表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
68/284

第64話「大時計塔の地下祭壇」

 俺とクラリスさんが正門前で待っていると一台の馬車がやって来た。

 見覚えのある馬車が俺たちの前でとまる。

 馬車のドアが開いた。


「お待たせ」


 顔を出したマキナさんが風で散りそうになる髪をおさえながら言った。


「さ、乗って」


 馬車に乗り込み俺はクラリスさんと並んで座る。

 対面の席にはマキナさん。


 馬車が動き出す。


「いやぁ楽しみですねぇ。一体何が待っているんでしょうねぇ?」


 遠足に行く子供みたいにウキウキ状態のクラリスさん。

 ほんとに楽しみなんだなと苦笑しながら、俺はマキナさんに声をかけた。


「あの、マキナさん」

「ん?」

「キュリエさんの件、ありがとうございました」

「気にしないでちょうだい。私にだって得はあるのだし。彼女の力を借りられるのなら、あれくらいわけないわ」

「けどそのせいで仕事が増えて心身共に疲労が溜まっている……とか?」


 ジトリとした視線が飛んできた。


「ミアね?」

「あ、いや――」

「隠さなくてもいいわよ。そういうところにあの子、敏感だから」


 マキナさんが吐息を落とす。


「面倒なのは嫌いだけど、立場上やるべきことはやらないとね。面倒くさいで何もかも乗り切れるなら世の中、随分と楽なんでしょうけど」


 ふん、と皮肉げに鼻を鳴らすマキナさん。


「何か俺に手伝えることがあれば言ってくださいね?」

「そうね、じゃあ今度あなたに凝った身体をほぐしてもらおうかしら?」


 身体をほぐす?

 それってマッサージのことか?


「え、ええ……上手くできるかどうかわかりませんけど」

「よろしい」


 うーん。

 肩でも凝ってるのかな?


「それと……」


 切り出しづらそうな様子で、マキナさんがおずおずと上目遣いに俺を見る。


「この前の朝のことなのだけれど」

「この前の朝のこと?」


 あ。

 もしかして……禁呪王の夢(?)を見た日のことかな。


「あの時は俺も言葉足らずで、しかもすぐに家に入っちゃって……なんというか、すみませんでした」

「それは……別にいいのだけれど」


 ん?

