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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第57話「赤と黒の世界」

 禁呪王?


「…………」


 禁呪王だって?


「まあそう驚くなヨ。我について語られている『神話』は一応聞いたんだロ?」

「は、はぁ」

「くくク、なんだよその気の抜けた声ハ?」


 夢、なんだろうか?

 ただ……あの『感覚』のことも含め俺の身体にはもう変なところがあるわけで、何が起こっても不思議ではないというある種の諦めはついている。

 つまりこれって精神世界的な場所に魂とか意識だけ呼び出されたとか、そんな感じか?


「えーっと……はじめまして、禁呪王」


 相手がそう名乗っているから、とりあえず禁呪王と呼ぶことにしよう。

 ここで本物か偽ものかを問うてもあまり意味はないだろう。

 ただ……もし相手があの『感覚』の主だとするなら気を許すわけにはいかない。


「――で、疲れ果てて眠りに就いた俺をあんたがここに呼び出したと解釈していいのか?」


 満足げに禁呪が笑った。


「驚いたナ。理解が早くてけっこう。まア、似たようなもんダ」


 物々しい雰囲気での会話となるかと思ったが、禁呪王、今のところ意外とフランクである。


「さテ、相楽黒彦」

「なんだ?」

「どうダ、この世界ハ?」


 ん?

 今の言い方……。


「あんたか?」

「ン?」

「この世界に俺を飛ばしたのは、あんたなのか?」

「あア、そう受け取ったカ。違ウ。そうだナ……我は言うなれば『観客』といったところカ」

「観客?」

「おまえが今いる場所は――」


 ズドンッ。

 一本の長い槍が降ってきて、俺と棺の間の地面に突き刺さった。


「ははハ、禁止事項ってやつに抵触したらしイ……仕方なイ、言いなおすとするカ。ここはおまえの言ったように精神世界みたいなもノ――もしくは夢の中だと思ってくれていイ。場所なんてどうでもいいサ」

「なぜ俺を呼び出したんだ?」

「我がおまえを呼び出した理由ハ、単に話してみたかったからだヨ」


 俺は眉をしかめた。


「俺と話してどうする?」

「興味があったからサ。同じ力を使う者としてナ」

「同じ力……つまり禁呪か?」

「……似たようなものダ」


 禁呪王は誰かの様子を窺っている感じだった。

 今のも『禁止事項』とやらに触れる会話ってことなんだろう。


「それにしても相楽黒彦、随分とこっちの世界に馴染んでいるようじゃないカ」

「まあそれなりに楽しくはやってるかもしれない」

「くくク……今は世界に対して興味いっぱいだものなァ?」

「…………」

「ようやく『やりたいこと』が見つかったようデ、けっこうなことじゃないカ」


 こいつ。

 どこまで知ってるんだ?

 興味……『今』は世界に対して興味いっぱい。

 ――『今』は?

 つまりこいつ、俺の過去を知っている?


「最初は『戻りすぎた』反動で感情が上手くコントロールできなかったようだガ……どうダ? そろそろ落ち着いてきたカ?」


『大分落ち着いてきた感じがするわ』


 俺はいつかマキナさんが口にした言葉をふと思い出す。

 戻り過ぎた反動……つまりはそれって――。

 思案しながら視線を上げると、禁呪王が赤い目をすぅっと細めた。


「それかラ――」


 と、空から何かがゆっくりと降りてくる。

 巨大な石。

 何も特徴がないただの石。

 石は俺と禁呪王の前で停止すると、その場でフワフワと浮かびはじめた。


 なんの面白みもない――イシ。


「『それ』を大分取り除いてもらったおかげで色々『りふれっしゅ』できたようだナ。マ、それでも必要だと判断されたのか『一部』は残ったみたいだガ」

「…………」

「くくク、理解が早いのは助かル。そうダ。それはおそらく『前の世界』にいた相楽黒彦の一部。腐っていた頃の『相楽黒彦』の一部なのだろウ」


 腐っていた頃。

 つまり――意欲を喪失していた頃。

 何にも興味が持てなくなっていた頃。


「せっかく新たな世界に来ても意欲も興味もないではつまらんだろうからナ。とはいエ、何よりもまず我と同ジ――」


 ズンッと棺が揺れた。


「お、おい……」


 一本の黒い槍が、棺を貫いていた。


「くくク……話すぎだとサ」


 どうやら無事のようだ。

 禁呪王はくつくつと笑う。


「どうも我は昔から勘がよすぎてナ。いつもいらん場所をつついてしまうのサ。藪蛇というやつだヨ。勘がよすぎるのも考えものだゼ。おまえの世界じゃ『どんかんくそやろう』が評判いいんだロ? わからんでもなイ」


 …………。

 いや、それはなんか違うと思うけど。


「まア、我から伝えたいのハ、要するに何も気にせずこっちの世界で好きに生きろってことダ」


 え?


