第66話「討伐作戦へ」
ゆったりと腕を組みセシリーさんが微笑みかける。
「急に割って入ってすみません。驚かせてしまいましたか?」
一度俺たちに問いたげな視線を向けてからレイさんが尋ねた。
「ええっと……今、参加が許されるなら是非って聞こえた気がしたんだけど?」
「聞き間違いではありませんよ? 討伐作戦のことはクロヒコから聞きました。フィブルクたちとの対決の件も含めて。そこで、あなたたちの班に入れてもらえるならわたしも参加したいと思ったのですが」
セシリーさんがアイラさんを見る。
「もちろん、あなたがよければですが」
「あ、アタシは……」
アイラさんが口ごもる。
「家同士のことが気になりますか?」
セシリーさんが問いかけるが、しかしアイラさんは口を閉ざしたまま。
模擬試合の時の教官たちの話やバシュカータの発言等から察するに、アークライト家とホルン家はあまり良好とはいえない間柄のようだが……。
「あなた自身はどうなのです、アイラ?」
再度セシリーさんが問いを投げた。
ややあってようやくアイラさんが唇を開く。
「あのね、個人的にはアタシ……あなたのこと嫌いじゃないんだ。どころか憧れみたいな感情もあってさ。もし家のことがなかったら、仲良くなりたいなって思ってた」
「光栄ですね。わたしもあなたのことは嫌いじゃありませんよ?」
「ありがと。嘘でも嬉しいよ」
「ふふっ、嘘だったら参加したいなんて言い出しません」
「あはは、そっか……そうだよね」
歯がゆげに頬をかくアイラさん。
「となると、わたしが作戦に参加しても問題はないと理解しても?」
「うん……むしろ今の状況なら助かる、かな?」
アイラさんが諦念めいた微笑を零す。
「あと、家のことは心配しなくていいよ。表立って口には出さないけど、あなたたち兄妹のいる世代については家の人間も半ば諦めてるから。ホルン家も兄妹揃って聖樹騎士団とこの学園にいるけど……アタシたちとあなたたちは出来が違うから」
それはつまりセシリーさんとその兄はアークライト家の歴史の中でも才能が突出しているということか。
少なくとも競争心を抱く家に諦めを抱かせるくらいには。
遠まわしに称賛を受けたセシリーさんはしかし、奥歯にものが挟まったような顔をしていた。
その表情からなんとなく彼女の内心を推し量ることはできる。
どんな美辞麗句を並べ立てられようとも、ホルン家の兄妹を圧倒的に凌駕するとされるその彼女は先日、ヒビガミという悪魔のような男に完膚なきまでに叩き潰されたばかりなのだ。
いくら立ち直ったとはいえ、上には上がいることを思い知らされた直後なだけに、賛辞を素直に受け取ることはできないのだろう。
…………。
個人的には、容姿と性格だけでも圧倒的大差でセシリーさんに軍配が上がると思うけれど。
「とはいえ、わたしとあなたが今回の作戦で組むことが耳に入ればやはりホルン家の者はよい顔をしないでしょうね」
「気にしないで? 家の方はどうにでもなるからさ」
「先ほど半ば諦めているとは言いましたが、しかしホルン家からの重圧はかなりのものと聞いていますが?」
「う、うん……」
憂鬱そうに相槌を打つアイラさん。
と、セシリーさんが笑顔で両手を合わせ提案した。
「そこでなのですが、もしホルン家の方からわたしと組むことに対して何か言ってきたら『アークライト家の娘を聖遺跡攻略に利用してやった』とでも言ってやってください」
「え、そんなことは……」
「わたしも口裏は合わせます。なに、心配ありませんよ。アークライト家の方はどうにでもなります。何せわたしは祖父のお気に入りですから。家の者が何か言っても祖父に頼めばいくらでも抑え込めます。父と母は偏屈者ですが祖父には逆らえませんし、兄も物わかりのよい方ですから」