 なんだか歯切れが悪い。


「いえ、やっぱりなんでもないわ……この話はまた今度にしましょう」


 そこでマキナさんは話を打ち切った。

 その件については今はもうおしまいだと彼女は態度で示していた。

 仕方ないので俺もこれ以上その話題には触れなかった。


 しばらくして馬車内の会話が途絶えた。

 とはいえ居心地の悪い空気ではない。

 一休みといった感じの空気である。

 クラリスさんはというと、おさげの先を弄りながら心躍る表情で窓の外を見ていた。


 さらにしばらくするとマキナさんが、ほわぁぁ、と可愛らしい欠伸を一つ漏らした。

 そして窓へ寄り掛かり外の景色をぼんやりと眺めはじめる。

 と、馬車が坂の終端に差し掛かった頃、マキナさんがすぅすぅと寝息をたてはじめた。


 やはり疲れているのだろう。

 俺は口元に手を当てクラリスさんに囁きかけた。


「起こすのもかわいそうです。到着まで静かにしてましょう」

「わかりました」


 こうして俺たちは座席越しに伝わる振動を感じながら、大時計塔への到着を黙って待つことにした。


          *


「地下祭壇、ですか」


 眼鏡をかけた中年の男がガシガシと頭をかきながら言った。


「ええ。ちょっと調べたいことがあって」


 王都中央近くに聳え立つ大時計塔。

 俺たちは今その中にいる。


 マキナさんは到着するなりパチッと目を覚まし馬車から降りると、先頭を切って時計塔の中へ入って行った。

 俺とクラリスさんも彼女に続き入口をくぐって中へ。

 時計塔は石造りで、足を踏み入れるなり独特の古めかしいにおいが鼻をついた。

 一階には事務所のようなスペースがあって、そこから中年の男が出てきてマキナさんに応対した。


 中年男が俺とクラリスさんを順番に眺める。

 と、クラリスさんでピタリと視線が止まった。


「ああ、なるほど。例の調べものが好きな……」


 マキナさんが腕組みして頷く。


「そういうこと」


 男はクラリスさんを知っているようだ。

 さらに、よほど彼女が印象に残っていたらしい。

 顔を見て要件をすぐに察するほどには。


「あの祭壇へ入るには聖王家の人間の許可が必要なんですがねぇ」

「あなたたちに迷惑はかからないようにするわ。どうしてもというなら後日にするけれど」

「ま……あなたなら問題ないか。ですが一応、書類は書いてもらいますよ?」

「わかったわ」


 マキナさんが振り向く。


「じゃあ、二人はそこで少し待っていてもらえる?」


 言われて俺とクラリスさんはその場に残った。

 マキナさんは男と事務所の中に入って行く。

 相変わらず彼女の認知度というか、その立場の強さには驚かされるばかりだ。


 ふと事務所の脇の階段が目に留まった。

 階段はこの時計塔の内部を取り囲むようにして上へとのびている。

 どうやら上に行くには階段を使うしかないようだ。

 時計のメンテナンスをする人は大変である。


 俺は頭上を振り仰いだ。

 時計塔の内部は吹き抜けになっていて上から重々しい金属音が響いてくる。

 妙な迫力があった。

 思わず感服の言葉が口から漏れる。


「すごいな……」

「興味、ありますか?」


 見ると、クラリスさんの口元がにんまりと弧を描いていた。

 あ。

 しまった。


「ふっふっふ、この大時計塔はなかなかに歴史ある建築物でしてねぇ?」

「ほ、ほらマキナさんもすぐ戻ってくるだろうし!」

「学園長は何やら談笑中のご様子ですが?」

「ま、マキナさーん!」


 しかし助けを求める叫びは届かず、俺の目にはただ事務所内の男たちに囲まれ会話をするマキナさんの姿がガラス越しに飛び込んでくるだけであった。

 なんか飲み物とかお菓子を次々に勧められている。

 ていうかなんなんですか、その人気ぶりは!?


「さあ! この大時計塔の歴史を、時間の許す限りこのわたしが教えて差し上げまっしょう! そもそもこの大時計塔はですね、前聖王様が――」


 結局マキナさんが戻ってくるまで、俺はクラリスさんから大時計塔の歴史と構造について講釈を受けたのだった……。


          *


「ここが地下祭壇か」


 クラリス女史の説明を受けて大時計塔博士と化した俺は、髭もないのに顎を撫でながら部屋の中を見回した。


 事務所から戻ってきたマキナさんに先導され、俺たちは大時計塔の一階の隅にある階段を降り、そこから通路を真っ直ぐ進んだ。

 祭壇はその通路の先、開け放たれた石の扉の先にあった。


 今、俺たちは祭壇部屋の中だ。

 部屋を囲む石壁は薄っすらと発光している。

 雰囲気は聖遺跡内に似ているだろうか。

 というか、この王都の地下に聖遺跡が広がっていることを考えれば、ここは聖遺跡内の一室とも考えられるのか。


「あそこね」

「ええ」


 マキナさんとクラリスさんが視線を向けた先。

 奥に設えられた祭壇の、その後ろ。

 クラリスさんの言葉通り、確かに盾のような紋章の描かれた古めかしい扉がある。


 そもそもこの祭壇、なんのために作られたものか未だ判然としていないらしい。

 大時計塔の建設中に見つかったものなのだとクラリスさんは話していたが……。


「一応聖神ルノウスレッドを祀っていた祭壇とされているんでしたっけ?」


 さっきクラリスさんから教えられた内容をマキナさんにも投げてみる。


「ええ。だから無下にもできないと聖王家の管理となっているのだけど……あくまで形式的なものよ。聖樹教団への体面もあるし。多分、聖王家でこの祭壇の秘密に興味がある者なんて一人もいないと思うわ」


