第62話「二つの攻略班」
寝巻きに着替えリビング(というよりはリビングダイニングか)に戻ると、キュリエさんが椅子に座って待っていた。
「お待たせしました」
「ん、さっきはすまなかったな」
俺も椅子に座る。
「こっちこそ、なんかすみませんでした」
むしろさっきのことはキュリエさんが嫌な思いをしたんじゃないかと心配だった。
そのまあ……彼女は『見てしまった』わけだし。
「この学園における私の処遇が決まったから伝えておこうと思ってな。おまえに聞きたいこともあったし。ただ……疲れているなら後日にするぞ?」
「問題ないです。ここ最近の体力上昇ぶりはキュリエさんがよく知ってるでしょう?」
「ならいいんだが」
「何か飲みます?」
確かミアさんからもらったお茶とカップがあったはずだ。
「いや、大丈夫だ」
「そうですか」
立ち上がりかけた俺は再び腰をおろした。
「それで……どうなりました? 実は俺もキュリエさんのことが気になっていまして」
「とりあえず学園には残れそうだよ」
「そうですか! はー、よかった〜」
心から安堵する。
ここでキュリエさんとお別れはさすがに寂しすぎる。
「学園長のおかげだな。第6院の人間を学園が受け入れることに関して聖王家にもかけあってくれたらしいし」
説明によると、キュリエ・ヴェルステインは『第6院と敵対する第6院出身者』という設定になったようだ。
敵対とは穏やかではないが、逆にそれくらい立場を明確にしておかないと納得が得られなかったのだろう。
この話の最後に、元々6院の連中とは仲がいいってわけでもないしな、とキュリエさんは平然とつけ加えた。
そしてキュリエさんは、
『学生に扮し何かよからぬことを企んでいる第6院出身者を捕まえるため、マキナさんが周囲に秘密で学園に招聘した人物』
という扱いになったらしい。
これは『勝手に紛れ込んだ』のではなく『マキナさんが呼び寄せた』という嘘の部分が肝だといえるだろう。
そのつけ加えられた嘘の部分がキュリエさんの身分を担保することになる。
対象を『こちら側がコントロールし切れているかどうか』で人が抱く安心感には大きな差が生じる。
まあ単純に言えば、キュリエ・ヴェルステインは学園長がしっかり管理してるんで問題ないっすってことだ。
ちなみに周囲に秘密で招聘した理由は、第6院の出身者だと入学当時からバラせば無用な混乱を引き起こすと判断したから。
そしてすでに第6院の『仲間』でないことはヒビガミとの一戦を見れば一目瞭然、というわけである。
すべて嘘で塗り固めてしまうと逆にボロが出やすくなるとの判断か。
聖王家への説明は嘘と真実を上手いこと混ぜ込んだといえる。
また、話を聞く限りキュリエさんは学園に来た理由について腹を割ってマキナさんに真実を語ったようだ。
そのおかげかマキナさんもノイズ・ディースなる人物を探すのに裏で動いてくれることになったらしい。
「あの戦いの最中、ヒビガミが第6院の人間を追ってきたがそれが私だとは思わなかったみたいなことを言ってただろ?」
「言ってましたね」
「あれが他の第6院出身者が学園に潜んでいるって話に信憑性を持たせる材料にもなった。あの場で会話を聞いていた者もそれなりにいたはずだから、証人も問題ない」
「隠すどころかむしろ周知させてしまえばそのノイズって人も迂闊な行動ができない……そういう狙いもあるんですかね?」
「学園長としても危険なやつが学園に紛れ込んでるなら是非とも掴まえてほしいと言っていたしな。どうせあいつにこっちの動きは把握されてるだろうが、私が動きやすくなったのは事実だ」
その他細々とした点についてはマキナさんがいいように取り計らってくれる模様である。
ちなみにキュリエさんとの別れ際、マキナさんは疲労困憊の表情で、
『ま、あとは私に任せておきなさい。こう見えても権謀術数には長けているつもりだから……ふふ……また仕事が増えたけど……ふふ、うふふふふふふ……………………大丈夫、ちゃんとやります』
と口にしていたとか。
…………。
うーむ。
ミアさんに送るプレゼントだけじゃなく、マキナさんにも何か感謝の品を用意すべきか。
そうして一通り説明を終えたキュリエさんは、フン、と一つ鼻を鳴らした。
「そんなわけで私はもう少しここにいられるようだ。ヒビガミを追い払った功績も加味されたと聞いている。本当は、おまえの手柄なんだがな」
「あれは俺だけの手柄じゃないですよ」
「仮にそうだとしても、おまえが学園長と親しくなかったら話はこんな風に進んでないだろう。だからここに残れるのは、おまえのおかげみたいなものさ」
そこでふと思った。
キュリエさんと出会えたのはそのノイズなる人物がこの学園にいるからなのだと。
複雑な気分だ。
問題の種とも思える人物がこの学園にいるおかげで、俺はキュリエさんと出会うことができたのだから。
それにしても……ノイズ・ディースって何者なんだろう?