「好きに……生きろ?」

「そうダ。好きにやレ、相楽黒彦。我はおまえの側についてやル。嫌いじゃないんでナ、おまえのような向こう見ずなやつハ」


 未だ警戒を解かない俺を見ながら、禁呪王は続ける。


「とはいっても今の我はただここで狂うのを待つだけの囚人に過ぎんがナ。せいぜいこうして監視されながら会話するくらいしかできン」

「あの、禁呪王」

「ン?」


 ――そもそも禁呪って、なんなんだ?


 言いかけて……やめた。

 さっき禁呪の話題に触れかけて槍が放たれたことを考えればこれも禁止事項である可能性が高い。

 禁呪のことに限らず、あの『感覚』の正体やなぜ『俺』だったのかなど、聞きたいことは山ほどある。

 何せ目の前の人物はあの禁呪王を名乗っているのだ。

 しかもどうやら他にも何か色々と知っている節がある。


 が、会話が監視され抑止力が働くのでは核心を突く質問は難しそうである。

 …………。

 槍で貫かれる禁呪王がなんとなくかわいそうだからというのも、あるにはあるけど。

 なんでだろう。

 こいつにはどこか、憎めないところがある……。


「くくク……いいのカ?」

「ああ、今はやめとく」

「そうカ。まま詳しいことは話せんガ――」


 間をおいてから禁呪王が言った。


「我のようにはなってくれるなヨ、相楽黒彦?」


 何が言いたいのかはわかった。

 禁呪王は多分あの『感覚』にのまれるなと言っているのだろう。


「ともかくそれを自分の口から伝えたくてナ。先輩からの助言ってやつダ。マ、どうやら今は使いこなしているようだから安心し――」


 さらに一本、槍が棺を貫く。


「くくク……あの女神様にも困ったものダ……おまえの元いた世界だとなんだっカ? あア、あれダ。確か『やんでれ』――」


 グサグサグサグサグサッ。

 槍が一気に数本まとめて、突き刺さった。


「ぐッ……あの女メ!」

「わ、わかった! もういい! あんたの伝えたいことはなんとなくわかったから! おい、誰だか知らんが聞こえてるんだろ!?」


 俺は槍を操っていると思しき誰かに向かって叫んだ。


「もうやめてやれ! 俺は馬鹿だから実はこの禁呪王の言ってることはほとんどわかってない! だから――って、おわっ!?」


 俺の足元にも一本、ぐさりと槍が突き刺さる。

 で――禁呪王は大笑いであった。


「ク……くははははははッ! さすがに無理があるだろ今のハ! しかしこんなところで我を気遣うカ、相楽黒彦。なるほド、これは確かに馬鹿なのかもしれン」

「ひどい!」

「ふフ……感謝はするサ。それに完全に狂うのを待つ間、楽しみが少しできタ。おまえは見ていて面白イ。くくク……我とは違う道を辿ることヲ祈っているゾ、相楽黒彦。ああそれとだナ、今はまだ禁呪が一つだからどうにカ――」


 そこで、ズドンッ、と。

 真っ赤な空に出現した巨大な黒い手で棺が潰されたところで――俺の意識は途切れた。


          *


 目を覚ます。

 まず視界に飛び込んできたのは自室の天井。


「あれはさすがに……夢で片づけるわけにはいかないよな」


 夢っていうのは記憶の整理と願望成就だって聞いたことがある。

 が、俺にはあんな記憶はないはずだし、あんな願望もない。


「…………」


 どれくらい寝ていたんだろう?

 時計を見ると午前五時ちょっと前。

 寝すぎである。

 昨日の夕方前くらいに寝たとして……どんだけ疲れてたんだよ、俺。

 が、疲れは残っていなかった。


 さて。

 あの赤と黒の空間で起こったことをどう考えるべきだろう?

