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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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幕間4「もうひとつの討伐作戦」【バシュカータ・トロイア】

 バシュカータ・トロイアは呆然と立ち尽くしていた。


 見上げる先には9ラータルほどの巨人。

 巨人には目も鼻も耳もなく、尖った歯が凶悪に並ぶ口だけがぽっかり空いている。

 溶岩から生まれたかのごとき姿と耳にはしていたが、なるほど、黒い身体に橙色の血管めいた線が走っているため溶岩を連想させたのだろう。

 確かに溶岩から生まれ出でたように見えなくもない。


 だが今、巨人の身体に走る線は青白く発光しており、溶岩とは呼べないような不気味な出で立ちとなっていた。


 周囲へ視線を巡らすバシュカータ。

 今バシュカータが立っているのは守護種部屋と呼ばれる場所だ。

 次の階層へ行くためには必ず通過せねばならない聖遺跡攻略における難所の一つである。

 その部屋の中でフィブルク班の生徒たちは恐慌状態に陥り逃げ惑っていた。

 生徒たちを追い回しているのは2ラータルに届くか届かないかほどの、溶岩巨人の小型種。


 すでに生徒は数人殺されていた。

 当初彼らにあった余裕も消え失せている。

 最初は順調そのものだったのに。

 バシュカータは少し前の自分たちを思い出す。

 まだ絶望に囚われていなかった自分たちのことを。


 守護種の部屋に突入するなり、聖魔剣を手にしたバシュカータと魔剣を持ったフィブルクは気炎を上げ真っ先に巨人の脚へと斬りかかった。

 振り下ろした腕をいとも簡単にくぐり抜けられた巨人は、二人の迫りくる男に脚を斬り裂かれて膝をついた。

 どしんっ、と膝をついた衝撃で部屋が揺れる。

 続けてベオザの放った術式『氷槍』が巨人の肩を貫く。

 すると氷の槍が刺さった箇所から腕に届く範囲が凍りついた。

 さらにバシュカータは巨人の凍っていない方の腕を斬りつける。

 巨人の腕が千切れかけた。

 聖遺跡の魔物のにしては珍しく血を持つ魔物ではないようだった。

 が、出血こそなかったものの確実に決して軽くはない負傷を与えられている。


 バシュカータは遅れて攻撃を開始した他生徒たちを見た。

 さすがは小聖位上位陣、彼らは部屋の中で蠢いていた溶岩巨人の小型種を追い詰めている。

 ほれみろ、とバシュカータは思った。


 ――なぜ自分たちが当然のように巨人に勝てるつもりでいる?


 あの生意気な女の顔を思い浮かべながらバシュカータは満足顔で笑む。


 馬鹿め。

 当然のように勝てるのだよ。

 おれは小聖位第六位。

 第一位のベオザを筆頭に、この顔ぶれで負けるなどありえないのだ。

 そうだ。

 ありえない。


 ――ありえない。


 その言葉の意味は瞬く間に別の意味へと変質した。

 白昼夢のように見ていた十数分前の幻想から覚め、再びバシュカータの目には阿鼻叫喚の光景が飛び込んでくる。


「おいバシュカータ何をぼさっと突っ立ってんだよ!? あんたが戦わなきゃ勝てるもんも勝てねぇだろうが! しっかりしてくれよ!」


 フィブルクが何か叫んでいる。

 バシュカータは口を開けたまま、


「お、おぉ……」


 とだけ答えた。

 が、だらりと垂らした聖魔剣を握る手は上がらない。


 何が起きているのだ。

 何が起きたのだ。


 再びバシュカータの脳裏に十数分前のことが蘇ってくる。


 脚を斬られ。

 左腕は凍りつき。

 右腕は千切れかけている。

 その時、巨人は瀕死の状態だった。

 誰が見てもそう思えた。


 そして止めを刺すべくバシュカータが首を刎ねようと意気揚々と巨人に近づいた。

 その時だった。

 巨人が口を大きく開いた。

 口内に青緑の光が集まっていく。

 すると、橙色に発光していた線の色が青緑色へと変色。

 他の小型種も同様の行動を取り、そして同じ変化を見せた。


「何かおかしい! 下がれ、バシュカータ!」


 ベオザが叫んだ。

 バシュカータへと覆いかぶさるのは、傷ついた脚と腕を再生し立ち上がる巨人の影。

 見上げるバシュカータ。

 きっ、と厳しく表情を引き締める。

 そして歯を剥き出しにして笑う。


「なるほど、再生能力とはな……フフフ、さすがにこれで終わりではないか。が、おれたちの敵ではないわ! 再生能力などものともせぬほどに、徹底的に破壊してやろう!」


 剣を振りかぶるバシュカータ。

 が――横薙ぎに振るわれた巨人の腕の速度を見て即座に回避行動へと転換。

 ぶぉんっ、とまるで首を刈り取るかのように振るわれた剛腕。

 頭上で感じた重々しい腕が空を切る唸りに、バシュカータの全身から冷や汗が噴き出た。


 ――なんだ、これは?


