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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第65話「復帰」

 大時計塔の地下祭壇に行った日の翌日。

 キュリエさんと一緒に登校し教室に入ると、


「あ」


 昨日休みだった三人が並んで席に座っていた。


「おはようございます、クロヒコ」

「お、おはようございます……セシリーさん」


 以前のセシリーさんと何も変わらぬ調子である。

 こうして普通に話しかけられるとあの夜の一件は夢だったんじゃないかとも思えてくる。

 それほどまでに彼女は以前通りに戻っている。


「目元の隈というか……調子の方はもういいんですか?」

「ええ、この通りです」


 にっこりと笑いかけるセシリーさん。

 昨日は隈が原因で休んだと聞いたが、目元の隈はすっかりなくなっていた。


 うーむ。

 しかしセシリーさんがいるとやっぱり、心なしか教室が華やいで見える。

 この教室にいるだけでなんだか得している気分になるくらいだ。


「で、ジークとヒルギスさんに一体何が?」


 にこやかなセシリーさんが蘇った一方、両隣に座る二人の表情が冴えない。

 漂っているのは疲労感。

 セシリーさんが元気になった代わりに今度は二人が覇気を失っていた。

 ジークはまだしも基本平然顔がデフォルトなヒルギスさんがぐったりしているのは珍しい。

 二人と挨拶を交わしてから俺は何があったのか聞いてみた。


「大分お疲れみたいだけど……何かあった?」


 ジークが視線だけを寄越す。


「セシリー様は昨日、剣の稽古を朝から晩までしていてな……さらに、いつもよりも相当気合いが入っていた……」

「つまり昨日、ずっと剣の稽古につき合わされた?」


 ジークは答えないが、彼の表情と机に顎を乗せるヒルギスさんの目が、肯定を示していた。

 目の下の隈のこともあったのだろうが、といって、じっともしていられなかったのだろう。

 驚くべきは相当に気合いの入っていたというセシリーさん本人からは疲労の色が微塵も感じられないことである。

 それとも……彼女らしく表に出していないだけなのか。


「でも、元気になってくれて嬉しい」


 ヒルギスさんがぼそっと口にした。

 セシリーさんが二人の肩にそっと手を置く。


「二人には感謝しています。剣の稽古につき合ってくれたことも、もちろん心配してくれたことも」


 ジークとヒルギスさんが口元を綻ばせる。


「おれたちはそのためにいるんですから。むしろもっと頼ってください」

「ジークの言う通り。もっと頼ってくれていいです……誰かさん以上に」


 なぜか闘争心漂うヒルギスさんの視線が俺へ向けられる。

 誰かさんって……もしかして俺のこと?


「それは無理だろうな」


 と、ジークが否定の言葉を口にした。


「む……」


 ヒルギスさんの不満げな視線がジークへと移動する。

 そんな二人に挟まれるセシリーさんに、キュリエさんが話しかけた。


「思ったよりも元気そうで安心したぞ、セシリー」

「ええ、ご心配おかけしました……してくれてましたよね?」

「……まあな」

「ふふ、キュリエは優しいですね」

「フン、人によるがな……芯の部分が変わったわけじゃない」


 お褒めの言葉をさらりと受け流すキュリエさん。

 だけど……うーん、なんだろう?

 朝から思っていたのだが、気のせいか今日のキュリエさんはいつもと少し様子が違う。

 言うなれば、最近かなり軟化していた彼女の態度がここにきてまた少し硬くなったというか。

 昨日の放課後ちょっと気になることがあると言って俺と別れたけど、あの後何かあったのだろうか?


