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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第71話「マッサージ」

 部屋に入るなりあのラベンダーに似た香りが鼻をくすぐった。

 マキナさんの私室。

 この部屋に入るのも随分と久しぶりである。


 テラスへ続く両開きの窓は分厚いカーテンで覆われていた。

 燭台にはめ込まれたクリスタルの暖色光が室内を照らし出している。


 マキナさんは靴を脱ぐと、天蓋つきベッドの上でうつ伏せに寝そべった。


「じゃあ、適当にお願い」

「あ、はい」


 弾かれたように返事をしつつ、俺はベッドの脇に揃えて置かれた小さな靴を注視した。

 あの大きさを覚えるんだ。

 小さい。

 わかるのは……小さいことくらい。

 できればもっと間近で――


「どうかした? 虫でもいる?」

「いえ、すみません。今行きます」


 ベッドの横に立つ。

 ここからだと寝そべっているマキナさんの身体まで若干の距離があるな……。

 この位置関係だと力加減が難しそうだ。


「俺もベッドに乗って大丈夫ですか?」

「かまわないわ。それに――」


 くすり、とマキナさんがからかうような笑みを向けてくる。


「初めて乗るベッドってわけでもないでしょ? なんたって、ここで一夜を過ごしたんだものね?」

「あー、ありましたね、そんなこと」


 俺は苦笑する。

 あれは初日の夜だったな。

 やけにドキドキしたのを覚えている。


「あなたも変わったわよね」


 形のよい顎を組んだ腕の上に載せたマキナさんが感慨深そうに言った。


「どうですかね。化けの皮が剥がれたってだけかもしれませんよ?」

「だったら剥がれて正解だったんじゃない?」

「そうですか?」

「少なくとも私はそう思うわ」


 そんな会話をした後、俺はベッドに膝をついた。

 寝そべるマキナさんの脇へ移動。

 目の前には無防備にさらけ出されたマキナさんの背中がある。

 …………。

 自ら招いた状況とはいえ、なんだか妙なことになってしまったな。


「まずは腰のあたりを頼める?」

「腰、凝ってるんですか?」

「最近少しね。座りっぱなしの作業が多いせいかしら」


 俺はさらにすり寄ってマキナさんの腰あたりに手を添える。


 実は前の世界にいた頃、パソコンの前で目を酷使することが多かったせいか軽い肩こりに悩まされたことがあった。

 そこで有り余る時間を使ってネットで肩こりについて調べてみることにした。

 そして検索キーワードで出たサイトのリンクを辿っているうち、血流をよくするマッサージやツボについて紹介しているサイトに辿り着いたのである。

 しかも気づけばその行き着いたサイトを最初から最後まで読み通していた。


 あの時の無駄に仕入れた知識が役に立てばいいのだが……。

 加えて実際に誰かにマッサージをしたことはなかった。

 見よう見まねだ。

 果たして上手くできるだろうか。


「俺、上手くないかもしれませんよ? 人にするのは慣れてませんし」

「大丈夫よ。ミアがとても上手いのだけれど、ちょっと力が弱いの。だから男の子に圧してもらうとどうかなと思っていたのよね。とはいえ、頼める男の子が周りにいなくて。そうね、機会があったらミアにコツを教えてもらうのもいいかもしれないわね」

「それはつまり、今後も俺の出番があるってことでしょうか?」

「そのつもりだけれど、何? 嫌なの?」

「嫌ではありませんが……」


 自分よりも適役がもっといるのでは? などと思ってしまう俺であった。

 まあ、それはともかく――


「では、いきます」


 マキナさんの細腰に手を固定。

 生地越しでも彼女の腰の形がはっきりと伝わってくる。

 俺は親指でそっと背中の下方に触れた。


「えっと、このあたりですか?」

「もう少し、下」

「……はい」


 ぐっ、と軽く親指を押し込む。

 あ。

 このへんちょっと硬い。


「んっ……そう、その調子っ……」

「こ、こうですか?」

「――ぅっ、ちょ、ちょっと強いわっ……もう少し、優しくっ――」

「は、はいっ」


 力を加減しつつ、ぐっ、ぐっ、と力を込める。


「……どうでしょうか?」

「あぁ、そう……そのくらいでちょうどいいわ……ふふっ、何よ、慣れてないわりには上手じゃないの」

「……どうも」

「んっ、油断しないで……まだ少し力みすぎよ?」

「す、すみません」

「あっ、そこ……気持ちいいっ……ふぅ、んっ――」


 もうちょい声のトーンどうにかなりませんかね。

 なんかマッサージしてるだけなのに妙にドキドキしてくるんですが。


 そもそも俺、なんでこんなことしてるんだっけ?

