第78話「シーラス浴場へ」
しばらくの間、時が停止した。
そして、
「……は?」
あれ?
セシリーさんの反応……。
にこやかさにこそ変化はないが、明らかに好感触とは言い難い反応だ。
…………。
「けっこう気持ちいいと思うんですが……」
「ほ、ほぅ……? 随分と、自信がおありのようで」
セシリーさんのこめかみがピクリと反応した。
その笑みもどこかぎこちない。
何やら納得いっていないご様子……?
あ、そうか。
失念していた。
俺がマッサージ――揉み療治の技を会得している事実を彼女は知らないのか。
「技なら、いくつかあります」
「……へぇ」
あれ?
あの顔……信用されてない?
まさかセシリーさん……揉み療治に関して一家言お持ちなお方?
そこそこ程度の腕では満足しないと?
…………。
ふむ。
ならばここは、自信ありってところをアピールすべきかもな。
自信満々なところを見せれば、試すくらいはさせてくれるかもしれない。
よし。
「ちゃんと気持ちよくしてみせますよ。だから一度だけでもいい……俺に、その機会を与えてくれませんか?」
「…………」
能面顔で俺を見据えるセシリーさん。
そして彼女は悠然と目を閉じた。
「一つあなたに聞いておきたいことがあります。とても大事なことです」
「はい」
「それは、わたし限定の話なのでしょうか?」
「いえ、みんなに言うつもりでした。これについては、さすがにセシリーさんを特別扱いするわけにはいきませんから」
「フーン」
「…………」
冷たい。
セシリーさんの表情が凍りつきそうなほど冷え切っていた。
バックに吹雪の幻影すら見えるような気が……。
ていうか。
そ――そんなにも揉み療治に対してこだわりがあるのか?
やっぱり名家アークライト家ともなると、名うての揉み療治師を雇ってたりするのだろうか。
そしてセシリー・アークライトの成長を陰ながら支えた立役者こそ、揉み療治師とか……。
つまり……俺には荷が重い?
ここは、引き下がった方がいいのか……?
「…………」
いや。
駄目だ。
ここで引いたらいつもの俺だ。
それに……一度も試してもらえないまま結論が出るなんて、そんなの哀しすぎる。
せっかくミアさんから教わったんだ。
試してさえもらえれば……わかってもらえるはずなんだ。
よし。
狼狽していたら伝わるものも伝わらない。
心を落ち着かせるべく、息を吸う。
…………。
波が引いていくかのごとく心からざわめきが消えていく。
俺は胸の前で掌を合わせた。
心はすでに平穏。
明鏡止水の境地である。
俺は真摯な表情でセシリーさんに相対した。
「安心してください……俺、ミアさんから手ほどきを受けたんです」
「ミア? ああ、確か学園長つきの侍女でしたね。あなたの家に出入りしていると話には聞いていましたが……へぇ〜、わたしとキュリエがクロヒコのために準備をしている間に、そんなことをしてたんですか……へぇー」
「ええ。あなたたちのために……そして何より、俺自身のために」
「クロヒコ」
「はい」
ルノウスレッドの宝石が……寒々しい輝きを放っていた。
なんということだろう。
宝石に霜がおりて輝きが鈍くなっている……。
緩く腕を組んだセシリーさんから放たれる、まるで射殺すかのごとき視線。
……わからない。
揉み療治一つがなぜ彼女をこうまでさせるのか。
俺には……何もわからなかった。
「あなたが望むのであれば――」
セシリーさんが腰をクネッとさせた。
「その……揉まれることもまあ、やぶさかではありませんが」
ちょっとだけ彼女の表情が和らいだ気がしたが――しかし、すぐにその表情は氷点下に戻ってしまった。
「ですが、こんな人の往来のある場所で……しかも全員に対してまんべんなく行為に及ぶなどと、なんのてらいもなく一人の女に対し宣言する……その心根には、いささか失望を禁じえません」
「けど、そ、そんなに悪いことなんでしょうか? 俺はただ、みんなに気持ちよくなってほしいだけで――」