 まあ神話と繋げて普通に考えるなら、あそこは禁呪王が封じられたっていう『地の獄界』って結論になるよな……。

 で、あの見覚えある黒い鎖や槍のことを考えると……つまり禁呪の次元の断裂はあの地の獄界に繋がっている?

 となると、禁呪は地の獄界から『力』を呼び出す呪文ってことでいいのか?


 ふむ。

 言葉で得られずとも得られる情報はあったか。

 それと最後の禁呪王のあれは……覚悟した上での発言だろうな。

 あの世界に死の概念があるのかは知らないが、死んでないといいけど……。


 禁呪王が伝えたかったのは、おそらく禁呪を覚えれば覚えるほどあの『感覚』の力が増すってことだろう。

 なんとなくそんな気はしていたが……やはり経験者の言葉はずっしりと重い。


「…………」


 あの空間でのことはまた今度じっくりと考えてみるとするか。

 地の獄界のことも時間があればクラリスさんあたりに聞いてみよう。


 窓を見る。

 外は薄っすらと白んでいた。

 鳥の鳴き声が聞こえる。


 俺はベッドから出ると、着替えを持って一階に降りた。

 とりあえず風呂の準備をしよう。

 と、リビングに品のよさそげな白いワンピースを来た少女がいた。

 椅子に座って本を読んでいる。


「あら、おはよう」


 椅子に座り本を広げる少女――マキナさんを、天井に吊り下げられたクリスタルがぼんやりと照らしていた。

 この家、マキナさんとミアさんはほぼ出入り自由な状態だからな……。

 さすがにもう驚かない。

 俺は対面の椅子を引いて座ると、着替えを隣の椅子の上に置いた。


「おはようございます、マキナさん」

「どう? ちゃんと休めた?」

「ええ、おかげさまで」

「そう」

「……今日、いつもの服じゃないんですね?」


 今日のマキナさんは頭に白いバラの髪飾りまでつけている。


「ああ、これ? 今日はお城まで出向いて聖王家の人間と会うことになったから……まあ、ちょっとおめかしって感じかしら? どう? 似合ってる?」

「似合ってますよ」

「いつもの服より?」

「慣れてるせいか、いつもの服の方が似合ってる気がしますけどね。新鮮ではありますが」

「ふーん、そう」


 言いながら本を閉じるマキナさん。

 なんだか嬉しそうだった。


「いつ頃からいたんですか?」

「ん? 来たのはついさっきよ?」

「…………」


 はっきりと時間を言わないあたりが彼女らしいといえば彼女らしい。

 部屋には早朝独特の穏やかな静寂が漂っていた。


「あの……キュリエさんのこと、どうなりました?」


 セシリーさんのこともだが、キュリエさんのことも同じくらい気になっていた。

 昨日は学園にいられるかどうかみたいな話になっていたし。

 マキナさんに任せれば安心だろうというのもあって、昨日の時点では俺からは触れなかったのだが。


「その件の経過を知りたいだろうと思って、今日は朝早くから来てあげたのよ」

「あ、そうだったんですか。朝早くからありがとうございます」


 すごい先回りで読まれていたようだ。


「彼女が学園に『ほぼ問題なく』残れるかどうかに関しては、今のところ五分五分ってところかしら。そのあたりの判断は、今日聖王家の人間と会ってみてからね」

「あ、なるほど。そのことで今日はお城に……」

「ええ。中堅どころでグダグダされるよりは、すぱっと上に話をつけに行った方が早いからね。どうせ聖王家にも近いうち報告することになるだろうし」


 と、マキナさんがぐってりと机に突っ伏した。


「それにしても最近……普段の学園長の業務の他に雑多な仕事が増えていてね。聖樹騎士団が事情聴取に来る日取りの設定もしなくちゃだし、今日はキュリエのことも含めて城まで行かないとだし……ああ、そういえば留置室から消えた男の件の対応もあったわ……はぁ……」


 ん?

 留置室?

 えーっと……何か引っかかるような……?

 あ、そうか。

 俺がこっちの世界に来たばっかりの頃、留置室が工事中だから懲罰房の方に俺を入れるとかどうとか衛兵さん(そういえば彼は今いずこ?)とマキナさんが話していたっけ。

 ひょっとして……消えた男とやらのせいで留置室が壊れたから工事中だったりしたのかな?