「セシリー、何もそこまで……」
「家の名を気にしすぎるのは感心しませんが、使えるものは使うべきです。話を聞く限りだとバシュカータは家の名の威を借りすぎだと思いますが」
セシリーさんの気遣いに対してだろう、アイラさんが礼を述べた。
「……セシリー、ありがと」
やや間があってから、黙考していたアイラさんがセシリーさんに問いかけた。
「あのさ……一つ聞いていい?」
「なんでしょう?」
「どうして参加してくれる気になったの?」
んー、とセシリーさんが考えるようにして視線を宙に泳がせる。
「わたしもフィブルクたちのやり方が気に入らないからですかね?」
「え……そんな理由?」
唖然とするレイさん。
セシリーさんが首を傾げる。
「変ですか? わたしは立派な理由だと思いますけど」
と、アイラさんが俺の方を振り向いた。
「作戦の話……彼から聞いたんだっけ?」
「ええ、クロヒコから聞きました」
アイラさんの問いに答え、セシリーさんは俺に視線を送ってくる。
「あのように話されては、誰でもこちら側につきたくなると思いますけどね」
うーん。
俺はありのままを伝えただけだったのだが。
いや、ありのままを伝えたからこそセシリーさんの心を打ったのかもしれない。
ただホルン家との関係を知らないわけではなかったから、あえて作戦参加を促すようなことは言わなかったはずなんだけど……。
アイラさんが髪の毛を手でくしゃりとやって、暫し黙考した。
そして彼女は俺へ笑みを向けた。
「そっか……こんなところでもアタシ、アンタに助けられたんだね」
「俺は何もしてないですよ。決断したのはセシリーさんです」
…………。
うっ。
俺はそこで、呆れが灯ったセシリーさんの目が自分へ向けられているのに気づいた。
口に出さずともわかる。
あれは『またあなたはそうやって人に好かれようとして……』と言っている目だ……。
や、やりづらい……!
セシリーさんがいるせいで自分の言葉が不思議と偽善みたいに思えてくるよ!
「ほ、本音ですからね!?」
俺の必死の弁解にアイラさんがぎこちない笑みで応える。
「う、うん……えっと、何が?」
あ、しまった。
「や、その……なんでもないです」
俺は恨みがましい目でセシリーさんを見た。
が、いつもの素敵スマイルでさらっと流された。
うぅ……ほんとやりづらい。
これが本心を吐露し合ったことによる弊害なのか……。
「キミたちも参加してくれるの?」
レイさんがセシリーさんの後ろに控えていたジークとヒルギスさんに尋ねた。
「セシリー様が参加するなら、おれたちも参加する」
「それが当然」
と二人は即座に答えた。
「決まりだな」
そう言ったのは今まで黙って成り行きを見守っていたキュリエさんだった。
するとセシリーさんがキュリエさんに歩み寄る。
彼女は背後からキュリエさんの両肩に手を置いた。
「一時的とはいえ意外と早く攻略班を組むことになりましたね、キュリエ?」
「フン、クロヒコがいなかったら実現はしなかっただろうな」
「ふふっ、でしょうね」
キュリエさんが椅子を引き、立ち上がった。
キュリエ・ヴェルステイン。
セシリー・アークライト。
改めてこうして二人が立ち並ぶと……絵になるよなぁ。
…………。
もう二人でユニットでも組んでアイドル活動とか始めるべきなんじゃないですかね?
「おまえ……何かアホなことを考えているだろう?」
「ふふっ、わたしたちで何かいけないことでも考えていたんじゃないですか? ああ見えてクロヒコは、けっこうおませさんですからね〜」
「……そうなのか?」
キュリエさんの鋭い眼光が俺を射抜く。
ひぃ!
アイドル衣装に身を包んだ二人を想像するだけで罪なんですか!?