「心ではどう思っていても、あなたはそんな風にタガの外れる男ではないと思っていました。いえ、わたしはまだあなたのことを信じたい……ですが、これはあまりにも――」
今度は哀しそうな顔をするセシリーさん。
悔しげな感情すら混じっているような。
この時。
俺は理解した。
…………。
そんなにも揉み療治に対して思うところがあったのか。
「すみません、セシリーさん」
ここはさすがに折れた方がよさそうだ。
どうやら積極性で踏み込んでいい領域ではなかったらしい。
「俺、セシリーさんがマッサージ……揉み療治に対してそんなにもこだわりを持ってるだなんて、知りませんでした」
セシリーさんがピタッと停止した。
「……ん?」
震えるほど強く拳を握りしめて俯き、俺はきつく目を瞑った。
「せめて試すくらいはいけるんじゃないかって思った自分が……俺、すごく恥ずかしいですっ」
「……クロヒコ? え?」
「だから、もう一度謝ります。本当に、すみませんでした! セシリーさんにとって揉み療治は、きっとかけがえのな――うわっ!?」
突然セシリーさんが距離を詰めてきたかと思うと、俺の両肩を掴んだ。
「せ、セシリーさん……?」
「クロヒコ、ごめんなさい」
頭を垂れたまま、セシリーさんが言った。
「え?」
「完っ全に、勘違いしてたのはわたしの方でした……というか心根がどうかしていたのは、わたしの方だったかも……」
「……何が、ですか?」
「け、けど、あなたの言葉が足りないのも悪いんですよ? ああ言われたら……勘違いしちゃいます。特に、一緒に外泊する日にあんなことを真剣な顔で言われたら」
「え? え?」
俺は困って周囲に助けを求めた。
と、何やら必死に笑いをこらえているレイ先輩が目に留まった(隣ではアイラさんが何が起きているのかわからないといった顔で呆然としている)。
俺の視線に気づいたレイ先輩が何やらワシワシと両手を動かした。
ん?
揉む?
次にレイ先輩は自分の胸を指で示す。
…………。
は?
胸を……揉め?
急に何言ってんだあの人……。
こんなとこでセシリーさんの胸を揉むとか、そんなの完全に頭がおかしい人――
あ。
俺の中で何かがカチっと嵌った。
そうか。
そういうことか。
って、そりゃ怒る。
セシリーさんじゃなくても、そりゃ怒るよ。
「すみませんセシリーさん。確かに俺、言葉足らずでしたね……」
「いえ、今のは不幸なすれ違いだったということで水に流しましょう――って、流しちゃっていいんでしょうか? やっぱり、わたしの方が悪かった気もするんですが」
顔を上げて身体を離したセシリーさんには、いつもの笑みが戻っていた。
と、彼女が手で自分の胸を軽く持ち上げた。
「なんなら謝罪の代わりということで……本当に揉んじゃいます?」
「……その心根には、いささか失望を禁じえませんね」
「むぅ……言うじゃないですか、クロヒコ」
不服げに口を尖らせるセシリーさん。
してやられたという顔だ。
俺はニヤリと笑ってみせた。
「ま、これでチャラにしましょう」
「はぁ……なんだか出会った頃のクロヒコが懐かしいですよ」
「あれ? 今のって褒め言葉ですか?」
「……もぅ、嫌な人ですね〜」
「あはは、意外と俺がこういうこと言えるのって、今のところセシリーさんくらいですからね」
今度は一転、満足げな笑みを浮かべるセシリーさん。
「えーっと、ちなみに聞いてもいいですか? さっきのアレ……最初にわたしに声をかけたのは、なぜです?」
「まずはセシリーさんに揉ませてもらって感想を聞こうかなと思って。的確な感想が聞けそうですし……それにある意味、セシリーさんは相談事のしやすい相手ですから」
「ふふっ、そうですかっ、そうですかっ、嬉しいこと言ってくれますねっ」
つんつん、と嬉しそうに俺の胸をつついてくるセシリーさん。
何やらご満悦な様子である。
しかしこのめまぐるしい感情の変化は一体なんなんだろう?