 先刻までの巨人の鈍重さが消え失せていた。

 先ほどまで歯牙にもかけなかった他の小型種も動きが違っている。

 凶暴性と共に明らかに強さそのものが増していた。

 あっ、とバシュカータの口から声が漏れた。


 一人の生徒がバシュカータの貸与した聖剣を小型種に奪い取られたのだ。

 え? と生徒が目を皿にする。

 そして次の瞬間――


 生徒の腹が小型種の手にした聖剣で斬り裂かれた。

 絶叫が上がる。

 腹を斬り裂かれた生徒は悶絶し前のめりに倒れた。


 そして凶暴性を急激に増した小型種が一斉に生徒たちに襲い掛かった。

 が、そこはベオザが食い止めにかかる。

 ベオザは巧みに他の生徒へ防御術式をはりながら、一方で、貸し与えた魔導具で術式を発動しつつ小型種を倒していく。

 さすがはベオザだ、とバシュカータは心強さを覚えた。

 その立ち回りこそ第一位にふさわしい。

 聖素を流し込むことで座標と発動式以外を瞬時に発生させる魔導具。

 それを使用しているとはいえ、残る片方の手でも絶えず上位術式をえがく手を休めない。

 よほどの使い手でなくてはあのような連続した術式発動は続けられない。


 ――いける。


 そう思いバシュカータは再び力を取り戻して巨人と向き合った。 

 こんなところで立ち止まるわけにはいかないのだ。


「ふん、色が変わって少々力が底上げされたことで……おれたちが負けるとは思えん! 恐れることはない! ゆくぞ!」


 バシュカータは再度巨人の脚に狙いを定めると振り被った聖魔剣に聖素を流し込み斬りつけた。

 しかし次の瞬間、信じられないことが起こる。

 その一撃はバシュカータにとって会心の一撃だった。

 今まで培ってきたものが集約された斬撃。

 だというのに歯ごたえどころか――巨人の脚に傷一つつけることができなかったのだ。

 加えて違和感。

 手元の聖魔剣を見る。

 光がない。

 本来聖魔剣が持つはずの力が発揮されていない。

 発光はなく、術式すらも発動していない。


「ど、どういうことだ……? うっ!?」


 ずんっ、と巨人がバシュカータの前へ進み出た。

 この時、彼は悟った。

 眼前に立ちはだかる巨人は、もはや自分たちに瀕死に追い込まれた時の巨人とは別の生き物なのだと。

 威圧感から何からすべてが違う。

 おそらく以前殺されたという小聖位の上位たちはこの姿の巨人にやられたのだ。

 膝が笑って言うことをきかない。

 彼の身を支配しているのは恐怖。

 戦う意志を恐怖が剥奪してしまっていた。


 ――無理だ。


 目の前の巨人には勝てない。

 あの一撃がバシュカータの戦意を根こそぎ刈り取ってしまった。

 加えて――


 どごんっ、と岩の砕ける音がして。

 さらに一体、巨人が壁をぶち破って現れた。

 しかもその穴から小型種がわらわらと姿を現す。

 バシュカータを包んだのは絶望の二文字。


 こうして聖位第六位は立ち尽くすだけの木偶人形と成り下がってしまった。

 逃げ場はない。

 守護種部屋に入ると、部屋の扉は閉ざされしばらくは開かない。

 少なくともあと十数分は開かない。

 柱の一本すら遮蔽物のないこの部屋でどれだけの時間逃げ回れるだろうか?

 それだけの時間を稼げるか?

 無理だ、とバシュカータは内心繰り返した。


「う、うあぁぁああああ!」


 フィブルクがついに巨人に背を向けた。

 その悲鳴でバシュカータは少しだけ我に返る。

 フィブルクはベオザの方へ足を向けている。

 そうだ、とバシュカータは頭の中で思った。

 ベオザだ。

 この状況をどうにかできるのはベオザしかいない。


 縋る思いでバシュカータは振り向く。

 が、最後の希望となるべきだったベオザは、苦悶の表情を浮かべて荒く息をしていた。

 浮き出た玉の汗が顔を伝って顎へと落ちているほど疲弊している。


 なぜだ、とバシュカータは訝しんだ。

 聖素を扱う――術式を使えば身体に負荷はかかる。

 上位術式ならなおさらだ。

 が、ベオザは持久力に定評があった。

 術式を使い続けてもほとんど疲弊しない。

 だからこそ彼は聖遺跡攻略においては攻略班にとって何ものにも代えがたい存在なのだ。

 