「ち、違いますって! そう……さ、作戦を考えていたんです! 今度の討伐作戦のことを――」
二人が蔑むような目で俺を見据えた。
「嘘だな」
「ええ、あれは嘘ですね」
よ、読まれている……。
「…………」
にしても、ついこないだまで刺々しい間柄だったなんて信じられないくらい仲良くなったよなぁ。
むしろあの以心伝心っぷりを見ていると、このまま二人の仲が急速に発展して俺だけ輪の外にほっぽり出されるのではないかと、一抹の不安がよぎるほどである。
しかしあれだな……あの二人にタッグを組まれると、まるで反論できる気がしない……。
*
セシリーさんたちのアイラ班入りが正式に決まった後、俺たちは食堂で作戦について色々と話し合った。
その結果、最終的に巨人討伐作戦はこの七人で決行することとなった。
さらにアイラさんもすっかり元通りになって俺も一安心である。
俺の隣に座るレイさんもほっと一息といった様子だ。
そういえば、と俺はレイさんを改めて見た。
他のアイラさんの仲間は離れていったのに、彼女だけは残ったんだよな……。
どういう関係なのか少し気になる。
俺とレイさん以外のメンバーがアイラさんから説明を受けている時、さりげなく俺はそのあたりを彼女に聞いてみることにした。
ちなみに今アイラさんが説明している内容は俺にとっては既知のものだ。
話に加わっていないところを見るとレイさんも既に知っている内容なのだろう。
「ボクとアイラは一つ違いの幼なじみなんだ。他の人たちよりはつき合いが長いってのもあるし、何よりボクはアイラのことが好きだからさ」
慈しむようにアイラさんを見るレイさん。
さらに互いに自己紹介し合ったところ、レイさんが二年生であることが判明した。
つまりアイラ班で唯一の上級生である。
ていうか先輩だったのか……。
うん。
そうだな、これからはレイ先輩と呼ばせていただこう。
「れ、レイ先輩とお呼びしても?」
「あはは、先輩かぁ……なんか照れるなぁ」
どこか少年っぽい雰囲気のある人だな、と思った。
話し方のせいもあって、制服を着ていなかったら男の子だと思ってしまうかもしれない。
ボーイッシュなというよりも美少年と表現した方がふさわしいだろうか?
いや、女性に少年っぽいは失礼か。
でもそこが魅力的な気もする。
そんなレイ先輩はセシリーさんとはまた違ったタイプの柔和な雰囲気を持った人だった。
「でもさ、キミって不思議な子だよね? 時々ね? ほんの一瞬だけ、立ち振る舞いがずっと年上に見えることがあるんだよ」
「え?」
「あははは、変だよね? さっきの自己紹介だとボクより一つ年下だもんね」
「え、ええ……」
そんなことを言われたのは初めてである。
勘とかが鋭い人なのかな?
観察眼が優れているタイプ?
「そうだね、ボクのお姉さんだと思ってくれていいよ。禁呪使いのキミにとっては戦力という意味では微妙かもしれないけど、上級生として力になれることもあるだろうからさ。あ、言い忘れてたけど、こう見えてもボク風紀会の人間なんだ。だから何かあったら頼りにしてね?」
「あ、どうも」
差し出された手を取る。
ほんのりとぬくい手。
うーん。
レイ先輩も可愛らしい人だなぁ。
…………。
そしてボクっ娘は実在した。
それから俺たちは現時点での段取りを一通り済ませ、食堂を出た。
ちなみにこの学園、午後の授業の終わるのが大体午後の二時半頃なので、授業後も日が暮れるまでそれなりの時間がある。
前の世界の一般的な学校と比べると授業が終わる時間は早いといえる。
これはおそらく聖遺跡攻略の時間が加味されているからだろう。
と、俺たちが食堂から出て歩きはじめた時だった。
前方から十数名の生徒が集団でこちらに歩いてくるのが見えた。
バシュカータを先頭に、その脇には麻呂とベオザさん。
また、以前食堂で会った時と比べ向こうの顔ぶれが半分くらい変わっていた。
小聖位が高い生徒を新たに加え、低い者と入れ替えたのだろう。