と、そこでレイ先輩とアイラさんの会話が耳に飛び込んできた。
「あの間にはなかなか入り込めないよねぇ」
「……あのさ、レイ」
「なんだい?」
「胸の大きさだったらアタシ、セシリーに勝ってるよね?」
「……うん、まあ大きさでいえば。ええっと……アイラ?」
「男の子って、やっぱり胸に興味があるんだね……よくはわからなかったけど、今の二人の会話もそういうことでしょ? だったらアタシも、胸をアピールすればいいのかな?」
「うん、まるで違うね」
「え? 違うの?」
「お色気だけで恋愛を制しようとするのは、はっきり言って二流だね。お色気はあくまで付加価値なんだよ。わかるかな、アイラ?」
「わかりません」
「……まあともかく、ボクはアイラにはそういうの似合わないと思うな。それにクロヒコも言ってただろ? アイラの魅力は、頑張り屋で素朴なところだって」
「そ、そっかぁ……うん、わかった。アタシ、頑張って素朴なお色気を目指すよ」
「まずい、こっちでも過去の人を懐かしむ事態が起きている……あれ? この子……こんなアホだったっけ?」
「ん? どしたの?」
「あ、うん、なんでもないよ。こっちの話。まあ心配しなくていいよ。アイラはちゃんとボクが導いてあげるから」
「?」
「うーん……それにしても男の子って、女の子の胸が好きだよねぇ。こんなもんの何がいいのかなぁ? ま、そういうところが可愛いんだけどさ」
などというやり取りがなされていた。
……意外とレイ先輩、侮れない人な気がしてきた。
って、あれ?
俺はふと気づく。
「キュリエさん、どこ行ったんだ?」
セシリーさんと虚しくすれ違っていた時、そういえばキュリエさんの気配がなかった。
どうやらセシリーさんもキュリエさんの姿が見当たらないことに気づいたらしい。
「あれ? キュリエがいませんね」
「キュリエ様でしたら、先ほどからあちらにおります」
そう言って薄暗い路地裏を手で示したのはバントンさんだった。
あ。
路地裏の木樽の陰に、なんかしゃがんで丸くなっている人影が見える。
セシリーさんがため息をついた。
「そんなところで一体何をやってるんですか、あなたは……」
まるで自分の不肖の娘を連れ戻す母のような顔で、セシリーさんがツカツカと歩み寄る。
びくっ、と人影が震える。
「逃げなかったことは褒めてあげますが……ほとんど隠れられてませんよ?」
「うわっ、また出た!」
「……お化けか何かですか、わたしは」
セシリーさんが頭が痛いと言わんばかりに額をおさえた。
「『この場にいる全員をそこに転がっている剣で皆殺しにできる』とか言っていた人と同一人物だとは、まるで思えませんね……」
*
セシリーさんによって連行されたキュリエさんは渋々顔のまま馬車の中へと押し込まれた。
シーラス浴場までは、予定を変更してホルン家の馬車一台で行くことになった(予定では二台の馬車に別れて向かうはずだったのだが、人数的に一台で事足りてしまったのだ)。
セシリーさんは荷物をホルン家の馬車に移し終えると、ドアを閉める前にバントンさんに礼を言った。
そしてバントンさんがホルン家の御者さんと互いに挨拶を交わすと、俺たちの乗る馬車は動き出した。
馬車内の席はこっちの世界のじゃんけんみたいなもので決まった。
というか、ほぼじゃんけんだった。
神話に登場する獣を真似た手の形が、グー、チョキ、パーのような関係性になっているらしい。
で、俺の右にキュリエさん、左にアイラさん。
対面にセシリーさんとレイ先輩。
…………。
しかし、と思う。
両手に華で嬉しいには嬉しいのだが……席なんて適当でよかったんじゃなかろうか?