 ああ、そうだ。

 足のサイズを見極めにきたんだ。

 いけないいけない。

 本来の目的を見失うところだった。


 指示に従って圧すポイントを上下させつつも、同時にマキナさんの腿のあたりから足先へと視線を滑らせる。

 白いニーソックスを履いてこそいるが足の形を認識するのには問題ない。

 あの大きさ、そして形をしっかり目に焼きつけなければ――。


「…………」


 それにしても細い脚だな……。

 やや視線をずらせば微かにめくれたスカートとニーソックスの間に白い生肌が覗いていた。

 きめ細やかで滑らかな太もも。

 その少し上には小ぶりな臀部。

 だが――今は足。

 足だけが、重要なのだ。


「クロヒコ、なぜ私の下半身をそんなにもジロジロと見ているの?」

「はっ!?」


 マキナさんが訝しげな半眼で俺をじっと見据えていた。


「い、いえ、これは違うんです……っ」

「どうも私の足に注意が向いているようだけれど……足に何かあるの?」

「あの――」


 足に虫が――は駄目だ。

 白地なのもあって虫などいないことは一目瞭然。

 ましてやマキナさんが虫嫌いだったりしたら彼女を怖がらせてしまうかもしれない。

 それは悪意あるイタズラをしたみたいでなんだか嫌だ。

 が、ここでプレゼントのために足のサイズを見極めていたとばらしてしまえば、せっかくのサプライズが――。


「俺は……美少女の足が好きなんです」

「……足?」

「ええ。マキナさんほどの綺麗な足を持った人には生まれて初めて出会ったので……つい、見惚れてしまって」


 言ってしまってから思った。

 これでいいのか!?

 サプライズは人としての挟持を捨て去ってまで守り切らねばならないものなのか!?


 が、ここまで来たらもう引き下がれないのも事実。

 …………。

 いくしかない。


「ふーん。生まれて初めて出会った綺麗な足、ね」

「ええ、他に類を見ない素晴らしい足だと思います」


 マキナさんは身体を起こすと、ベッドの上に座り直した。

 それから彼女は髪の毛を弄りながら頬を染め、小さな唇を尖らせた。


「ま、まあ……あなたにならそう言われて悪い気はしないけど」


 が、次に向けられたのはやんわりと咎める視線だった。


「けれど足が嗜好の対象だなんて、変わっているというか、なんというか……それともあなたの世界では普通の嗜好なの?」

「いえ、俺の世界でも特殊寄りだと思います……」


 まあ実際、マキナさんの足は惚れ惚れするほど形がいいとは思いますが。

 ニーソ越しでもわかるほどに。

 が、俺は別に足フェチではない。


「あのぅ……マッサージはもう?」

「触りたい?」

「へ?」

「だから……私の足」


 マキナさんが片膝を立てた。

 スカートから覗く太ももと太ももの間の空間がけっこうギリギリで、俺は思わず目を背けてしまう。


「触りたいなら、許可するけれど?」


 これは。

 ひょっとするとチャンス、なのか?


「い、いいんですか?」

「その代わりちゃんと揉んでもらうわよ? ああ……なんならこれも脱いだ方がいい?」


 ニーソの端をくいっと摘んで見せるマキナさん。

 アングル危ないです――はともかく。

 そうだな。

 この際、もう徹底的にマキナさんの足を分析すべきだろう。

 …………。

 すべき、なんだよな?