          *


 しばらくして鐘が鳴ると、ヨゼフ教官が入ってきて登時報告となった。

 ヨゼフ教官がいつものように連絡事項を伝える。


 今日、麻呂は休みらしい。

 休みの理由はひょっとして例の勝負が関係しているのだろうか。

 一方、その勝負を受けて立ったアイラさんの方は遅刻して教室に入って来た。

 彼女が遅刻したのは俺が記憶している中では初めてのことである。

 気になったのは、その顔にジークやヒルギスさんとは違う疲労が浮かんでいたことだ。

 やはり彼女の様子の原因も巨人討伐作戦のことと関係あるのだろうか。


 そして教養授業が終わるやいなやアイラさんは「今日の授業後に食堂で顔合わせをするから、授業後は空けておいてもらえる?」とだけ言い残して教室から飛び出して行った。


 俺はアイラさんが出て行ったドアの方を見る。

 浮かない表情だったけど、なんか心配だな……。

 さっきも無理に笑顔を作っていた感じだったし、教養授業中も上の空って感じだった。

 授業後は取りつく島もない調子で教室からいなくなったから話しかける暇もなかった。

 やはり俺と似た感想を持ったのか、キュリエさんも気がかりそうな表情でドアの方を見ている。


「アイラのやつ、大丈夫か?」

「ちょっと心配ですね……」


 アイラさん、真っ直ぐな頑張り屋さんって感じだからなぁ。

 何か手伝えることがあればいいんだけど。


「ま、とりあえずは授業後に食堂で集まった時の様子を見てからだな。あいつも何やら頑張ってるみたいだし。今の段階で下手に私たちが口を挟むのは余計なことかもしれん」

「……そう、ですね」


 焦燥感に包まれていた風に見えたアイラさんの様子に不安を覚えながらも、俺は戦闘授業の準備をはじめた。


          *


 打ち合いの最中イザベラ教官に「あなたたちって恋仲なの?」と口を挟まれてから二人揃ってペースを崩した以外特に変わったことのなかった戦闘授業を終えて、昼食となった……のだが。


「あの、セシリーさん?」

「ん? どうしました?」

「や、その、ですね……」


 本日はセシリーさんと二人、あの壊れた噴水がある場所で昼食を取っていた。

 昼食は彼女が作ってきてくれたサンドパン。

 今日のパンにはチーズと、軽く香辛料を振って焼いた薄肉が挟んであり、さらにはトマトをペーストしたものが塗ってあった。

 は、ともかく、


「ちょっと近くないですか?」


 噴水の縁に隣り合って座っているのは前と変わらないのだが……セシリーさんの距離が異様に近い。

 ずっと肩が触れているほどには。


「あれ? 嫌ですか?」

「嫌ってわけじゃないんですが……」


 男としてはその、色々とですね。

 セシリーさんがバスケットからサンドパンを一つ手に取って、小首を傾げた。


「では……わたしに食べさせて欲しいんですか?」

「なんでそうなるんですか!?」


 ふふっ、とセシリーさんが微笑む。

 が、表情が『あの表情』だった。


「互いに恥部をさらけ出し合った仲じゃないですか。そうでしょう?」

「だ、だからってこんな――」

「はい、どうぞ? せっかく作ってきたのですから食べないともったいないでしょう? ほら?」


 細い指で掴まれたサンドパンが口に迫る。


「うっ……それくらい、自分で食べられ――」

「ん? 何?」


 上半身を後方に引く。

 が、蠱惑的な笑みを浮かべるセシリーさんの手は止まらない。

 ていうか本性が……本性が出てる!


「セシリーさん! ここ学園ですよ!?」

「はぁ、学園ですね。それが何か?」


 結局セシリーさんは、手の中のサンドパンを自分ではむはむと咀嚼しはじめた。


「…………」


 俺、からかわれてる?


「はい、からかってますが?」


 口の端についたペーストを人差し指で掬い取りながら、当然ですとばかりにセシリーさんが肯定する。

 …………。

 ていうか俺、さっきの口に出してませんよね!?

 心を読まれた!?


「うふふ、クロヒコはわかりやすいですねぇ」

「え、ええっと……」

「すみません、クロヒコの反応が可愛らしいのでつい苛めたくなっちゃいました……きっとあの夜のせいですね」


 ふふっ、と身を縮めながらさらに距離を詰めてくるセシリーさん。

 ついに腰まで触れ合う距離まできてしまった。


「…………」


 なんだろう。

 再び俺の中のセシリー・アークライト像がガラガラと音を立てて崩れ去っていく感が……。


「こういうのは、駄目ですか?」

「そういうわけじゃないですけど……いいんですか?」

「二人きりの時くらい、いいんじゃないですか?」

「はぁ」


 頭上で揺れる木の葉越しに空を見上げながら、セシリーさんがぺろりと舌で指先のペーストを舐め上げた。

 見る人が見たら「なんとはしたない!」と言って卒倒するんじゃなかろうか。


「あまり自分を偽りすぎると、また何かあった時にああして感情が爆発しかねませんからね。とはいえ今まで作り上げてきた『神に愛されし少女』を捨てるつもりもありません。結局、その方が上手くいくことの方が多いですから」


