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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
85/284

第77話「2」

 ついにこの日がやってきた。

 シーラス浴場。

 一泊二日。

 超近場のプチ旅行みたいなものだが、俺にとっては大変重要な日である。


 マキナさんにアドバイスを受けてから今日までは耐え忍ぶ日々だった(といっても二日だが)。

 決戦はシーラス浴場。

 それまでに力を使い果たすわけにはいかない。

 問題はいかにこの決意を持続させるかだったが……決意ワードを自らに言い聞かせ続けることで、俺の決意はベストなコンディションで維持された。

 またキュリエさんやセシリーさんの前ではいつも通りに振る舞うよう気をつけた。

 たまに意気込みを隠しきれなかった時もあったかもしれない。

 だとしても、違和感はなかったはず。

 その証拠にキュリエさんが俺に違和感を覚えている様子はなかった。

 つまり、第一段階はクリア。

 

 だが安心するのはまだ早い。

 そう。

 本番は、これから――


「何? 考えごと?」


 ふと我に返る。

 隣を見やると、アイラさんがニンマリしながら覗き込んできていた。


「……手番のことで」

「てばん?」

「はい」

「?」


 今、俺は馬車の中にいる。

 他に馬車内にいるのはアイラさんとレイ先輩。

 この馬車はアイラさんが手配してくれたもので、ホルン家所有のものだ。


 俺がこの馬車に乗っているのは彼女の厚意によるものである。 

 先日アイラさんはホルン家の屋敷に赴き、馬車を手配した。

 で、せっかくだから一緒に乗ってかない? というわけである。

 ちなみにアイラさんとレイ先輩は女子宿舎にも部屋を持っているが、毎日女子宿舎から通っているわけではないらしい。

 登校時に見かけたり見かけなかったりするのには、どうやらそういう理由があったようだ。


 元々、大時計塔までは普通に徒歩で行く予定だった。

 なのでアイラさんの誘いは非常にありがたいものだった。

 学園から大時計塔前までって、何気にそこそこの距離があるからな……。

 何より移動中も皆で一緒にワイワイ喋りながら行けるのが嬉しい。

 いかにも、旅行、という感じがして。

 …………。

 そこで、ふと気づく。

 よくよく考えてみれば、これって女の子とお泊り旅行なんだよな……。

 が、人生初の女の子との旅行とはいえ、ここで物怖じするわけにはいかない。

 ただドキドキしたりモジモジしたりで終わってはならないのだ。

 といっても……今の俺にできるのは足ツボを含むマッサージくらい。


 だから今日は、可能な限り時間を見つけて――揉みまくる。


 前の世界ではどこの温泉もマッサージ機が置いてあるイメージだ。

 だとすれば、この組み合わせは完璧。

 狙いは……やはり風呂上がりだろう。


「…………」


 よし。

 今日は揉みまくるぞ。


「今日は楽しみだね、クロヒコっ」


 気合いを入れるように両拳を胸の前で握り込むアイラさん。


「ええ、とても楽しみです」

「うん、アタシも楽しみ」


 ふふっ、と嬉しそうに笑みを零すアイラさん。


「シーラス浴場自体には何度か行ったことあるんだけど、実は同級生と一緒に行くのは初めてなんだ。だから、今日すごい楽しみにしてたの」


 ちなみにアイラさんは、なぜかレイ先輩の隣ではなく俺の隣に座っている。

 対面の席ではレイ先輩が温かく見守るような顔をして座っている。


 本日のレイ先輩の装いはシックながらも軽やかな感じである。

 全体的に落ち着いた色味。

 が、どことなく小洒落た雰囲気がある。

 また今日のレイ先輩は脚のラインがはっきりと出るズボンを履いていた。

 こうして見るとほっそりとした綺麗なラインの脚だ。

 めかし込んでいるとまではいかないが、きっちりと彼女のさっぱりとした魅力的が際立つ服装。

 さりげないオシャレさんといった感じだろうか。


 一方アイラさんはゆったりとした印象の服装だ。

 格別着飾っているというわけではないが、素朴な感じがアイラさんにぴったりな気がする。

 茶色のスカートの下にはレギンスみたいなのを履いている。

 そして耳には、普段からつけている縦長のピラミッドみたいなピアス。