「おぉ、これはこれは! 仲間に愛想を尽かされたアイラ・ホルンではないかぁ!」
バシュカータが立ち止まり、両手を広げて笑った。
ぐっ、とアイラさんが言葉に詰まる。
「む? そこにいるのはよもや、セシリー・アークライト? ほぅ? アイラよ、おまえセシリー・アークライトの勧誘に成功したのか?」
「……ええ」
アイラさんがバシュカータを睨みつける。
「アークライト家か……意外だった。まさか、ホルン家の娘と組むとは」
そう言うとバシュカータはフィブルクと一度顔を合わせてから、セシリーさんへ向き直った。
「で、ここで参戦してきたということは……セシリー殿も勝負の『対象』になっていただけるのかな?」
「ええ、かまいませんが?」
「せ、セシリー!?」
即答したセシリーさんにアイラさんが驚きの声を上げる。
見るとジークとヒルギスさんも戸惑いを浮かべていた。
が、当人のセシリーさんはというと余裕たっぷりの笑みを口元に湛えながら、双眸を細めてバシュカータを見据えた。
「それにしても、バシュカータ・トロイア……聖樹八剣であられる兄ヴァンシュトスの弟と聞いて、一体どんな気骨ある男かと思っていたら……ふふっ、なるほど」
「今の『なるほど』とはどういう意味かな、セシリー・アークライト?」
「それがわからぬ程度の男らしい、という意味ですが?」
が、挑発的なセシリーさんの物言いをバシュカータは豪気に笑い飛ばした。
「はっ、言いおるわ! だが知っているぞ? おまえが先日、例の殺人事件の犯人に屈辱的に弄ばれた挙句、失意で寝込んでピーピー泣いていたことをな! 誰に泣きついた!? 聖王様のお気に入りのおじい様にか!?」
「…………」
取り巻たちがバシュカータの言葉に嘲笑で続く。
しかしセシリーさんは平然としたもので、首を緩く振りつつもため息をつくだけだった。
相手にしていないという感じだ。
その様子が気に入らなかったのか、バシュカータは矛先を変えた。
「しかしアイラ・ホルンも無様よなぁ……仲間には逃げられ、どころか宿敵アークライト家の娘に泣きつくとは……ああ、惨めこのうえない。なあ、おまえらもそう思うだろ?」
バシュカータからの呼びかけに取り巻たちが次々と賛同を口にする。
「つまり勝つためには手段を選ばないんだろ? ホルン家の娘も堕ちたもんだよなぁ」
「それに乗るアークライトもアークライトだけどな」
「しかも禁呪使いに……ほら、あの銀髪の人、なんでも第6院の出身者って話よ?」
「なんか集め方に信念がないよなぁ……まあ勝てればいいんだろ、アイラ・ホルンは」
「あ〜あ、醜いよなぁ」
…………。
はぁ。
鏡持ってきてやろうか。
こういうのって似た者同士が集まるんだろうなぁ……。
ベオザさんと二、三人の生徒だけは居心地悪そうな顔してるけど。
「つーか男一人に残りは女だぁ? 女に男一人囲まれてウハウハってわけかよ? よかったじゃねぇか禁呪使い! 一時だけでもいい目を味わっとけや!」
にやついていた麻呂がついに参戦してきた。
人を煽る時は実に生き生きとしているやつだ。
…………。
まあ麻呂の言いたいことはわかる。
わかるのだが。
麻呂よ、一ついいか?
おまえ……ジークの存在を忘れてないか?
ほら、ジークすっげぇ微妙な顔してるじゃん……。
もし彼の精神ダメージを狙ったなら、今まで飛ばした口撃の中で最も効果的ではあっただろうけど……。
「ふははは、ま、どれだけ貴様たちが卑怯な手を使おうと、おれたちは正々堂々と勝負してやるから安心しろ! 貴様のような泣き落としや色香を使った低俗な手ではなく、おれの人徳を含む……総合力でな!」
「そうだそうだ! 卑怯なやつらには絶対に負けねぇ!」
「正攻法で叩き潰してやりましょうよ!」
「つまり今回は正道と邪道の対決ってことか! こいつは学園中に喧伝しないとな!」
うわー、自己正当化まではじめちゃったよ……。
どうしよう?