 そのベオザがすでにあんなにも疲労している。

 バシュカータはふと、手元の聖魔剣に視線を落とした。

 次の瞬間、彼は肝を冷やした。


 ――足りない。


 聖素が、足りないのだ。

 まるで嘲弄するかのごとく生徒たちを睥睨する巨人をバシュカータは見上げた。

 考えられることは一つ。


 ここら一帯の聖素をこいつらが吸収したせいで聖素の濃度が極端に薄まってしまった。

 だから先ほど斬りつけた時も聖魔剣が力を発揮できなかったのだ。

 聖遺跡に限らず、地上においても聖素が尽きるなどということはない。

 しかし場所によっては時に濃度が変わると授業で習ったことがあった。

 そして濃度が薄い場所で聖素を吸収し練り上げるのは普段よりも大きな負荷がかかる、と聞いたことがある。

 つまりベオザは今、強大な負荷を受けながら必死に聖素を練り上げ術式を発動させているのだ。


 それでもベオザと他にも二、三人の生徒だけはどうにか巨人たちに応戦する意志を見せていた。

 ベオザは戦意を失っていない生徒らの援護を受けつつ小型種を蹴散らしながら、二体の巨人へ上位術式を放つ。

 が、さらにバシュカータを絶望の淵に叩き落としたのは……その上位術式すらも巨人を倒すにはまるで足りないという残酷な現実だった。

 まったく効果がないわけではなかった。

 どころか、さすがは学園最強の術式使いといえるだろう。

 ベオザは巨人の右腕を爆発の術式で吹き飛ばし、風の術式でその身体を切り刻んだ。

 しかし――巨人はみるみるうちに損傷した箇所を再生していく。

 周囲の聖素を吸収して。

 空間の聖素の濃度がさらに薄くなれば当然、ベオザへの負担も増加する。


 ――もう、無理だ。


 バシュカータは身体から急速に力が抜けていくのを感じた。

 が、どこか今の自分の状況に現実味を感じられなかった。

 迫っているのは死なのだろう。

 それでも危機感が生まれない。

 原因は聖遺跡の特性によるものだろう。

 どうせ聖遺跡で死んでも本当に『死ぬ』わけではない。

 深く長い眠りにつくだけ。

 だからここで自分の人生は終わりではない。


「フ……フフ……がははははははははっ!」


 聖魔剣を取り落とし、バシュカータは笑い声を上げた。

 背後からひっきりなしに聞こえてくるのは生徒たちの悲鳴と、まだ戦うことを諦めていない数名の生徒たちの必死の声かけ。

 フィブルクも何かわめいている。

 だがバシュカータの脳は認識をしようとしなかった。


 おれたちはもう駄目だろう、とバシュカータは諦めの極致に達していた。


 が、駄目なのは『あいつら』も同じ。

 バシュカータはアイラ班の人間たちが自分たちと同じように怯え逃げ惑う姿を想像して愉快になった。

 そしてふと思った。

 あいつらはもう聖遺跡に入っただろうか。

 だとすれば今、何階層だろう?


 ここは、四階層だった。


 事前情報では九階層の守護部屋にいたと聞いていたが、なぜか巨人たちは四階層の守護種部屋にいた。

 まあ、不思議なことでもないのかもしれない。

 なぜならここ最近の聖遺跡では本来その階層にいないはずの魔物が出現したりしているらしいのだから。

 いや――そんなことはどうでもいい。


 口が虚無的な笑みを形作る。

 怯え苦しむアイラ班の人間たちを想像しながら。


「ぅぐっ!?」


 と――何かがバシュカータの腹を貫いた。


「……あ?」


 バシュカータは妙な感触のした腹を見下ろす。


「おれ、の……聖魔剣じゃねぇか……」


 顔を上げる。

 先ほど手元から滑り落ちた聖魔剣がバシュカータの腹を刺し貫いていた。

 剣を手にしているのは小型種。

 しかも聖魔剣が発光している。

 本来の機能を発揮しているのだ。

 バシュカータの足元に術式の魔法陣が浮かび上がった。


「おまえに貸した、覚えはない……ちゃんと、返さんか……」


 ふと目の前が暗さを増した。

 何事かとぼんやりした意識で頭上を仰ぐバシュカータ。


「あ?」


 拳を握り込み腕を振り上げる巨人の姿があった。


 ――あ、やっぱり怖い。


 嫌だ。


「嫌だ……やめろ……やめろ……や、やめ、やめろぉぉおおおおおおおお!」


 身をかばうように両腕で顔を隠すバシュカータ。

 が、無慈悲に振り下ろされた巨人の腕は、聖魔剣の効果の発動を待たずして、そのまま小聖位第六位を圧殺した。

 いつもお読みいただきありがとうございます。

 次回第67話「異」は明日(9日)、同じくらいの時間(23:30~23:59)に投稿予定です。

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