 二人とも制服の時と比べると脚の露出が少ないのは、やはり聖素を取り込むような局面に遭遇する可能性が低いからだろうか。

 ある程度肌が露出していた方が聖素を取り込めるわけだから、まああの制服のスカートも仕方ないんだろうが……。

 むしろ危機的状況の方が露出が増えるというのも妙な感じではある。


 しかし……。

 俺は視線を動かし二人を観察する。

 やっぱり二人とも可愛いよな。

 セシリーさんやキュリエさんが異常なだけで、アイラさんもレイ先輩もかなりレベルは高い。

 それに何よりアイラさんといると、なんだろう……ほっとする、というか。

 と、ワクワク顔のアイラさんの顔を見ていて、ふとあることに気づいた。


「あれ? そのピアスって、もしかして」

「ん? これ?」


 アイラさんが耳のピアスに触れる。


「これね、実は魔導具なの。ほら、よく見るとクリスタルが嵌め込まれてると、術式も彫ってあるでしょ?」


 アイラさんが身を寄せてくる。

 互いの肩がくっつく。

 そんなに寄せなくても、などと思いつつ俺はアイラさんのピアスを検めた。


「本当だ。術式が彫ってある」

「ね? こんな小さいものに術式を掘り込める職人はそんなにいないんだ。ホルン家の宝の一つってところかな?」

「へぇ……そうだったんですか」


 言いつつもこの距離で香るアイラさんのにおいに、こそばゆい気分になってくる。

 そんな俺に気づいた様子もなく、はは、とアイラさんは苦笑した。


「でも魔導具がどんなに優れたものでも、アタシ自身の剣と術式の腕を磨かないと駄目なんだけどね……」


 弱ったとでも言いたげにアイラさんが息をつく。


「ただ最近、なんだか訓練にも身が入らなくてさ……強くなるんだーっ! セシリー・アークライトに勝つんだーっ! って気を張ってた頃は、思い返すと、気負いすぎだったかなぁ? てくらいにがむしゃらにがんばってたんだけど……巨人討伐作戦が終わってから正直、色々とどうでもよくなっちゃったっていうか……」


 なんでだろ、と二度目のため息をつくアイラさん。


「前より家のプレッシャーが気にならなくなったからじゃないですか?」


 セシリーさんとも打ち解けたみたいだし、何よりアイラさん自身がそこまでこだわってないみたいなこと言っていた。

 む〜、と口を曲げるアイラさん。


「そうなのかなぁ……う〜ん、言われてみればそうかも」

「案外、他の目標ができたからじゃないかな?」


 見守るように話を聞いていたレイ先輩が話に入ってきた。


「他の、目標……?」


 アイラさんが俺を一瞥した。

 なぜか微かに頬の赤みが増していた。

 そして彼女はレイ先輩に向き直った。


「つ、つまり新しくできた目標のせいで……今までの目標がアタシの中でどうでもよくなりつつあるってこと?」

「ボクはそう思うけどなぁ」

「そ、そっかぁ……そうなの、かなぁ……?」


 む。

 今だ。


「でも俺、がんばってるアイラさん好きですけどね」

「へ?」


 俺の言葉にきょとんとするアイラさん。


「アイラさんの何かに向かって全力で打ち込む姿勢、俺はすごい好きですよ。そういうところ魅力的だなぁって、ずっと思ってました」


 アイラさんの目を見ながら俺ははっきりと言った。


「え……えぇ〜?」


 照れ照れな感じで顔を朱に染めるアイラさん。


「そ、そうなんだ……ふ〜ん……」


 口元が緩い感じに半笑いになっている。

 アイラさんが後頭部に手をやった。


「ま、まいったなぁ……でもそっか、クロヒコはがんばってるアタシが好きなんだね……ん、わかった。アタシ、がんばるよ。今まで通り、訓練もがんばる! 見ててね、クロヒコ!」

「はい!」


 おぉ!

 アイラさんがやる気を取り戻した!

 さすがはマキナさん!

 さっそく積極性を発揮した結果、効果絶大だ!


 ふむ。

 これはマキナさんの教え通り過去の自分に断絶線を引くことなしに、さらっと無理なくやるのがポイントか。


 照れずに本音を。

 しかし、決して無理のないように。

 さらっと自然に。


 これぞ積極性の真髄か。

 辿り着いたぞ、この域に。


「じゃ、じゃあ……」


 こほん、とアイラさんがかしこまって咳払いを一つ。


「……ちょっとがんばって、みようかな」


 ん?

 なんだ?