結果はわかってるようなもんだし、みんなも黙ってるからここは無視してやり過ごした方が――
その時、くつくつと笑う声がした。
笑い声の主は……キュリエさんだった。
彼女は俯き気味に笑っていた。
それに気づいたこの場にいる全員の注意が、彼女へ向く。
「馬鹿もここまでくると――いっそ、清々しいな」
「む〜?」
眉をひそめるバシュカータ。
キュリエさんがゆっくりと顔を上げた。
まるでバシュカータたちを睥睨するような表情だった。
「どうしてそこまで勘違いができるのか、心底不思議でならんよ」
その刺すような声音にバシュカータたちも何かを感じ取ったらしい。
彼らから言葉を発しようとする気配が消えた。
「最近懐かしい連中に再会してみて改めてわかった。そこに雁首揃えている連中がいかに矮小かを。何も見えていない、何も感じていない……何もわかっていない」
ククク、とキュリエさんが笑う。
「私はな、善意にはなるべく善意を返すべきだと考えているが――悪意には、徹底して悪意で返すべきだと考えている。だから私は、悪意を持つ者に対する慈悲の持ち合わせがない」
キュリエさんが一歩踏み出す。
彼女の放つ威圧感に呑まれてかバシュカータたちが道を空ける。
カツカツと廊下を歩きながらキュリエさんが言い放った。
「むしろおまえらはここでやかましくさえずるよりも例の巨人対策に注力した方がいいんじゃないか? なぜ自分たちが当然のように巨人に勝てるつもりでいる? 小聖位の上位があっけなく潰されたんだろ? なぜだ? なぜ自分だけは勝てると思っている? なぜ自分たちだけは上手くいくと思っている? 答えは簡単だ――己の力量をわかっていないからだ」
バシュカータたちの集団を通り抜けると、キュリエさんが俺たちへ呼びかけた。
「行くぞ。こんな連中と会話するのは時間の浪費だ。あいつに言わせれば、地獄的浪費だよ」
俺たちもバシュカータたちの間を通り抜ける。
そして俺たちが場を離れかけた時、
「ま、待ちやがれ……! てめぇ、おれたちに勝てるとでも思ってんのか!?」
麻呂がキュリエさんを呼び止めた。
と、
「三日後だ」
キュリエさんが振り向かないまま言った。
「あ?」
「作戦の決行日だよ。私たちは三日後の休聖日に聖遺跡に潜ることにした。私たちと決行日を合わせるんだろう? だから親切に教えてやったんだよ」
「……っ、い、いいだろう! 吠え面かかせてやるよ! こっちには小聖位上位に第6位のバシュカータ、何より学園最強のベオザがいんだよ! そっちこそ力量差を見誤ってるってことをわからせてやる!」
語気を荒げるフィブルクの肩にバシュカータの大きな手が置かれた。
「まあそう気を荒げんでもいい、フィブルク。あいつらは所詮一兵士に過ぎん。これが戦争だということをわかっていないのだ。戦争は一人二人兵士が強かろうが決して勝てん。そう、これは戦争なのだフィブルク。つまり……総合力の勝負なのだよ」
「お、おぅ……そうだな……おれとしたことが、つい熱くなっちまったぜ。バシュカータの言う通りだ」
ふん、とバシュカータが鼻息荒く息巻いた。
「案ずるな。すでに母殿に頼んで聖剣や魔剣を手配してもらっている。しかも『名持ち』に加え、とあるルートから聖魔剣も取り寄せてもらっている」
「せ、聖魔剣かよ! すげぇ!」
「さらには魔導具も手配済みだ」
途端に静まり返っていた取り巻たちが勢いを取り戻す。
「さ、さすがトロイア公爵家だぜ!」
「これが総合力だ!」
「相手を威圧するしか取り柄がない女のいる班とはやっぱ違うよな!」
「いやだ、ていうかあの銀髪の人綺麗だけど怖〜いっ」
バシュカータが余裕綽々の顔で俺たちを眺めやる。
「これが、総合力だ。フフフ、アークライト家やホルン家も、使えるならば存分に家の力を使えばいい。まあそれができないからこそ、名ばかり禁呪使いや第6院を名乗る口先女に声をかけたんだろうがな。そして殺人犯なんぞに負けて無様に地を這った張りぼての天才に、色香しか取り柄のない落ちこぼれ、その女にほだされるヌルい取り巻き……グハハハ、なんならトロイア公爵家の力でおまえらを主役に滑稽劇の物語でも仕立ててやろうか!? 皆が笑ってくれるぞ!?」
「あ、アンタねぇ……!」