 彼女も彼女なりに今後の自分をどうするか考えたのだろう。

 そして『神に愛されし少女』を演じ続けることを決めた。

 セシリーさんは縁に手を突きながら足をぶらぶらと宙に放る。

 まるで子供のような動作だ。


「かといって気性の荒い本来のわたしが消えることもないでしょう。ですからわたしは、本当の『セシリー・アークライト』を知っている人の前でだけ、少しだけありのままの自分でいることにしたんです」

「その本当の『セシリー・アークライト』を知っているのって、俺以外にもいるんですか?」

「あそこまで知ってしまったのはクロヒコだけです。なのでクロヒコ限定ですね」


 素敵な笑顔を向けてくるセシリーさん。


「ええっと、それはつまり……俺の前に限り素を出していきますよってことですか?」

「その通りです。がんばってみんなが求める『神に愛されし少女』を演じたわたしへの、ご褒美みたいなものだと考えていただければ」


 うーん。

 マキナさんにとっての愚痴の聞き役みたいなもんなのかな?


「大丈夫、二人きりの時だけですから。ね?」


 さらににじり寄ってくるセシリーさん。

 うっ。

 細っこい腕や小さな丸い肩の感触が伝わるたびにどぎまぎとしてしまう。


『あいつ案外、根っこは魔性の女なのかもしれんぞ』


 ふと、いつだったかキュリエさんが口にしたセシリー・アークライト評を思い出した。

 あの言葉は案外彼女の本質を突いていたのかもしれない。

 ちなみに結んだ協定によれば今日はキュリエさんが俺と昼食をする日だったらしいのだが(ていうかその協定まだ生きてたのか)、譲ってもらったらしい。


「それに――わたしはキュリエとは違いますしね」


 セシリーさんが脚を組み、頬杖をついて俺を覗き込んできた。


「わたしね、あなただけじゃなくてキュリエにも嫉妬していたんですよ?」

「キュリエさんは強いですからね」

「ち〜が〜い〜ま〜す」

「うわっ」


 責めるような視線を向けられ、さらに右手の指先で腰をつつかれた。

 

「じゃあなんなんですか?」

「キュリエは、わたしと違って自分をしっかり持っていますから。もっと言えば……自分に正直なんです」

「あー、確かにそういうとこありますね」

「ね? わたしにはない部分でしょう?」

「ですね」

「そこで認めるな」


 ずぶっ、とわき腹に指先がめり込んだ。

 …………。

 たまに出る本性が怖い。

 そして本人も悪びれていない。


 俺はため息をついた。

 わかった。

 そっちがそのつもりなら――


「いやいやセシリーさんとキュリエさんはやっぱり全然違いますよ。セシリーさんは綺麗ですけど、中身が色々と残念ですもん。あんたは『こっち側』の人間です」

「ですよね!?」

「え、ええ」


 なんで嬉しそうなんだ?


「ですから、わたしはクロヒコと違う部分ではなく、クロヒコと同じところが強みなんだろうなぁって思ったんです」

「強み、ですか?」

「ええ。そう考えたら……なんだかとても楽になったんです。キュリエはわたしに持っていないものを持っているけど、わたしだってキュリエにないものを持っているんだって」

「…………」

「わたしはわたしなりの武器を、わたしなりに磨いていきます」


 俺はふっ切れた感のあるセシリーさんの顔を横目で見る。


「他の強さも?」

「ええ。剣の修行も含めて」

「……中身が残念なまま?」

「そこは言わない」


 咎めるように言われ、ぐいっと肘をわき腹に捻じ込まれる。

 思わず俺は笑みを零した。


「いいんじゃないですか? 俺、今のセシリーさんのことすごい好きですよ」

「え?」

「話しててすごく気が楽っていうか……似た者同士になっちゃったからですかね?」

「あ、えっと、うん……そう、ですね」


 急に顔を赤くしてかしこまるセシリーさん。


「どうかしました? あ、もしかして俺に惚れ直したとか?」


 あの夜のことを持ち出し、冗談めかして言ってみる。

 やれやれ、とでも言いたげにセシリーさんが首を振る。


「ですから、もう惚れてるって言ったじゃないですか」

「あははは、やっぱセシリーさん演技派ですね」


 急にセシリーさんが『あれ?』という顔をした。

 ん?

 どうしたんだろう?


「……あの夜のこと、忘れてませんよね?」

「あの夜のこと? ああ、ひょっとしてパートナーの話ですか?」

「……待って」


 頭痛でもするのだろうか?