「あのさ、クロヒコ」

「はい」

「クロヒコは……どんな感じの女の子が、す、好き?」


 チラッ。

 アイラさんが片目で様子を窺ってくる。

 …………。

 彼女にも積極性が伝染したのだろうか。

 は、ともかく。

 質問には答えねばなるまい。

 俺はどっしり構えて言った。


「人によって好きになるポイントって違いますからね。その人の魅力が百パーセント引き出されているのが、何より大事だと思います」

「ほ、ほぇ?」


 アイラさんが口元に笑みを残したまま目を丸くする。

 これは……予想外の答えだったという顔だ。

 ほどなくして。

 停止していたアイラさんが、


「そそ、そっかぁ! そうだよね!」


 と動き出した。


「魅力って人によって違うもんね! あははは、さすがはクロヒコ! す、すごいなぁ~!」


 ペシペシとアイラさんが俺の肩を叩く。

 

「百点……回答としては百点だよ、クロヒコ……」


 レイ先輩が指を目尻に当てて『アイラ……がんばれ』みたいな顔をしていた。

 その目元には、微かに光るものが……。

 むむ?

 つまりこの回答では、あまりに優等生すぎると?

 ならば、


「ただ、あえて挙げるとするなら……」


 俺は言った。


「あ、挙げるなら?」


 二人の注目が集まる。


「優しい人……ですかね?」


 …………。

 言ってから思った。

 好きなタイプは『優しい人』。

 なんだか世間の好感度が高い女優さんみたいな回答だ……。


「優しい人……優しい人か……」


 だが、無難すぎたかと危惧する俺をよそに、アイラさんは何やら真剣な面持ちで思考モードに入っていた。

 腕組みをし、眉根を寄せるアイラさん。


「どうやったらなれるかなぁ……」


 いやいや。

 悩まずともあなたはもう十分優しいでしょうに。


「あははは、クロヒコは本当に不思議な男だなぁ」


 レイ先輩がからからと笑う。


「女の子と絡むと見ていて飽きないよ。お堅い組織には一人くらい欲しい人材だね」

「それ……褒めてます?」

「ところでクロヒコ、ボクが風紀会に所属しているのは知ってるよね?」

「ええ、どんな組織なのかは知りませんけど」


 風紀会って名前から察するに……まあいわゆる風紀委員会みたいなものなんだろう。

 学園の風紀を乱す輩をとっちめる組織、って理解でいいのかな?

 ただ前の世界では、フィクションの中でこそよく目にしたけど、俺の通っていた学校にそんな委員会はなかった。

 風紀委員会って今も実際に存在するんだろうか?