アイラさんが怒りに顔を染めて踏み出しかけたのを、俺が止めた。
麻呂がニヤニヤとご満悦の表情を浮かべる。
「お、なんだクロヒコ、その顔は? 随分と不満そうじゃねぇか? はっ、さっきからな〜んか余裕ぶってて気に入らなかったんだよ! だがようやく調子が出てきたみてぇじゃねぇか? あ?」
「ああ、不満も不満だよ。俺のことはともかく仲間に対する悪口は許さない。いちいち言いすぎなんだよ、おまえ」
「お〜お〜、だったらどうする? この場でやるか? おれはかまわ――」
麻呂は最後まで言葉を言い終えることができなかった。
なぜなら、俺がバシュカータの眼前に一瞬に移動した――ように見えたからだろう。
「ぬ、おまえ……」
バシュカータが眉をしかめる。
「あんた、さっき総合力が大事だとか言ってたよな? まあ否定はしないさ。けど――この世にはたった数人で戦況を変えるほどの人間がいる。少なくとも俺は、二人知っている」
キュリエ・ヴェルステイン。
ヒビガミ。
あの二人なら戦況すらも変える気がする。
いや。
これは確信に近い。
「そして二人のうち一人はアイラ班にいる。だから、あまり舐めてかからない方がいい」
「お、おまえは一体なんなんだ? 禁呪だけが取り柄の男だと聞いていたが……」
「そうだよ。禁呪がなければ俺は普通の一般人だ」
「なら、今の動きは……」
「今の動きなんて止まってみえるくらい、もっと強い人たちがいるってことだよ。ある人の受け売りだけど、一つ忠告しておいてやる。誰かにつっかかるなら、相手の力量くらいは測れるようになった方がいいぞ?」
「……おれたちに勝てるつもりか?」
「ああ、勝てるつもりだよ」
言って身を翻し、みんなの元へ戻る。
さすがにあんな風にいったバシュカータには頭に来た。
人を煽るにも限度ってものがあるだろ。
「…………」
って、俺は見事に煽られてしまったのか。
こ、これは反省コースですか?
あ。
なんかみんな形容しがたい表情になってる……。
「す、すみません、煽りに乗ってしまいました」
最初に反応を返してくれたのはキュリエさんだった。
「ん……多分みんな、おまえが怒ったことに驚いているんだと思うぞ? 正直、私も意外だった」
「はい、以後気をつけます……」
しょんぼりだった。
みんなが我慢してたのに、うっかり挑発に乗ってしまった……。
「いや、おまえ何か勘違いしてるだろ?」
「やっぱ俺って勘違い野郎なんですかね?」
「……もういい。行くぞ」
「……はい」
俺はがっくりと肩を落としキュリエさんに続いた。
慰めのつもりなのだろう、セシリーさんやアイラさんをはじめ、みんなが優しい言葉をかけてくれた。
一方、少しはさっきの忠告が利いたのか、バシュカータたちは今度は煽ってくるような真似をしなかった。
ただ、その場を離れる俺たちに向かって麻呂が最後に叫んだ。
「この勝負……ぜってぇ負けねぇからな!? まずは三日後にそれをわからせてやる! おまえらが禁呪なんて卑怯な力に頼ろうが、おれたちは総合力で正々堂々勝ってやるからな!? 楽しみにしとけ!」
*
作戦決行日を三日後の休聖日としたのは、俺の施晶剣の修理が終わるのがその前日なのと、そして俺の新しい禁呪の試用日を鑑みてのことだった。
またアイラ班の方針としてはフィブルク班ほど巨人討伐に重きを置いていない。
向こうはやけにこっちより先に巨人を倒すことにこだわっているが、キュリエさんとセシリーさんの共通見解ではおそらくそれはベオザさんの案だろうとのことだった。
聞いてみればなるほどと思わされた。
以前の彼の口ぶりから考えるに、ベオザさんは俺たちに勝てるかどうか微妙だと思っている。
が、立場上バシュカータ側にもある程度花を持たせたい。
そこで、学園の生徒たちの聖遺跡攻略が行き詰る原因となった巨人を倒した功績だけは得させよう――そう思っているのではないか。
それが二人の見解だった。
まあその巨人が再び出現しない保証がないわけではないが、もしそれっきりで出現しないならバシュカータたちは勝負に負けても『おれたちが巨人を倒したおかげだ!』と言い張ることもできるわけだ。
なんだかそれはずるい気もするが、あいつらならやりかねないだろう。