しかもなぜか俺だけじゃんけんの参加権が与えられないという謎のペナルティ。
何をやらかしたのかもわからぬまま、俺は今の席に着いていた。
さて。
この場にいないジークとヒルギスさんだが、どうしても外せない用事で到着が夜になるとのことだ。
そうなのだ。
馬車から降りてきたのが二人だけだったので、残りの二人はどうしたのだろうと思っていた(キュリエさんのツインテール変身に驚くあまり、途中からジークとヒルギスさんのことが頭から吹き飛んでしまっていたが)。
まあ、夜には合流できるとのことでほっとした。
何気に温泉のような施設で男一人ってのは、何かとしんどそうな気もするからな……。
そうだな。
せっかくだから、機会を見つけてジークにも揉み療治をしてあげよう。
さらに馬車内では、もう一つの気になっていたことがあっさり解消されることとなった。
ふとしたキュリエさんの謝罪から始まり、そして衝撃の真実が俺へと告げられた。
最近のよそよそしい態度の原因が、なんと俺を驚かせるべく今日のドレスの準備などをしていたためだったというのだ。
そのことを勘づかれないようにするために、キュリエさんはあのような態度を取っていたらしい。
というかキュリエさん曰く、セシリーさんのように上手く俺をやり過ごすことができず、結果として冷たい態度を取ってしまったとのこと。
そう経緯を明かされた上で、彼女たちから謝罪を受けた。
が、気分を悪くするどころか……俺を満たしたものは安堵だった。
そう。
俺の危惧は、危惧にすぎなかったのだ。
…………。
そういや前に『女の子っぽくなる秘訣を教える』とかなんとか言っていたけど……。
今になって思えば、あの時からすでに彼女たちのサプライズのための準備ははじまっていたのかもしれない。
だが、となると――
あれ?
じゃあ俺の積極性の決意は、どうなるんだ?
俺は彼女たちに避けられているわけではなかった。
百合的な世界も幻の産物。
それが明らかになった今……マキナさんの教えを実践する必要はあるのか?
今まで俺は一体……何と闘ってきたんだ?
「…………」
いや。
違う。
マキナさんの教えは間違ってはいない。
有効。
まだ、有効だ。
そう。
今までの俺が積極性を欠いていたのは、まごうことなき事実である。
キュリエさんの態度の原因が判明したとはいえ、これは単に懸案事項が一つ潰れたにすぎない。
ならば……攻めの姿勢をここで崩すわけにはいくまい。
まだ、何も終わっていないのだから。
そんな風に決意を新たにしているうちに、馬車はシーラス浴場へと到着した。
*
シーラス浴場は王都の北東地区に位置している。
また比較的、聖樹および大聖壁に近い場所でもある。
貴族の多く住む南東地区とは、聖樹やルノウスレッド城を挟んでちょうど対となる位置にある地区である。
北東地区は王都の中でも特に自然が多く残る地区とのこと(そういえば以前学園から見渡した時も聖樹の左側は緑が多い印象だった)。
シーラス浴場は、その地区の長く曲がりくねった坂道の先にある高台のさらに奥にあった。
山の中といってもいいような雰囲気。
ぶっちゃけて言えば、日本の温泉を思わせる感じだった。
馬車をおりて、俺たちは蔦の絡まった門を潜る。
石の敷き詰められた道が奥へと続いている。
道の両脇には青々とした樹木が林立していた。
土のにおいと混じった青みある独特のにおいが鼻をついた。
道を抜けると開けた空間に出た。
と、木造の建物が姿を表す。
見れば宿の佇まいもどこか日本風……というより和風な感じがする。
なぜだろう?