 もう文字通り別世界になってしまった世界に疑問を放っても、仕方ないといえば仕方ないが……。


「とまあ、その風紀会なんだけどね? うちの会長がキミに少し興味があるみたいなんだ。それで、もし暇があるなら今度――」


 その時、窓の外に大時計塔が見えてきた。

 レイ先輩が話を止める。


「ま、この話はまた改めてにしようか」


 大時計塔前に到着。

 俺たちは順番に馬車から降りた。

 御者さんにお礼を言ってから、俺は古めかしくも厳かな大時計塔を仰ぎ見た。

 ここは例の聖魔剣の時にもマキナさんたちと足を運んだ場所だ。


 見上げる大時計塔の向こうに広がる空は、爽快なほど晴れ渡っている。

 たまに吹く微風も穏やかで温かく心地がよい。

 大時計塔前の広場はメインストリートから一本道が外れているため、人の往来がそう激しいわけではない。

 それでも今日もそれなりの数の人が行き交っていた。


 レイ先輩が周囲を確認する。


「まだセシリーたちは来ていないみたいだね」

「じゃあ、来るまで雑談でもしてましょうか」


 そんなわけで、俺たちは雑談をしつつキュリエさんとセシリーさんの到着を待つことにした。

 そして、ふと何気なく聖遺跡調査の話をはじめた頃、道の向こうから一台の馬車がやって来るのが見えた。

 見覚えのある馬車である。

 御者のバントンさんの姿が見える頃には、アークライト家の馬車だと確信が持てた。

 俺たちの少し手前で馬車が止まる。

 俺はバントンさんに挨拶した。


「お久しぶりです、バントンさん」


 バントンさんは帽子を取って、朗らかに挨拶を返してくれた。


「お久しぶりでございます、クロヒコ様」


 と、馬車のドアが開いた。

 先に降りてきたのはセシリーさん。


「…………」


 うおぉ……。

 やはり『ルノウスレッドの宝石』の名は伊達ではないということなのか。


 今日のセシリーさんは黒いミニドレスっぽい服を着ていた。

 頭には黒いカチューシャ。

 いつも後ろで一つに結っている髪を今日はおろしている。

 脚には黒いタイツを履いていた。

 また手にはレースの施された白いロングローブをはめている。

 なんだかいつもとは大分印象が違う。


 が。

 可愛いのには違いなかった。

 おそらく百人の男に○と×の旗を持たせたら全員が○をあげるであろう。

 ていうか、似合う。

 似合いすぎるほどに、似合っている。

 普段の清楚を絵に描いたようなセシリーさんも捨てがたいが、黒中心の衣装を身に纏ったセシリーさんにはまた違った魅力があった。

 小悪魔っぽい感じ、とでもいうか。

 つーかやはり素材そのものが出来すぎなのだ、セシリーさんは。

 これが神の祝福の力なのか……。


 しかし。

 神の祝福を受けたはずの少女には、いつもの穏やかさがなかった。

 馬車内へ身を乗り出し、何やら引っ張り出そうとしている……。


「や、やっぱり駄目だ!」

「もうっ、またなんですか!? ほら、観念して出てきてください!」

「いやだ!」

「『いやだ』って、子供じゃないんですから……ほら、出てくるんです」

「よ、よせ! 引っ張らないでくれ!」

「こらっ、キュリエ。いい加減にしないと、さすがに怒りますよ?」

「行かない! バントン、学園に戻ってくれ!」

「バントン……もしキュリエを乗せてこのまま戻ったら、失職を覚悟してくださいね?」

「は、はい……お嬢様……」


 セシリーさんの並々ならぬ迫力に、バントンさんが震えあがっていた。

 セシリーさんが馬車のドア枠に、がっ、と足をかけた。

 そして今度はいよいよ馬車の中へと乗り込む。


「ほら、キュリエ! みんな待ってるんですよ!?」

「うわーっ! 入ってきたっ!」

「何をわけのわからないことを言ってるんですか……ていうか、わたしの知るキュリエ・ヴェルステインはいずこに……」

「だから違うって言ったじゃないか! こんなのは……私じゃない!」

「そういう意味じゃありませんってば……もう、ほ~らっ! 出てきなさい!」

「うわっ! 何するんだ!」


 どんっ、と勢いよく何かを押したような音がしたかと思うと……深紅のドレス姿の銀髪の女の人が、勢い余った風に馬車の中から飛び出してきた。

 深紅のドレスさんが、石畳の上に着地。

 …………。

 え?


「キュリエ……さん?」

「うっ――」


 キュリエさんはまるで辱めでも受けているみたいに自らの腕で身体を抱き締め、視線を伏せた。


 胸元の開いた深紅のドレス。

 スカートの丈は長め。

 ドレスの所々には白いフリルがあしらってある。

 肩も露出も大胆だ。

 手にはベロア生地っぽい黒のロンググローブ。

 それだけでもいつものキュリエさんとはかなり印象が違う。

 ただ、服装にも増して俺を驚かせたのは――


「つ、ツインテール……?」


 そう。

 今日のキュリエさんは、白いレースのついた深紅のリボンで、いつもはまとめていない長髪をツインテールにしていた。

 これは――


 思わぬ、破壊力。


 なんだよ。

 なんなんだよ、これ……。

 反則、だろうが……!

 こんなん……どうしろって……。

 霞む。

 俺の決意が……霞みかねない……!