ベオザさんもあれで気苦労が絶えないのかもしれないな……。
一方、キュリエさんは巨人討伐がバシュカータたちによって為されるならそれでいいという考えのようだった。
彼女は前から勝負よりも巨人の方を気にしている節があった。
理由を聞いてみたところ、前に地鳴りで俺が下の階層に落ちたことが気にかかっているらしい。
巨人というよりも、どうやらキュリエさんは様子がおかしいと囁かれる聖遺跡を警戒しているようだ。
で、その心配の種を作ってしまった俺はというと、今ほどちょうどマキナさんと聖遺跡から出てきたところだった。
今日はアイラ班にセシリーさんたちが加入し、食堂前の廊下でバシュカータたちとひと悶着あった日の翌日である。
俺はマキナさんとクラリスさん付き添いの元、『魔喰らい』と呪文書を手に聖遺跡へと向かった。
禁呪を覚えるのは学園長室で行った。
問題なく俺は新しい禁呪――第八禁呪を覚えることに成功。
そして予定通り、会館で『非攻略調査』の手続きを終えた後、早速聖遺跡に入って上階層の魔物相手に禁呪を使ってきたというわけだ。
「おぉ〜、お帰りなさい! どうでした?」
聖遺跡広場前で待っていたクラリスさんが手を振って出迎えてくれた。
「あ〜、なんとか使いこなせそうです……」
俺はスカートについた粉を払うマキナさんに尋ねた。
「使いこなせてましたよね?」
「そうね。でも、疲労の方は大丈夫なの?」
「ん……まあ、ちょっと残ってはいますけど」
第九禁呪と違って第八禁呪は疲労が残ることが判明した。
こっちはバカスカと使いたい放題ってわけにもいかないか。
「それよりあなた……トロイア公爵の息子と何やら揉めているそうね?」
さすがマキナさん。
もう耳に入ってらっしゃる。
「いえいえ、健全な生徒同士の競い合いですよ。個人力と総合力の『正々堂々』とした」
「……ふーん」
「あ、信じてませんね?」
「信じるも何も、学園長の立場としてはどちらかに肩入れはできないわ。行き過ぎた行為がない限りはね。ただ――」
そっ、とマキナさんが俺の背中に手を置いた。
「無茶はしないように」
「ええ、わかってます。ミアさんを悲しませたくないですからね」
「あら? 私は入っていないのかしら?」
「あれ? 入れてほしいんですか?」
「調子に乗って、このっ」
「いてっ」
ふふん、と笑うマキナさんにわき腹の肉を軽く抓られた。
「ま、心配はしていないわよ。あなたも少し頼りがいが出てきた感じがするし」
「そうですか?」
「ええ」
「ほっほぅ、学園長はクロヒコさんのような人がお好みだったのですかぁ」
急にクラリスさんが割り込んできた。
「とんと浮いた話を聞かないので異性に興味がないのかと思っておりましたが、なるほどぉ〜、こういう御仁がお好みでしたかぁ〜」
「え? そうだったんですか?」
「し、知りません!」
ぷいっ、と頬を桜色に染めてそっぽを向いてしまうマキナさん。
と、腕組みしたマキナさんが流し目を送って来た。
「何はともあれ、がんばってきなさい。学園長としては応援するわけにはいかないけれど、マキナ・ルノウスフィア個人として心の中で応援してあげるから」
「ありがとうございます」
「ではクロヒコさん! 早速、新しい禁呪の話を聞かせていただきましょうかぁ〜?」
「は、はい……」
ワシワシと両手を怪しげに動かすクラリスさんに、俺はぎこちない笑みで応えた。
*
そして日づけが変わって休聖日。
いよいよ討伐作戦決行の日となった。
俺たちは朝の八時に聖遺跡会館に集合した。
誰一人欠けることなく七人全員が揃っている。
最近すっかり例の聖遺跡の異変と巨人のせいで閑古鳥が鳴いていた広場と会館だが、今日は珍しく多くの生徒が集まっていた。
俺たちの対決のことをバシュカータたちがあることないこと吹聴しつつ広めたせいだろう。
また会館で聞いたところ、バシュカータたちは一時間ほど前に潜ったらしい。
本当に時間を俺たちに合わせてきたようだ。
聖遺跡内で巨人討伐後に俺たちが追いついてきたら自慢話でも聞かせるつもりなのだろうか。
俺たちは一度別れ、会館内で準備を念入りに整えた。
そして――
準備を終え会館を出た俺たちアイラ班は広場を通り抜け、聖遺跡へと足を踏み入れた。