そう俺が不思議に思っているとアイラさんが話しかけてきた。
「どうかした、クロヒコ?」
「なんだか他の王都の建物とは印象が違うなぁ、と思って」
「あ、そっか。クロヒコはシーラス浴場は初めてなんだよね。おほんっ……では、このわたくしめが解説いたしましょうかね」
他のメンバーも足を止める。
「このシーラス浴場は、この王都で唯一東文化を取り入れた浴場なの」
「東文化って……つまり、よく耳にする東国って国の文化ですか?」
「その通り!」
びしっと指を突きつけられた。
「まあ簡単に言うとね? 東文化趣味の貴族であるフェラリス公爵家が貴族向けに作った浴場……それが、ご覧のシーラス浴場なのよ」
ガイドさんのように建物を手で示すアイラさん。
「この独自色の強い浴場が貴族の間でも評判になってね。ここは常に王都では人気一、二を争う浴場なんだ。あ、ちなみにホルン家も建てる時にちょっと資金面などで協力してたりします」
てへっ、とアイラさんが控えめにアピール。
「さらに言うとそのフェラリス公爵家の娘さんが、うちの風紀会の会長なんだよね」
レイ先輩がさらっと言い添えた。
意外なところで風紀会の会長さんが繋がってきたな……。
「この浴場は東国の『しらす』って場所を手本にして作ったので『シーラス浴場』と名づけたらしいですね」
続いてセシリーさんがさりげなく豆知識を披露。
ふむ。
前々から東国って国が日本っぽい文化を持つ国なんだろうなと予測はしていたが……ここに来て、その予測が確信に変わりつつあるな。
そういえば神話によれば東国――神話では高真ノ国だったか――は、あの禁呪王が統治していた国だと聞いた気もする。
東国か……。
機会があったら一度、行ってみたいな。
それから俺たちは宿の中へと足を進めた。
内観も和風っぽさが所々に見受けられた。
というか本当に日本の温泉宿って感じだ。
雰囲気的には宿泊もできる健康ランドみたいなのを想像してたんだけど、貴族御用達のせいもあるのか、大分落ち着いた雰囲気の宿である。
なんだろう。
ちょっと懐かしい気がしてしまう。
受付らしきカウンターでアイラさんがてきぱきとやり取りをはじめる。
これはこれはホルン家のアイラ様、などと手もみしながら出てきた偉そうな人とも、慣れた感じで適度に社交辞令みたいな言葉を交わしている。
さっきアホの子だとか言われてたけど、やっぱり有能なんよな、アイラさんって。
前の世界だったら多分、飲み会の幹事とか任されそうなタイプな気がする。
……まあ、そもそも俺は飲み会なんてものに参加したことがなかったので、あくまでイメージだけど。
そして手続きが終わるのを待っている間。
何人かのお客さんがこの空間を行き交っていたが、彼らの視線のほとんどはキュリエさんとセシリーさんに吸い込まれていた。
…………。
うん。
これは仕方ない。
あの二人はさすがに人の目を惹く。
ただ、セシリーさんは普段から向けられているから慣れている風だったが……キュリエさんは居心地悪そうな様子。
そして普通にトコトコと宿の玄関から出て行こうとしたところを、セシリーさんに首根っこを掴まれて連れ戻された。
なんか無言でジタバタしていた。
キュリエさん……。
しばらくして手続きを終えたアイラさんが戻ってくる。
その手には荷物を持っていた。
アイラさんとレイ先輩の荷物は先に宿に届けておいたんだとか。
やけに手荷物が少ないと思っていたが、なるほど、そういうことだったのか。
「はい、これがクロヒコたちの部屋の鍵ね」
アイラさんから部屋の鍵を手渡される。
さすがにカードキーということはない。
とった部屋は二つだと聞いている。
まあつまりは男子部屋と女子部屋である。
「さて、と……まずは部屋に荷物置いてこようか」
「そうだね」
「じゃあ荷物を置いたら、また一旦ここに集合ってことでいいかな? その後に昼食ってことで」
「わかりました」
俺とジークの部屋と彼女たちの部屋は離れた位置にあった。
シーラス浴場は人気宿なので隣同士の部屋を取ることはできなかったとのこと。
まあ別に隣同士である必要もないといえばないしな……。
「あ、ここかな?」
部屋の紋章と番号を確認する。
うん。
間違いない。
ここだ。
鍵を開けて中に入る。
「……失礼しま〜す」
お?