 いや。

 ここまで来たらもう引き下がれない。

 覚悟を決めるんだ。

 強くなる。

 そう決めたじゃないか。

 なんか違う気もするが。

 俺は決然として言った。


「お願い、します」

「わかったわ。ちょっと待って」


 ぃっしょっ、とニーソックスを脱ぎ脱ぎしていくマキナさん。

 相変わらずな太ももと太ももの間の危険空間から必死に視線を逸らす俺。

 自分の顔が熱を持っているのがわかる。

 ……ていうか妙なところで警戒心が薄いよな、この人。


 うーん。

 どうなんだろう。

 俺のことを信頼してくれてるっていう証拠なんだろうか。


 そんなことを考えているうちにマキナさんがニーソックスを脱ぎ終える。

 すると染み一つない白磁の肌を持つおみ足が露わになった。

 すっ、とマキナさんが足を前に放り出してくる。


「じゃあ、適当にお願い」


 直後、マキナさんが不安げにつけ加える。


「に、においは大丈夫だと思うけれど」

「安心してください。多少のにおいくらいあっても問題ないです」


 肝心なのはサイズだからな。


「なるほど、においも込みなのね……」


 ふむ。

 若干の困惑が見えはするものの、嫌がっている感じではない。

 においも込みという発言は意味がわからないが。

 しかしにおいといえば、この距離だと他者のにおい……マキナさんのにおいがする。

 ラベンダーの香りの入り混じったほのかな甘い香りにちょっとドキドキとしてしまう。


 そんな風にドギマギしながらも、俺は恐る恐る彼女の足先に手をやった。


「失礼、します」


 おぉ……なんかフニフニしてる。

 小振りな指も綺麗に並んでいるし、丸に近い爪も丁寧に手入れされている。


「人にこうやって足を触られるのって、なんだか妙な感じがするわね」

「ですが俺は大変ありがたいです」


 スカートの中が見えないよう配慮しながら、マキナさんの足を遠慮がちに少し持ち上げる。

 よし。

 目だけではなく、この手にもマキナさんの足の形を覚え込ませるぞ。


 俺はつぶさに観察を続けながら彼女の左足のツボを圧す。

 ネットのサイトで見た足ツボは確か、ここやここで間違っていないはず……。


「あっ……そこ、気持ちいいっ」

「痛くないですか?」

「ええ、大丈夫よ。でも驚いたわ。そんなところを圧して気持ちよくなるものなのね」

「足には色んなツボがあって、圧すと健康にもなるみたいです。場所によっては痛い場所もあるかとは思いますが」

「へぇ……あなた、そんな知識を持ち合わせていたのね」

「ははは……ほとんど付け焼き刃ですけどね」


 マキナさんのご厚意に答えるためにも俺は覚えている足のツボをいくつか刺激してみた。

 が、そのたびに彼女は喘ぎにも似た声をその薄い桃色の唇の隙間から漏らした。

 その声を聞いているうち、これはいよいよ何かまずいのではないかと思い、俺はそこでマッサージを打ち切る決断をした。


「こ、こんなところで終わりにしましょうか……はは……」

「……ん、そうね。なかなかよかったわよ、クロヒコ? 意外な才能があったのね」

「お褒めに与り光栄です」


 もう足の形は覚えた。

 完璧だ。

 よい仕事をした。

 が、果たしてここまでやる必要があったのだろうか――。

 今になってそんな疑念が湧き上がってきた。