確か第6院では『無形遊戯』と呼ばれてたんだっけ。
形の無い遊戯――か。
「ま、今までと私の立ち位置は変わらんだろうがな。それに元々……人と深くつき合える性分じゃないんだよ」
「つまり今まで通りってことですか?」
「ああ。今後、あえてさっきのような説明を組の生徒たちにすることもないだろう。むしろこっちから変に情報を出せばいらん勘繰りを受けるだろうし」
「ですね」
「何より学園長によればこの国じゃ聖王家のお墨つきってのは相当な効果があるらしいからな」
キュリエさんはちょっと嬉しそうに口の端を緩めた。
「それでも追求してくるような面倒なやつがいたら、その時は学園長室へ連れてこいってさ。説き伏せてやるからって」
「はは……あの人らしいな」
「しかし本当に何者なんだろな、あの学園長? 話のわかる人だし、もちろん感謝はしてるんだが」
「俺も彼女については詳しくは知らないんですよね」
年齢すら不詳だし。
「王族と血が繋がっているって話をどこかで小耳に挟んだ気もするんだが……それと一部の聖樹騎士団員にとっては彼女は特別な存在だって話も聞いたな。詳細は知らないが、母親に関連した理由らしい」
昨日俺とキュリエさんを連れていこうとした聖樹八剣の人も、マキナさんが頼んだら『あなたにそう言われてはねぇ』とあっさり引き下がったっけ。
うーむ。
マキナさんは未だに謎の部分も多い。
ただ、彼女に相当世話になってるのは事実だ。
悪い人じゃないし。
こっちから無闇に詮索はしないでおこう。
「それより……おまえの方はどうだった?」
「俺の方ですか?」
「行ったんだろ? セシリーのところ」
あれ?
「アークライト家の屋敷に行くって話、俺しましたっけ?」
「おまえの行動くらい想像つく」
おぉ……行動まで見透かされているとは。
それはともかく、
「近いうちに学園には復帰するようですよ。一応ショックからも立ち直ってくれたみたいですし」
「……そうか」
あまり表情に変化は見られなかったが、その声には安堵の響きが込められていた。
「あいつ、私が思ってるより強いやつだったんだな。少し見くびっていたよ。あの様子だともう少し時間が必要かとも思ったんだが……あいつに会ったら謝らないといけないな」
「ん……それはどうですかね」
そこでキュリエさんは何か察したらしい。
「そうか。なるほど、おまえが立ち直らせたわけか」
「俺が立ち直らせたかどうかは、微妙なとこですけどね」
実際、微妙なところだろう。
今夜セシリーさんとの間に起きたあれこれを説明するつもりはないが、仮に説明しろと言われてもどう説明したものか迷ってしまう。
きっかけにはなったのかもしれないけど……やっぱり微妙なところだよなぁ。
「とにかくあいつが自暴自棄にならなくてよかったよ。私としては少し危ういと思っていてな……実は明日あたり、私もセシリーの屋敷を訪ねてみるつもりだったんだ」
「あ、そうだったんですか」
うーむ。
キュリエさんだと意外と強引に部屋に入っていきそうだけど……その場合はどうだったんだろう?