 眉をしかめてセシリーさんが額に指をあてる。


「あなた言いましたよね? わたしと釣り合う男になって、釣り合う男になった時点でわたしの気持ちが変わっていなければ、その時に答えを出すって」

「ええ、言いましたよ? ですからパートナーとして釣り合う男になったら……答えは出すつもり、ですが?」


 マキナさんともよきパートナーになるよう努力するし、もちろんセシリーさんともよきパートナーになるよう努力はする。

 それの何が引っかるのだろう?


「あーなるほど、そういうことですか……」


 何やら得心いったらしいセシリーさんが、がっくりと肩を落とした。


「あなたって……ほんっとうに嫌な人ですね」 

「え? なんか会話が繋がってなくないですか?」

「一応、確認させてください。あなた、わかってやってるわけじゃないですよね?」

「は? わかってやってる? 何がですか?」


 セシリーさんはなぜか寄り掛かるようにして俺の左肩に両手を載せると、手の甲に自分の額をくっつけた。

 そして地が出てる感じでため息を吐いた。


「この人、ほんと嫌すぎる……」

「え!? なんで!?」

「……もういいです、ゆっくり行きます。ですので、今度ともよろしく」

「は、はぁ……よ、よろしく」


 なんかセシリーさんがぐったりしてしまったので、仕方なく俺は「た、食べていいんですよね? 食べますよ?」と断って食事に手をつけることにした。


 それから、ようやく元に戻った(?)セシリーさんに俺は巨人討伐作戦のことを話した。

 ひと通り話が終わった後セシリーさんは、


「なるほど……アイラがクロヒコに『イイやつ』だと言ったのは、そういう……」


 などと一人で何やら呟いていた。

 さらに俺は新しい禁呪のことも話した。

 禁呪については特に口止めされているわけではない。

 まあ、あえて言いふらすこともしないが。


「へぇ、新しい禁呪ですか」

「ええ。まだ覚えてはいないんですけどね。覚える前に、クラリスさんがちょっと調べてみたいそうなので」


 そして近日中に新たしい禁呪を覚えたのち、マキナさん付き添いのもと、聖遺跡で試しに使ってみる段取りとなっている。

 覚える瞬間も本人たっての願いによって後日、クラリスさんの前でのお披露目と決まっていた。


「あ、そろそろ時間ですね」


 セシリーさんが懐中時計で時間を確認する。


「戻りましょうか」


 言って、片づけをはじめるセシリーさん。

 俺も手伝いさっと片づけを終える。

 そして俺たちは壊れた噴水を後にした。


          *


 術式授業が終わって、放課後。

 俺とキュリエさんは食堂でアイラさんたちを待つことにした。

 しかし一時間ほど待ってみてもアイラさんが来る気配はない。


「もう少し待ってみるか。あいつは約束をすっぽかすようなやつじゃないだろう」

「そうですね」


 と、さらに一時間が経過しようとした――ところで、青ざめた顔のアイラさんが食堂に入って来た。

 やって来たのはアイラさん以外にも、もう一人いた。

 が、予定ではもっと多かったはずだ。

 きょろきょろと食堂を見渡すアイラさん。


「あ――」


 彼女が俺たちに気づき、歩み寄ってきた。


「アイラさん……大丈夫ですか?」


 尋ねる俺に、アイラさんは笑って答える。


「う、うん、大丈夫」


 しかし言葉とは裏腹に様子がおかしいのは明らかだった。


「何があった?」


 キュリエさんが聞く。

 するとアイラさんの後ろにいた女子生徒が口を開き、何か言おうとした。

 が、アイラさんが彼女を手で制する。


「いいわ、アタシから言うから。ありがとね」


 女子生徒は気遣わしげにアイラさんを見ながらも、口を噤む。


 一旦、俺たちは席についた。

 今日は食堂にいる生徒の数が少ない。

 そういえばたくさんの露店が参加する催しが街であると、授業中に女子が放しているのを耳にした。

 普段ここで駄弁っているような生徒たちはその催しに足を運んでいるのだろうか。


「でね、例の作戦のことなんだけど……ご、ごめん。元いた仲間も、いなくなっちゃった……」


 アイラさんが口を開いた。

 笑みを作ってはいるが、暗鬱なものを振り払えてはいない様子だった。


「あはは……アタシ、やっちゃったみたいでさ……みんなから『なんで作戦がいつの間にかベオザたちと対決するみたいな話になってるんだ!』って怒られちゃって……」


 笑みこそ浮かべているが、彼女の声には自分を責める響きがあった。


「結局、他の生徒も集まんなくてさ。アタシの力不足が悪いんだけど……やっぱりみんな小聖位第一位とトロイア公爵の息子とことを構えるのは嫌みたいで。こ、攻略班組んでた仲間も、そんな勝手なことするやつとは組めないってさ。と、当然だよね……ははは、面目ない」


