を言わせぬ雰囲気だ。


「さて……うつ伏せと仰向け、どっちにしましょうか?」


 ん?


「……仰向けって、意味あります?」


 押すのは肩から腰あたりではないのだろうか?

 次にセシリーさんが口を開くまでに、妙な間があった。


「そうですね。では、うつ伏せになってください」


 俺は言われるままうつ伏せになる。


「後ろ、失礼しますね」


 セシリーさんが移動した――って、


「せ、セシリーさん!?」

「え? なんですか?」

「平然とした顔で『え? なんですか?』じゃないですよ! なんで俺に跨るんですか!?」


 なんと、セシリーさんが俺の腰を挟み込むようにして跨っていた。


「でも、この方がクロヒコも嬉しいでしょう?」

「う、嬉しいとか、そんな――」


 上機嫌な微笑みを湛えるセシリーさん。


「まあ、今日は特別です。ああ、クロヒコが嫌ならやめますけど?」

「い、嫌ではないですが……」


 …………。

 てか、仰向けの時も同じことをするつもりだったとか……さすがにないよな?

 それに腰越しとはいえ……太ももに挟まれた形で下半身が密着しているのは――

 と、セシリーさんが俺の腰あたりを両手の指で圧しはじめた。


「どうです、クロヒコ?」


 む。


「セシリーさん」

「はい」

「予想外に下手くそですね」

「てい」

「ぐぇ!」


 セシリーさんが、本気で俺の腰を破壊しにきた……!


「まったく……正直すぎですよ! クロヒコ!」


 プンむくれるセシリーさん。


「もう……というか最近のあなたって、わたしにだけちょっと意地悪じゃないですか?」


 俺はからっと笑い飛ばす。


「意地悪してるつもりはないですけど……甘えてるってのはあるかもしれませんね。気心の知れた仲ってことで」

「……いえ、まったく甘えられてる気がしないんですが。だって、甘えるっていうのは――」


 不意に。

 セシリーさんの手が、伸びてきて、


「――こういう、ことでしょう?」

「あ……」


 抱き寄せ、られた?

 俺の顔は自然と、セシリーさんの胸元に埋まる形に。


「セシリーさ――」

「ねぇ、クロヒコ」


 あれ?

 声が……真剣だ。


「もう、釣り合う男になったんじゃないですか?」

「え?」


 何、を――


「あなたがわたしのパートナーになるかもしれないって話……忘れてませんよね?」

「……まあ」

「ただし、あなたにとって『パートナー』と『恋人』は、決して等価ではない」


 …………。

 パートナーは『仲間』の延長線上。

 俺はそう思っている。

 いわばパートナーは仲間の最上級だ。

 だけど、恋人っていうのは――


「実は、あれからずっと考えていたんです。どうしてパートナーと恋仲を、あなたがわざわざ切り離しているのか。なぜ、そんな面倒な思考を作り上げているのか」


 セシリーさんが吐息のかかる距離まで顔を寄せてきた。

 彼女のにおいが一層、強くなる。

 セシリーさんが耳元で囁いた。


「つまり、あなたは人から仲間として好意を持たれるのは『ありえる』と思っているけど、人から異性として好意を持たれるとは思っていない……違いますか?」

「――――」


 ピンポイントに、突いてきた。

 …………。

 でも。

 この人なら『ここ』を突いてきても不思議はない。

 知っているから。

 今のところ。

 誰よりも。

 俺――『相楽黒彦』のことを。


 俺は降参の意を込め、息をついた。


「ふぅ……敵わないですね、セシリーさんには」


 俺は彼女から離れると、ベッドの上にあぐらをかき、両手を膝に置いた。


「ええ、そうですよ。まあ、自分でこんなこと言うのは男として悔しいですけど……俺に、異性としての魅力なんてあります?」

「やっぱり……」


 セシリーさんが大きなため息を一つ。


「ま、そんなことだろうと思ってましたけど……」


 何やら幻滅されてるっぽかった。

 けど恋愛感情って……俺たち、まだ出会って三週間そこらですよ?