 マキナさんの靴をひと目見さえすれば……こんな遠いところまで来ずとも、おおよそのサイズくらいは目測できたのではあるまいか。


「ねぇ、クロヒコ」


 脱ぎ捨てられていたニーソックスを手に取ったマキナさんがその手を止め、不意に声をかけてきた。


「はい、なんでしょう?」

「舐めてみる?」

「……なんですって?」

「足が好きなのでしょう? その……舐めたりまでするほど好きなのかしら、と思って」


 口元に緩く握った拳を添え、瞳を潤ませるマキナさん。


「私はあなたが望むなら……かまわないけれど。なんなら私の足、好きにしてもいいのよ?」

「いえ、さすがにそこまではいっていませんので、どうぞご心配なく」


 俺は真面目くさった表情を作り、掌をビシッと前に出してノーを突きつけた。

 これ以後仮に変態性的美少女足嗜好者のそしりを受けようとも――譲れない一線は存在する。

 が、それでも失ったものはあまりに多すぎた。

 今の俺には弁解の余地など残されていない……これからは、ただ黙ってこの十字架を背負っていくしかないのである。


「嘘でしょ?」

「へ?」


 途端。

 つい先ほどまで恥じらう乙女みたいだったマキナさんの表情が、一変した。


「もしあなたがさっき自分で話した通りの嗜好者だったのだとしたら……今の提案を一片の迷いなく断るとは、到底思えないわ」

「え? あ――」


 腕組みしたマキナさんが、むんず、と顔を前に突き出してきた。

 その表情は疑念に満ちている。


「そもそも途中から違和感はあったのよ。一抹の疑念を拭えない、というかね。でも今のやたらと淡泊な反応で確信したわ。あなた……別に足に特殊な性癖を持っているわけではないわね? 別に何か隠しているんでしょう?」


 責めの視線が俺を苛む。


「正直に話しなさい」


 で――洗いざらい、白状した。


          *


「とりあえず事情は把握しました」


 俺が説明を聞き終えると、マキナさんはそう言って頷いた。

 ベッドの上で正座していた俺は深々と頭を下げる。


「すみません……謎の使命感に駆られるあまり、前後不覚に陥っておりました」

「ま、様子がおかしかったから何か理由があるんだろうとは思っていたけれど」


 マキナさん曰く、どうやら俺の反応を見ているうちに違和感を覚えはじめたらしい。

 足フェチのわりには触っていてもあまり嬉しそうではなかったのが気にかかったとのこと。


「ただ、いやに真剣だったから真性……本物なのかもしれないと、最初は信じかけたわ」

「ちなみに……どのくらいから違和感が強くなったんですか?」

「これを脱いでしばらくしてからかしら?」


 その時点で疑問を差し挟もうとは思わなかったのだろうか。

 俺がそう疑問を呈すると、マキナさんは、くすっ、という悪だくみめいた微笑を漏らした。


「あなたを見ているのが面白くなってきてね。だって、反応が可愛らしいんだもの」

「…………」


 半分楽しんでいたらしい。


「で、でも俺が……その、本物だったらどうしてたんです?」

「もしそうだったら足でアレコレしてあげるのもいいかと思ったけど……幸か不幸か、そうはならなかったようね」


 含みのある笑みを向けてくるマキナさん。

 …………。

 俺が本物だったら一体どんなルートが待っていたんだろう?