案外俺よりもこじれずにセシリーさんを立ち直らせることができたのかもしれないな。
「ま、あいつも来たのがおまえでよかっただろ」
「そうですかね?」
「本人が口でどう言うかわからんが、気持ち的に一番来てほしかったのはおまえだろうから」
だったら、いいけどなぁ。
なんにせよ、セシリーさんが元気になってくれたこと自体は喜ぶべきことだろう。
…………。
思い返してみると、別の問題が生まれた気がしないでもないが。
「ああ、それからこれ」
と、キュリエさんがテーブルの上に一本の短剣を置いた。
「あ」
例のがっかり聖魔剣だった。
「これも渡しておこうと思ってな」
そうだ!
剣で思い出した。
俺はキュリエさんに晶刃剣――もとい施晶剣のことを話した。
ついでに例のマグマ巨人討伐作戦のことも。
話を聞き終えるとキュリエさんは、
「わかった。別に異議はない。施晶剣も明日持っていくよ。あと、可能なら私も参加しよう。ま、私が参加することを嫌がる生徒がいなければの話だが――ん? どうした?」
「いえ……いやにあっさりだったもので」
「未知の魔物なんだろ? おまえに危険が及ぶかもしれないし。だったら私も行くべきだろう。下手に死なれて三年以上寝込まれようものなら、私もおまえもヒビガミに殺されるぞ?」
「それは冗談で済みそうにないですね……」
聖素を扱えない俺の場合、普通にそのまま永眠しそうなんですけどね。
でもこれはキュリエさんには言わないでおこう。
余計な心配をかけそうだ。
というわけで。
パートナーから俺の作戦参加の許可が下り、さらにはそのパートナーが作戦参加に前向きであることがわかった。
明日アイラさんに報告しよう。
キュリエさんが帰る前、少しだけ二人で雑談をした。
その中で彼女は、
「ただなぁ……聖王家からお墨つきをもらったのはいいんだが、なんか私もそのうち聖王家の人間に顔見せしないといけないみたいなんだよなぁ。しかもドレスとか着させられるらしいぞ? 似合うとは思えん……正直、怖い」
などとぼやいていた。
*
翌日の朝。
登校途中、俺はキュリエさんから施晶剣を受け取った。
今日の朝はミアさんから見送りを受けた。
朝食の間、ミアさんは昨日のことを話してくれた。
…………。
とりあえずわかったのは、現在マキナさんのストレスがマッハだということである。
近いうちに我が家へ彼女の襲撃があるかもしれない。
そしてセシリーさんは今日も欠席だった。
登時報告で彼女の登校は明日になると伝えられた(もうセットみたいなものと考えるべきなのだろう、ジークとヒルギスさんも同じく明日の登校とのこと)。
で、欠席の理由は『目の下の隈が消えないから』。
最初クラスメイト達はぽかんとしていた。
そして何かただならぬ事情が他にあるはずだと囁き合った。
あのセシリー・アークライトが『目の下の隈が消えない』なんて理由で欠席するなど、にわかには信じがたいのだろう。
…………。
多分、本当にそうなんだろうなぁ。
もう驚かない。
今の俺は普通にありえると思ってしまっている。
にこやかな顔でさらっと『まだ隈が消えないので今日は休みます』とジークたちに伝えるセシリーさんの姿が目に浮かぶようだ。
もちろんその後に顔を見合わせるジークとヒルギスさんの姿も。
*
いつも通りの教養と戦闘の授業を終え、昼休みに入った。
俺とキュリエさんは食堂でアイラさんと同じテーブルを囲んでいた。
ちなみにアイラさんに渡す予定だった施晶剣はすでに朝の時点で渡してある。
「いや~、あなたが参加してくれるなんて心強いわっ。あ、ありがとねっ」
汗をかきかき、笑顔ながらも恐縮するアイラさん。
どうも彼女はキュリエさんに気おくれしているようだった。
呼び方も『アンタ』ではなく『あなた』になっている。
「私はかまわないが……そっちはいいのか? これでも私は第6院出身者を名乗っている身だ。先日の事件のことも知っているんだろう?」