 これで異性として惚れたみたいな話になっても……それって、いわゆる吊り橋効果みたいなもののような気もするんだけど。

 …………。

 それとも。

 違うんだろうか。

 俺は、何か勘違いしているだけなんだろうか。

 わからない。

 人と触れ合ってきた経験の少ない俺には……よく、わからない。

 何より……信じられないのだ。

 自分みたいな人間が、彼女たちのような素敵な女の子たちから異性としての好意を向けられる、ということが。

 …………。

 いや。

 でも、ひょっとすると俺は――


「自己評価の低さに鈍感さが加わると、こんなにも壁が厚くなるものですか……そりゃあわたしたちの控えめな声なんて、届きっこありませんよねぇ。まあ、それがクロヒコのいいところでもあるんですが」


 セシリーさんは、はぁぁ〜、と長く深い息を吐いた。


「これはもう、はっきり言わないとだめですかね。わかりました。わたしも――覚悟を、決めるとしますか」


 そろそろ交代の時間が近づいていることに俺は気づいた。

 だが、俺が告げるより早く、セシリーさんは乱れた宿着を素早く整えてから、軽やかにベッドを降りた。

 そしてドアノブに手をかけると、彼女はほっそりした腰を捻って振り向いた。


「クロヒコ、最後に言わせてください」

「はい」

「好きです」

「……はい?」


 好き?

 そんなの、俺だって――


「俺だって、セシリーさんのことは好――」

「そういう『好き』じゃなくて、一人の女としてです」

「え?」



「仲間としてではなく、わたしは一人の女として――サガラ・クロヒコのことが、好きです」



 セシリーさんは睫毛を伏せ、口元を緩めた。

 ふざけている雰囲気では……ない。

 すべては彼女の眼差しが物語っていた。


「ああ、あの夜とは違って我を見失っているわけでもありませんよ? 好きになった理由が聞きたいならば、いくらでも聞かせて差し上げます」


 俺に、返答する間も与えず。

 セシリーさんはその『理由』とやらを述べ始めた。

 まるで、謳い上げるかのように。


 一生懸命なところ、

 本当の自分をわかってくれたところ、

 本音を言い合い、時にはそれを弄り合える仲であること、

 いざという時、意外と頼りになるところ、

 優しいところ、

 話し方……


 そんなところまで見ていたのか、と俺が驚くことまで彼女は述べ上げた。

 過大評価。

 俺の頭に浮かんだのは――ただ、そんな言葉で。


「それに……あなたは最初に出会った時からわたしを見る目が他の人たちと違っていました。アークライト家のことも『神に愛されし少女』のことも知らず、あなたはただ純粋に――『わたし』だけを見ていた。思えばあの時から、あなたのことが気になりかけていたのかもしれない。ま、これは後づけの理由かもしれませんがね。それでも――」


 それから彼女は、ふっ、と華やいだ微笑を浮かべた。


「わたしは、あなたが憎いです」


 あ、と思った。

 人間はこんな表情ができるものなのかと、思わず言葉を失い見惚れてしまった。

 吸い込まれそうな微笑。

 その浮世離れした微笑を浮かべながら、彼女は不思議な婀娜っぽさを持つ視線を俺に投げかけた。


「こんな気持ちにさせられてしまったことが、わたしはとても憎い」


 …………。

 なんだ?

 なんだこれ?

 さっきまで俺たちは……揉み療治をしながら、楽しく――


「あの、セシリーさ――」


 手をかけていたドアノブをセシリーさんが回し、引いた。


「ふふっ、今日はこんなところで退散します。とりあえず、伝えるだけちゃんと伝えておこうと思っただけですから。だから安心してください。返答はまだまだ先でけっこう――え?」


 あ。

 開いた、ドアの向こうに。


「あ、あの……」


 セシリーさんが困惑した声を出した。

 それから慌てて懐中時計を懐から取り出し、彼女は時間を確認する。

 再びセシリーさんが顔を上げた。


「い、いつから……?」

「すまん……それなりに、前から」


 開いたドアの向こうにいたのは――


 気まずそうな顔をした、キュリエさんだった。

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