これって……もしかして、畳?
へぇ、こっちの世界にも畳とかあるんだ……。
しかし畳の上にベッドが置いてあるのは……まあ、日本の家でも和室にベッドは普通にあるみたいだしな。
細かいことは気にしないでおこう。
部屋の調度品や窓枠の作りからもほんのり和の感じが漂っている。
窓から望む景色は樹木ばかりで面白味には欠けるが、王都を一望できるような豪華な部屋は俺の身には余るだろう。
何より喧騒から解放された落ち着いた空間であることには違いない。
夜はぐっすり眠れそうだ。
手荷物を置く。
ふむ。
この部屋の広さだと、マッサージをするにはテーブルを動かさないとだな。
まあ……ベッドの上でも問題ないか。
…………。
うん。
そのへんは誰か連れ込んでから考えるとするか。
「っと、そろそろ行かないと――」
鍵をかけてからロビーへ戻ると、すでに女子陣は来ていた。
皆、手荷物を持っている。
昼食が終わったら早速お湯に浸かりに行くのだろうか?
「あ、来たわね」
「すみません、遅くなりました」
「ううん、大丈夫。それより部屋はどうだった? 問題なさそう?」
「ええ、ばっちりです。というか、なんか懐かしい気すらしましたよ」
「あ、そっか。クロヒコって東国の出身だっけ?」
「あー、えーっと……はい」
「あんまりにも馴染んでるからアタシ、そのこと忘れてたわ」
たははは、と笑うアイラさん。
「で、昼食なんだけどね?」
アイラさんが改めて皆に向き直った。
「ここって建物の中心に客に解放されてる中庭があるんだけど、そこで食事を持ち込んで食べることもできるのよ。宿の中にも食事できるところはあるんだけど……じ、実はアタシ、焼き菓子を作ってきておりまして」
アイラさんが桃色の入れ物を控えめに掲げた。
「ちゅ、昼食にどうかなー、っと……」
すると、キュリエさんとセシリーさんが顔を見合わせた。
「あー、その、私たちも二人で昼食を作ってきたんだが」
セシリーさんが手元のバスケットを持ち上げた。
「一応、全員分あります。サンドパンに香辛料をかけた炙り肉、サラダなどですが。味の方は、保証できると思います」
「あ、ボクは食後によさそうな紅茶を持ってきたんだ。もちろん、全員分」
レイ先輩が続く。
こ、これは……。
よくラブコメなんかにある『ヒロインがみんなお弁当を作ってきちゃって食べきれないよ〜あ〜弱ったなぁ〜』という、男ならば一度は憧れる伝説のイベン――
「…………」
ん?
あれ?
待てよ?
セシリーさん&キュリエさん組の手間をかけたっぽい昼食。
アイラさんのデザート的ポジションもまかなえる焼き菓子。
レイ先輩の食後のまったりタイムを演出する紅茶。
あれ?
食後までの流れが、綺麗にできてる。
女子陣は皆、一様に顔を見合わせた。
どうやら示し合わせたわけではないらしい。
…………。
これはある意味、無茶苦茶息が合っているともいえるのか。
そんなわけで誰が持ってきたものが残るわけでもなく……つつがなく、俺たちは和気藹々と昼食を終えたのだった。
いつもお読みくださりありがとうございます。
シーラス浴場編ですが……内容が内容なのと(汗)、このあたりは展開のペースもゆっくりめになりそうなので、シーラス浴場編が終わるまでは二日に一回のペースで投稿できないかと考えています。
ですので、今のところ次話は3/25の同じくらいの時間(11:50~11:59)の更新を予定しています。