 言いながら、マキナさんは俺が渡しておいた聖魔剣を手に奥の扉へ歩いて行く。

 クラリスさんがおさげを揺らしながらノリノリでその後を追う。

 俺も彼女に続いた。


 マキナさんが扉の鍵穴を凝視しながら口元に手をやる。


「大きさは合っているように見えるわね……」


 手に握り込んでいる聖魔剣を俺に提示するマキナさん。


「これ、確か聖遺跡の五階層で手に入れたんだったわね?」

「ええ」


 やや特殊な状況ではありましたけど。

 再びマキナさんが鍵穴へと向き直る。


「そうね……とにかく試してみるとしましょうか」


 と、聖魔剣に埋め込まれたクリスタルと術式が薄緑色の光を放ちはじめる。

 マキナさんが聖素を流し込んでいるのだ。

 そして聖魔剣が鍵穴に差し込まれ、ぐいっと回された。


 すると、


 扉に術式が浮かび上がった。


 術式が発光する。

 俺は眩しさに手をかざした。


「あ、扉が……」


 ゆっくりと扉が開いていく。

 そして扉が開き切ると術式の発光はおさまった。


「ほ、本当に開いた……開かずの扉が……」


 唖然とするクラリスさん。


「驚いたわね。本当にここの鍵だったなんて――え?」


 マキナさんの視線の先。

 見ると、彼女の手元の聖魔剣が灰色に変色していた。

 さらに――ぼろり、と。

 聖魔剣が土塊のようになって崩れ落ちる。

 まるで役目を終えたとでもいうかのように。

 足元の聖魔剣だったものを見下ろすマキナさん。


「そう、一度きりってわけね」

「そんなことより、あれを見てください!」


 クラリスさんが扉の先を指差した。

 そこにはもう一つ祭壇があった。

 また、部屋の内部はこちら側とは一変し、赤黒く禍々しい色合いをしていた。


「…………」


 あ。

 そうか。

 どこかで見たことがあると思ったら……あのブルーゴブリンたちがひしめいていた部屋に似ているんだ。


「何か危険があるかもしれないから、私が先に行きます」


 マキナさんが先んじて足を踏み出す。

 俺もいざとなったらすぐ禁呪を発動できるよう気を張りながら部屋の中へ足を踏み入れる。


 部屋の広さ自体は小さなものだった。

 多分六畳くらいしかない。

 天井も高くない。

 彫刻が施された物々しい柱やら女神を象ったと思われる石像のあった向こうの部屋と違って、こっちはボロボロになった祭壇が一つあるだけだ。


 俺たちはその祭壇の前に横一列に並んだ。

 と、いち早く中心のポジションを取ったクラリスさんが祭壇の観察をはじめる。


「ほっほぅ、これはまたいい感じですねぇ」


 よく見ると祭壇には悪魔めいた生き物を連想させる彫刻が施されていた。

 また、祭壇の上には横長の、これまた石でできていると思しき箱が鎮座している。


「棺……にしては、小さいけれど」


 危険はなさそうだと判断したのだろう、周囲に気を払っていたマキナさんがようやく口を開いた。

 俺も横長の箱を改めて観察する。

 言われてみれば棺に見えなくもない。


 ふむ。

 鍵穴らしきものは見当たらないな。

 開けようと思えば、このまま開けられるのだろうか?


「これ、開けてみていいですか? いいですよね? ね?」


 クラリスさんが許可を求めた。

 顔が『わたしに開けさせろ』と主張している。


「何か罠が仕掛けられているかもしれないわ。ここは一旦――」

「とう! 死なばもろともぉ!」


 マキナさんが話している途中であるにもかかわらず、なんと、クラリスさんが勢いよく棺の蓋を持ち上げた。


「ちょっ――」


 呆気にとられながら一歩後退するマキナさん。

 一方、クラリスさんの視線は棺の中へと縫いつけられている。


「ど、どうしたの? 中に……何があったの?」


 マキナさんも彼女の様子が気になったらしく、一歩前に出ると、首を伸ばして覗き込んだ。

 と、


「な、何にも入っていません……っ」


 クラリスさんが震え声で言った。


「か、空です……が……がが……がががが……っ」


 よほどショックだったらしくクラリスさんは白目を剥いていた。

 見た目は可愛らしい人なのに……非常に残念な光景であった。

 俺もクラリスさんとは別の意味で肩を落としつつ、棺の中を覗き込む。


「あれ?」


 そこで俺はあることに気づいた。

 裏蓋から剥がれ落ちたと思われる粉に埋もれているせいで、一見すると空っぽに見えるが、何か下に――


「待って」


 どうやらマキナさんも気づいたようだ。

 彼女がそっと棺の中に手を入れる。

 そして何かをつまみ上げた。

 サラサラと被っていた粉が下に落ちる。

 そこでマキナさんが、あっ、と声を漏らした。

 しばし考え込んだ後、彼女はそのつまみ上げたものを俺へ差し出してきた。

 え? と俺は自分を指差す。

 こくり、とマキナさんが頷く。

 俺はそれをこわごわと手に取り確認する。

 え、ええっと……なんだ?


「『我、禁呪ヲ発ス――」


 …………。

 え?

 これって――

 次回は幕間になります。

 幕間3「魔王」は明日(28日)、推敲が終わり次第投稿する予定です(時間は、おそらく前話と同じくらいの投稿時間になるかと思います……)。


 いつも読んでくださりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