 物凄く気になるような……むしろ知りたくないような。


「まあ、贈りものをして驚かせたかったというあなたの心遣いには、一応感謝の意を表しておくわ。私のことを思っての行動だったのでしょう?」

「そのつもりだったんですが、なんか変なことになってしまって……すみませんでした」


 するとマキナさんは顎に手をやり、ふむ、と何か考え込みはじめた。

 そして、


「あなたに申し訳ないと思う気持ちがあるのなら……お詫びに私の言うことを一つ聞くっていうのは、どうかしら?」

「……わかりました」


 ここはどんな要求でも受け入れよう。


「では――」


 ごくり、と唾をのむ。

 俺はマキナさんの次の言葉を待った。


「私と一緒に、そのプレゼントの靴を買いに行きましょう」


 俺は目を瞬かせた。


「へ?」

「私への贈りものを一緒に買いに行こうと言っているのよ。靴については行きつけの店があるから、直接二人で店へ行ってその場であなたに選んでもらうわ」

「そ、そんなことでいいんですか?」

「……どんな無理難題を突きつけられると思っていたの?」

「学園の施設すべてを半年かけて清掃、とか……? そのレベルのことを要求されるのかと――」


 マキナさんが苦笑する。


「どんな嫌な女なのよ、私は……」

「あ、いえ、それくらいのことをしてしまった感があったもので――」


 彼女に嘘をついていたってだけでも後ろめたいものがあるし……。


「そうね、じゃあもう一つ追加しようかしら」

「つ、追加ですかっ?」

「あら、不満なの? 散々私の足を弄んだくせに」


 髪の毛を手櫛で掬いながら、マキナさんが双眸を細めて俺を見据える。

 その赤い瞳に宿っているのは遊び心の混じった嗜虐心だった。

 しかし『足を弄んだ』って表現はなんか凄いな……。


「わ、わかりました。して……その追加内容とは?」

「今後も私の揉み療治役を続けてもらいます。動機がどうであれ、あなたの揉み療治が気持ちよかったのは事実だから」

「……了解です」


 言うことを聞くといっても、要は日を改めて一緒にプレゼントを買いに行くことと、今後も定期的にマキナさんのマッサージ役を引き受けることを約束させられただけだった。


 うーむ。

 この人には頭が上がらない。

 心が広いというか、なんというか。

 事実だけを羅列するなら、別の目的のためにマッサージを理由にして足を触りまくったわけだからなぁ……。

 果てはニーソックスまで脱がせて。

 普通ならもっときつい反応とお仕置きがあってもおかしくはない。

 そういう意味ではマキナさんの寛大さに助けられた形になるのかもしれない。


 俺たちは学園長室に戻ると、互いに向かい合ってソファに座った。


「買い物に行く日は、次の休聖日でどうかしら?」


 と、マキナさんが提案してきた。


「次の休聖日、ですか」


 休聖日の前日はアイラ班のみんなでシーラス浴場に行くことになっている。

 さらに予定では一泊することになっており、解散は翌日の正午過ぎくらいになるだろうとアイラさんは言っていた。

 なので、行けるとしたら夕方になるだろう。


「あの、夕方からでも大丈夫ですか?」

「ええ、いいわよ。じゃあ当日は、あなたの都合のいい時間に学園長室まで来てくれるかしら?」

「わかりました」

「ま、帰りにご飯でも食べていきましょう。もちろん、食事代は私が出すわよ?」

「いいんですか?」


 くすっ、とマキナさんが笑う。


「こういう時は、黙って頷いておきなさい?」

「では……ごちそうになります」


 両手を組み合わせ、マキナさんが満足げに頷いた。


「よろしい」


 その後、聖樹騎士団の事情聴取についての日時などを詳しく聞いてから、俺はマキナさんに一言挨拶をし学園長室を出た。

 すでに外は薄暗くなっていた。

 まだ時間的にキュリエさんたちと合流できる可能性もあったが、第八禁呪による疲労も抜けきっていなかったので今日はおとなしく帰宅して休むことにした。


 本棟を出て、頬を撫でる涼しげな風を感じながら自宅を目指す。

 女子宿舎の前を通る頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。

 家の窓から明かりが漏れている。

 もうミアさんがいるようだ。


「ただいま――」


 家のドアを開けたところで、俺は目を見開いた。


「あ、クロヒコ様……」


 ダイニングには困惑げに口元へ手を添えるミアさんの姿が。

 そして、


「――誰だ、おまえ」


 俺は禁呪詠唱の準備をする。


「クロヒコ様……この方は、お知り合いではないのですか?」

「ええ……初めて会う人間です」

「も、申し訳ございません。こちらの方が半刻ほど前にクロヒコ様とお会いしたいと訪ねて来られまして。日を改めてお願いできないかとお聞きしたのですが、その――」


 ミアさんが困惑を表情に残したまま椅子に座る人物を見た。


「大切なご友人だと、おっしゃるものですから」


 それで無下にするわけにもいかなかった、というわけか。

 だが――

 友人どころか、俺は椅子に座っている男に見覚えすらない。


「それで、迷惑をかけるつもりはないからここでクロヒコ様が帰るまで待たせてほしいと……」


 心底申し訳なさそうに話すミアさんを、椅子に座る男が親指で示した。


「てぇわけだ。だからこのお嬢ちゃんは何も悪くねぇ。責めてやるなよ? 悪いのはいつも、このオレだけでいい」


 男は学園の制服を着ていた。

 制服の前が開いており中に着込んだ黒い服が覗いている。


「何者だ、あんた」

「オレの名はロキア」


 男――ロキアは不敵な笑みを浮かべると、その鋭い三白眼で俺を面白がるように見た。


「キュリエ・ヴェルステインの同郷人とでも名乗れば、わかりやすいか?」

「!?」


 キュリエさんの同郷人。

 それってつまり――


「ククク、お察しの通りだよ。オレは第6院の出身者だ」


 ロキアは膝の前で両手を組み合わせると、舌を覗かせて笑った。


「初めまして。禁呪使い、サガラ・クロヒコ」

 いつもお読みくださりありがとうございます。


 風邪の調子は少しよくなってきました。

 次話はもう少し早く投稿できると思います。

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