 暗いトーンで言うと、アイラさんは肩を小さくして俯く。


「だから、ごめん。残ったのはアタシと、レイだけなんだ」


 レイというのは隣の女子生徒のことだろう。

 ふんわりとした金髪を持った子で、編み込んだ髪を右頬に垂らしている。

 けっこう小柄な方だろうか。


「あの、ね……今度の討伐作戦と例の勝負、やめようと思うんだ」


 隣に座っていたレイさんが虚を突かれた顔をする。

 今初めて聞いたらしい。


「バシュカータたちには、アタシからなかったことにしてもらえるよう頼んでみるつもり」


 アイラさんの目元で何かが光った。

 一度ぐっと何かをのみ込んでから彼女は続けた。


「なんだかなぁ……アタシさ、直情的なところがあって……時々、周りが見えなくなるっていうか……駄目なんだよね。頑張っても、空回ることが多くて」


 微かに嗚咽を混じえながらも、アイラさんは努めて明るいトーンを保とうとしていた。


「最初はみんなで力を合わせて巨人を倒そうって話だったのにね……アタシがややこしくしちゃったんだ。レイも、ごめんね」

「ボクは気にしてないよ。でも、バシュカータたちに頼んで勝負をなしにしてもらうのは、反対だな」

「俺も反対です」

「私もだ」


 レイさんに続いて出た俺とキュリエさんの言葉が、ほぼ同時に重なった。


「けど、相手はベオザとバシュカータ……しかも向こうは、最終的には人数を絞って小聖位上位で攻略班を再構成するみたい。トロイア公爵家からも聖剣や魔剣が貸し出されるっていうし……勝てるわけないよ。しかも……」


 申し訳なさそうに言ってアイラさんがますます肩を縮こませる。

 アイラさんの代わりとばかりにレイさんが言葉を継いだ。


「さっき廊下で言われたんだ。討伐作戦決行日はアタシたちの班に合わせて行うって。どうも自分たちとこっちの対決のことを、他の生徒たちにも大々的に広めているみたい」


 …………。

 完全にこっちの気持ちを折りに来てるな。


「なんか、ごめん……ごめん、ねっ……こんなことになっちゃって、アタシ……」


 おしとどめていた感情を抑えきれなくなったように、アイラさんの声がぐっと詰まる。


「あのぅ……その、何か問題あるんでしょうか?」

「え?」


 俺の言葉にアイラさんが顔を上げる。

 その目には涙が溜まっていた。

 レイさんも呆気に取られた顔でこっちを見ている。

 俺はキュリエさんに質問を投げた。


「キュリエさん、俺たちあいつらに負けると思います?」

「本音を言わせてもらうなら、人数が少ない方が守りに回る頻度が減って私は楽だが」


 アイラさんが目元を袖で拭ってから言った。


「あ、アンタたちは詳しくないから凄さがわからないのかもしれないけど、あ、相手はあのベオザ・ファロンテッサなのよ? しかもトロイア公爵家が支援につくみたいだし、小聖位の上位生徒の数だって多い……何より彼らの方が聖遺跡には精通してる。踏破階層関係でも向こうが有利だし、経験だって……」

「別に私は気にならんがな」


 こともなげにキュリエさんが言う。

 アイラさんが悲痛な面持ちで歯噛みする。


「き、気持ちは嬉しいわ。でも――」

「私が気になるのは、どちらかといえば巨人の方だ。フィブルク班なんてどうでもいい。いつでも蹴散らせる。が、その巨人とやらは未知数なんだろう?」

「え、ええ……」


 ぽかんとするアイラさん。

 その理由は、キュリエさんの言葉が強がりでもなんでもないことがわかったからだろう。


「ふむ、話によれば巨人の周囲にも複数の未知の魔物がいる、か……だとするともう少し人数が欲しいところではあるな。というわけで――おまえたちはどうだ?」

「ふふっ……参加が許されるのであれば、是非とも」


 キュリエさんの視線の先――ちょうどアイラさんとレイさんの背後に三人の生徒が立っていた。

 …………。

 さっきから視界には入っていた。


 俺の対面に座る二人が振り向く。

 先に口を開いたのはレイさんだった。


「せ、セシリー……アークライト?」

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