「あ、ぅ――」


 口をパクパクさせるキュリエさん。

 その顔は真っ赤だった。


「変、だよな……? はは……いいんだよ、正直な感想を言ってくれ……どうせ浴場に行ったら脱ぐんだし……もうなんでもいいや……」


 ここまで投げやりなキュリエさんはレアな気がする。

 …………。

 落ち着け、俺。

 マキナさんの教えを思い出せ。


「いえ、すごい綺麗ですよ……キュリエさん」

「……何?」

「ていうか、やばいほど可愛いです」

「嘘つけ。さっき驚いてたじゃないか」

「可愛すぎてびっくりしたんです」


 不審げなジト目が飛んでくる。


「……本当か?」

「神に誓って、本心です。今日のキュリエさんは可愛いです。こう見えても俺の心臓は今、破裂しそうなほどバクバクです」

「ばっ……だ、だからおまえは、そ、そういうことを真顔でだな――」


 顔面を手で押さえ俯いてしまうキュリエさん。


「って、ほんと何やってんだよ私は…………もうヤだ。早くシーラス浴場に行きたい……」


 なんだか打ちひしがれていた。

 その声は上擦り気味で、耳はタコみたいに赤くなっている。


「とりあえず、目論見は成功したみたいですね」


 ふふん、と得意げに鼻を鳴らしながら俺の前まで歩み寄ってきたのは、セシリーさん。


「遅れてすみませんでした、クロヒコ。アイラとレイも、すみません」

「気にしないでよ。それに待たされた分、いいものが見れたしね。でもこっちは……おーい、大丈夫かい?」


 苦笑するレイ先輩の視線の先。

 そこには、こちらも何やら打ちひしがれた様子のアイラさんの姿があった。

 地面に両手と膝をつき、ずーんっ、と項垂れている。


「あ、アタシ……こんな普通の格好でよかったのかしら……ていうか……あの二人が、同じ人類とは思えない……」


 するとレイ先輩が指先をツンツンとアイラさんへと向けた。

 そして何やら俺にメッセージを送ってきた。

 口パクで何か言っている。

 何、か、声、を、か、け、て、あ、げ、て。

 …………。

 なるほど。

 おそらくアイラさんは、あの二人を見て女としての自信を喪失したのだろう。

 まあ気持ちはわからないでもないが……そんなの、気にすることないのに。

 アイラさんには、アイラさんしか持っていない長所があるんだから。


「アイラさん」


 俺はアイラさんに近づいて屈むと、彼女の肩に手を置いた。


「なんとなく察しはつきました。けど、気にすることないですって」

「……でも、こんなのってないよ。アタシには、何も勝ってるところがないもん」


 俺は微笑した。


「俺ね、アイラさんと一緒にいるとほっとするんです」

「え?」

「で、今その理由がわかった気がするんです。俺、多分アイラさんのその飾らない素朴さが好きなんです。だから……つまんないことを気にする必要ないですよ。それに今日の服、アイラさんにすごく似合ってます。俺基準じゃ、あの二人にも決して負けてません」

「く、クロヒコ……」


 アイラさんが顔を上げる。


「……って、俺の基準じゃやっぱ駄目ですかね?」

「ううん、そんなことない……うん、そうだよね。アタシ、こんなことでめげたりしない! ありがとう、クロヒコっ」


 どうやら励ましは成功したようだ。

 まあ別に嘘を言っているわけではない。

 要は照れをなくして言葉に出すか出さないかの差である。

 それにしても、と思う。

 言葉にするって、大事なんだなぁ……。

 と、俺が感慨にふけっていると、


 ぱち、ぱち、ぱち、


 レイ先輩の拍手が飛んできた。

 俺は彼女に一つ頷いてみせ、腰を上げた。


「ん?」


 と、セシリーさんが不思議そうな顔で俺を見ているのに気づく。


「セシリーさん、どうかしました?」

「……クロヒコ、なんか今日はいつもと違いますよね?」


 ふっ、と俺は髪をかき上げた。

 これは本来選ばれしイケメンにのみ許された仕草だが……今の俺ならばいける。

 そんな確信があった。


「仕上げてきました」

「……これはうざすぎる」

「セシリーさん……今、何か言いました?」

「え? 何も言ってませんよ?」


 嘘つけ。

 うざすぎるって言ったじゃんか。

 ふむ。

 さすがに今のはやりすぎたか。


「……今のはやりすぎでしたけど、その、今日はちょっと積極的になってみようかなって」

「ははぁ……」


 顎に手をやったセシリーさんが、ずいっ、と顔を突きだしてきた。


「な、なんですか?」


 セシリーさんが声を潜め、小声で囁きかけてきた。


「学園長でしょう?」


 うっ。

 すげぇ洞察力。

 さすがである。


「と、ともかく! 今日の俺は一味違いますからね!」

「ふふっ……なら、今日は期待していいんでしょうか?」

「ええ。覚悟しておいてください、セシリーさん」

「では、楽しみに覚悟していますね?」

「というわけで」

「はいはい、なんですか?」


 さっきのイケメン風味は失敗だった。

 ちゃんと真剣さが伝わるように言わなくては。

 なので、俺は真面目な顔つきで言った。


「セシリーさん、今日揉ませてください」

 すみません。

 一言だけ。

 シーラス浴場編(?)は、こんな感じです……。

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