 と、テーブルに額をつけていたマキナさんがチラと俺を見た。


「もういっそのことすべてをなげうって、誰かと逃げ出しちゃおうかしら?」


 俺は吐息まじりに笑った。


「とかなんとか言いつつ、マキナさんは結局ちゃんとやる人でしょう?」

「ふん、何よ。よくわかってるじゃない」


 言って、上半身を起こすマキナさん。


「そうよ。投げ出したりはしません。私には学園長としての責任があるもの。でも……たまに弱音くらいはいいでしょ?」

「俺はその弱音を聞くって条件で、この家を使わせてもらってますから。どんどん吐いてくださいよ」

「ふふ、あなたもなかなか言うようになったわね」


 マキナさんは口元を綻ばせると、椅子から降りた。 


「というわけだから、キュリエ・ヴェルステインの件は私に任せておきなさい。聖樹騎士団の方も上手く調整しておくから。キュリエにも会ったらそう伝えておいてくれる?」

「わかりました」


 俺は外までマキナさんを見送りに出た。

 家から出たところでマキナさんが振り向き、視線を地面に落とした。


「ねえ、クロヒコ」

「はい?」

「聞くべきかどうか、迷っていたことがあるのだけれど」

「なんです? 遠慮しないでなんでも言ってくださいよ」

「あなた……元の世界に戻りたいと思ったことは、ないの?」

「ないですね」


 不意を突かれたようにマキナさんが目を丸くする。

 それから俺を見上げた。


「即答、なのね?」

「マキナさんと出会えてなかったら微妙なところですが」

「――ぇ」


 もしマキナさんと出会えていなかったら、こんな風に生活できていたかどうかわからない。

 そういう意味でも彼女にはとても感謝している。


「ふ、ふーん、そうなの? 私と出会えて、よ、よかったわね」

「ほんとよかったですよ」


 何よりこんな人と出会えたこと自体、俺にとっては幸運である。


「…………」


 急にマキナさんが頭をおさえた。

 なんか『やってしまった』って感じの顔つきだった。


「どうしたんですか?」

「いえ、今になって勘違いだったと気づいて……少し切なくなっただけよ」

「勘違い?」

「なんでもないから。じゃ、今日はこれで失礼するわね」

「? はい」


 勘違い……。

 勘違い?

 ん?

 まさか。


 ――おまえの世界じゃ『どんかんくそやろう』が評判いいんだロ?


 ふと思い浮かんだ言葉。

 そこではたと気づいた。


「ま、マキナさんっ」

「何?」

「その、勘違いってわけでも……ないと思いますよ?」

「?」

「ええっと俺……色々と便宜を図ってもらったこととか関係なく、あなたと出会えただけでよかったって思ってますから」

「え?」

「だからつまりですね……一人の人間として、好きだってことです! そ、それだけです! ではまたっ!」


 言って俺は家へ駆け込む。

 後ろ手にドアを閉め、息をつく。


 あ、危ないところだった……。

 どうやら最初の時点では『マキナさんと出会えたおかげでこっちの世界でも生きていけてますよー』的ニュアンスしか伝わっていなかったらしい。

 でも。

 彼女の人格を尊敬してるってことも、ちゃんと言葉に出して伝えなくちゃだよな。

 逃げ出してしまうくらい言い直すのは照れくさかったけど、本当の気持ちを伝えられたのはよかった。


「…………」


 うん。

 一歩一歩だけど。

 これも強くなっているってことかもな!

 おかげで助かったぜ、禁呪王!


 ――いや、それはなんか違うと思うガ。


 聞き覚えのある声によるツッコミが遥か遠くからやってきて頭に響いたように思えたのは、多分気のせいだろう。 

体調が優れず今日は予定していた部分まで進めることができませんでした。

なので明日、推敲が終わり次第(いつもぎりぎりまで推敲しているので多分同じくらいの投稿時間になりますが)残りを投稿する予定です。

活動報告での感想返信等もなかなか書けず申し訳ないです。ただ感想はすべて目を通しております。いつも感想、励みになっております。また、誤字脱字等のご指摘もありがとうございます。

それと遅くなりましたが今年もよろしくお願いいたします。

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