「そんなのかまわないわ。というかそれ気にしてる生徒なんてほとんどいないみたいよ? むしろあなたに憧れを抱いてる生徒の方が多いみたい。うちの攻略班でもあなたの参加に異論のあるやつなんていないはず」
なんでもあのヒビガミ事件で披露したキュリエさんの純白乙女な騎士姿が一部で大好評だったらしい。
あの姿を絵に起こして金とって売ってるやつもいるとか。
まあ……脳裏に焼きつくほどの神々しい美しさだったのは認めざるをえない。
何よりまずキュリエさん自身が美人だし。
しかし肖像権的なものがこの国に存在するとも思えないが、パートナーである俺にも一枚くらい寄贈があってもいいのではあるまいか。
どうなってるんだこの聖樹の国は。
「だからアタシとしては大歓迎。模擬試合の時の殺気からしても、実力には期待してよさそうだしね?」
さらっと言ったけど、あの殺気を感じた程度で実力が測れるあたりアイラさんもすごいわけであって。
と、アイラさんが急に面を伏せた。
やや憂鬱そうな面持ちだ。
「ただね……今日になってちょっと雲行きが怪しくなってきちゃって」
「何かあったんですか?」
アイラさんは大きくため息をついた。
「実は今日、承諾を得ていた参加メンバーがけっこう引き抜かれちゃってね。これから声をかけようとしてた生徒も、何人か」
「引き抜かれた?」
「うん……引き抜いた側は参加者に報酬を出すって言って勧誘してるみたいなの。すぐにアタシたちも報酬を出す方向に切り替えようとしたんだけど、向こうの方が資金力が上で……」
そういえば授業の移動時間や戦闘授業の最中、廊下などで人の行き来がやたらと目についた気がする。
つまりあれって生徒の勧誘のために動き回ってたってことか?
「なんですかそれ……まるでこっちに対抗心を持ってるみたいな」
マグマ巨人討伐作戦は元々、九階層で皆が足止めを喰らっているから皆で倒そうという趣旨だったはず。
おそらく昨日あの後、アイラさんたちはめぼしい生徒に声をかけて回ったのだろう。
で、そこそこのメンバーが昨日の時点で集まった。
しかし今日になって別のマグマ巨人攻略班が現れ、鞍替えする生徒が何人も出た、って感じか。
わからないな。
まずは皆で協力して共通の問題に立ち向かおうって話だったのに、どうして競争みたいなことになってるんだ?
「実はね――」
「よ〜、アイラぁ!」
と、そこに現れたのは――麻呂だった。
後ろにも何人か生徒が立っている。
アイラさんが、きっ、と麻呂を睨んだ。
「フィブルク……アンタどういうつもりなの? アタシたちが集めたメンバーを狙い撃つように引き抜いて」
「引き抜いたぁ? そいつは人聞きが悪ぃなぁ。引き抜いたんじゃなくて、真実に目覚めさせてやったんだよ!」
「は、はぁっ!?」
ご機嫌な麻呂が両手を広げ笑い声を上げる。
「おいおいここは聖ルノウスレッド学園だぜ!? みんなで小聖位の順位を競う場所だ! それがなんで仲良くお手手を繋いでみんなでゴールしなくちゃなんねぇんだよ!? この学園において競争は奨励されてしかるべき! 違うか!?」
しかし口元を厳しく引き結ぶアイラさんが睨めつけたのは、麻呂の後ろに控えている男子生徒だった。
「今のはあなたの入れ知恵でしょ……ベオザ・ファロンテッサ」
「さすがはアイラ嬢、炯眼です」
ベオザと呼ばれた生徒は制服の上に黒いローブを纏っていた。
やや面長ではあるが、その引き締まった顔立ちは男性的な魅力に満ちている。
目はややタレ目気味で、しかしそれが彼に一種の色香を与えていた。
後ろに撫でつけられた黒髪。
細身のフレームの眼鏡。
いかにも色男といった風情である。
話し方はちょっとナルシスティックな感じだ。
「しかしフィブルクのようなおバカさんにはこの僕のような男が必要なのですよ……わかってください! アイラ嬢!」
「……納得できるわけ、ないでしょ」
「フィブルクがおバカさんという部分にですか?」
「そっちには全面的に同意するわよ! そうじゃなくて、あなたたちのやり方によ!」
ベオザが悲哀を表情に浮かべた。
「なんと! まさかこの僕がアイラ嬢を悲しませてしまうとは……すみません! ですが仕方ないのです! これは僕の宿命……ああ、宿命なのです! 宿命!」
両手を広げて天を仰ぐベオザ。
俺とキュリエさんはとっても微妙な表情でこの光景を見ていた。
おそらく俺とキュリエさんが抱いた感想は似たようなものだったはず。
――なんだこいつ。
「くっ、フィブルク!」
暖簾に腕押しといった感覚だったのだろう、アイラさんの矛先が麻呂へと向いた。
「おれはバカじゃねぇ!」
「それはどうでもいいわよ! なんでこんなことするのかって聞いてんの!」
ばんっ、とアイラさんがテーブルを叩いて立ち上がった。
「競争がしたいなら好きにすればいい! あの巨人はみんなで協力して倒した方がいいと思うけど、アンタたちが別に班を組んで倒したいってんなら止めるつもりはないわ! でもね、なんでわざわざアタシたちが集めたメンバーを引き抜こうとするわけ!?」
そこでようやく麻呂も落ち着きを取り戻したらしい。
再びにやつきはじめる。
「はっ、さっき言っただろうが! この学園は競争で成り立ってんだよ! だったら獲得競争があってもおかしくねぇだろ!?」
「だからってこんなあてつけみたいなやり方ないでしょ!?」
「うるせぇ! おまえが悪いんだろうが!」
「アタシが何したっていうのよ!? アタシはただ九階層に現れた巨人をみんなで倒そうって提案して人を集めてただけでしょ!? それのどこが悪いのよ!?」
「……っ、それは――」
麻呂が目の端で俺を見る。
そこで一旦、麻呂は言葉を切って言い直した。
「とにかくその巨人はおれの『フィブルク班』がぶったおす……おまえらより先にな。見せてやるよ、総合力の差ってやつを」
そういやどうして麻呂のことを麻呂と呼ぶようになったんだっけと深い思考に潜っていた俺に、麻呂がにやけた顔を向けた。
あ、思い出した。
フィブルク・マローだから『麻呂』だったんだっけ。
「聞いてんのかてめぇ!」
「お、おう……なんつーか、た、互いにがんばろうぜ」
「あぁ!?」
…………。
あれぇ?
前よりも麻呂が小さく見えるというか……子犬がキャンキャン吠えている感じ?
なんだろう。
ヒビガミと戦ってから俺、危機感みたいのが麻痺してるのかなぁ……。
「要は嫉妬か」
そうぽつりと口にしたのはキュリエさんだった。
「あぁ?」
麻呂が青筋を立ててキュリエさんを睨みつける。
「あ〜、いたなぁてめぇも……けっ、今は禁呪使いに女の武器ですり寄って聖遺跡攻略してますってか? はっ、よかったなぁ? そこそこ見れる顔に生んでもらえてよ!」
「フィブルク」
刺すような声で制止するように呼びかけたのは――ベオザだった。
「な、なんだよ……」
「君はもう少し賢くなるべきですね」
くいっ、とベオザが眼鏡の蔓を上げる。
「今回の誘いは弟のように思っている君たっての頼みということで引き受けましたが……君は敵を作ることよりも、味方を増やすことを覚えるべきです。何より――女性への暴言は感心しません」
「う、うるせぇ!」
「そうだぜ、ベオザ」
さらに後ろから体格のがっしりした男がのそっと現れた。
「バシュカータ!」
助け舟がきたとばかりに喜色を浮かべる麻呂。
こちらはベオザとは対照的に粗野で荒々しい雰囲気を持つ男子生徒だった。
「なぁ〜んかイラつくじゃねぇか、こいつら。何より上級生であるおれたちへの敬意が見えん」
バシュカータと呼ばれた生徒がキュリエさんを見下ろす。
「さ、敬うべき先輩に挨拶しろよ。ミメウルワシイお嬢ちゃん?」
「バシュカータ」
またもや咎めるようにベオザが声をかけた。
「んだよベオザぁ? いくらおまえが小聖位一位だからってよぉ、おれだって六位なんだぜ? 大して変わらんだろうが」
ん?
一位?
「その感じだと知らなかったみたいね」
俺の表情の変化に気づいたのだろう。
アイラさんが目の前の光景を不本意そうに見やりつつ、口を開いた。
「ベオザ・ファロンテッサ。彼は小聖位第一位であり、この学園で最強の術式使いなの」